辺境伯居城から南にいくばくかの離宮
「いやあ〜これは凄いですぞ、辺境伯殿!誰もが皆美人揃い!方伯も女の趣味だけは良かったようですな!」
ハウフトマンが有頂天でそう言った。
我々は今、火刑に処された方伯の側室を囲っていた離宮にいる。
徒歩兵部隊の総司令官がまるで初めてソープランドに行った若者の如くはしゃいでいる姿は眉を潜めるモノがあるが、しかし、私はそれを咎める事ができない。
なんのことはない、私もソープランドに初めて行く若造みたくなっていたのである。
「………おっぱいあった?」
「………」
黙り込むハウフトマン。
少しだけ質問がド直球過ぎたかなと反省する。
だが、彼が黙り込んだのはドン引きしたからではなかった。
「…それは………その……ありませんでした」
「………火刑。」
「待たんかいッ!!」
強烈なラリアットが私を襲う。
ひっくり返ってから起き上がると、顔を真っ青にしたアンドレアスがそこにいた。
「…イテテテ…こんなところで何してるんだアンドレアス!」
「それはこっちのセリフだ!ようやく戦争に勝ったばかりなのに何してるんだよ!?」
「いや、貧乳は異端だから火刑に」
「その発想の方が異端だよ!そんな事、言うだけでも世の中の御婦人の殆どを敵に回しかねないよ!?もっといえば画面の向こうの紳士淑女の皆様まで敵に回しかねないからマジでやめろ!!!」
「そうだぞ、ハニー。貧乳は貧乳で良いところもある。自分の考えに凝り固まるのはよくない事だ。」
いつの間にか背後に控えていたダニエラさんが、重たい双丘を私の双肩にドサッとおきながらそんなことを言う。
「説得力ないよ!?ダニエラさんが言ってもまったく説得力ないよ!?ほら、ゲルハルト!君からも何か…」
「聞こえる…」
「ゲルハルト?」
「ダニエラさんのおっぱいから…聞こえる…高齢者達の声が」
「ゲルハルト、やめろ、そんなところから高齢者の声なんか聞こえてこない!それに君は兵庫県議会議員でも何でもないだろ!!」
「ごゔれいじゃのウワッハァァァアアアッ!!」
「正気に戻れゲルハルトォォォオオオッ!!」
…………………………………
危ない危ない。
方伯の側室の姉ちゃん達見てたらつい取り乱してしまった。
ダニエラさんというものがありながら何をやってるんだ私は。
落ち着きを取り戻す為にも今一度オパインを。
す〜〜〜〜〜はぁ、ふぅ〜↑生き返るぅう!
さてさて。
なんでまたオパインを摂取したかというと、私はこれから国王陛下の代理と会議をしなければならないからだ。
正直、「ああやはりか」というのが本当のところ。
以前も述べたが、国王は恐らく国内の再統一に腐心している。
方伯が消え、権力の空白地帯が生まれれば付け込んでくるのは火を見るより明らかだった。
だからこそ、私は教皇様にお願いして切り札を用意したのだ。
準備は万端、オパインもOK。
私はこれ以上なく落ち着いた気分で、会議の場となる旧方伯居城会議室のドアを開ける。
方伯は円卓会議に憧れていたらしい。
部屋のど真ん中にはドデカい円卓があり、その半分は既に王国と公国の関係者で埋められていた。
私はせいぜい間抜けな顔を取り繕って、すごすごと席につく。
ファーストレディたるダニエラさんが私の隣に座ると、真向かいの王国代表が笑顔で私を称えた。
「この度は素晴らしいご活躍でしたな、辺境伯殿。国王陛下もお喜びになられています。」
「陛下のお力になれて光栄です。」
「ご謙遜なさらずに。あなたはこの国の英雄です。…さて、国王陛下より、あなたに親展を預かっています。」
ほら来た。
適当に持ち上げたら、自身の要求を通す為に多少の褒美を与えて、肝心なところは自分で抑える気でいやがる。
連中は今回我々に何一つの援助もしていないのに、タダ乗りする気満々で嫌がるのだ。
「陛下はあなたに旧方伯領の北部一帯をお任せになられる予定です。あなたの働きに対する褒賞というわけです。」
「ぅ〜ん…」
