「戦争の素人は後先考えずに追撃をしたがる。敵の罠なんて発想はあってないようなもんだ。味方が優勢に見えるならそれは尚更。おかげで我々は助かったわけだが。」
辺境伯軍はオスター河畔で方伯軍主力部隊を打ち破った後、間髪おかずに方伯領内に侵攻・浸透して敵の拠点を一つずつ潰していった。
この際主力となったのは、オスター河畔の場合とは異なり迅速な展開が可能な騎兵部隊だ。
あの戦いで囮として使われた親衛重騎兵連隊は、今度は主力として敵の副戦力部隊を速やかに包囲・撃滅。
方伯軍主力部隊の"後始末"を徒歩兵部隊が請け負っている間、連中は多少改善されはしたものの依然複雑な伝令系統を負っていた方伯軍は主力の壊滅に気づきもしないまま重騎兵に殲滅されたのだ。
おかげで、敵の膨大な損害に対してこちらの損害は鼻先で笑ってしまうほど軽微で済んだ。
今私はダニエラさんと馬車で方伯の居城へ向かっているところである。
軽率な判断をしてくれた素晴らしい方伯軍副官はオスター河畔で戦死。
残る司令と方伯自身は城に立て籠もっていたが、方伯軍主力部隊を始末し終わった徒歩兵部隊が堂々と居城まで行進してそれを包囲せしめると、司令はあっという間に開城してしまった。
さて、ここで問題となるのはこの2人の馬鹿者をどう処理するかである。
「国家間の戦争の終わらせ方ってのは、それ自体は簡単なんだ。どちらかがどちらかに降伏文書を送って、お互いの印鑑を押してそれで終わり。だが、今回私は一つの国家を
「ハニー、我は一介の"許嫁"に過ぎない。想像もつかないよ。」
「…では、教えておこう。
「なるほど、ハニーが方伯を薬漬けにしたのはそのためか。」
「まさしくその通り。…よくやってくれた。方伯はきっと今でもあの薬が帝国からもたらされた物だと信じていることだろう。しかしそれ以外の人間には魔族の秘薬だということが知れ渡っている。領民は魔族の秘薬にうつつを抜かす君主にウンザリ来てるはずだ。そこで、私が登場する。」
「ハニーも中々の悪よのぉ。だが手段を選ばないスタンスは嫌いではない。…寧ろ素敵だぞ、我の
「いや。ちょ、ダニエrぶふぉっ」
ダニエラさんが抱きついてきて、私の顔面はその豊かな豊穣の谷間に埋もれる。
こんな事今まで何度もあったが、やはり毎度繰り返されるイチャラブ☆パールハーバーに守備よく対処できるほど、私は器用な人間ではないらしい。
ダニエラさんの熱い抱擁は馬車が方伯居城前に到着するまで続いたし、馬車の御者は盛大な咳払いによって目的地への到着を告げた。
すまんね、ホントに。
やがて、私とダニエラさんは馬車から降り立って、方伯の居城の中へと徒歩で向かう。
方伯の私室に至るまでの長い長い階段を登り…登り…登りなげえな、おい。
いくらなんでも段数多過ぎだろうが。
結構若手の部類に入るはずの私でもキツいよ、この階段。
何なのこの階段。
少しはバリアフリーとか考えたらどう?ねえ?
任期で君主が決まる民主主義国家とは違って、この国も封建制度なんだからさぁ。
君主年老いたらどうすんのよ。
ガックガクじゃん、膝とか腰とかガックガクじゃん。
それとね、ダニエラさん。
一段登る毎に「大丈夫?おっぱい揉む?」とか言いながら上衣はだけさせるのやめてもらっていいですか?
言い忘れてたけど、息切れしながら登る私のすぐ後ろからマスケットを持った親衛隊の衛兵が2人ついてきてるからね?
2人とも困惑してんじゃん?
人前でそういう事するの痴女の所業だからね?
純潔さを保って、人として。
あ、ダークエルフとして、か。
私は息切れをしながらも、どうにか方伯の執務室に到着する。
荒い呼吸を整えながら部屋のドアを開くと、そこには我々に先んじて入城したカリウス将軍とハウフトマン、それから方伯軍司令が気をつけをして待っていた。
「ご苦労、将軍。此度は誠に大活躍だったな。」
「…辺境伯殿」
「なんだ?」
「少しは運動せい!」
「………」
うん、分かってる。
私の運動不足は本当に問題だ。
問題だけれどもこんな場で言うなや。
おかしいじゃん、色々と。
知らないのかもしれないけど、私は今から辺境伯領の君主として方伯軍の降伏文書にサインする立場なんですよ?
そんな場で配下の軍人がそんなこと言います?
ちったぁ空気読んだらどうです?
