咲夜side
私の起源は何だろう。この前夜雀の屋台で宴会をした時から気になって仕方がない。思い出そうとしても記憶に靄がかかるようにぼんやりしている。私の父親や母親となる人物は果たしてどこにいるのだろうか。私の記憶のどこにもそれらしき人物はいない。パチュリー様なら何か分かるだろうか。
今までも何度も彼女の頭脳には助けられてきた。それは私だけでなく紅魔館の全員もだろう。この紅魔館が成り立っているのは彼女のおかげともいえる。
「失礼します。パチュリー様、少しお聞きしたいことがあるのですがよろしいですか?」
「あら、咲夜じゃない。あなたがこの時間に来るなんて珍しいわね。それで聞きたいことがあるのだったかしら?いいわよ。今は特に何をするでもなく本を読んでいただけだしね」
いつもの図書館はいつも通りの風景。ただし今日は魔理沙の姿もアリスの姿も無い。私の個人的な話をするには都合が良い。
「ありがとうございます。では単刀直入にお聞きしますが、私の起源は何なのでしょうか。親がいた記憶が無いのは私がストリートチルドレンだったからでしょうか」
あぁ、そのこと。とパチュリー様は何故か嬉しそうにしている。やはりパチュリー様は何か知っていたようだ。これは僥倖…ではないか。だが私にとっては嬉しい事実だ。
「ふふ。いつその質問が来るのか、あなたがこの館に来た時から考えていたわ。えぇ、私はあなたの起源を知っているわ。でも教える前に少しお出かけしましょうか。私も丁度用事があったのよ」
何故初めに教えてくれないのだろうか。時間がかかりすぎるとかなのかもしれない。
パチュリーside
待ちわびていた質問がようやく咲夜から来た。咲夜がこの館に来た当時からこの質問はいつか来ると思っていたがこのタイミングで来たのは有難い。永夜抄の前にこの質問が来ていたら答えるのには少々苦労しただろうから。彼女の秘密を知るには当事者の話が一番なのだ。
「それで…一体どこへ出かけるおつもりですか?」 「永遠亭よ」
丁度私の喘息用の薬も切れてきたところだったしそろそろ行かなければならなかったのだ。私なんかが作るより永琳が作った方がかなり効き目がある。やはりずぶの素人が薬師に敵うわけなどないのだ。ただし使う薬草は慣れ親しんだ物の方が良いので庭で美鈴が育てた物を持って行っている。永琳もその方が良いと言っていたし。
散々身体を強くするために頑張って来たのに多少マシになったかな、程度だ。持病の無い生活がとても羨ましい。強くなる事の代償だと考えても良いが、私より圧倒的に強い妖怪たちは持病なんて持っていない。世の中は不平等だ。まあこの世界に来られただけでも十分幸せなのだけれど。
「館を出る旨をレミィに伝えてくるわ。今日の帰りは遅くなるかもしれないし」
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「……………………というわけでこれから咲夜と永遠亭に行ってくるわ。だから夕餉は用意しなくても構わないわよ」
「ついでだし作っておくわよ。ま、できるだけ早く帰って来れるようには努力しなさいな」
こういうところは本当に優しいし従者思いでもある。きっとこれが理想の上司というやつなのだろう。見た目からは想像もできないが。
「ありがとう。頑張るわ。アリスは今日来ないはずだけれど一応こあは置いておくわ。それじゃあよろしく頼むわね」 「えぇ。行ってらっしゃい」
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「いるかしら、妹紅。今日も永遠亭までの道案内を頼みたいのだけれど」
頑張れば自力で行けないことも無いが妹紅に頼った方がかなり早く着ける。妹紅の小屋の場所さえきちんと覚えておけば大丈夫だ。
「おや、樺菜じゃないの。それで貴方は…確か咲夜とか言ったっけ?料理、美味しかったよ」
