クソゲス☆ド外道ファンタジー    作:ペニーボイス

16 / 32
14 殺人カンバス

 

 

 

 

 

 

 

 辺境伯居城

 地下室

 

 

 

 

 

 

 椅子に縛り付けられた少女は汗だくで、その身体は小刻みに震えていた。

 白衣の医者らしき男が仕事道具を用意していたが、誰が見たところで治療行為を行なっているとは見做さないだろう。

 汗に塗れる少女とは対照的に、男の態度は冷静だった。

 歯科医が検診を行うかのように、男は淡々と準備を済ませて、そして同じように淡々と言葉を発する。

 

 

「…人体とは面白いものです…特に痛覚は。痛みは身体の持ち主に危険を知らせるための信号でもあります。これ以上の負荷はその体の部位の如何の機能が損なわれる、失われる、或いは…最悪の場合、死に至る危険を教える。」

 

「………」

 

「痛覚がなければ、人間どうなるでしょうか?その人は痛みを感じない、という事になりますよね?つまりどの程度が危険なのか分からない…何をすれば危ないのか、身体の機能が損なわれるのか、死に至るのか…全く分からんのです。」

 

「………」

 

「かつて私の"患者"の中にそういう人間がいた。いやあ、助かりましたよ。大人しくて。色々と手間が省けたものです。」

 

 

 男はかつての回想に浸りながらも、少女の方へ縛る。

 猿轡を噛ませられた彼女は、異様な男の雰囲気に目を大きく見開いていた。

 瞳孔は開いて目は血走り、時折滝のような汗が入り込む。

 その度に彼女は目を瞬かせるが…どうやらこの状況は夢でも幻でもないらしい。

 

 追い込まれた彼女に出来ること。

 明らかに危害を加えられようとする時、往々にして人々がするであろう行為を彼女は実践する。

 何のことはない。

 猿轡をどうにか外し、男を罵倒したのだ。

 

 

「ぷはっ!…気持ち悪い人!でも、何をされたって口を割るものですか!」

 

「ふぅん…一体、何故そこまで"彼"を庇うのです?」

 

「あの人は弟を助けてくれた!病気に苦しんでいた弟を…うっ、ぐすっ…本当に良くしてくれた!アンタみたいなクズに渡してたまるものでsひぎぃ!?

 

 

 涙ながらに喚く少女の腕に一本の針が刺さる。

 それを差し込んだ男は笑顔を浮かべていたが、その目に生気はない。

 あまりにも気味の悪い笑みを見た彼女は震えながらも、しかし不思議なことに自らの感覚が鈍っている事に気がついた。

 

 

「い、一体何を…」

 

「心配ありませんよ。これはコカインという新しい薬物を少しアレンジした物です。痛みを軽減させるという特徴を強化してみました。例えば…そうですね。今あなたをアイアンメイデンに入れたところで、あなたは痛みを感じることなく死ぬでしょう。」

 

「ひッ」

 

「ああ、ご安心を。私は貴女を殺す気なんてありませんよ。貴女は無事にここから出てこれる。」

 

「い、痛めつける気でしょう!?あの人について喋るまで!!」

 

「ええ、貴女にはいずれ喋っていただきますが…でも痛めつけるわけじゃありません。」

 

 

 男は再び少女から離れていく。

 代わりに部屋の隅にある大きなカンバスに向かっていった。

 そのカンバスには大きな麻布が掛けられていて、その上で木枠に据えられている。

 男はそのカンバスを枠ごと持ち上げると、まだ布を掛けたまま少女と向かい合わせた。

 

 

「拷問って、何だと思います?何のためにして、何を得ようとしているのか?」

 

「痛めつけて…真実を話させる」

 

「ああ、そんなに緊張しないでください。…そうですね、多くの人はそう思うでしょう。しかし私の見識は違います。」

 

「………」

 

「痛みを与えるのは"恐怖"を与えるためです。恐怖から逃れるために、人は口を割る。…でも、良く考えてみてください。苦痛のあまりデタラメな事を喋られても、誰1人として真相は分からない…本人以外はね。」

