魔王国
魔王宮殿
この日、魔王国では戴冠式が行われ、厳かな雰囲気の中、歴代魔王の中でもとりわけて若い魔王が誕生した。
その魔王は若さと共に、もう一つ斬新なモノを併せ持っている。
それは性別で、かつて魔王国が女王陛下をその頂に置いたのは、全く持って大昔の事なのだ。
新しき魔王は読んで字の如くを体現するかのような呼称で呼ばれる事になる。
『新魔王』
この魔王は年齢や性別の他にも、その名に相応しい"新しさ"を周囲に示していくことになる。
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辺境伯領北部
国境地帯
辺境伯領と魔王国との国境地帯には、『亜人種』と呼ばれる人々が暮らしていた…いいや、この際だから正しく言おう。
迫害されて、そこへ追いやられていた。
そもそもこの人種がどういう人種かと言えば、指●物語の原作者から「私の設定をパクリやがって」とか言われそうな人種だ。
つまり、ドワーフやエルフ、ハーフリングなど、
元々痩せた土地の多い辺境伯領の住人達にとって、彼ら亜人種を虐げる事は数少ない娯楽の一つであり、領主たる歴代辺境伯も彼らからその娯楽を奪おうとはしなかった。
亜人種はまた、魔族からも虐げられていた。
魔王とその配下は、彼ら亜人種を"人間との合いの子"として、同族とは扱わずに弾圧の対象としたのである。
よって亜人種は、ただでさえ痩せた土地の多い辺境伯領の、その中でもより危険でより痩せた土地である国境地帯に追いやられていた。
こんな無法地帯では治安なぞ見る影もなくなっていそうなものだが、不思議な事にこの地域でそういった類のモノはあまり見られない。
住人達には、犯罪を行うエネルギーさえなかったのだ。
"治安は良好"なおかげで、こんな危険地帯にも関わらずアンドレアスは自らの趣味に没頭できる。
彼は転生前、化学者であり、そして化学者になる前から、未知のものへの探究心に満ち溢れていた。
殊、植物においては、彼の探究心は常軌を逸していると言っても過言ではない。
だから魔王国との境目にある国境地帯ほど、彼の関心を惹きつけるモノはなかった。
魔界と人間界の合わさるこの地域には、見たことのないような植物が生茂る。
まるでここはパラダイス。
邪魔者のいない空間は、アンドレアスにとっても好都合だった。………のだが。
あまりにもひょろっとしたモヤシ男が、上等そうな服を着て、護衛もなしにフラついている。
ここの住人からすれば、カモがパックされてネギと一緒に置いてあり、その上カセットコンロや鍋に食器、調味料から魚沼産コシヒカリと一緒に放置されているようなモンだ。
故に、ここの住人達の内、まだ立ち上がれ、まだ声を出せた者はモヤシ男を取り囲む。
「おい、そこのヒョロ男。一体だれの許可を得てウチの島を歩き回っている?」
最初に声を出した若いドワーフは、精一杯ドスを効かせたつもりだった。
だが、長年の空腹と疲労はあまりにも彼の肉体を蝕んでいる。
おかげで、実際に出せた声はこんなモノだった。
「オイィ………ソコ…ノヒョロオ………」
「え?何?何かの呪文!?てか君達誰!?」
アンドレアスはギョッとして青ざめる。
だがそれは、若いドワーフの脅しに震えたからではない。
今、彼の周囲は10人ほどの痩せこけたドワーフによって埋め尽くされ、その内の1人が呪文とも呟きとも取れない何かをブツブツ言っているのである。
気味が悪くて仕方がないっ!!