前回妹紅が来た宴会といえば地霊殿の後だったか。あの時も料理担当には私、咲夜、美鈴が入っていた。何故紅魔館からこんなに人が出ているのだろうか。
「あら、ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいわね」
「咲夜、私にもそのくらいフランクに話してくれて良いのよ?むしろその方が私も楽だし」
「それはできませんわ。私が敬語を使う相手はこの世でたった三人ですがパチュリー様はその中に入ってしまっていますゆえ」
相手を尊敬しているから敬語で話しているわけではないはずだ。現に美鈴には敬語を使っていないし。何故館で最底辺に存在する私に敬語を使うのをやめてくれないのだろうか。
「仲が良いね、お二人さん。さて、それじゃあ早速向かおうか。今回は何をしに行くんだい?」
「今日は私用の薬の補充と咲夜の話を聞きに行くのよ。一応咲夜の個人的な話だから妹紅は聞かない方が良いかもしれないわね。あなたにとっては衝撃的かもしれないし」
妹紅が自分の話をしたがらないのはここでも変わらないらしい。原作よりは多少マシな気もするけど。こちらから話をすれば面白そうに聞いてくれるので、こちらから話し続ければ気まずくなることも無い。
「それなら私はてゐと一緒に鈴仙ちゃんでも弄って遊ぶかな」
鈴仙…ご愁傷様。てゐだけでも鈴仙にとっては凶悪なのにそこに妹紅まで加わるとは。彼女は今日の夜まで生きていられるだろうか。「うわっ」
あら、妹紅が串刺しになっている。炎によって死体が消えて行く様はまるで不死鳥の焼き鳥だ。縁起は…良くないかな。
「いっててて。まったくあの悪戯兎は………ただの人間が引っかかったらどうするつもりなんだろうね。私からすればスリルがあるくらいなんだけど」
流石は蓬莱人。生き返るのは妖精よりずいぶん早い。そして流石は咲夜だ。今の光景を見ても何も思わないのは人間を調理するからだろう。死ぬ危険をただのスリルと言ってしまうのも蓬莱人ならではだ。私には理解できない世界の話である。
「そんなことを言っている間に到着したよ。今日は鈴仙ちゃんと一緒にてゐを追い回す遊びに変えようかしら。たまにはあの悪戯兎も運動したいだろうしね」
まさかの標的変更。良かったな、鈴仙。まだ助かったわけではなさそうだけど。
しかしいくら慣れているからといってもよくこれ程までにひょいひょいと竹林を抜けられるものだ。道に迷うは妖精の仕業なのだが妹紅は妖精の悪戯が効かないのだろうか。鈴仙とてゐはわかる。鈴仙は光の三妖精の能力が全て効かないくらい波長を操れるし、てゐは私が生まれるより前からこの竹林にいたかもしれない。熟知していて当然だ。
妹紅は…………数百年いるから慣れるのには十分か。妖精がこの竹林で人を惑わすようになる前から住んでいるのかもしれない。それなら納得できる。
「おーい!悪戯兎はいるかー?」
着いていきなり大声でそれは無いだろう。いても絶対に出てこないだろうし。
「あら、妹紅じゃない。それにパチュリーと咲夜まで。お茶でも飲む?イナバに用意させるけど」
「それじゃあ貰おうかしら。今日はあなたと永琳にも話があるからついでに呼んで来てもらえると良いのだけれど」
そうすると鈴仙の負担が増えすぎるだろうか。申し訳ない事をしたかもしれない。
「それなら私が永琳を呼んでくるわ。お茶を出すのは面倒だからイナバにやらせるけど」
もうそこまで行けばお茶を出すのも大して変わらないと思うのだがそこのところはどうなのだろうか。それとも永遠亭のお茶出しは相当に面倒なのだろうか。
「あっ、姫様。お客さんですか?お茶持ってきますね」
ありゃ完全に職業病だね。お茶を用意しに行くまでの速さが条件反射ばりだ。まあそんなことを言ったら咲夜も大して変わらないように思うけれど。
咲夜side
パチュリー様に連れられてきた永遠亭。どうやらここに私の出生の秘密があるらしい。秘密の鍵を握るのは八意永琳。月の頭脳とも称されパチュリー様からも絶賛されている元月人だ。
