――――比企谷八幡
可愛い、という形容詞が存在する。
可愛いは正義、なんて言葉があるように、ルックスは人の意見を曲げてしまいうる力を持っているのだ。まあイケメンだってそれを武器にして戦国無双よろしくこの世を渡り歩いているのだから、世の中所詮顔が優先されるのだ。顔面だけで人生の大海を割っていけるのだから、その姿はさながらモーセ。多分モーセもイケメンだったんだろう。知らんけど。もしくは絶世の美女。
だがしかし。この言葉は一見すると誉め言葉であるが、その実中身を伴っていないことが多い。…あくまで、個人的意見ではあるが。
女の口から出た「可愛い」という形容詞は相槌の意味合いのほうが多く、褒める用途で使われることはかなり稀なケースだ。相づちに「なにそれカワイイ~」なんて言ってるしね。それに、世間でオッサンやら車やらが可愛い、なんて持て囃されているのはいい例だ。「キモ可愛い」や「ブサ可愛い」なんて言葉があるくらいだし。
一方男の口から出てくる「可愛い」という言葉が中身を伴っているかと言われれば、ばっちり伴っている。なんせ大体可愛いと言う言葉を吐いた奴らが裏に抱いてる感情は「ふーん、エッチじゃん」だからな。中身を伴ってるけど大したものは詰まっていない。味のないガムみたいなものだ。どちらも肝心なことが入っていない。
つまり何が言いたいかというと、だ。世の中にはそうそう、真の意味で可愛いものなんてないってことだ。
…しかし、物事には必ず例外というものが存在する。
少なくとも俺は、本当に可愛いという言葉が当てはまる人物と対面しているのだから。
「どうかしたの?」
ちらりと視線を向ければ、こてんっ、と可愛い擬音でもついてきそうな動作で首を傾げ、にこりと笑いかけてくる女子。その名は、一色いろは。
俺と同じクラスに在籍する女子であり、俺とは住む世界の違う所謂トップカーストに類する人間である。
いっそ、「あざとい」ともいえるほどの愛嬌を振りまくその姿は、正しくアイドルと言うにふさわしいかもしれない。そのおかげで特に男子からの人気は凄まじいものがあり、いつも傍らに男子が飛んでいるのや、休日に一緒に買い物をしている姿をよく目撃している。ちなみに男子は基本荷物持ちである。男子はファンネルかなにかか?
その一方で女子からの評判は良くないらしく、少なくともクラス内であまり女子としゃべっている印象はない。まあ俺はいつもすべてのグループの外にいるから確証はないどころか大分怪しいものではあるのだが。
だが、外にいるからこそ見えるものもある。
恐らくだが、一色さんは努力家だ。
普通、あの量の異性を虜にするには並大抵の努力ではできない。そして虜にするだけでなく、誰それとくっついたりすることもなく居続けるし、それを周りが望む。まるでアイドルの様な扱いを自分から進んでやっているのだ。これで努力家でなければ世界中に一体どれほど努力家と呼べる人物がいるのだろうか。
「…いや、何でもない。」
目線を前に戻し、ひたすらに足を進める。
…この際だから言っておこう。俺は、女性が苦手だ。
これは別に男性が好きだからとか、恋愛に興味がないからというわけではない。むしろ恋愛はしてみたいと思うし、女子に興味がないと言ったら嘘になる。というか普通に興味がある。こんなを言うとまるで変態みたいだが、そこは置いておこう。いや、本当はダメだけど。
俺が女性が苦手な理由。それはいたってシンプルな理由で、「怖い」のだ。
裏で何考えてるかわかんないところとか、何かを隠しているところをおくびにも出さないところとか、表面を取り繕うのが上手いところとか。
勿論好ましい点だって上げればいくらでもあるのだが、俺が認識している負の側面が恐ろしくてたまらないのだ。ソースは中学時代の俺。
故にこうしてせっかく美少女と話せる機会があるというのに、話題を膨らませることも提供することもできない。…まあこれは経験のなさとか共通の話題のなさとかその辺も関係してくることだけど。
「……悪いな。俺なんかのためにわざわざ苦労かけて。」
結果、なんとか出せた話題は謝罪。我ながら情けない話だが、これくらいしか話せそうなことが見つからなかったのだ。…というか謝罪って話題に含まれなくない?
