—ーー殺せんせー
ドアのところで誰かとぶつかりそうになりながらも、華麗(嘘)なエスケープを決めた俺。情けなさから込み上がってくる涙をばれぬよう拭いつつ、屋上へと続く階段で腰を下ろしていた・・・はずだったのだが。
なぜか俺を探しに来た平塚先生に階段から引きずり下ろされ、あれよあれよと言う間に職員室へとドナドナされてしまったのだ。
ちなみに、なんで先生が来たのかを聞いたところ、「生活指導係だから」だそうだ。あと、若手だかららしい。ほんとぉ?(懐疑)
「さて、久しぶりだな。城ヶ崎。」
「そうでもないですよ。平塚先生。」
職員室内にある、パーテーションで仕切られてできた一角。そこに通された俺は、机越しに対面していた。タバコの匂いが少し染み込んだパーテーションはしっかりと外の視界を遮っており、一応ではあるがプライバシーは保たれているようだ。前先生と話したときはデスクで済ませたので、ここに通されるのはなんだか新鮮な気分だ。
…さて。呼ばれた理由には心当たりしかないが、一応聞いておいたほうがいいだろうか。
「なんで俺は呼ばれたんですかね?」
「それが分からん君ではないだろう。クラスメイトを泣かせたそうだな?」
「・・・・・・それは、まあ。」
どうやら俺の想像通り、クラスで俺がキレ散らかした話で合ってたらしい。
先生曰く、俺がキレた相手である名称不明の女子が泣きながらファンネルのごとく取り巻きを連れて職員室に突撃してきて、事情を盛大(当社比)に盛って話したらしい。
女子曰く、「普通に話をしようとしたのに、いきなりキレられた!被害者は私だ!」とだとか。それで話を聞こうと俺を探しに平塚先生が派遣された・・・ということらしい。
つまり俺は(比企谷先輩曰く)文字通りの鉄拳制裁を加えてくる平塚先生から説教をされるわけか。・・・気が重いなぁ。痛そうだし。
「やっぱり分かってるじゃないか。さて、話してみたまえ。」
「・・・何をですか?」
「決まっているだろう。君がクラスでしでかしたことさ。」
・・・怒らないんだろうか?
てっきりこのまま説教に突入するか、ファーストブリットが飛んできて壁まで吹き飛ばされるかの二択だと思っていたから、かなり驚かされた。なんなら撃滅のセカンドブリッドまで追撃が来ることを覚悟していたまである。
「既に女子から話は聞いてるんでしょう。それがすべてだと思わないんですか?」
「無論だとも。私は君が急に怒り出す人間だなんて思ってないし、根は優しい子だと信じてるからね。」
「・・・買いかぶりすぎです。」
「そうかね?私はそうは思わんよ。」
改めて先生と目を合わせ、様子を伺う。
先生の綺麗な黒い瞳には、真っ直ぐに俺が映している。
その揺れない瞳はじっとこちらを覗いており、とてもなじゃいが嘘やハッタリを言ってる人間のものには見えない。・・・本気で言ってるんだろうか。この俺が、そんな人間だなんて。
「・・・なんで。なんでそんなに言うんですか。」
分らない。本気で分らなかった。
黒歴史が積み上がり、誰にも見向きされなくなったこの俺を。
見られるときは決まって悪意に満ちた視線だった、この俺を。
どうしてそこまで買ってくれるのか。
そんな気持ちが伝わったのか。平塚先生はふっと優しく微笑み、こう言った。
「君の目さ。」
俺は人生史上、最も間抜けな顔をしていた自信がある。
俺の目はお世辞にも綺麗とは言いがたい。それどころか、濁っていて汚い、とても見れたものじゃないものだという自信がある。夜道を歩いている途中にすれ違った子供に防犯ブザーを鳴らされたことだってある。この目だけで痴漢冤罪をかけられたことだってある。
この悲しみを背負った目に、一体何を見出したというのか。