「どうされました?…まさか、ご不満があるわけではありませんよね?国王陛下に反旗を翻すおつもりですか?」
「いいえ、滅相もない。ただ…」
「辺境伯殿。あなたのご活躍は陛下も重々承知していらっしゃいます。しかしその上で、旧領と併せての領土運営は重荷ではないかと心配してくださっているのです。」
「しかし」
「身の程を弁えろ!!」
いきなり王国代表が怒鳴りながら立ち上がったので私は仰天した。
心臓に悪いわ。
ダニエラさんは殺意MAXの表情を浮かべたが、少しくらい怖がる演技でもして欲しいもんだ。
ファーストレディがしていい顔じゃないよ、それ。
「田舎の辺境貴族が一度勝ったぐらいで調子に乗るんじゃない!王国の手にかかれば辺境伯領など一も二もなく粉微塵にできるんだ!」
「ああ、落ち着いてください。私は何も国王陛下の方針を批判してるわけじゃありません。」
「では何が不服だ!?」
「それは…ですね…まもなくご到着されると思うのですが…」
ちょうど良いタイミングで会議室のドアが開く。
王国代表ときたら、どこぞの宣伝漫画みたく口をパクパクさせていやがった。
そりゃそうだろう。
いくらなんでも、教皇がここに顔を突っ込んでくるとは誰も想像できまい。
「あぁ!ちょうどいらっしゃいました。」
「遅れて申し訳ない、辺境伯殿。少々混み入った用がありまして。」
「いいえ、とんでもありません!こちらこそご足労いただきありがとうございます!…王国代表殿も教皇様の事はご存知かと思いますが…」
「え、ええ、は、はい、勿論です、教皇様。お、お会いできて光栄です。…しかし、なぜ教皇様がこちらに…」
「簡単な事ですよ、王国代表殿。方伯は異端の薬に毒されていました。それはつまり、彼の旧領内に異端が隠れ住んでいてもおかしくないということです。一度穢れてしまった地は、主の教えによって浄化されなければならない。」
「………」
「…国王には後ほどお伝えするつもりですが、この方伯旧領は浄化がなされるまで教会に預けていただきたい。」
「そ、それは…その」
「もしや?ご不服なわけではありませんよね?我々が異端を取り締まるのに反対なされるなら、あなたにも異端の疑いがある。」
「ウッ…し、しかし、それは私の一存では決めかねます」
「国王も許可を出すはずです…彼が異端でなければ。」
「…………クッ…わ、分かりました。陛下には私から伝えます。」
「よろしい。さて、残念ですが、我らの聖騎士隊のみでは広大なこの土地を維持するのは困難です。そこで、辺境伯殿には聖騎士隊と共にこの土地の運営に携わっていただきたいのですが…」
「喜んでお受け致します、教皇様」
「お待ちください、その任であれば我らが王国が…」
「ああ、いえ、大丈夫です。あなた方の手を煩わせるまでもない。忠実な信徒たる辺境伯殿がいれば十分です。…ご不服はありませんよね?」
会議は我々…教皇様と私の"大勝利"に終わった。
王国代表は苦渋の表情を浮かべて去っていき、私は教皇様に謝意を述べる。
「この度ありがとうございます、教皇様。おかげで欲深い国王の食指からこの領土を守れました。」
「いいえ、これしきのこと。迷える信徒を助けるのは聖職者の務めです。それに、これでこの領土は表向きには教皇領となりました。信仰を捨てた信徒が再び戻ってくる…私は何の支援もしていませんから、それだけでも大きな収穫です。」
「実際の経営はお任せください、必ずや領民達を忠実な信徒に戻します。…話は変わりますが、大聖堂の建設は順調ですか?」
「…あぁ、実を言うと費用が嵩んでおりまして」
「ご心配なくとも、我が領民達や兵士達…勿論私を含めて辺境伯領全体が此度の戦で得られた主の御加護にささやかながら御礼をさせていただきたいと考えております。つきましては……………」
…………………………………
辺境伯領内
辺境伯居城近郊
方伯領でのゴタゴタは全て片付いた。
後のことは辺境伯居城からでもコントロールできる。
戦争というのはまず終わらせ方から決めるものなのだ。
