あれから小学生の昼食を準備し、時は進んで夕方。
俺達は、小学生達の夕食の支度の手伝いをしていた。
今日作る料理は、キャンプの定番であるカレー。だいたいのスープっぽい物にカレールーさえぶち込んでしまえば完成する手軽さとネームバリューによって愛されているあのカレーである。
さて、そんな小学生達にも大人気なカレーを作るわけだが、それには火が要る。お手本として実演して見せた平塚先生は、豪快にサラダ油をぶっかけるという大胆な作戦を実行したがそれはさておき。男女に分かれて食材の運搬と火起こしをすることになった。男子は火起こし、女子は食材運搬となった・・・はずだったのだが。
「なんで俺がこっちに割り振られてるんですかね、先生。」
俺の手にあるのは、ジャガイモとニンジンの入ったボウル。自他ともにどころか戸籍からもばっちり男性認定されている俺は、なぜか食材の運搬をさせられていた。
「仕方なかろう。それとも君は、中学生と教師のか弱い女子二人にあの人数分の食材を運ばせるつもりだったのか?」
「いやか弱いかはともかく先生ならあれくらい一人で・・・グホァッ!」
俺の異論反論は、次は殺すと言わんばかりの目線と共に飛んできた鉄拳制裁によって黙らされた。言論統制が酷すぎる・・・
しかし、俺の醜態を見たか弱い女子こと小町さんはケラケラと笑っている。お腹を押さえ、なんならちょっと涙まで出している。ちょっと、笑いすぎじゃない?
「いやーすみませんすみません。兄と似ていたのでつい。」
そういいながらも笑いが収まらない様子の小町さん。そんなに笑うことだったのか・・・?
「うむ、それは同感だ。君は本当に比企谷の弟とかではないんだよな?」
「違いますって。」
そんな感じで雑談をしながら野菜を運搬する。さながら気分は某狩りゲーのハンターである。運搬クエストの途中に出てきて突進してくるあのクソ四足歩行は絶対に許さない。
「ところで城ヶ崎。」
「なんです?」
「君は比企谷をどう見る。」
話題の中心だったのは、比企谷先輩のことだった。大体は小町さんの惚気話みたいだったが、どうやら俺にそのお鉢が回ってきたらしい。
「君の目に、あの捻くれ者はどう映っているのかね。」
職員室の時と同じ、まっすぐな視線で俺を見て話す。
その視線を受けながら、俺はまた綺麗な瞳だなーなんて思う。
「面白い人、だとは思いました。」
いつの間にか、言葉は出ていた。
「ぶっきらぼうだけど、どこか優しさのある。そんな面白い人だと思いますよ。」
俺の言葉に、嘘偽りはない。他者と交流をしてこなかった俺だが、これだけはハッキリ言えた。比企谷先輩は、面白い人だ、と。
俺みたいな人に話しかけてくれたし、共通の話題だってあった。いままで会ったことのないタイプの人間だった。あんな人と友達になれたら、どんなに楽しいだろうか。人生で初めて、そう思わせてくれた人だったのだ。
「・・・俺なんかには、もったいないくらいの人です。」
それを聞いた先生は、満足げな笑みを浮かべている。そして、ニヤリとした笑顔を浮かべ直した。
「そうか。それを聞けて良かったよ。」
どこか安堵したような声色は、本当にいい先生なんだなぁとしみじみ思わせてくれるような、慈愛に満ちたものだった。
ちなみにその横で小町さんは泣きかけていた。なんでや。そして俺が泣かせたと勘違いした比企谷先輩が俺にメンチを切ってきたのは、別の話。
さて、なんやかんやで野菜の運搬も終わり、調理開始。
俺は肉を食べやすい大きさに切りそろえるという仕事を任されている。ちなみに奉仕部三人が野菜を担当してくれている。しかし雪ノ下先輩はともかく、比企谷先輩が包丁使いが上手いのは意外であった。昼食時に器用に梨の皮を剥いていたので、驚いたのをよく覚えている。本人曰く専業主夫の必須スキルであるらしいが、果たしてそれをさせてくれる妻が見つかるのだろうか?
