サクラ大戦外伝~ゆめまぼろしのごとくなり~   作:ヤットキ 夕一

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 昼の営業時間を終えた帝劇食堂ではそこで働く者達の食事の場となるわけだが、最近はそこのヌシとも言うべき大物が姿を現すようになり、通常の営業で疲れた厨房の面々を恐怖に陥れていた。

 その姿に厨房担当の松林(まつばやし) 釿哉(きんや)は恐れおののく。底なしの胃袋を持つ「赤い悪魔がきた」と。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

「はい、カンナさん。注文の品ですよ」

 

 食堂副主任である白繍 せりは器用に持った料理をテーブルにすべて並べ、その席にいる大きな大きな赤髪の女性に頭を下げた。

 

「お、ありがとな。せり」

「いえいえ、いつもありがとうございます」

 

 給仕服に身を包んだせりが一礼すると、その女性──大帝国劇場のスタァの一人であり、帝国華撃団花組隊員として随一の強さを誇る桐島カンナは気持ちのいい笑みを浮かべた。

 

美味(うま)くなったな、食堂も。それにこのカツレツにカレーをかけるとか考えたヤツ、天才じゃないのか?」

 

 そう言いながら次から次へと料理を平らげていくカンナ。その姿にせりは「どうせカツレツ定食もカレーライスも食べるでしょうから、結果的に一緒じゃないのかしら?」と内心思った。

 

 さらに「ウマいウマい」というカンナの声とともに消えていく料理。

 しかし、そのカンナの手が急に止まった。

 

「──ん? コイツは……」

 

 カンナが不思議そうな目で皿を見つめる。手にはスプーン。そして皿に乗っていた料理は──

 

「オムライス? いや、なんでこれだけ……」

「……どうかしましたか?」

 

 そう言ったせりだったが内心は分かっていた。この料理だけは味の質が落ちるのだ。

 

「いや、マズいわけじゃないんだぜ? ただなんというかその……これだけレベルが違うって言うか」

 

 カンナはつい箸を止めてしまったことを後悔しつつ、なんとか誤魔化そうと考えたが、他の料理との差が歴然としすぎていてできなかった。

 

「……わかってますよ、カンナさん。その料理がイマイチだって」

「え? そうなの? でもなんでさ。他の料理はメチャクチャ美味いのに」

 

 理由を話すことを一度ためらったせりだったが、カンナが気持ちよく料理を食べてくれることや、その体の大きさからくる包容力の塊のような雰囲気から、ついそれを話し始める。

 

「作ってる人が違うので」

「え? 厨房にいる人達じゃないのかい? てっきりあの主任さんとかが作っているのかと思ってたけどさ」

「厨房のメンバーが作ってはいますよ。うちの食堂では主に煮込み料理を松林、揚げ物をコーネルが担当してますけど……」

 

 それぞれが得意な分野があって、特にその二人はそれが顕著なのでそこをほぼ専門で担当している。

 休みや任務で欠けているときは他のメンバーが入ることもあるが。

 

「ってことは、あのカツカレーってのはその二人の力があってこそってことかい?」

「ええ。でも一番大きいのはその指揮を執っている主任の力量です」

 

 カレーのスパイス調合や作成するのは釿哉でも、それをカツに合う味として意見を言って調整しているのは主任の梅里だし、カツを揚げるタイミングや肉の下味もやはりカレーに合うように時間や方法を決めて指示しているのも梅里なのである。

 それは他の料理にも言えることだった。梅里が来る前と来た後で味が変わったのはせりも認めるしかなかった。

 本人に「和食専門じゃないの?」と尋ねたことがあったが、「そんなに長くはなかったけど洋食屋で修行したこともあるから」と簡単に言っていた。

 とはいえその短時間で身についているのは、料理屋の家庭で育ち舌が肥えていたり、きちんとした料理を習っていたりと基礎ができていたからこそ、ではないだろうか。

 そんな梅里によって劇的に変わった帝劇食堂だったが、たった一つだけ変わらないものがあった。それがオムライスである。

 オムライスの注文が入ると、梅里は絶対に自分で作らない。必ず誰かに「ゴメン、お願い」と指示を出す。ところが依頼された人が作っている間、彼はオムライスについて指示を出さない。最終的な味見さえ自分でせずに他の人任せだ。