だからこそ私は方伯にコカインを吸わせ、教皇様を味方につけ、万全の準備を整えてからアクションに移った。
結果はご覧の通り。
我々は豊かな穀倉地帯の実質的な支配権を手に入れた。
国王に妨害されることなく、である。
疲れ切った私は頭をダニエラさんの馬鹿でかおっぱいに預けながら、半ばうたた寝を打っている。
彼女はまるで聖母のように微笑みながら、私の頭を受け入れてくれた。
良い香りと温かな体温と柔らかさが私を更に深い眠りへと誘う。
「こう言ってはなんだが、ハニー。今寝ては夜に眠れなくなってしまうぞ?」
「…ふぅぇぅぇぁ…」
「ほら、ハニー、起きて?」
「…あっ、ああ、すまんすまん、つい。」
「寝るのは帰ってから…我と一緒にでも遅くはないだろう。帰ったら我がたっぷりと癒してやる。」
「ぐへへへへ、ありがとうダニエラさん」
今絶対、顔面がエロオヤジだった自信がある。
「…しかし、本当にやり遂げてしまうとは…我のハニーとはいえ驚いた。」
「いや、正確にはひと段落ついただけだ。こんなのまだ序の口にしかならない。」
「………ハニー、もしかして」
「ああ、その通り。今回の件で王国は我々を敵対者と見做すだろう。もう都合の良い操り人形だとは思わない。普通ならそれで喜ぶかもしれないが、私は違う。王国と戦争するとなると、今回どころの騒ぎじゃないからな。」
「本当に王国と戦争になると思うか?もしかすると…」
「有り得ない、絶対に戦争する事になる。国王が生きているうちに自身の野望を果たすとすれば、私と教皇様を倒すしかないんだ。」
「………」
「…とはいえ、まだしばらくは"休憩"できる。国王もすぐに教皇様を敵にはできんだろうからな。その休憩時間に何をするかが肝になってくるんだ。」
「ハニーは何をするつもりなんだ?…その休憩時間に。もう決めてあるのか?」
「ああ、幾つかは。まあ、詳しくは城に戻ってからでも遅くはないさ。」
そこまで言った時、私の目が馬車の車窓から3人の男達の後ろ姿を捉えた。
3人とも汚れた長靴を履いていて、泥で汚れたピッケルハウベを被り、重そうな荷物を背負って歩いている。
間違いなく我が領の徒歩兵だ。
「馬車を止めろ!今すぐに!」
御者に声を張り上げる。
馬車は急停止し、馬車に後続していた護衛の親衛重騎兵2人も止まった。
馬が鳴き声を上げ、徒歩兵達は何事かと振り返る。
私は停止した馬車から降りて、そのまま徒歩兵に歩み寄った。
彼らの気持ちはよくわかる…少なくとも分かるつもりでいる。
どうやら彼らは私が自分たちの"大ボス"だと認識したらしく、直立不動の姿勢を取った。
「君たち、こっちに来なさい!…ハウフトマンには帰りの馬車を用意させた。君たち全員分のだ。奴の怠慢か?」
「いえ、辺境伯様。帰りの馬車はありましたが、途中で車軸が折れちまいまして。」
「そういう事か。どこへ向かうんだ?」
「フライベルグの外れにある村です。俺たち3人ともそこの出身で…」
「ここから80kmはあるぞ…ちょっと待ってろ」
私は自分の手荷物を馬車から下ろし、ダニエラさんにも馬車から降りてもらう。
御者のテッセンが嫌な顔をしたが、私は泥だらけの徒歩兵を馬車に乗せた。
「そう嫌な顔をするな、テッセン。ボーナスを弾んでやるから。彼らをフライベルグの外れまで送り届けてくれ。」
馬車を出発させ、私はダニエラさんに向かい合う。
ありがたいことに、彼女は理解を示してくれた。
「…兵卒としての従軍経験でもあるのか、ハニー?」
「そうだよ、ダーリン。ずっと昔の事だけどね。…すまないけど、重騎兵の予備の馬に乗って帰る。」
「ハニーは乗馬が苦手ではなかったか?」
「正直言うとそうだが、歩いて帰るわけにもいかんだろ。」
「なら我の後ろに乗れ、ハニー。乗馬ならお手の物だ。」
その後、私は居城に辿り着くまでダニエラさんの身体に後ろから抱きつくような姿勢で馬に乗って帰った。
ダニエラさんの良い香りと体温を感じながら、こんなことを頭に浮かべて。
"あのさ、普通乗馬のポジション逆じゃね?"