レミリアside
前の宝船騒ぎからいくらか経って幻想郷を騒がせた妖怪たちも無事に住む場所が決まったらしい。里のすぐ近くに寺を建てたことで霊夢が悔しがっていたのは別の話だ。
今日は久しぶりに白玉楼に行けたのでとても楽しかった。あの頃に比べればかなりましにはなったけど何処か物足りない味になるのはどうすれば良いのだろうか。そういえば今夜は紅魔館の皆でミスティアの屋台に行くことになっているのだった。
珍しくパチェから話を出してきたから驚いたものだ。なんでもパチェの弟子が騒ぎの主犯のようなものだったらしい。住職である彼女は酒を飲まないらしく、神社の宴会では楽しめないだろうから私たちだけでささやかな宴会をすることにしたらしい。
ミスティアの屋台は何度か行っているがそこまで大きいわけではない。貸し切りにしているらしいが紅魔館の住人と寺の者たちが行くと席は当然足りない。どうするつもりなのだろうか。
天の声side
そんなレミリアの心配もおかまいなく紅魔館住人と命蓮寺に住んでいる者、それにナズーリンを加えた小規模な宴会は開催される。酒を飲むのは紅魔館組のみ。聖以外はそれを羨ましそうに見ているが聖は気づかずパチュリーと話しているようだ。
屋台の席は当然足りないので皆レジャーシートのようなものの上に座っている。神社で行う宴会もそう変わらないからこれで十分なのだろう。調理をするのは屋台の女将であるミスティアと紅魔館から美鈴、命蓮寺から一輪の三人である。ミスティア以外の二人は後で誰かと交代するらしい。
一輪が料理を担当しているのは命蓮寺からの推薦などではなくちょっとしたゲームに負けたからだ。渋々やっているとはいえ手際はなかなか悪くないようだ。他の二人と比べて精進料理を作り慣れているのかもしれない。
食材の提供は勿論紅魔館。野菜だけでなく豆腐なども良質な物がいつも屋台に良心的な価格で提供されている。理由は単純。ミスティアとレミリアの仲が良好だからだ。互いに料理を好む妖怪であることもあって気が合うようだ。レミリアの料理を食べたことのある数少ない妖怪のうちの一人でもある。
夜は妖怪の時間。
「ねぇ、ミスティアだったっけ?どうにかして私たちもお酒が飲めるように聖に掛け合ってくれない?」 「……般若湯として提供すればよろしいのでは?」
「うーん、でも聖だしねぇ。大丈夫かしら」「それなら一つ試してみましょうか」
般若湯を知っているミスティアに少し驚いたようだが一輪は気にせず話を続けることにしたようだ。そしてミスティアが取り出したのは何の変哲もない一升瓶。
「聖さん、般若湯でもどうです?折角の宴会なんですしお弟子さんたちの分もありますが」
聖相手に『酒』という単語を出すことは決してない。相手の事を考えなくてどうして商売人になれるだろうか。そのためには相手の気にしていることを知らなければならない。それが自然にできるミスティアの観察眼は超一級品ともいえる。
弱者は常に相手の観察を怠らない。今でこそ襲われることの少なくなった彼女だが、夜雀という種族柄常に危険と隣り合わせで生きてきた経験が今の彼女を彼女たらしめているのかもしれない。
「しかし私には戒律がありますし……「いいじゃん聖。折角の宴会の場なんだし」……」
パチュリーと話していた村紗も急に話に入ってくる。彼女も寺に入ったのは妖怪になった後で元々は人間である。故に酒は好きなのだ
「実はこの般若湯、聖とも呼ばれていましてね。貴方にはぴったりなのではないでしょうか?」
この場において聖以外は知っている。『聖』というのはただの清酒の呼び方の一つであることを。
「そ、そこまで言うのなら一杯だけ頂きましょう。皆さんも羽目は外さないように気を付けてくださいね」
何も知らない聖はこうなってしまう。ミスティアの作戦勝ちである。
「酒の名を聖と負ほせし古の大き聖の言の宜しさ。貴方もそう思うでしょ?パチュリー」
「私はそこまで酒を飲むわけではないからねぇ。それにあなたの言う意味と旅人の詠んだ意味は大きく異なるでしょうけどね。まあ清酒を聖と呼ぶからこそ今回聖は承諾したのでしょうし、その点では確かにあなたたちにとってはその歌がすべてを表しているのかもしれないわね」
村紗を初め聖以外の者は喜んでいるようである。寺の者がそれでいいのかと言いたくなるが、妖怪に不飲酒戒は酷だということが分かっているので聖も大目に見ているのだろう。
