第二次世界大戦はアメリカ合衆国の製造力を示す上で最も適切な時代であろう。
かの工業大国は主力戦車を五万輌も生産し、その兵站に必要な輸送車両、ジープは勿論、ありとあらゆる火砲、航空機、戦闘艦から個人の持つライフル銃に至るまでその動員規模に見合った装備品を生産したのである。
いや、そればかりではない。
アメリカ合衆国は自国の膨大な需要を満たした上でイギリス人やフランス人、ロシア人や中国人に至るまで、ありとあらゆる盟邦達に装備や物資を送る余力があったのだ。
そんな工業超大国の事だから、銃後の民生事情は日本やドイツのそれに比べて格別良かったに違いないと思うかもしれないが、それは誤りである。
一例として、民間乗用車の生産をあげよう。
1943年、アメリカ合衆国の自動車メーカーが一般消費者の為に製造した乗用車が何台であったか?
驚くべきことに、たったの600台である。
ここからわかる事があるとすれば、アメリカ合衆国があれだけの製造力を持って枢軸国を屈服せしめたのは、その保有資源のみによるというわけではないという事だろう。
資源や生産リソースをどこへ集中投入するか…つまりはモノをいかに使うかという点においても、アメリカ合衆国は傑出していたのである。
辺境伯領の国庫は過去10年でも見ないほど、順調な回復傾向にあった。
とりあえず食糧の購入に必要な分は固定費として差し引かねばなるまい。
領民はもう飢えに我慢できないだろうから、不満が高まらない内に食糧を供給するのは定石に思える。
さて問題は残りの額をどう使うかだ。
先に述べたように、モノがあっても使い道を正しく選択できなければ、それは宝の持ち腐れとなる事だろう。
では、それを避ける為にどう割り振るべきか。
私はもう、腹の内ではほぼほぼ決めてあったのだ。
転生前からイタリア料理は大好きだった。
最も一般的な庶民料理であるピッツァ或いはそのアメリカナイズド版であるピザは、私にとって幼い頃のイコンですらあった…つまるところ、崇拝の対象だったのだ。
母親がピザの出前を頼む時、私は必ずその動きを察知して新聞の折り込みチラシと睨み合う母親の前に躍り出た。
その頃一等好きだったピザは、トマトソースベースの…ポテトサラダを乗せたジャーマン何たらとかいうピザで、後々調べたことだが地元のローカルチェーン店くらいでしか取り扱っていない商品だった。
人間の味覚は歳と共に変わっていく。
地元を出てから、かつて崇拝の対象であったジャーマン何たらに出会う事はめっきりなくなったし、歳を取った私の舌にあの味はいささか甘過ぎるようにも思える。
ジャーマン何たらを玉座から蹴落として、次に私を魅了したピザは、マルゲリータだった。
トマト嫌いにとっては拷問みたいなもんだろう。
これほどシンプルなピザもない。
トマトソースにモッツァレラが乗っかり、大抵の場合萎れたバジルが添えられている。
このバジルが若々とした状態のマルゲリータは見たこともないが。
とにかく、ジャーマン何たらに比べれば至ってシンプルな事に間違いはないのだろうが、トマト嫌いどころかトマトが好きすぎてトマトから嫌われてるんじゃないかという私にとって、これ程にまで魅了されるピザはなかった。
ただし残念な事に、これまで辺境伯の宮廷料理人でピザないしピッツァを作れる者はいなかった。
そもそもトマト自体、辺境伯領のみならず王国全体で食される事はあまりなかったらしい。
だがここに来て私はピザないしピッツァを作れる人物を手に入れたのだ…ダニエラさんである。
「我のピッツァは美味しいか、
「美味ちぃ美味ちぃ」
「語彙力がスペイン内戦中のゲルニカだよ、ゲルハルト。ピカソが描いたやつより酷い。」
グルメレポート能力云々言われたって、私は別にグルメレポーターでも何でもない。
