魔王国-辺境伯領国境地帯
一番良い例が、北朝鮮だ。
かの国で未だにクーデターの気配がないのは、地政学上の理由と、情報上の理由がある。
1人のリーダーとその親族、高慢な軍部、そしてごく一部の共産党員が伸び伸びとしていられるのは、ロシア・中国からの強力なバックアップと第二次大戦並みの情報統制が機能しているからだ。
最近では中露のバックアップに綻びが見られ、アメリカや韓国に"ツンデレ"を繰り返しているし、情報統制も限界が近づいているが、それでも尚、彼らの言う"半島の統一"が現実となるのはまだ先の事だろう。
さて、話変わって、辺境伯たる私が今一番に心配しているのは、領内での擾乱である。
北朝鮮に負けず劣らずの食糧難に、カツカツの国庫…おまけに他国のバックアップなんてみる影もない。
魔王国との戦いで鍛えられた、精強な軍隊を動員する"傭兵業"が貴重な財源となってはいるものの、こんな平和な時期、転がり込んでくる依頼は熊退治やオオカミ退治ぐらいなモノである。
傭兵業での収入では、カンカンに熱った石に小便をかけるようなものだ。
だから、この軍隊をこの先も維持して、或いは強大化して侵攻軍に仕立てるには。
つまり、隣国に侵攻して豊かな穀倉地帯を確保し、領民を満足させ、領内の擾乱を防ぐためには、もっと大きな金がいる。
一見平和な世の中に見えるものの、私自身は決して安心できる立場にいないのだ。
ファンタジーな中世感満載のこの世界では、情報統制というものが驚くほど機能する。
だが、「人の噂に戸は立てられぬ」ということわざが示す通り、隣国の豊かな様子はいずれ我が領民にも知れ渡るはず。
隣国の君主は…つまり、方伯は、いずれにこにこ笑顔でやってきて「ああ!辺境伯領の哀れなことよ!救ってやらねば!」だとか言い出すに違いない。
でなければハンドキャノンなんてモノを作りだすとは思えないのだ。
あの新兵器……銃器が手元にあって、本当に自身の領地だけに満足するのなら、方伯はよほどの間抜けに違いない。
その場合はこちらが侵攻する時、極めて簡単なので喜ばしい限りなのだが…。
兎にも角にも、私が首を胴体に繋げて伸び伸びとする為には金がいる。
金を稼ぐためには、王国が追っている女魔術師がいる。
そして女魔術師を得る為に、今私は魔王国との国境地帯に、アンドレアスと2人きりで来ていた。
「親衛隊を連れてくるべきだったかな、ゲルハルト。いくらなんでも無謀に思える。」
「いいや、ここに親衛隊なんて連れてきたら全てが無駄になる。連中はずっと魔王軍と戦ってきた。魔族なんて見せたら何をするか…それに、秘密を知る人間は最小限の方がいい。」
2人の人間が秘密を共有したとして、真に秘密が守られるのは2人の内どちらかがくたばった時だけだ。
私はアンドレアスを"くだばらせる"つもりもないし、私も私で"くたばる"つもりもない。
だが、例え2人がくたばらなかったとしても、秘密を共有する人間は最小限にすべきなのだ。
秘密が大人数に知れ渡れば、それはもう秘密とは呼べない。
そして秘密の破綻は、場合によっては全ての破綻さえ招くことがある。
だとしても、こうやってたった2人の人間が丸腰で魔王の軍勢と退治するとなると、全身鳥肌モノだった。
クリスマス・ディナーのメインを飾る七面鳥の如く、私の素肌にはブツブツが沸き立っている。
そりゃあ、だって、怖いんだもん。
オーガやオークやトロールやゴブリン。
オオカミ男にヴァンパイア。
やけに馬鹿でかい巨人までいた。
それぞれが禍々しい鎧を身につけて、手には一撃で私達を消し去れそうな棍棒を持っている。
空にはドラゴンが舞い、試し撃ちとばかりに火炎を吐き出していたし、その空模様は曇天と雷光に覆われていた。
しかしまあ、こちら側とあちら側でえらい違いである。
天を仰げば、本来自然界の悠長な気儘さに支配されているハズの天気は、まるで大英帝国がアフリカの国境線を引いた時のように真っ直ぐ分割されていた。
分割されたこちら側は温暖な気候なのに、一直線の向こう側は大型ハリケーン・"カトリーヌ"の渦中にあるようだ。
もし、この世界にお天気キャスターがいたら、いったいどういった予報をするのだろう?