私は将軍を無視して方伯軍の司令と向かい合う。
彼と私の間には机が置かれていて、その上には羊毛紙が置いてあった。
それは大層立派な降伏文書で、私は内容を確認し、側にあった羽ペンでサインをする。
「…賢明なご判断です、司令殿。ご自身の個人的な忠誠より領民の事を思われたのでしょう。」
「ええ、はい。方伯様はあの薬のせいで始終取り乱される状態でして。」
「なるほど。あなたほど賢明な方がいらしてよかった。」
私は振り返って、今度は親衛隊の衛兵と向き合った。
彼の持つマスケットを奪い取り、この見事な工業製品を眺めながら再び方伯軍司令と向かい合う。
「どうです?見事なモンでしょう。」
「ええ、全く。我々の軍はそのマスケットで粉微塵にされました。」
「このマスケットは様々な用途に転用が可能です。例えば歩兵に持たせて騎兵の迎撃に使わせたり…士官クラスの人間を狙い撃たせたり…それから…」
「………」
「間抜けを処刑するのにも使える。」
私はマスケットの銃口を方伯軍司令の頭に向けて、躊躇う事なく引金を引く。
司令の頭は粉微塵になり、血と脳漿が周囲に飛び散った。
「うおっ!グロいグロいグロいグロい撃つんじゃなかった!」
「ぅう〜ん、大丈夫か、我の王子様♡ほら、我の腋の下の匂いでリフレッシュ♡」
「まったく。何もここで撃たんでもええじゃろうに。」
「外に連れ出すのも面倒だわ、こんな間抜け。ああいう人間はすぐに掌を返すし、軍人としても人形としても使えない人間を生かしておく理由はない。…それにこの居城はいずれ取り壊す。何せ隅々まで"異端に"穢されているからね。」
衛兵にお礼を言いながらマスケットを返し、死体を処理するように命じる。
すぐに他の衛兵も入ってきて、頭の半分無くなった死体を毛布に包んで部屋の外に運び出していった。
「将軍、方伯自身は今どこに?」
「御命令通り刑場に引っ立てておるわい。」
「よろしい。教皇様はご到着なさったのかな?」
「あとはお主待ちじゃよ、辺境伯殿。」
…………………………………
方伯居城から少しばかり離れた場所にある広場には、多くの群衆が集まっていた。
そりゃそうだろう。
これまで代々この地を受け継いできた方伯が、刑場に引っ立てられて処刑されるというのだから。
方伯は今十字架に磔にされており、その足元には薪が積まれている。
辺境伯親衛隊がその薪に油を撒き散らして、轟々と燃える火を大きな木棒に蓄えていた。
教皇様は既に刑場から離れた台の上にいて、聖書をその手にとり、此度の火刑に相応しいページを探っている。
"願わくば、異端の魂が清められん事を"
現実世界では、火刑は死体がなければ最後の審判を受けられないから異端に対する刑罰として行われるらしいが、こちらの世界の宗教では最後まで救いのために行われる前提となっている。
実際、磔にされている方伯を見れば火刑が救いにさえなるという見解に至れるかもしれない。
彼は元々プックリと肥えた、人好きのする典型的な"王様"であった。
バーガー●ングを思い浮かべていただければ容易に想像できるだろう。
それが今では痩せ細り、ガサガサの長髪で顔を覆い隠して、骨のような腕にいくつもの掻き傷や切り傷を浮かべている。
親衛隊は方伯をここまで引っ立ててくる間に一切の暴力を振るっていない。
コカインの幻覚作用が、彼を自傷行為に追い込んだのだ。
民衆はただただ信じられないと言わんばかりの目でそれを見ている。
中には早くも石を投げている者もいた。
「異端め!」「焼かれろ!」「殺せ!」そんな罵声もよく聞こえた。
私は恐れ多くも教皇様と同じ台に上がって、民衆を静める。
これから始まる火刑の理由を述べるためだ。
「静粛に!」
ざわめいていた民衆が一気に静まり返る。
皆知りたくて仕方がないのだ。
何故自分たちの君主がここまでやつれているのかを。
私は存分に間を開けて…ヒトラーがかつてそうやったように…群衆を焦らしてから、喋り始める。
「………私の忠実なる軍隊が方伯軍と衝突するに至ったのは、決して己の領土的野心によるものではない!」
真っ赤な大嘘だが、群衆はただそれを飲み込んだ。
「残念なことに、この方伯は異端の秘薬に取り込まれてしまった!そこで!国王陛下が!異端を罰せよと大号令を発せられたのである!」
今度は群衆が歓声を上げる。
ここから分かるのは、この国の領民はもうすでに方伯を見捨てているということ。
私は念のため、言葉で群衆を煽り立てる。
「方伯が諸君にしたことは決して許されざるものではない!この男は自身の快楽の為に薬にうつつを抜かし、内政を大いに混乱させて、善良かつ誠実な諸君らを苦しませた!…それどころか!諸君らの大切な家族を軍隊に取り!自身の身を守る為の盾として扱ったのである!」
親衛隊のガードがいなければ、群衆は方伯の下へ駆け寄って、その手で八つ裂きにしてしまいそうな勢いだった。
「殺せ!」「殺せ!」という悍しいコールが鳴り止まず、私はより大きな声を出さねばならない。
「此度は、至極光栄なことに、教皇様にご足労いただけた!教皇様直々にこの極悪人の魂を清めていただける!これは処刑ではない、浄化なのだ!!…最後に、親愛なる領民諸君へ。この極悪人の混乱した治世の下、よくぞ耐えた!…辛かったろう!苦しかったろう!痛みに耐えて、よく頑張った!感動した!!諸君らに栄光と主の御加護のあらんことを!」
群衆の怒声が再び歓声に変わる。
これで彼らの忠誠の対象は完全に変わった。
方伯から、私の方へ。
1つは方伯が異端に染まったという事実によって。
もう1つは、異端を火刑に処す私の冷淡さによって。
そして最後に、信仰のチカラによって。
教皇様が合図をして、方伯に火が放たれる様子を見ながらも私はそれを確信した。
群衆の中には誰一人として嘆き悲しむ者はいなかったのだ。
できれば火刑なんか二度と見たくもなかったが。
だが、私は事が終わるまでここにおらねばなるまい。
本当に恐ろしい事に、私は火刑の観閲に慣れてしまっていた。
…だからね、ダニエラさん。
慣れたって言ってるじゃん?
「大丈夫?おっぱい揉む?」 じゃなくてさ。
群衆の前なんだから、本当にやめて?