商人アレハンドロは自由都市ハンザブルグにおける大多数の商人と同じように、金銭のためならどんな事でもやるタイプの男だった。
そんな彼にとって、辺境伯領から持ちかけられた取引は実に良いモノに思える。
後に人々は彼が辺境伯領の行政長官から栄えある『欲深くて間抜け』という称号を承っていたのだという事を知るようになるがそれはまだ先の話。
彼は今有頂天で、王国の西側にある『共和国』へと荷を運んでいた。
勿論、彼も最初は半信半疑だった。
辺境伯領行政長官から呼びつけられ、何事かとは思ったが。
少し前の方伯領における魔族侵入の際に捕虜から製法を得たという謎の
だが、今では彼は行政長官を疑ってはいなかった。
依頼を受けた後、無償で提供された試供品を試した事でこの秘薬の素晴らしさが嫌と言うほど分かったのだ。
気分が高揚し、頭が冴え、五感が増強されるような何とも言えぬ感覚。
最初の仕事で運んだ秘薬は無償で提供されたし、仮に売れなくとも彼が損を被ることもない。
もし売れなければ…彼はそれを全て自分の為に使うつもりだった。
秘薬は国境を超えた共和国でも売れ、2回目の商売ではその倍の量が売れた。
アレハンドロも気づいていたが、どうやらこの秘薬の欠点はその依存性にあるらしい。
でも一度に大量の量を必要とするわけではないし、少なくとも買える金は充分ある。
共和国での商売は回数を追うごとに鼠捕り式に儲けが増えていたし、これからも増え続ける事が容易に想像できた。
無論、儲けの幾ばくかは秘薬の持ち主に渡さねばならなかったが…それを差し引いてもアレハンドロの取り分は莫大だった。
彼は今日も国境へ向けて荷を運ぶ。
共和国での商売は、これで2桁になろうとしていた。
商人アレハンドロが魔王国伝来の秘薬を売り捌いていたとき、方伯は王国の東側にある隣国・帝国からもたらされた"回復薬"を常用し始めていた。
数日前に帝国特使を名乗る褐色の麗人がやってきて、その回復薬を手土産に持って来たのである。
今日も方伯は自身の執務机…辺境伯の持つ机よりも余程立派な机…に白い回復薬の粉末で筋を作り、鼻でそれを啜っていた。
「………ふぅ…おお!素晴らしい!ここまで頭の冴えたのはいつぶりか!」
「方伯様…日々薬の使用量が増えているように見えます。くれぐれも節度を…」
「案ずるでない、司令よ!儂は今かつてないほど頭が冴えておる!軍の指揮体系の立て直しも驚くほど速く進んでおるではないか!」
「………」
実際には、進んでなどいなかった。
方伯から出される命令の量が増えただけで、その質は熟慮を欠いている。
ただ単に勢い任せではないかと疑いたくなるような命令の数々は、相互が矛盾し、阻害し、その意図を永遠の暗闇へと誘い、更にその上に新しい命令が重なる有様だ。
方伯軍司令は正直なところ、回復薬を使い始めてから不安定になり始めた方伯を心配していた。
「あの帝国特使…いや、帝国の提案は誠実な物だということもよく分かる。わざわざこのような素晴らしい回復薬を贈呈したのだからな。」
「方伯様…帝国特使の提案は、国王との衝突を招く可能性があります。」
「恐るる事はないっ!ハンドキャノンを装備する軍を持つのは、この王国中で我が軍勢だけ!帝国の後ろ盾があれば、この儂が次の国王になるのも夢ではなかろう!」
「………」
「前回の失敗をあまり引き摺るでないっ!…あの失敗は運用の固まっていないまま出撃を命じた儂にも落ち度はある。だが、それも実戦故に得られた経験であろう!儂に忠実な近衛騎兵は誰一人死なず、死んだのは徴発された農民だけ!良い事ではないか!」
方伯軍司令は苦い顔をせずにいられない。
司令自身、配下のハンドキャノン隊を見捨てるような判断を下したが、アレは失敗だったと思いつつある。
彼は方伯領軍の複雑怪奇な指揮系統を一元化する事を生涯目標としていたのだが、自身の失策がその目標を遠ざけてしまった。
農民徒歩兵のハンドキャノン隊を捨て駒にした事が、その"持ち主"である貴族達を怒らせたのだから。
「ハンドキャノンの装填に長い時間がかかり、それを補う為に三列を用いて断続的な射撃を行うという方法も失敗だったな…これでよぉうく分かった。ハンドキャノン隊の単体運用は現実的ではない。元来のパイク隊や弓兵との混用編成にすべきだな。」
「はっ!おっしゃる通りに。」
司令は時々分からなくなる。
回復薬に溺れているように見える方伯は、偶にこういったマトモな発言もした。
あの褐色の麗人が持ってきた回復薬は果たして認めていい物なのか、それとも断ずるべき物なのか。
下手に蜂の巣を突くわけにもいかない司令は、ただ方伯を見守ることしかできなかった。
…………………………………
辺境伯居城
執務室
「すー、はー。すー、はー。」
私は西の隣国にコカインをばら撒いて、方伯も薬漬けにしたわけだが、自身でコカインに手をつけようなどとは微塵も思わなかった。
転生前の世界で、コカインがもたらす害悪を知っていたからだ。
ヤクブツ、ダメ、絶対!
"じゃあお前今一体何を吸ってんだ?"
言わなくても分かるだろ、ハニー………ダニエラさんのおっぱいの香り。
「う〜〜〜ん、ダニエラさんダニエラさんダニエラおっぱいさ〜ん」
「ふふふっ…本当に我の胸が好きだなぁ、我の
「うんうん、だいしゅき〜〜〜。すー、はー、すー、はー」
「…………ゲルハルト、僕はもう帰っていいかい?」
「頼むアンドレアス。あと3秒待ってくれ。す〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
「あん♡…吸いすぎだぞ、我の
「〜〜〜〜〜〜…っよしッ!それで、何の話だっけ、アンドレアス。」
おいおい、どうしたアンドレアス?