 

「………」

 

「それにうるさい。尋問者の耳にも良くないんですよ。だから…私は貴女に痛みを感じさせない。貴女に感じてもらうのは"恐怖"です。」

 

「…………ぅ」

 

「お花が好きなようですね。貴女を良く知る人間から聞きましたよ。だから…きっと気に入ってもらえるんじゃないかと思うんです。」

 

 

 

 男がカンバスに掛けた布を取り払う。

 現れたのは絵画だった。

 それはそれはもう、悍しく、グロテスクで、"美しい"、絵画。

 

 人間の手のひらのようだった。

 だがそれはとても綺麗に切り裂かれている。

 指先の動脈や静脈が広葉樹の葉脈のように広がって、赤と青の気色悪いコントラストを醸し出していた。

 

 

「"お花"みたいでしょう?…勿論、こうなってしまったらもう二度と元には戻れない。」

 

「……いや、いやぁ」

 

「人間のソレとは思えませんよね?…人間が1番恐れている事態の一つにアイデンティティの喪失が挙げられます。"自分が自分でなくなる感覚"。それが将来永年に続くと知ったら…それも毎日毎日視界に入るとしたら…いやぁもうそれは恐ろしい。」

 

「いやぁぁぁ、いやぁぁぁ…お願い、なんでも話すからぁ」

 

「叫べないでしょう?薬が効いてきた証拠だ。残念ながら、貴女が喋るにせよ喋らないにせよ"施術"は進みます。理由は先程お話しした通り。つまるところ、恐怖を味わってもらうためです。人は恐怖を前にすると正直になる。さて、歌ってもらいましょうか。お嬢さん。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「メイベル、君はスタイリストなんだよな?」

 

 

 私は真っ赤な血に染まった右手を見ながら、お抱えの髭剃り師に問いかける。

 今現在私の右頬の一部に裂傷が走り、そこからはヘモグロビン色の液体が流れ出ているという状況。

 にも関わらず、私の素晴らしい髭剃り師はその馬鹿でかい胸を張る。

 

 

「勿論さ!アタイほどのスタイリストはこの領中でも見つからないね!」

 

「じゃあ我が領民の同胞男性諸兄は夜な夜なロクに眠れないわけだ。ひょっとしたら…明日の朝には無精髭じゃなくて首の動脈を切り裂かれるんじゃないかと…」

 

「悪かった悪かった!アタイのミスだよ!ほら!アンタの大好きなコレで機嫌を治しておくれ!」

 

 

 メイベルがご自慢の馬鹿でかい胸を私の顔面に乗せる。

 勿論の事私は少し機嫌を治したが、しかし完全に上機嫌になることはできそうにない。

 正直偶に髭剃り師を変えようかと思う程度だ。

 しかし、ダニエラさんに髭剃りを頼んだら長剣を持ってきた時から、私に選択肢はないのだと再認識させられている。

「我に任せろマイハニー♡」じゃねえよ。

 マイダーリンに任せたら髭どころか首から上ごと剃られる

 

 もういい、メイベル。

 せめて残りの髭だけは上手いことやってくれよ?

 せいぜい、その辺が関の山。

 

 

 髭剃り師のミスを水に流して、馬鹿でかい胸のスタイリストが再び髭剃りに取りかかった時、今度は部屋のドアがノックされた。

 そのせいでスタイリストがビクッとなって、今度は私の左頬に裂傷が走る。

 もうやだよこの野郎。

 こんな調子じゃ来週にはレザーフェイスになってらあ。

 

 左頬の出血を拭き拭きしながら、私はノックしてきた大馬鹿野郎に入室を促した。

 "大馬鹿野郎"は恭しく入室すると、素敵な笑顔を私に向けてくれる。

 目に生気が感ぜられないのが残念だが。

 

 

 

「ステファン先生。何か分かりましたか?」

 