だからアンドレアスからの意見には静かに首を振る事で答えたし、私はそうやりながらもシュペアーの方を向く。
彼も今私と同じように熱々のマルゲリータを頬張っている。
数週間前まで目の下に濃ゆいクマを作っていた彼だが、今ではそのクマも薄くなり、笑顔で食事を楽しんでいた。
長年財政の切り盛りに苦悩していた人物が笑顔になることなんてそうそうない。
もし、それがあるとすれば…その
「だって美味ちぃんだもん。なあ、シュペアー?」
「なかなかに素晴らしいですね、辺境伯様。トマトの程よい酸味にチーズの香りと食感…病みつきになりそうです。」
「わしゃダメじゃ、辺境伯殿。胸焼けがする。」
「胃もたれもするのぉ」
シュペアーの理想的な食レポに引き続き、シュタイヤーとカリウスとかいう2人の爺さんの愚痴が並ぶ。
だからやめとけっつったろお前ら。
マルゲリータにポテトフライなんて若者が食っても胸焼けするし胃もたれもする。
だってのに「おおっ↑なんじゃそれ?わしらにも食わせろ」とか言ってたお前らが悪い。
今、我々は例によって昼食会の真っ最中。
ダニエラさんのピッツァを見て、閣僚達は皆それを食べたがった。
故に良い歳した権力者達がマルゲリータを囲んでポテトフライを食べるなんていうお誕生日会みたいな状況が生起している。
私は胸焼けに苦しむ高齢者達を無視してシュペアーに再び話を振った。
「こんな所で仕事の話なんかしたくないが…新たな収入の用途は支持通りにやってくれたかい?」
「勿論です、辺境伯様。コカインのおかげで鉄鋼業の技術力は凄まじい勢いで発展していますよ。」
「ハンドキャノンは問題なく作れそうかな?」
「ええ!豊富な資金を担保にできますから。鉄鋼業ギルドの長…エルドリアンという男ですが…彼によると、改良型まで製作が可能とのことです。」
「ほっほお、そいつぁあ素晴らしい!エルドリアン君には引き続き資金を供給しよう。」
金は万物の特効薬だな、私はそう思わずにいられない。
魔王との戦争からこの方、領内の鍛冶屋連中は仕事がなくて困っていたはずだ。
聞けば連中は農具の修理や軍用品の細々とした収入で何とかやってきたという。
それが資金を注ぎ込めば世界最高の工房に生まれ変わるとは。
おかげで私も伸び伸びとやっていけそうだ。
「コカインの製造も順調そのものですが…問題が」
「何かな?遠慮せずに言ってくれ。問題の掌握が早ければ解決も早い。」
「現在、コカの葉は採取によって得られた原料を用いています。…つまり、野生のコカの木からとっているわけです。」
「栽培には着手しているんだろう?」
「はい。ですが、コカの木はすぐに育つわけではありません。採取にも限度がありますから、コカインの流通量を継続させるには、現状維持するしかありません。」
「つまり、増産してしまうと先に原料が底をつくわけだ。」
「その通りです。採取できるコカの量を見積もりましたが、やはり現状が精一杯。…つまるところ…」
「
「はい」
「始める前から分かっていたことだ。長官、私が最重要視するのはコカイン製造技術と軍事技術。そちらに資金を回してくれ。将軍には悪いが、軍装備の更新は後回しになる。」
「…まあ、しばらくは戦争になりそうもないしの。それに、方伯軍相手なら装備更新は火急の要件ではないわい。」
将軍はそう言ってナイフとフォークを自身の皿の上に置く。
どうやらもう"カンバン"らしい。
シュタイヤー大臣もとっくの昔に"カンバン"だったので、残る3人でこの量を食べなければならない。
まあ、3人でこの量なら食べれる
「ふう、悪いけどゲルハルト。僕ももう"カンバン"だね。」
「え?ちょ、おい!嘘だろアンドレアス!?」
「なぁに、心配は要らぬ。我が残っている。」