「君の目は確かに酷いもんだ。腐ってる、とまでは言わないが濁っている。だがね私は知ってるんだよ。」
そして平塚先生は花のようにニカッと笑い、朗らかに言った。
「どんなに目が腐っていても、どんなに嫌われていても。優しい男をね。」
多分、先生の目にも同じ男が映っていたと思う。
そう思えるほどその特徴は比企谷先輩を捉えており、他の誰かを想像しているなんて、とても思えなかった。
「だから聞かせて欲しい。君の気持ちを。」
女神のように見える平塚先生を前に、俺は陥落。
さながら懺悔室で神に罪を吐き出すがごとく、流れ出すように胸中をぶちまけていた。
どれくらいの時間がたっただろうか。気づけばとっくに六限は終わっており、その休み時間も半分ほどなくなっていた。
その間俺は、休み時間に起きた出来事を自分の視点で自分なりに先生に話していた。
女子からの見えない同調圧力。答えの決まった会話。悪意のある話題。そして…比企谷先輩のこと。
促されるままに感情を言葉にし、平塚先生に伝えた俺は、肩で息をしている。慣れない感情の開放はかなり体力を消耗したらしく、肺が少し痛む。
そして、すべてを吐き出し終えた俺に対し平塚先生は笑いながらこう言った。「なんだ。やっぱり君は優しい人間じゃないか」、と。
「全く。比企谷もそうだが、君も少し上手くやる事を覚えたまえ。君のその優しさは美徳だが、それだけでは上手くやって行けんぞ。」
癖なのか、いつの間にかタバコを吸っていた先生の笑顔はタバコ特有の匂いも運んでくる。俺はタバコが嫌いな人間だが、何故か気にならなかった。それだけ必死に感情を出していたということだろうか。
というかまさか俺の肺の痛みってタバコのせいじゃないよね?違うよね?
それはともかく、中々耳の痛い事を言う。俺の人生においてう「上手くやる」なんて言葉を言われる日が来るとは思ってなかった。なにせ、そもそも人と関わらない。話す相手は家族限定で、その割合も大半を姉が占めている。気心の知れた相手としか会話をしてないのだから、うまくやるもクソもなかったのだ。親しき中にも礼儀あり、とはいうがそれにだって限界がある。家族と知人以下のクラスメイトとでは勝手が違うのだ。
それに、だ。
「・・・いや、俺のこれは優しさなんてものじゃないですよ。もっと別のものです。」
「ほう。では何だというのかね。」
答えに詰まる。
自分でも分かってるのだ。
これは優しいなんて綺麗な言葉で固められるものじゃない。
気持ちが悪くても、それが自分の嫌いなところでも、間違ったものでも。それでも捨てられなかった自分の心の芯の部分。ドロドロとして掴みどころがなく、そのくせ離せない。
自分を形成する最悪のパーツだ。
だが、今の俺はこれを表現する言葉を持たない。故に平塚先生に問われたときに、俺は答えることができなかった。
自分の感情の概形だけがうすぼんやりと分かりかけていて、それを形容する言葉が分からない。それがたまらなくもどかしく、思わず頭を掻いた。
「・・・分かりません。」
結局、唯一ぼそりと絞り出せた言葉は、かっすかすにかすれた敗北宣言。
どうあがいたって表現できず、気持ちの正体だって中途半端にしか分らない。
そんな情けない俺の姿を見た先生は、優しく微笑んだ。
「なら、答えを探してみたまえ。」
思わず背筋が伸びるような言葉をかける。
そして俺にとって最善であり、今後の生き方に関わるような至言をくれた。
「分からないなら、分かるまで考えてみるがいい。どんな方法でも、必死にね。そして、聞かせてくれればいい。君の答えを。」
分からないなら、分かるまで考える、か。
さっ、と心を一陣の風が吹き抜けたような思いがする。