「ええ、辺境伯様。例の"患者"について、"目撃者"が見つかりました。」

 

「患者?…へえ!辺境伯様!アンタ病院を建てたの!?」

 

「すまないメイベル。少し席を外してくれないか?」

 

「なんだい連れないねえ!アタイは除け者かい!?」

 

「頼むメイベル。…今日のミスはなかった事にするから。」

 

「おっと…それじゃアタイはこの辺で。」

 

 

 二十代半ばの元気なスタイリストが部屋から出ていくと、そこには1人のおっさんと1人の殺人鬼が残る。

 ピクニックに行って帰ってきた、みたいな殺人鬼の様子を見るに、本当に満足のいく"作品"が出来上がったのだろう。

 だが、私は彼の作品に興味はなかった。

 私の関心は作品の中身、つまり彼の犠牲者が持っていた情報だ。

 

 

「内容を聞こう。」

 

「"患者"はこの辺境伯領内にいます。彼女が"患者"に会ったのは四日前です…そう遠くは行っていないはずです。」

 

「王国中で手配されているなら尚更な。どこへ向かったかは分かったか?」

 

「はい。どうやらハンザブルクへと向かったようです。共和国に亡命するのではないでしょうか?」

 

「…素晴らしい働きだ、ステファン。」

 

「勿体ないお言葉です、辺境伯様。"作品"を"保存"出来ないのが残念ですが。」

 

「悪いがそこは諦めてくれ。領主が君の芸術に携わっていると知れたらただ事じゃ済まない。」

 

「心得ております。では私めはこれで。」

 

「彼女はちゃんと()()()おくんだぞ?」

 

「勿論です、ご心配なく」

 

 

 

 殺人鬼も部屋から出て行くと、私は軽く伸びをした。

 ようやっと方伯領との戦争に重要なピースが集まりつつある。

 残るピースはあと一つ。

 私はそいつを確保するために、ある人物を呼び出した。

 

 

「…いるかな、ダーリン?」

 

「ここにいるぞ、マイハニー♡

 

「気配を消していてくれるのはすごく安心できるよ。ありがとう。」

 

「フッ…案ずるなマイハニー♡あの殺人鬼がハニーを手にかけようとするなら、我がこの身を持って守ってやろう。」

 

 

 普通は立場逆だと思うんだけどね。

 私の方が守ってやる云々言うべきだと思うんだけどね。

 だってダニエラさん見るからに強キャラじゃん?

 私がダニエラさんの前に出たら「素人は黙っとれ」とか言われそうじゃん?

 

 

 

「…頼みがあるんだけどさ。」

 

「何だ、マイハニー?」

 

「親衛隊長に連絡してくれる?僧侶はハンザブルクに向かった、とね。」

 

 

 

 僧侶があの少女と歩いていたという情報が領民から提供された時点で、私は彼を逃すつもりはなかった。

 これは非常に重要な事実でもある。

 一つは、領民が私に忠誠を…それもとびきりの忠誠を誓いつつあるという事。

 何たって前回の戦争で魔王を倒してメンツの1人よりも私の命令…正確には国王の命令だが…を優先したというのだから。

 ここ最近の著しい財政回復は領民の心をガッチリマンデーしたらしい。

 少なくとも領民の心をガッチリマンデーしてるうちは擾乱とか起きそうにないのでこれからもガッチリマンデーしてやるぜコカインでガッチリ!

 

 そしてもう一つの重要な事実。

 本来ならばもう少し時間が掛かったであろう戦争の下準備を終えることができるということ。

 既に国王から、「方伯が黒魔術にハマっている疑いがあるので事実の場合は殺っちまえ」という旨の指令が届いている。

 ここに教皇からのお墨付きが加わればもう怖いものはない。

 そして教皇のご機嫌を取るための材料が、ふと手元に転がり込んできたのだ。

 

 

 異端の僧侶を差し出せば、教皇はきっと上機嫌。

 同じく異端の疑いある方伯の失脚に、反対票は入れないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。