「あ、あ、食べ物?あげるよ!?サンドウィッチしかないけど!!…あぁ、驚いた。」
アンドレアスは自分のバッグからサンドウィッチを差し出して、最初に声をかけてきたドワーフに渡す。
ドワーフ達は一切れのサンドウィッチを巡ってポスポスと力なく殴り合い始めた。
その様子を見たアンドレアスは、悲しいような、愚かしいような、不思議と痛ましい感傷的な気分になり、思わず自身が取ってしまった行動の浅ましさを反省する。
しかし、その時、アンドレアスは後に辺境伯領の運命を大きく変える光景を見ることとなった。
力のない殴り合いの中、空腹と絶望と疲れから、痩せこけたドワーフが次々に戦線離脱する。
そして戦線離脱したドワーフは、自らの持つみすぼらしい小物入れから、何枚かの植物の葉を取り出して口に咥え始めたのだ。
アンドレアスはその葉に見覚えがあった。
しかし、まさかこんなところで見る事になるとは全く思っていなかった。
アンドレアスは自分の記憶が正しいか確かめるためにも、葉を咥えるドワーフの内の1人に駆け寄る。
「なあ、そこの君。その葉の名前を教えてくれないか?」
葉を咥えるドワーフは、アンドレアスに面食らったようで、近くの仲間内にボソボソと相談を始めた。
結局、相談はこのモヤシ男に協力した方がより多くのサンドウィッチを引き出せるかもしれないという結論に至ったらしい。
声をかけられたドワーフはアンドレアスに小さく呟いた。
「………コッカ」
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辺境伯領
辺境伯居城
執務室
段々部屋の中が、財務省監査直前の半●直樹みたくなってきた。
私の部屋は領中から集めた書類で溢れ、少な過ぎる睡眠と未来への絶望感はこの部屋にいる4人の男…私と、カリウス将軍と、シュペアー長官、それにシュタイヤー大臣…の精神を余す事なく病ませていた。
何としても財源を確保せねばならないという事をこの閣僚達に認識させ、そしてそれを見つける作業に取り掛かるというところまでは進んだものの、早速どん詰まりというわけだ。
この領内には最強の軍隊があるのに、それを養う方法がない。
だから仮に防衛は何とかなっても、侵攻となると箸にも棒にも、なのだ。
豊かな土地を手に入れるために侵攻する、そしてその侵攻のために金が必要、という目標が分かったのはいい事だが、相変わらず我が領内に産業はない。
この"不毛"の領土から資金源を探し出すという、長期間にわたるストレスと絶望に晒される作業は、それに携わる人間を狂わせた。
私の左手では、カリウス将軍が3本の万年筆と1個のインク瓶を使って自らの戦術教義を試している。
カリウス将軍はインク瓶要塞を攻略せんと、万年筆を右に左に動かしては難攻不落の要塞にぶつけ続けた。
その度に将軍の口元からは「どーん」だの「ちゅどーん」だの「突撃」だの「後退」だのといった言葉が飛び出して、結局は万年筆側が撤退を強いられていた。
インク瓶要塞は中々に有力らしい。
カリウス将軍の奥ではシュペアー長官が、羊毛紙からハネ出た繊維をひたすらに数えるという、我々が今取り組んでいる作業よりもよほど難関と思われる作業に没頭している。
既に2枚目の最後の一辺まで迫った彼は、幾ばくもしない内に、その不毛な計算を終えた。
2枚を見比べて、そして全く生気のない笑みで「美しい」とだけ感想を述べる。
私としては、2枚の羊毛紙からハネ出た繊維の差がどれだけあったのか多少興味を惹かれたものの、すぐにどうでも良くなった。
戦術教義中のカリウス将軍と、新しい不毛な趣味を発見したシュペアー長官の目の前では、外務大臣シュタイヤーが、これでもかと口を大きく上げて寝息を立てている。
自らの君主や、他の同僚が頑張って起きている中、椅子に座り込んで大きくのけ反り、ただただ眠りにふけるその様は、側から見ていても天晴れだ。
何より特徴的なのはそのイビキだ。
私は横須賀市に何年か住んだことがあるが、F/A-18戦闘機の騒音でもここまでうるさくはなかったと断言できる。
イビキに人を殺せる能力があるのなら、この外務大臣を戦場で眠らせるだけで、我々は王国全体すら支配できるだろう。
かくいう私も、限界が近く、そして、それはやがてやってきた。
私は突如立ち上がり、発狂したように…いや実際に発狂して金切り声を上げる。
「産業がNein!!Nein!!Nein!!Nein!!Nein!!」
「ある!!ある!!ある!!ある!!ある!!」
発狂した私に、反対意見が寄せられる。
これだけ探したってないんだからあるわけねえだろ、いい加減なこと言うんじゃねえ!!
そう思った私が反対意見の主に視線を向けた時、そこには3枚の葉っぱを大事そうに抱えるアンドレアスだった。
あまりの滑稽なその容貌のせいで、私の怒りと狂気は一気に失速した。