"…魔王国より辺境伯領側にかけては、春先に相応しい穏やかな天気ですが、魔王国から向こう側には全体的に厚い低気圧が…"
空を見上げて妄想にふける私を、アンドレアスが肘で2回突いて現実に呼び戻す。
気がつくと、犇く魔王軍の最前列に井戸が現れていた。
なんじゃこりゃ。
「アンドレアス、あんなとこに井戸なんてあったか?」
「いいや。気付いたら井戸が現れてた…なあ、ゲルハルト。あの井戸から何が出てくると思う?」
「魔王か…貞●か…サ●ラ・モーガンか…」
「頼むから最初のやつだけにしてくれよ。」
緊張半分、恐怖半分で井戸を見つめる私とアンドレアス。
何たって、"1ヶ月ぶりの再会"である。
表向きには、新魔王は、『突如覚醒し、辺境伯居城の地下牢に大穴を開け、近衛兵一個小隊を皆殺しにして立ち去った』事になっている。
実際は私とアンドレアスがこういったときの為の味方を確保する目的で、新魔王を逃したのだ。
ちなみに、当然その後国王陛下から怒りのリリックが送られてきた。
あの時はある約束をしたのだが、今になって気が変わって、私とアンドレアスを殺さないとも限らない。
♪クルッ、キットクルッ
うっわマジかよ。
何か来そうなBGMまで流してくんじゃねえよ。
何も来なくていいよまだ死にたくないよ。
痣とか呪いとかやめてね、間違っても。
だがBGMは止まらない。
そのうちに、井戸の縁を青白い手が掴む。
続いて真っ黒な頭髪に覆われた頭が見えてきた…あれ、これひょっとしてオリジナルの方ですか?
黒い頭髪はどんどんと這い上がり、白い和服まで見えてくる。
ねえ、いや、ちょっと待って、あなたは呼んでいませんの。
私めがお話ししたいって言って今日会うことになったのはね、井戸に閉じ込められた可哀想な女の人じゃなくてね。
和服の女はついに半身を這い出し、地に手を着いた!
そしてそのままこちらに向かって………
……は、来なかった。
和服女は後ろから何かに引っ張られたらしく、無事に井戸へと戻っていく。
替わりに這い上がってきたのは、グラマラスなボディを禍々しい衣装に押し込め、その頭部から2本のツノのようなモノを生やした女性。
そう、彼女こそ私とアンドレアスが1ヶ月前に逃した、新魔王である。
「………なあ、ゲルハルト。どうやって話しかけたらいい?」
「知らないかもしれないが、私はコミュ障なんだ。ファーストコンタクトは、どうか君の方から頼む。」
「最初に彼女と話したのはそっちだろう!…ま、まあ仕方ない。試してみるとするか。」
何を思ったのか、ハーモニカを咥えるアンドレアス。
彼は緊張した様子で、されどハーモニカにまだ息を入れないように気遣いながら深呼吸をする。
そして意を決したように目を瞑り、ハーモニカを吹き始めた。
♪ファッ!
………ファ?
♪ファファン、ファン、ファファン!!
♪ファファン、ファン、ファファン!!
♪…ファファファファ〜…
未来から暗殺ロボットがやってきそうな曲を奏でるアンドレアス。
どうやら、私と一緒で彼もコミュ障らしい。
あのな、我が友よ。
これは「リ●グ」でも「未知との●偶」でも「ターミ●ーター」でも何でもない。
そんな流暢にハーモニカ奏でたところで…
目線を目の前の魔王軍に戻す。
何てこった、目の前のオークやオーガやトロールやゴブリンが感極まって涙しているではないか!
ターミ●ーターのいったいどこが泣けるというのだろう!