「では心の準備はできたかしら?覚悟の無い者には話すことはできないわよ」「大丈夫よ」
パチュリー様に言わせれば衝撃的な事実らしい。でもそれを聞く覚悟もないのに今ここに座っていることはできない。自分を知ることでより世界は広がるだろう。すべては私を私たらしめるために必要な情報となるのだ。
「分かったわ。ではお話しましょうか。十六夜咲夜と名付けられた貴方の出自と私の後悔を。
先ずは結論から言わせてもらうと貴方の生まれは月なのよ。それに腹を痛めて貴方を生んだ親は存在しないの。パチュリーや貴方の主人の吸血鬼は薄々感じていたようだけどそれが事実よ。月が生んだ唯一の傑作、それが貴方なの。
月ではあまりにも科学が発達しすぎたせいで調子に乗り出す人も出てきたわ。そこでそのような人たちが考えたのが人造人間計画よ。つまりは自分たちの手で人間を作ってしまおうという計画ね。残念な事に月にはそれができるだけの科学が存在してしまっていた。もう数千年、数万年以上を生きてきた月人たちには倫理観という物が無くなってしまっていたの。
私は本来ならしたくなかったことよ。でも決定は多数決によって行われたのよ。未だに決め方だけは多数決なんていう原始的な方法で行っているのには納得できないわね。そう言うわけだから私は計画に協力するしかなかった。あの頃の私はまだ輝夜の教育係をしていたから立場を失うのは避けなければならない事だった。
さらに私にとって都合が悪かったのはその輝夜も計画に携わらなければならなかったこと。月人とは穢れを失くすことで永遠を生きる種族の事。でも人造人間には初めから穢れが存在してしまう。それを輝夜の能力を使って少しずつ減らしていく、と言うのが計画の全てだったわけ。
計画は成功し人造人間は赤子の状態で作られた。でもそこからが問題だったの。その人間は想定をはるかに上回る穢れをまとっていた上に輝夜の能力に似た能力を持って生まれてしまった。こうなっては月に置いておくことなど到底できなかった。月人は穢れが拡がることを恐れた。自分たちで生み出しておいて勝手なものだと思わないかしら?
結果輝夜の作り出した永遠の空間に閉じ込められることになった。千五百年が過ぎたら地上のランダムな場所で空間が開き赤子は地上に存在するようになる手筈でね。私は貴方を生み出してしまった事と貴方のその後の事を考えると計画を続ける気にはならなかった。
幸いな事にそのすぐ後に輝夜が地上に流刑になったから計画は無くなったわ。そして私も一緒に地上に残り輝夜たちとつい最近まで隠れて暮らしていたの。輝夜はウドンゲと会うまで月にいたことすら忘れていたようだけど私は忘れた事など無かった。私にもう少し権力があれば、私にもう少し勇気があればこんなことにはならなかったのだと思うと悔んでも悔やみきれなかったわ。
勿論私は蓬莱人だから死んでも死にきれない。だから死で償う事は出来なかったし、そうしたところで貴方も喜ばないでしょう。
私たちが起こした異変で貴方を見た時に一目で分かったわ。貴方たちが私ではなく輝夜を追って行ったのは誤算だったけれど。貴方には本当に申し訳ない事をしたわ。本来ならもっと早くに話しておくべきだったでしょう。何か私に対して言いたいことがあればいくらでも受け入れましょう。そのくらいの権利が貴女にはあるはずよ」
なるほど。これが私の真実。この告白を聞いて『お前が悪いんだ』と怒り出す者がどこにいるだろうか。或いはただの言い訳にも聞こえるかもしれない。しかし少なくとも私にはそのようには聞こえなかった。彼女は心の底から後悔しているように感じた。
「貴方に対して特に言いたい事は無いわ。むしろ感謝しているくらいよ。生み出されなければ私はお嬢様や妹様、パチュリー様に美鈴、小悪魔にも会う事は出来なかったのだから。仮に私が恨む者がいたとしてもそれは貴方ではなく生まれた赤子を不良品とした月の重役でしょうね」
