王国
王都
王宮前の広場
軍楽隊が整った旋律でドラムを鳴らす。
トトトットット、トトトットット。
きれいに整った礼服達によって奏でられる、きれいに整った旋律は、きれいに整った装備を着用した近衛兵達がある男を広場に引きづり出すまでの間、その音色を王都中に響かせていた。
やがて、ある老いた男……屈強な3人の近衛兵に引きづられてきた、両手を身体の後ろで縛られ、顔に切り傷と痣と血を纏いながらも、その老練と言うに相応しい表情と肉体を併せ持った大男……が、広場の真ん中でボロ切れのように捨てられる。
そのせいで地面に倒れ込む事になった大男は、屈辱を存分に感じながらも顔を上げた。
目の前には王都の法務長官がいる。
大男と近衛兵達の右側には軍楽隊の列。
それから、大男と、法務長官と、近衛兵を取り囲むように、大勢の野次馬も。
そして、法務長官の頭上には王宮のバルコニーがあり、国王陛下はそこから大男を見下ろしている。
大男は、国王陛下に自らの扱いの不当さを訴えた。
「陛下ァ!!これは何かの間違いです!!」
「これより、国王陛下の名の下に即決裁判を開く!」
懇願する大男を他所に、法務長官は手にする文書を声高らかに読み上げ始める。
「被告人、『剣士』!被告人はかつて第九代勇者と共に魔王征伐に赴いて是を倒し、王国の安寧に寄与をした!」
「そうです!国王陛下!そして、今もそうです!」
「国王陛下はこの功績を認め、被告人に近衛兵百人隊長の地位と、剣術指導の任を任された!」
「私は陛下のご命令を忠実に実行しております!」
「にも関わらず!!…被告人は王都で蛮行を繰り返し、国王陛下の信頼と与えられた恩恵を踏みにじった!!被告人は王都内で酒と女と賭事にのめり込み、陛下より任された任務を放置するどころか、それを咎めた同僚の近衛兵2名をその手にかけた!!」
「誤解です!陛下!!私は断じて!!断じてそのような事はしておりません!!私は確かに同僚を手にかけましたが、それは彼らがうら若き淑女を虐げんと」
「よって、国王陛下の名の下に、被告人を死刑に処す!!」
大男、剣士は3人の近衛兵の内の2人に上体を起こされ、そしてそのまま広場に設置されていた大きな処刑台に叩きつけられる。
あまりにも乱暴に叩きつけられたせいで剣士の肋骨は二本折れ、肺は十二分に圧迫されて呼吸すら苦しい。
それでも尚剣士は顔を上げて声を張り上げる。
国王陛下に、この冤罪の誤解を解いていただくために。
「陛下!!国王陛下!!我が君主よ!!どうかこの誤解を解く機会をお与えください!!さすれば私は、全力を持って…」
剣士は突然、叫ぶのをやめる。
彼が苦しみの中顔を上げた先にあったのは、期待していたモノとはかけ離れた光景だった。
国王陛下は剣士を見下ろしながら、大変満足そうな顔をしている。
今まで見た事のないくらい、満たされて、幸福を感じている顔だ。
かつて勇者や僧侶や女魔術師と共に、魔王征伐完了の報告をした時でさえ、国王はあんなに満足げな顔はしなかった。
その瞬間に剣士は全てを悟った。
ただ絶望の表情を浮かべて凍りつく彼には、もう野次馬達からの罵声や軍楽隊のドラム、背後で3人のうち1番体格の良い近衛兵が大きな剣を鞘から引き抜く音も聞こえていない。