彼らの感性には理解が難しい部分があまりにも含まれていたが、しかし、彼らも彼らなりの感情というモノを持っていることが明らかになったのは微笑ましい事実であり、私が自身の緊張を解すのに一役買ってくれる。
気づくと新魔王様がこちらへと歩んでくるのが見えたが、その新魔王でさえも、ハンカチを片手に感涙の涙を流しているようだった。
そして…さらに言えば…アンドレアスのように「未知との●偶」な接触をしなくとも、コミュニケーションが可能だった事が再確認される。
……新魔王は歯切りの良い"人間語"で切りだした。
「……感動的な曲をどうもありがとう!あぁ、久しぶりだね、友よ!君達から受けた恩は忘れない!勿論約束も!」
私は少し、違和感を感じる。
その違和感は、決して彼女の着る禍々しい衣装によるモノではなく、その衣装から飛び出ようとしている馬鹿でかい胸でも、彼女の口から飛び出てくる歯切りの良い発音でもない。
私が違和感を感じたのは…他でもない、彼女の"口調"だった。
「こうしてわざわざ会いにきてくれたんだ、きっと"僕"の助けが必要になったんだね?…ああ、いいよ。君に助けられたおかげで、今の僕がある。何なりと言ってくれ。」
え僕っ娘?
まさかの僕っ娘?
魔王が僕っ娘ってどういう事よ?
つーかこんな僕っ娘いる?
馬鹿デケエ胸を引っ下げて、艶がかった黒い頭髪を靡かせて、マリ●ン・モンローみたいな雰囲気纏わせて。
まさかの僕っ娘かよ。
馬鹿でかいおっぱいのついたイケメンかよ。
………あらやだ、めっさ好みじゃない!
ぼへぇっとしていた私を、またもアンドレアスが肘で現実に戻してくれる。
ああ、いかんいかん。
つい新魔王の魅力に取り込まれるところだった。
私はここへ来た目的を伝えるために、新魔王に向き直る。
向き直ったが、目線は新魔王様の胸元に釘付けである。
(目が乾燥して)涙が出ちゃう、だって男の子だもん!
「……あの、えっとですね。…お久しぶりです、新魔王様」
「ああ!」
「あの。えと。それでですね、あの、いきなりこういったことを聞くのも不躾だとは思うんですがね…ええっと、死刑囚とか、そちらにいらしたりしてまして?」
「………」
「あっ、すいません、言い方変でしたしあまりに失礼でしたよね。お気を損ねてしまったのなら誠に申し訳ありませ」
「ふっ……さっきから…全くどこを見て話をしてるんだい、こ・ね・こ・ちゃん♡」
ズキュゥゥゥウウウンッ!!!
私のハートがナニカに射抜かれる。
何なんだこのおっぱい盛り盛りあ つ ま れ性壁の森は!?
今度から禍々しい白瀬●耶とでも呼んでやろうか。
「そんなに僕の胸が気になるのかい?…まったく仕方のない子だ……さて、僕の領地に死刑囚がいるのかという質問だが…勿論いるよ。考えるだけで身の毛もよだつような連中が。」
「人数はどのくらい?」
「さあ。死刑の執行は定期的に行われるから、正確な数は覚えてはいないけど……ああ、そうだ。"連中"がいたな。」
「"連中"?」
「政治犯さ。僕が領地に帰るまでの間、国政を好き放題にやっていた連中がいてね。僕としても扱いに困っていたところだ。なんせ1000名近くもいる。」
「なるほど…….では、新魔王様。私、辺境伯が責任を持ってその政治犯達を処刑すると言ったら、どうなさいますか?」
「………僕はからかわれているのかな?」
「い、いえ、滅相もありません。貴国にとっても囚人の処刑となると、無駄な金と手間のかかる仕事でしょう。私としては、ある条件を付けさせていただく替わりに、貴国のご負担を軽減させていただきたいのです。」
「だんだん話が読めてきた…つまり、君達は政治犯達に国境を越えて欲しいんだな?理由は分からないが、君は今"外敵"を必要としている。」
「その通りです。」
「……ふむ。ならば良いだろう。僕としても、執行まで生かすのに金がかかるだけの政治犯を処刑する手間が省けるだけだからね。ただ、間違いなく全員殺してくれよ?………それじゃあ、そちらの言う条件とやらを聞こうか。」
「条件は2つです。一つは時期。私めがご連絡を差し上げた段階で投入していただきたい。」
「今すぐに、というわけじゃないんだね?」
「はい。そしてもう一つは、投入場所です…方伯領の三角地帯、ここに投入していただきたい。」
「………どうやら、"女魔術師絡み"のようだね。」
まずい!