そして処理が終わった具材をぽいぽいっと鍋に水と共に入れ、煮込む。ルウも入れたので、あとはコトコト完成を待つのみである。
料理経験がある中高生の俺らは終わったが、周りを見れば小学生達は苦戦している人も多い。初めての野外炊飯で勝手の分からない人がいるのも原因の一つだろうか。
「暇なら見回りにでも行ってくるかね?」
というわけで、言外に「行きたくねぇ」という意味を込めた台詞で小学生との交流が決まった。
ちなみにそもそも所属するグループのない俺は単独行動である。え、比企谷先輩達?端っこで待機してますがなにか。俺もそこに居たかったぜチクショウ。
しかし、仰せつかってしまった物は仕方がない。対外モードに切り替え、爽やかな青年を演じるとしよう。
「おーい少年少女達。おっ、いい匂いがしてるじゃないか。上手にできたか?」
屈んで目線を合わせ、にっこりと笑いかける。
すると小学生達は一様に目を輝かせ、自分たちが頑張ったところや工夫した所なんかを身振り手振りを交えながら説明してくれた。夕方になっても元気なものである。一体そのエネルギーはどこから来ているのであろうか。よもや光子力研究所からではあるまいな?ゲッタービームとか食らったりしないかしらん。
とりあえずがんばれよ~と声を掛け、元いた自分のかまどの近くへ戻る。これでミッションコンプリートだ。
「・・・お前、陽キャのふり上手すぎだろ。一瞬誰かと思ったわ。」
「正直驚いたわ。あんな風に振る舞えるなんて。」
「あんなのただの演技ですよ。誰にでもできますって。」
できないんだよなぁ・・・とガックリする比企谷先輩。こころなしかアホ毛もしなっとして見える。まあたしかに二人ともあまり外向きの表情とかしなさそうだもんなぁ。雪ノ下先輩なら多分冷静そうな表情を崩さないだろうし、比企谷先輩なら多分そもそも話す相手居なさそうだし。
「貴方も行ってきたらどう?余興くらいにはなるんじゃないかしら。」
「それはもしかしなくても俺に言ってるんですかね。行かねえし、俺が行ったって仕方ねえだろ。ほれ。」
顎で示す先にいるのは、葉山先輩。相変わらずのフットワークの軽さで、あっという間に小学生達の話題の中心になっていた。取り囲まれた葉山先輩にこちらでも小学生達が自分たちのカレーをアピールしているので、やはりみんなテンションが上がってるんだろう。もしくはイケメンと話したいかのどちらかだ。
だが、話を聞いていた葉山先輩は突如その輪から離脱。その輪から離れ、独りで存在感を薄くしていた少女――鶴見留美へと話しかける。
「カレー、好き?」
小さくため息をを吐く音が聞こえた。発生源は雪ノ下先輩。比企谷先輩も、苦々しい顔をしている。
先ほど同様、完全に悪手である。
それが証拠に、盛り上がっていた小学生、特に女子を中心にしてその熱が少し冷めている。女子達の心境を察するなら、「なんであいつが」と言ったところだろう。
この状況で、ぼっちが一番ありがたいのは「注目されないこと」だ。高校生がいるというイレギュラーな状況であるからこそ、それは変わりない真実だ。注目にならないことで、面倒を避けられる。
だが、話しかけられることで鶴見留美の状況は悪化した。この場において「独りでいる」ことの特異性が目立ち、注目の的となってしまったからだ。ここからでは、どう振る舞っても鶴見へヘイトが向く。完全にチェックメイトだ。
「・・・別に。カレーに興味ないし。」
戦略的撤退というこの場における最善手を打ち、離脱する鶴見。逃げる先に選んだのは、我ら総武高校ボッチ軍団の所だった。・・・まあ、妥当な判断だろう。となれば、人数はできるだけ少ない方がいい。人が少ないところを選んで来てるわけだからな。
「先輩方、俺は火を見てきます。平塚先生だけじゃアレなんで。」
「おう、行ってこい。あと、可燃性の物が先生の近くにあったら遠ざけといてくれ。何しでかすかわからん。」
「よろしく頼むわ。」
「了解っす。」
二人は俺の言わんとしたことが伝わったのか、特に何もとがめずに送ってくれた。ありがたい限りである。
その後、俺と入れ替わるようにその場へ移動してきた鶴見はしばらく居た後、諦めるような表情をして自分のグループへと戻っていった。眼前にある釜からは、ちょっと焦げた匂いがしていたのをよく覚えている。こうして、食事の準備は整った。
というわけで、食事も無事終わり、すっかり太陽は地平線の彼方へ落ちた頃。給食談義や千葉県知識自慢大会のようなものも終わり、静かな空気が流れている。小町さんが淹れてくれた紅茶をじっくり味わって飲みながら、草むらから響く鈴虫の声に耳を傾ける。食事時には騒がしかった小学生達が撤退したこともあり、響くその和風な音色は心を穏やかにする。なんと風流なことだろうか。飲んでんのは洋風だけど。