絶望の表情は、段々と国王を睨みつける怨嗟の表情へと変わる。
しかし彼が怨嗟を国王にぶつける時間は短かかった。
やがて彼は、冷たい金属が自身の首筋にぶつかる感触を得て、それから永遠に意識を失った。
「まずは1人目、か」
国王は斬首された剣士の死体を眺めて、ほっと一息ついたようにそう漏らす。
背後に控える近衛隊長も、何かにつけて「大義」だの「正義」だのと喧しい"問題児"が消えて安堵している様子だ。
近衛隊長は国王陛下のやり方に感服していたし、やがてそれを口にする。
「流石です、陛下。噂を流したのは効果覿面でしたな。民衆はすぐに剣士を見放した。」
「…まぁな。余も伊達にこの玉座を温めていたのではない。貴様も良くやった。あの女の惨殺体と剣士の独断を結びつけるのは難しかっただろう?」
「"ハメを外した剣士が女を強姦し、挙げ句の果てに同僚と女を惨殺した"…筋書きが整えば、後は簡単です。奴にとっては、あの女を助けようとして同僚を手にかけた事が運の尽きでした。」
「ふっ。身の程知らずめが調子に乗るからだ。女の始末に近衛隊が関わっている証拠は残しているまいな?」
「勿論です陛下。近衛隊でもその手の仕事に長ける人材を使いました。」
「そいつは今どこにいる?」
「"土の中"です」
「よろしい」
国王陛下は軽く伸びをして、バルコニーの椅子から立ち上がる。
眼下では早くも野次馬達が日常に戻り、軍楽隊は兵舎へと行進し、剣士の死体は片づけられていく。
それを眺める国王は、この光景がまるで自身の問題解決方法の縮図のように見えて、少しばかり愉快になった。
「勇者が余よりも先に倒れた事は僥倖であった。流石の余でも、魔王の首を持って帰った勇者のそのまた首を撥ねたとなれば民の反感を買う。…しかし、倅が玉座を引き継ぐためにも、問題は解決しておきたい。」
「これで剣士は消えました。僧侶は『教会』と対立して、現在は放浪の身とのこと。大公領での目撃証言も得ております。時間の問題でしょう。」
「教会に使者を送り、僧侶を正式に破門させよ。さすれば処刑の理由には困るまい。…しかし、問題は女魔術師。あの女狐の所在はまだ掴めぬか?」
「申し訳ありません、陛下。ですが、方伯領と辺境伯領のどちらかに向かった、というところまでは掴めております。今しばらくお待ち下さい。」
「ふむ………まぁ、良い。方伯と辺境伯にも使者を出せ。連中ほどの役立たずでも、女狐1人引きずり出すことくらいはできよう。…それすら出来ぬのならば、爵位を取り上げるまでよ。」
…………………………………
辺境伯執務室
「コカイン!?」
アンドレアスと2人きりの執務室で、私は恐らく、ここ最近で一等希望に満ち溢れたような表情で、明るい未来を約束されたような声を出す。
"地質調査"から戻ったアンドレアスが持って帰ってきたのはある植物で、私の知る限り、その植物は麻薬に使われている。
麻薬がありゃあこっちのもん。
何たって、我が軍隊に潤沢な資金…兵站を供給できる。
「待てよ。コカの木がここにあるってんなら…えらいこっちゃ、戦争じゃ!!」
「落ち着けゲルハルト。いくらコカの木があったとしても、精製しなければ意味もない。」
「そうなの!?」
「………無知め」
アンドレアスから侮蔑を含んだ目で見られた。
仕方ないじゃん!