目が死んじまってるぜい?
何だどうした、そんな目で見んなよ。
トニー・モ●タナがコカイン吸ってるわけじゃないし、スカー●ェイスよりよっぽど健全だろう?
こうして褐色長身爆乳イケメン美女の馬鹿デカおっぱいの香りを吸うとだな、頭は冴えるし、気合は入るし、そのくせコカインみたいに有害なわけじゃない。
良いこと尽くめじゃねえか、なあ?
「…………」
「なんだその沈黙は」
「うん、分かった。手遅れなんだね、君は。悪いけど僕じゃ救えないよ。」
「え、何それめっさ傷つく」
「本題に入ろう。」
「お、おう。」
アンドレアスは呆れたような顔だったが、私と話すとなると真剣な顔つきになった。
その表情を見て私も少しばかり失敗したなという気分になる。
彼は今コカイン製造の絶対的責任者であり、日々多忙な中私への報告をしにきてくれたのだろう。
にも関わらずこちとらコカインならぬオパインを爆吸いしてたのだからあんな反応されても無理はない。
今度は勿論私も真剣だった。
「コカインの販売は順調で、あのアレハンドロとかいう間抜けが商売を行う毎に売り上げは倍増してる。国庫も問題なく潤ってるよ。…ただ、問題が一つ。」
「問題?」
「ハンザブルグの他の商人達もその話を聞きつけている。国境地帯で活動を行う野盗連中の耳に入るのも時間の問題だ。」
「その話は我の情報網でも確認したぞ、我の王子様。手を打たねば、こちらの荷を襲われるやもしれぬ。」
「………分かった。アレハンドロを我がノルデンラント家の御用達商人にする。」
「!?…いいのか、ゲルハルト。易々とあんな間抜けに栄誉を与えて。」
「どうせ使い捨ての駒に過ぎんが、使ってる内は便宜くらい図ってやるさ。金ピカのメダルがあればこちらが護衛をつけても不自然はない。取引を寡占させてもな。」
「うぅん…我の王子様、一つ分からぬ事がある。販路を広げたいのであれば他の商人も使うのがよかろう?何故あの間抜けにこだわる?」
「ハンザブルグの間抜け共からあの商人を選んだ理由は、奴の口が固いという裏付けが取れたからだ。あの秘薬はあくまで魔王国から産出された物として流通させている。もしもの時、当家に疑いの目が向かないように真実の核心からは距離を置かせたいのさ。」
そもそも、コカインを王国内で流通させなかったことにも理由がある。
第一に、王国の宗教をその一手に握る『教会』の存在。
公国内に総本山を置くこの組織体を、私としては味方につけておきたかった。
コカインは遅かれ早かれ人をダメにする。
そんなモノを王国内部にばら撒いたとすれば教会も黙っていまい。
ただし、共和国は宗教に寛大な国家で、教会は共和国の人間を不信心者として嫌っていた。
だから地獄落ちが決まっている連中に"
万が一我々に"
護衛を付けることは、速やかな処分を可能とするという点でこちらにも都合が良かった。
第二に、共和国が将来的に仮想敵となる可能性があるということ。
取らぬ狸の皮算用だが、我々が方伯領を手にした場合、バランス・オブ・パワーは大きく変わり、王国は勿論共和国にとっても脅威ないし標的になる可能性がある。
王国は教会を味方につければ何とかなるとして、帝国と共和国の二つの隣国の内、少なくとも一つは混乱の種を振りまいておきたかった。
帝国は現在孤立主義的な皇帝がその座にいる。
こちらは当分安心だろう。
しかし、共和国は民主主義的な体制のせいで長期的な観測は封建制度の国家より難しい。
だからこそ混乱状態にある方が望ましいのだ。
第三に、私は自身の領民やこれから自身の領民にしようとする者達がコカイン中毒になる事を望まない。
生産の働き手達がヤク中などではとても順調な行政など働かないという者だ。
保身のためにコカインの製造を始めたのに、コカインのせいで保身が危ぶまれるなど本末転倒。
よって、少なくとも私は王国内でコカインを売る気はないのだ…方伯とアレハンドロを除いては。
商人アレハンドロをスカーフェイスに仕立て上げ、新魔王様にはパブロ・エスコバルを演じてもらう。
私は
トニー・●ンタナがマイアミでボロ儲けして、エスコバルがメデジンで悠々と暮らす間に、黙々とブツを作り上げて、こっそりと金儲けをするわけだ。
儲けた金で軍隊を補強し、兵站を整えて、肥沃な土地を手に入れる。
我が領民の暮らしが安定すれば、少なくとも擾乱は起きにくくなり私が生き延びる可能性はグッと上がるだろう。
そしてその計画と目標の第一弾は、まもなく達成されると見込まれる。
「あともう一つ、これはカリウス将軍から頼まれた伝言なんだけど…」
「将軍から?」
「ああ。公国との国境沿いに根城を設けてた野盗グループの一つが皆殺しにされたそうだ。犯人は不明だけど、どうやら1人でやってのけたらしい。」
「………どうだっていい。好きにさせておけ。ルンバみたいなもんだ、こちらに害はないだろう。」
後々分かることだが、この判断は全く軽率であった。
そのルンバのせいで後日私はえらい目に遭う。
だが今そのルンバはハンザブルグに向かっていたし、私は別の作戦にかかりきりだった。
大詰めを迎えた作戦に集中するために、私はダークエルフおっぱいに顔を埋め、一気にオパインを吸い込んだ。