私が存在しているからこそ紅魔館の方々に会う事ができたのだ。月で育たなかったからこそ今地上で暮らせているのだ。だから永琳にはああ言ったが結局私がそれに関して誰かを恨むことは無いだろう。
「私は貴方にひどいことをしたのにそう言ってくれるのね。ありがとう、心が軽くなったわ。それにしても十六夜咲夜、か。良い名を貰ったわね。咲耶姫を思い出すわ」
咲耶姫といえば富士の山の神だったか。その昔かぐや姫の消えた後に残された人間たちはその山の頂上で蓬莱の薬を燃やそうとしたらしい。だから
「えぇ、お嬢様に付けていただいた自慢の名前よ」
そしてこの名が表すところは満月。吸血鬼の最大の味方である。あの頃の私にとってはただ言いにくいだけの名前でしかなかったが、今ではとても気に入っている。
「大事にしなさいね。…あら、もうこんな時間ね。話し過ぎてしまったかしら」
「そうね。もう帰らせてもらうわ。最後に一つだけいいかしら?「えぇ」私の寿命はどうなるの?」
「…………残念ながら貴方の寿命は一般の人間より少し長い程度のものしかないわ。良くてあと二百年生きられるかどうか、ね。纏っている穢れが多すぎるからよ。残念だけどそこはどうしようも無かったわ。申し訳ないわね」
何が残念な事か。私にとっては喜びでしかない。
「いいえ、それでいいのよ。私は一生死ぬ人間であることをお嬢様に誓った身。ならば確実にお嬢様がお亡くなりになる前に私は死ななくてはならないわ。主に先立たれるなど従者としてあるまじき失態となってしまうでしょうからね。だからそんなに長くない寿命があった方が良かったのよ」
あの時は輝夜の言葉を理解できなかったが今は答え合わせでもしているような気分だ。死の無い人間はもはや人間ではない。そして私は人間であることをお嬢様に誓ったのだ。悪魔への誓いは破ることすら許されない。どうやら私にはきちんと死の概念がある様で安心だ。
「ではこの辺りにしましょうか。そろそろ妹紅も待ちくたびれているでしょうしね。咲夜もそれでいいかしら?」
「はい、パチュリー様。今日はありがとう、永琳。また何かあれば頼ることもあるかもしれないわ。その時はよろしくね」
当分は彼女が親である、という認識でも問題ないだろう。確かに話は衝撃的だったが聞いて良かったと思った。これで安心して人間としての生を過ごすことができるというものだ。
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「今日はどんな話をしてきたのかしら」
「咲夜の話よ。レミィも気になるのなら咲夜から直接聞きなさい。ただし強制しては駄目よ」
強制されなくてもお嬢様には話しておくつもりだったし丁度良い。
「お話しますよ。私にとっては驚きに満ちていましたがお嬢様にとってはそれほどでもないでしょう」
あの時だって私を置いてけぼりにして輝夜と話ができていたし。
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「へぇー。ま、予想通りではあったわね。少し予想外な所もあったけど。さて十六夜咲夜、今改めてお前に問おう。不老不死になる気は本当に無いんだな?」
「勿論でございます、お嬢様。私は今も昔もこれからも一生死ぬ人間であることを変えるつもりはありません。ですが私が生きているうちは…………必ずやお嬢様とともにおります。いつでもどこでも、そうお嬢様がお望みであるならば」
即答とはこういう場面で使うべき言葉である。一瞬の間も置かず即座に回答する。それはお嬢様の望む答えではないのかもしれない。だが私は
最近否定されつつある咲夜と月の関係です。何かはある気がするのですが肝心の『何か』が何なのかわからないのですよね
別に回収しないままにしても良かったのですが、皆さん気づいていたと思うので私の作った設定を書いておきました。読者様の想像に任せても良かったのですが、そんなに暇な方はいないかな、と思ったので
では次回も読んでいただければ幸いです