白旗を掲げたアンドレアスの代わりにダニエラさんが席に座ると、シュペアーもシュタイヤーもカリウスも皆席を立って部屋から出て行った。
残されたのは半ダースのマルゲリータと、私とダニエラさん。
つまりピッツァは2人で食べ切れるか、食べ切れないかのギリギリの量が残っている。
「我は4切れいただこう。
「…それじゃ、仰る通りに。」
ピッツァを2切れ取り分けて、自分の皿に盛る。
ダニエラさんは残りを自身の手前に持ってきて、内1切れを頬張った。
「我ながら中々の出来栄えだ…ふふっ、我の
「そんなに?」
「ああ。トマトは魔族でも食べたがらぬ。こんなに美味しいのに…勿体ない。」
ダニエラさんが1切れ食べ終わるまで、私はその様子を傍で見ていた。
なんつーかね、色っぽい。
褐色モデル体型ダークエルフがピッツァ食ってるだけなのにめちゃんくそエロい。
そんな私の邪な視線に気がついたのか、ダニエラさんがこちらに妖艶な笑みを投げかける。
「我の食事がそんなに珍しいか?」
「あ…うん…いや…うん」
トマトソースがピッツァから滴り落ちて、ダニエラさんの胸元に垂れた。
赤い液体が形の良い円錐形をなぞるように滴り落ちて、私は滴から目が離せない。
ダニエラさんは笑い声を漏らす。
「ふはははっ、我の
「…あ、ああ、申し訳ない。あまりにも…その…何というか…」
褐色の人差し指が私の唇を抑えた。
突然の暴挙に私は目を丸くする。
目の前のダークエルフはまだ妖艶な笑みを浮かべたままだったが、その目は真剣だった。
「…新魔王様から許可を頂いた。」
「な、なんの?」
「………我はもう新魔王様の眷属ではない。王子様の、本当の許嫁になれる。」
………は?
何そのサイコーなサプライズ。
だってさ、よく考えろよ?
褐色モデル体系爆乳クソイケメンダークエルフが私の許嫁?
一体全体何があったらそうなるんだ?
ひょっとしてアレか?
罠か?罠なのか?
また大声で笑い出して「ふははっ、冗談だ!」とか言って凹む私を笑い飛ばすのか?
だが、いつまで経ってもダニエラさんは笑わなかったし、妖艶な笑みは真剣な表情へと変わっていく。
「え、マジ?なんで?」
「………我の王子様は良き統治者だ。側で見ていてそう思った。」
「いや、あの…良き統治者が人の子拉致して脅迫する?」
「ああ。必要によっては、な。…だから…」
クソイケメンダークエルフが褐色の顔を赤らめる。
少なくとも2人でピッツァの残骸を片付けんとしてる時にする表情じゃない。
「もし良ければ…だが。我をこの先も側に置いてくれぬか?」
「………マジで言ってる?」
「ダメか?」
「いや、全然良いけど」
ダークエルフの顔が綻んで、歓喜の表情に包まれる。
そして私の顔面はあまりにも巨大な双丘の谷間に包まれた。
「嬉しいぞ、我の王子様!」
「ふご!ふごふごふご!」
「ああ、いや。この関係に至って、この呼び名はおかしいか…」
ダニエラさんはそのまま物思いに耽ってしまった。
物思いに耽るなとは言わないが、それをやるなら私を双丘の谷間から解放してからにしてほしい。
オパインの
「ふご!ふごふご!」
「では何と呼ぼう……!…そうだ、これが良い。」
ダニエラさんの腕が後頭部に回り、私の頭はより強い圧で谷間に押しつけられる。
柔らかい胸と良い香り。
だけども、ちょっとだけでいいから放して欲しい。
本当に窒息しそう…
「これからもよろしくな、我のハニー♡」
英語圏では恋人同士をハニーだのダーリンだの呼ぶらしいが、別にダーリンが男、ハニーが女という決まりがあるわけではない。
だけどもなぁ…
イケメンおっぱいダークエルフにハニー呼ばれるのもなぁ…
この際仕方がない。
私は少々恥ずかしかったが、どうにか"隙間"を確保して、ダニエラさんの呼びかけに相応しい言葉を返した。
「愛してるよ、ダーリン」