今頃小学生達は、修学旅行のような好きな人談義的な話でもして盛り上がっているのだろうか。ふと俺が小学校の頃を振り返っても、そんな話をしていた記憶がある。薄ぼんやりとした記憶しか残っていないのは、俺の記憶力のなさか、はたまたそこでも嫌なことでもあったのか。
「今頃、修学旅行の夜っぽい会話、してるのかもなぁ。」
最早断片とすら呼べぬ記憶を思い出そうと首を捻っていると、葉山先輩がぽつりと言う。昔を懐かしむような声音だった。横を見てみると、目はどこか遠くを見ているようだ。目の前の三浦先輩は視界に入っていない。やはりイケメンだからこその懐かしい記憶とかもあるのだろうか。俺はフツメンだから知らんけど。
「大丈夫、かな・・・」
由比ヶ浜先輩が心配そうに比企谷先輩へと話しかけている。多分、俺達の頭には同じ人物が浮かんでいることだろう。
「ふむ、なにか心配事かね。」
風情もへったくれもない様子でタバコを吹かす平塚先生は、どうやらこの事態を知らないようだ。
「まぁ、ちょっと孤立しちゃってる生徒がいたもので・・・」
「ねー。可哀想だよね。」
説明する葉山先輩に、それに「可哀想だ」と哀れむ三浦先輩。
・・・多分、彼女らは知らないのだろう。自分が孤立したことがなく、大勢で居ることが当たり前であるから。
「・・・違うぞ。葉山。お前は問題の本質を理解していない。孤立することは悪いことじゃないんだ。問題は、悪意によって孤立させられていることだ。」
「は?それ、なんか違うわけ?」
噛みつく三浦先輩に説明する比企谷先輩曰く、「独りでいたくている人間だっている。だが、独りに『させられている』ことが問題だ」と言うことだ。いつぞや俺に言っていた、「ただのボッチでいたいなら俺と関わらない方がいい」ことと繋がる。それには全面的に賛成だ。ここでの問題は悪意ある孤立。それを強いている周りの環境だ。
「それで、君たちはどうしたい?」
紫煙を上空へとやりながら、平塚先生は問う。だが、ここにいる全員が黙り込んでしまった。かくいう俺も、黙っている。単に話し相手がいないのもあるが、正直に言ってしまえば「できることがない」のだ。人間関係というものは複雑で、たった一回の干渉や安易な善意で変わってしまうほど簡単な話ではない。縦の糸があなたでもないし、横の糸が私というわけにはいかないのだ。だが、ここで見てしまった問題をスルーできるほど悪人ではない。もしかしたら、そう思い込みたいだけなのかもしれないが。
「俺は・・・」
重苦しい沈黙を破り、発言したのは葉山先輩だった。
「俺は、できれば、可能な範囲でなんとかしてあげたいと思います。」
出てきた言葉は、綺麗な願望だった。できれば、可能な限りで、思います。できる限り保険をかけ、中途半端に手を出すだけ出す。結果自己満足で終わってしまっても、保険はある。だから、行動したい。
そんな風に、俺には聞こえた。思わず手に力が入り、喉元まで言葉が出かかる。
「ちょ、お前、コップ!」
つぶれてひしゃげた紙コップは、中に入った紅茶を外へ放出する。比企谷先輩の慌てた声で気づかされた熱を持った液体は俺の体に熱を移し、喉で突っかかっていた言葉をうっかり滑らせてしまった。
「・・・葉山先輩は、そうやって生きてきたんですか?」
それを聞いた葉山先輩は、一瞬表情を歪める。一瞬過ぎた上に隣の俺を見ていたので、多分誰も気がついていないと思う。だがそれでも、確実に歪めていた。そして、少しだけ憎々しいような声色で、俺に向かってこう言った。
「ああ。それが俺のやり方だ。」
元の爽やかさに戻った葉山先輩と反対に、今度は俺の顔が歪む。
――――ごめんね、私のせいで
・・・ああ、過去からの声が聞こえる。そして、中途半端な手出しはするな、と
「・・・葉山隼人。中途半端に手出しをするんだったら、引っ込んでろ。」
ギリリ、と奥歯を鳴らしながら低い声で呻る。
熱を持った身体は止まらない。口に出した言葉は戻ってこない。滑り出てきた言葉は、もう一度葉山隼人の顔を歪ませる。その目に宿る感情で、俺を通してどこを見ているのだろうか。
「・・・すみません。気分が悪いので先に部屋に行っときます。」
言いたいことを言ってしまった俺は、湧き上がる感情を沈めながら撤退を選択する。
今更ながら、手にひりついた痛みを感じる。多分、火傷してるんだろう。
ひりつく痛みに耐え、俺は一人泊まる予定のロッジを目指す。後ろ目に見えた、半立ち状態の比企谷先輩の配慮が、今はなによりありがたい。
「そうね。あなたには無理よ。だって、そうだったでしょ?」
去り際に聞こえた雪ノ下先輩の声の続きも、その後の集団のことも、俺には分からない。
言い忘れてましたが、城ヶ崎が関わってない部分はほとんど原作通りに話が進んでいます。今回で言うと、城ヶ崎が去ってからは原作通り葉山が雪ノ下に糾弾されてますし、三浦は雪ノ下と険悪になってます。
次回、「似たもの同士は雪と陰」。まだまだ世間は色々ゴタゴタしてますが、少しでも息抜きになれば幸いです。