思えば、今までの人生でそんなことを思ったことがない。
俺の人生は失敗ばかりだったが、その理由を考えることをしていなかった。多分、無意識に避けていたからだともう。醜い自分と向き合い、それを直視することを。つまるところ、俺はここでも逃げていたのだ。
逃げ癖ばかりついてしまった自分に自嘲の苦笑いをこぼす。
「難しいですね。答えを出すのは。」
「当たり前だ。だが問題を起こした罰だと思って、甘んじて受け入れたまえ。」
「了解です。」
これはとんでもない課題を背負ってしまったな。
そう考えはしたが、気持ちは軽い。今まで溜まっていた余計な感情が流れ出したおかげだろうか。
ともかく、これは罰だ。これを期に、自分で考え続けてみようと思う。
「これが罰、なんですから。」
「そうだ。」
俺がふっと笑うと、先生もニカッと笑い返してくれた。なんだか可笑しくなって、思わず笑ってしまったが、心に余裕ができた証だと思って受け入れるとしよう。気分もいいし。
そして、軽くなった心を示すかのようなノックが響き、職員室のドアが開かれた。
「失礼します。一年の一色いろはですけど、城ケ崎君はいますか?」
「城ケ崎ならここだ。入りたまえ。」
表れたのは、クラスメイト(多分)の、一色いろはさん。
元気な先生の声に導かれ、亜麻色の髪をゆるりと流しながら職員室へと通された彼女。真っすぐにパーテーション室へと歩いてきた姿はまるで一枚の絵画のように様になっていた。率直に言うと、可愛かったのである。
しかし俺は知っている。「一色いろはという女子は危険人物である」、と。
彼女は適当な男子を侍らせるジャグラーのような存在であるため、敵しかいないボッチ男子高校生にとっては天敵のような存在なのだ。まあ天敵もいるけどそれ以上に敵が多いんですがね。孤軍奮闘すらできないこの戦力差。再確認して悲しくなるけど是非もないよネ!
ともかく、俺の灰色の脳みそによる計算だと、彼女がここに表れたのは自分の株を上げるためだと推測される。
突然出て行った男子を連れ戻すことで自分の優しさをアピールし、あわよくば自分の引き立て役といて徴兵してやろうという算段だろう。騙されぬ…俺は騙されぬぞ……!
「おお、一色は確か城ケ崎のクラスメイトだったな。だったら丁度いい。こいつをクラスまで連れて行ってやってくれ。」
「元からそのつもりで来たので全然オッケーです!任せといてください!」
そういってふんすと胸を張る一色さん。この裏で腹黒い算段を立てているかと思うと背筋が寒いが、背に腹は代えられない。ここで断ってしまうと俺はクラスに帰る機会を失うどころか、学年トップレベルの顔面偏差値を誇る女子の誘いを断った屑野郎というレッテルを張られてしまうだろう。そうなってしまえばもう一巻の終わりである。
「じゃあ行こっか。城ケ崎君。」
「……うっす。」
ゆらりと立ち上がり、せめてもの抵抗としてゆっくりと歩く。だだその目論見も、平塚先生の蹴りによって台無しにされてしまった。ちくせう。
仕方なしに一色に連れられ、職員室をでる。…あぁ。次の七限が人生で一番嫌な七限だ。それに、これほど憂鬱な職員室帰りも中々ない。そもそも職員室から帰ることも中々ないものなんだが。
去り際に先生が放った殺気は、幻覚だと信じたい。流石に連れ立って歩くくらいに嫉妬はせんでしょ…?先生の背後に浮かび上がったように見えた首切りのハンドサインも、見えなかった。いいね?
前書きに書く名言が思いつかなくなって二次元に逃げた筆者がいるらしい。
次回は城ケ崎と一色が話す予定です。
一色が同学年の人としゃべってる様子が全然わからないのでオリジナルになっちゃうのは許してください。