私はウォ●ター・●ワイトでも、パブ●・エスコバルでもない。
コカインがアブナイ類のヤクブ〜ツであることは知ってても、その精製がどうだのこうだのとかは知るわけもないのである。
アンドレアスがため息混じりに、素人たる私に説明を始める。
「いいか、ゲルハルト。コカインってのはコカの葉を乾燥させて細かく割いて粉にしましたとか、そんなんじゃない。まず、細粉したコカの葉から溶媒を使って麻薬成分を抽出する。」
「ヨシ!やろう!だって石油ランプ的なモノあったもん!絶対溶媒っぽいものこの世界にあるもん!やろう!やろう!」
「だから落ち着けって。溶媒で抽出された成分は、アルカリと酸で中和して処理しなければならない。そうして出来上がったコカペーストを、更に薬品で処理して出来上がるのがコカインだ。」
「………つまり?」
「つまり………はぁ、コカインを製造しようにも材料が足らないし、材料の内の幾らかは存在するかも分からないし、もしあったとしても購入する資金がない」
「…………」
「……落ち込むなよ、ゲルハルト。何か資金源を当たってみたら…」
「おお!アンドレアス殿、お帰りですか!何か収穫はありましたかな?」
私が物凄い落ち込んだ時、ちょうど執務室に3人の閣僚……つまり、カリウス将軍、シュペアー長官、シュタイヤー大臣が入ってくる。
カリウス将軍はアンドレアスが何か手に持っているというだけで期待ルンルン状態なのが丸わかりだった。
仕方あるまい、我々は皆精神的に追い込まれている。
当のカリウス将軍なぞ、昨日まで万年筆とインク瓶を用いた戦争ごっこに興じていたのだ。
「あぁ、これは皆さん。まだ喜ぶには早いかもしれませんが、資金源になりそうなモノを見つけました。」
「おおッ!!」
「それは素晴らしい!!」
「さすがアンドレアス殿!!」
「ですが、これを資金源にするのに必要なモノがありません。」
「「「……………」」」
アンドレアスの説明を受けながら、外人4コマみたいな反応をする閣僚達。
「……具体的に、どういったものが必要なのですか?」
沈黙した閣僚の内、シュペアー長官がやや間を置いてから口を開く。
先代の時代から国内の限られた物資を切り盛りしてきた人だ、物資調達に目処がつかないか知りたいのだろう。
アンドレアスもアンドレアスで準備が良く、彼はリストを作成していて、それをシュペアーに渡す。
「ふむふむ…酸…アルカリ……こういったモノとなりますと、たしかに我が国では調達が難しいでしょう。」
「そこをどうにかならないかい、シュペアーたん?」
「たん?………まあ、こういったモノとなりますと、恐らく魔術師に頼むしかないかと」
「えっ!?あんの!?こういった物質あんの!?」
「え、ええ、はい、ありますよ。ですが、国内の魔術師では精製は無理でしょう。他領の、高練度の魔術師に依頼するという手もありますが、その場合は資金が足りません」
「やはりここはワシが騎兵隊を率いて他領に攻め入り、そこの魔術師を徴発するしか」
「カリウス!何度言ったら分かるんじゃ!そんな事をすれば王国が黙っておらん!」
「シュタイヤー大臣、落ち着いてください!それ以前に兵站に回す資金が」
「兵站が何だと言うんじゃ、シュペアー!ならば兵站を必要としないような迅速な前進を」
「それはあまりにも無謀というモノですよ、将軍!」
「オン!!オン!!」
「こうしとる内にも我が軍の軍事的優位はますます」
「うるせえええええ!!!」
目の前でまたも総統地下壕が始まってしまったので、思わず声を張り上げた。
こちとらどうするか決めたいのに、目の前で爺さん2人と同年代1人が怒鳴りあっていたら決まるモンも決まらん。
とにかく、3人には落ち着いてもらい、私は静かに考え込む。
「……将軍?」
「なんじゃ?」
「もし……いいか、
「楽勝じゃわい!!」
「
「………無理じゃ。無理じゃわい、んなモン。そもそも国境を越える時点で、ワシらの軍事行動はそこの君主に伝わる。もし穏便に済ませたいなら、越境許可を取らんとのぉ。」
「うぅぅぅん…しかし….魔術師を拐うために越境させてくれなんて言えるわけもないし…そもそも連れ去る魔術師の選定で時間食いそうな…」
「失礼します!!王都より勅書が届きました!!」
私の近衛兵……辺境伯軍では『親衛隊』という呼び方をするらしい……の1人が、王都から届いた勅書を持ってきたのはその時だった。
「前置きは省略、内容を。」
「はっ!…『辺境伯並びに方伯に命ずる。先刻、かつて魔王を討ち倒した勇者の従者の1人たる女魔術師が、王国とその民を裏切り魔王国の異端と手を組んだ事が明らかになった。女魔術師は現在、両伯のいずれかの領内に潜伏中と思われる。両伯においては、コレを速やかに発見し、王国と民の為、断罪せよ!』」
勅書の内容を聞いた私は、我が辺境伯領の資金難を解決するための重大なステップを思い浮かべた。
これなら、いけるかもしれない。
別に天下布武を目指したいわけじゃないが、現状では、領内の反乱や他領の侵攻によって、いつ私の首が掻かれてもおかしくないのだ。
自分の安全のために、やるしかないだろう。