だが、一色さんは一瞬変なものを見たようにキョトンとし、次に面白いものを見たように笑った。
「ううん、気にしないで。」
まるで可愛いを演出するために計算されたかのような仕草は、ウブな俺にクリティカルダメージを叩き出す。あわや轟沈寸前まで持ってかれたがどうにか立て直し、なんとか平静を装う。どうでもいいけど平成を装うって書くと平成を舗装してるみたいじゃない?お前たちの平成って、醜くないか?(醜く)ないです。(鋼の意思)
「それに、話してみたかったんだ。城ヶ崎君と。」
「話してみたかった?・・・俺と?」
「うん。城ヶ崎君と。」
話してみたい、とな。大して面白い話題を提供できるわけでもなく、イケメンでもなく、生産性のなさでは右に出る者が居ないと自負しているこの俺と?この女・・・正気か?
「何故俺なんだ?普段一色さんが話してる男たちの方がよっぽど楽しくて適正だと思うけど。」
よりによってこの俺に声をかける理由が分らない。あれか?珍獣的を見てみたいとか、そういう感じの好奇心か?自慢じゃないがクラス内珍獣ランキングではなかなかの上位を維持できてると自負している俺だ。そう思われてるのかもしれない。ちなみに俺的珍獣ランキング堂々の一位はチンパンジーこと陽キャである。あいつら凶暴だしなんかウェイウェイ叫んでるからな。実際怖い。
「さっき、クラスで女子と揉めてたでしょ?あんな風にしてる人初めて見たからさ。」
それで気になったんだ~、と、そんな俺の疑問を受け取った一色さんは答えていた。
ふわっと答えたその答えは、多くの男にとっては嬉しい言葉だろう。美少女に興味を持たれた男が、嬉しくないはずがない。
「・・・そうか。」
ガチリと、心にかけておいた鎖が軋む。
そして、あの時全くしていなかった後悔が少しだけ持ち上がった。
一色いろはといえば、いわずもがな人気者である。それは前述したとおりだ。そして取り巻きは大体男子であるのも述べたとおりである。その男子が属するスクールカーストはかなり上位層。サッカー部やバスケ部のような、所謂トップの部類の人が多いのだ。なにせ一色さんはサッカー部のマネージャーだし。そして対する俺は先の一件で株価大暴落の超不良物件。
つまり何が言いたいかというと、一色さんが俺に興味を持ってはいけない人だということだ。トップ層が最下層へ興味を向けると言うことは、両者にとって非常によろしくない。下層の俺は興味を持たれたことが免罪符となって敵意を向けられる可能性があるし、一色さんは周りからよく思われず敵意を向けられる可能性がある。
「俺は面白い人間じゃないぞ。ただのボッチで、女子を泣かせた最低野郎だ。俺と関わっても、いいことなんか一つもない。分ったなら、これ以上興味を持たない方がいい。」
自分ができる精一杯の睨みをきかせ、できるだけの低い声で言う。
そう言ってから、心の中で吐き気を噛み殺した。
・・・なにが興味を持たない方がいい、だ。自意識過剰にも程がある。そもそも放っておけば、次第に興味を失ったって可笑しくないのだ。むしろそれが自然だともいえる。それをわざわざ口に出し、線を引き、勝手に振る舞う。全くもって気持ちが悪い。
だが・・・それでも。俺はこれを口にしなければならなかった。
過去に一度、過ちを犯した人間として。やってはならないことをした代償として。人の好意を自分の手で完膚なきまでに破壊し尽くした、屑野郎として。
同じ過ちを、繰り返してはならないのだ。
俺は、
隣を歩く一色さんからは、反応がない。多分、相当気持ち悪い存在として映っただろうから。
だが、それでいい。俺はもう、一人に慣れてきたんだ。
「そっか。でも、私は城ヶ崎君が最低野郎かどうかは分んないよ。」
そう言ってくれた一色さんは、それっきり、何も話すことはなかった。
俺も同じく、何を言うこともなかった。
靴の音だけが響く廊下はいつの間にか終わり、ざわつく教室の前に着く。開いていないドアは、誰が開けることもなく閉ざされている。そっと俺が手を伸ばしかけたとき。
「だから、知ってみたいなって思ったんだ。」
そんな声が、聞こえた気がした。
そんな都合のいい耳を閉じ、俺は一人で教室へと足を踏み入れた。
春はもう、過ぎたのだ。
前書きに原作の台詞を丸々持ってくる駄作者の図。
城ヶ崎の過去を仄めかしながら、次回から夏休みに突入します。
夏休み・・・八幡・・・何も起こらないはずもなく・・・
というわけで、次回から千葉村編です。お楽しみに。