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酒が入れば場はさらに盛り上がる。するとその喧噪を聞きつけた妖怪が必然的に集まってくる。いつの間にか貸し切りであったはずの屋台はいつもの宴会風景となんら変わりない物に変化してしまった。
作る料理が増えたことでゲームに勝ったはずの村紗の方が辛くなってしまっている。しかしこの騒ぎを作った原因の一つに彼女の言葉もある。誰か一人のせいにすることはできない。
「……はぁ。どうしてこうなったのかしら」「何辛気臭い顔してるのよ、パチェ」
この騒ぎのせいでパチュリーの嘆きもすぐ横にいる
「レミィ、わかってるの?今回の宴会の費用は紅魔館持ちなのよ?こんなに増えるとは思ってもみなかったわ」
「わかっているわよ。何、この宴会の費用を出したところで財政難にはならないから大丈夫よ。そんなこと気にしてないで、はい、パチェも飲みなさいな」
パチュリーは財政難の心配ではなく予想外の大きな出費を嘆いているのだが、酔ったレミリアには伝わらなかったようである。
「あなた飲み過ぎてないかしら。貰ったものは飲むけれどあなたもほどほどにしておきなさいよ?まあ困るのは自分だから構わないけれど」
そしていつも通り夜は更ける。この騒ぎに乗じて聖の目を逃れた命蓮寺メンバーがその後どうしたかは言わない方が聖のためだろう。
美鈴side
想定外に妖怪たちが集まってしまったがこれはこれで楽しいものだ。本をただせば一輪さんがミスティアさんに酒の話を持ち掛けたのがこの騒ぎの始まりだったがなかなかどうして悪くない。
パチュリーは何やら頭を抱えているようだがその隣のお嬢様は何も気にしていないようだ。お嬢様がパチュリーを心配していないのは親友だからなのだろうか。よくわからない。
「ねぇ美鈴、何を考えてるの?」「いえ、ただボーっとしていただけですよ妹様」
「ふーん、そうなんだ。でも折角宴会なんだからもっと騒がなきゃ損だよ。美鈴もお酒飲みなよ」
「ちゃんと飲んでいますよ。でもそういう妹様様はあまり飲んでいないようですが」
「私日本酒ってあまり口に合わないのよ。だから咲夜が作ったブドウジュースを飲んでるの。ほら、そこの」
あぁ、あの血が混ざっている奴か。お嬢様もあれなら飲めるらしい。はて、お嬢様の過去に何があったのだろうか。今となってはもう忘れてしまった。こういう事を記憶しておくのはパチュリーの仕事だろう。少し申し訳ないが。
もっと古い記憶もあるにはある。例えば
千年にも及ぶ旅を通して私も色々学ぶことができたからあの時彼女を助けた私にはよくやったと言いたい気分だ。
「日本酒も美味しいですよ?慣れれば、ですけどね」
今は宴会を楽しむことを考えよう。験なき物を思はずは一坏の濁れる酒を飲むべくあるらし。今夜出る酒は清酒だけど。
フランドールside
ひっそりと始まった宴会も随分と妖怪が増えたものだ。数年前までの私はあまり騒ぎが好きではなかったが何度か宴会に参加するうちに慣れてしまった。
過去の私では考えられない程今の私は活発に(昼に)行動している。知らない人がたくさんいる恐怖ももうなくなったし狂気で誰かを傷つけてしまう心配も無くなったらしい。
ただ宴会で残念な事は出てくる酒が日本酒ばかりだという事だ。日本酒も好んで飲むお姉様とは違い私は日本酒があまり好きではない。何となく舌に合わないのだ。
お姉様は慣れの問題だという。確かにお姉様も初めは飲む度に顔をしかめていたのを思い出す。でもお姉様は諦めを知らない。これは唐突に料理を始めた時に分かったことだ。初めの数年はひどい出来だったと言わざるを得ない。結局は毎日美鈴の作るご飯を食べていたくらいだし。でもその後も諦めずに美鈴の料理を研究したり本を読んだりしてここまでの腕になっている。
そんなお姉様を一番近くで見てきたのは私ではない。でもお姉様を一番尊敬しているのは私だろう。努力をすれば全て成功するわけではない。これはきっとお姉様が生まれ持った
私も努力をすれば何かが変わるのだろうか。友達を作る努力、慣れない事をする努力……私には何一つ足りていないのかもしれない。
咲夜side
想定外に参加者が増えてしまった為、美鈴と交代した私は大忙しだ。本当ならゆっくり料理を作りながら夜雀と話ができればいいと思っていたのに。誰かに仕えているわけではない妖怪が料理をすることは珍しい。お嬢様以外にもいたというのは驚きだ。しかも美味しい。