やらかした!
彼女の父…つまり先代魔王は第九代勇者のパーティに殺されている。
そのパーティのメンバーは、第九代勇者、剣士、僧侶、そして女魔術師!
何てこった、私とした事が!
まさか新魔王が私の狙いを見抜くとは思ってもなかったが、交渉がうまくいきそうになって完全に警戒を解いていた私も悪過ぎる!
新魔王からすれば、女魔術師は親の仇。
自身が辺境伯居城の、あの薄暗い地下牢で何年も過ごす事になった原因を作った張本人の1人でもあるのだ。
そんな人物の為に利用されようとしていたと知れば、ここにいる軍勢を使って私達を粉微塵にしても不思議ではない!
だが、幸いな事に新魔王は怒らなかった。
淡い笑みを浮かべ、淡々と言い放つ。
「…まあ、僕もあの父親は好きじゃなかった。それに、勇者が国王と"約束"をする事になったのは………あの女のおかげでもある」
「……へ?」
「分かった、君の提案に乗ろう。命の恩人が、僕の手間まで省いてくれるというんだ。ありがたい限りさ!細部が詰まったらまた連絡してくれ…と言っても、またわざわざこんな辺境まで出向くのも大変だろう」
新魔王はそういうと、自身から右方にある地面に向かって右手を伸ばし、そこに魔法陣を形成する。
ファンタジーモノのアニメでよく見る類の、暗い紫色の魔法陣だ。
「誤解のないように言っておくけど、僕の魔法ではきっと君達の望むようなモノは作れない。魔族が使う魔法は『黒魔術』と言って、大方呪いをかけたり、怪物を合成したり…」
魔法陣が強烈な光を放ち、私の目を眩ませる。
一瞬の瞬きの後、どうにか目を開けて霞む視界の焦点を合わそうと努力した。
その甲斐あってか、徐々に視界が回復する。
「…こんな風に眷属も呼び出せる」
黒魔術の魔法陣は消え、それがあった場所には新魔王の眷属……褐色の肌にプラチナブロンドの髪、そして、例によって馬鹿でかい胸を持った、スラッとした長身長モデル体型のダークエルフが召喚されていた。
「『ダニエラ』、いつか僕の命の恩人の話をしたと思うけど、彼がそうなんだ。君には彼と一緒に行って、僕との連絡役をしてもらいたい。」
「………」
無言のまま頷くダークエルフ。
何でよりにもよって下着とガーターベルトなんて際どいモン着て出てくんのよ。
ストリッパーみたいな格好をしたダークエルフはそのままこちらへと向かってきた。
馬鹿でかい胸がたゆんたゆんと歩みに合わせて揺れている様子を見ながらも、私は別の事を考える。
新魔王は何故女魔術師の動向を知っていた?
王国が女魔術師を追っていることも、女魔術師の大方の居場所も知っているようだった。
私が政治犯の派遣先に三角地帯を選んだのは、辺境伯領と方伯領の中で最も国王から逃れられそうな場所だったというだけの理由だが、しかし、新魔王は自身の推測に一定の自信を持っている様子だった。
それに、勇者と国王の"約束"とは何だったのだろう。
何故当時まだ幼い新魔王を殺さなかった?
そもそも、勇者が"第九代"などという数字を重ねてきたのは、討伐した歴代魔王の直系をみすみす逃してきたからだ。
せっかく今度こそ一掃できたというのに、何故そのチャンスを逃したのだろう?
そうこう考えているうちに、馬鹿でかい胸が眼前まで迫ってきた。
馬鹿でかい胸は私の目の前で仁王立ちし、私よりも余程高いその身長を活かしてこちらを見下している。
だが、次の瞬間には信じられない事が起きた。
馬鹿でかい胸が更に眼前へと迫り、私の顔面は馬鹿でかい胸への接触を果たしたのである。
「ふっ、可愛い子だ。新魔王様もああ言ってくれた事だし…。さあ、行こうじゃないか、我のプリンス♡」
あらやだ、めっさくさ好み。