どうして彼女は料理をするのか、それは全く分からない。お嬢様のようにただの趣味なのだろうか。しかしどこに属しているわけでもなく、いつ襲われてもおかしくないのに趣味で料理などしている暇はあったのだろうか。
料理を始めるきっかけは様々だ。聞いた話によるとお嬢様のきっかけはパチュリー様の留守にあったらしい。主人に仕えている藍は勿論紫に出すために始めたのだろう。私は公の場で料理をするように仕込まれた。
私は自分がわからない。生まれた時期もわからず、親も知らない。いつの間にか魔物を討伐する組織に入っていて返り討ちにされたから今紅魔館で働いている。何故幻想を否定するあの場所で幻想の存在である私がいたのだろうか。幻想を否定する場所で新たな幻想は生まれないのではないだろうか。だとすると私が生まれたのはあの町ですらなかったのかもしれない。
「咲夜さん、この料理あそこに持って行ってくれない?」「えぇ、分かったわ」
いずれにせよ今考えるべきことではなかったか。過去の事なんて今となってはどうでもいいのだから。
小悪魔side
騒ぎが大きくなるにつれて植物由来の食材の料理から一転、肉料理が格段に多くなった。鶏肉は出てこないが。でも今回の宴会は肉料理は食べられないと思っていたので素直に嬉しい。それにしてもこの喧噪も今となっては心地く感じるようになった。
昔まだ魔界にいた頃は喧噪に近づくことさえ拒絶していた。私などよりはるかに強い者たちの集まりだったからだ。そんな場所は当時の私にとって恐怖でしかなかった。相手も悪魔であるという点では同じはずなのに。
召喚されることも私にとっては恐怖だったが術式からは絶対に逃れることはできなかった。誰かに召喚されることを嫌がる悪魔なんてそんなにいないだろう。そもそも私のように小心な者は相当珍しい。
そんな私でも嫌な顔一つせずに私を強くしてくれたパチュリー様と美鈴さんには感謝してもし足りないくらいだ。面と向かって言うのは気恥ずかしいのでできないが。
あの頃はまだ生まれていなかったお嬢様も妹様もいつの間にか私の実力を追い越してしまった。パチュリー様が言うには私はもう強くなれないみたいだ。賢者の石の魔力量を考えると今の強さが限界らしい。それでも気にはならない。そもそも何の力もなかった私がここまで強くなれたのだから。
私は恐らくずっとパチュリー様に付いて行くだろう。たとえ彼女が道を踏み外してしまったとしても。まあそうさせないようにするのも従者の仕事だろう。精々そうならない事を祈るばかりだ。
レミリアside
そろそろ宴会も終盤だろう。流石にお酒を飲みすぎたかもしれない。普段の私らしくないがお酒が美味しいのが悪い。日本酒も慣れれば美味しいものだ。ワインも悪くないけど。
パチェは何やら頭を抱えている。財政難が問題なのではなかったのだろうか。そうなると悪いことをしてしまった。さっき答えた時はかなり適当に返事をしたような気がするし。挙句の果てにパチェから飲みすぎと言われてしまった。
少し喧噪から離れて頭を冷やしに行くことにしよう。……流石は幻想郷、少し離れれば辺りは真っ暗になる。宴会の音はかなりうるさく聞こえているが問題はない。
今更だがどうしてこんなにも大規模な宴会になってしまったのだろうか。お酒の力には誰も勝てなかったという事なのだろうか。まあフランのように酒を飲まずに楽しんでいる妖怪もいるかもしれないが。しかしこうして毎回の宴会にフランも来てくれるようになったのは本当に嬉しいことだ。
引きこもりがちだったあの子を外に連れ出すために考えられたパチェの作戦は本当に素晴らしかった。彼女の頭脳に救われたことが何度あっただろうか。逆に私がパチェに感謝されるようなことをしたことは何度あっただろうか。
今は料理くらいでしか貢献できていないかもしれない。でもいつか私がパチェより強くなれたなら今までの積もり積もった礼はきっちり返したいものだ。パチェより強くなれるかどうか、今はまだわからないけど。
久しぶりの天の声に加えてパチュリー以外の紅魔館組を短めに繋げました。全員に少しずつ過去を振り返ってもらいました。レミリアは準主人公枠なので視点が二回あります(言い訳)
途中出てきた二つの和歌はどちらも大伴旅人の歌です。大伴旅人と言えば令和の出典である万葉集「梅花の宴」序文を記した人物であるとして聞いたことがある人も多いかもしれません。それ以外にも万葉集に収められた酒関係の歌でも有名です
次回はプロローグと同じくらいの長さなのでとても短いです。今夜出します。もう書き終えていますが
では最終話も読んでいただければ幸いです