 そうやってお客様のところに出されることになる。つまり、他の料理と違って梅里はまったく手出ししない。そのためにオムライスだけは以前のままとなり、結果的に完成度は全く違ってしまうのだ。

 

「は? なんで? あの主任さん、オムライスに恨みでもあるのかい?」

 

 説明を聞いたカンナが驚いた様子で言った。

 ちなみに今日それを作ったのは和人で、接客も調理もこなせる縁の下の力持ちだが、悪く言えば器用貧乏。及第点の仕事しかできない。

 給仕方のトップであり調理もこなせるせりとは比べものにならないし、たまに応援で手伝いに来て調理を担当する大関ヨモギという隊員にさえも和人は勝てない。

 とはいえ、例えせりが調理していたとしても、カンナの手は止まっていただろう。いや、釿哉だろうがコーネルだろうが結果は一緒だったはずだ。それくらい根本的に他と完成度が違う。

 

「私も、言ったことがあるの。さすがにお客様に出すのにこれはよくないって」

「まぁ、そりゃあそうだろうな。アタイらで言えば見てくれる人達に手を抜いた演技を見せるようなものだもんな」

 

 カンナの例えにせりは大きくうなずく。

 そして、そのときのことを思い出すと、彼女の肩がワナワナと震えだした。怒っているのだ。

 

「そうしたら、なんて言ったと思います? あの主任……」

「え? いや、なんというか……よ、予想できない、かな? なんて言ったのかなー?」

 

 その怒りの大きさに引いた様子のカンナに気がつかないまま、せりは感情を爆発させた。

 

「じゃあ今度から僕の代わりにキミが作ってよ、副主任。って言ったんですよ?」

 

 ちょっと小バカにした感じで梅里のモノマネをしつつ言うせりの剣幕に、カンナはついていけずに曖昧に相づちを打つだけだ。

 

「へ、へぇ……」

「私は給仕方の責任者でもあるんです。それを、注文が入るたびに、オムライスのためだけに、自分の仕事を放り出して作れって言うんですか?」

「い、言ったのアタイじゃないから、わからないけど……」

「そんなだから、あんな無茶なことを言い出すのよ!」

「あんなこと?」

 

 少し冷静になったのか、せりは一度大きく息を吐いて答えた。

 

「先月、敵幹部の魔操機兵をカンナさん達が倒したじゃないですか?」

「ああ。まぁ、トドメ刺したのは隊長とマリアだったけどな」

 

 カンナが思い出しながら言う。

 厳しい戦いだったが、全員そろった花組の力を結集した結果の大勝利だった。

 

「あの魔操機兵の残骸を調査しろって言うんですよ、あの隊長が」

「なんだって? あんなものの破片を回収していたのか?」

 

 さすがに顔色を変えるカンナ。直接戦い、相対したからこそわかる。あれは容易に手を出していいようなシロモノではない。

 思わず厳しい目になってしまったが、せりも気持ちは同じだったようでそれを恐れたり怯んだ様子はなく、カンナに説明する。

 

「ええ、あくまで浄化するためにですけど。それにあのままでは妖力が高すぎて、とても放置するわけにもいきません。夢組の封印・結界班がサポートしてどうにか回収したんです」

「ああ。ほったらかしたらどんな悪影響を及ぼすかわかりゃしないもんな」

 

 禍々しい妖気を放つ魔操機兵の破片の回収に嫌悪感を抱いたカンナだったが、それが帝都市民を守るためだと気がついて態度を軟化させた。

 

「そう信じていたのに……浄化のためって思っていたら、いきなり態度を変えて調査しろ、ですよ?」

 

 そのメンバーに調査班頭であるせりはもちろん入っていた。

 一方で、梅里はメンバーに入っていなかった。

 浅草近郊にある保管場所で行うことになった調査の現場の責任者は、支部に近く支部隊員が数多く参加することもあって支部付副隊長の巽 宗次になっている。

 指示したくせに放り投げているようで、せりにはそれが無責任に思えて仕方がなかった。

 

「なぁ、せり。ちょっといいかい? アタイはそんなにアンタのところの隊長さんと接点があるわけじゃないからハッキリしたことは言えないけど、事情があるんじゃないのかい?」

「事情、ですか?」

 

 食事の手を完全に止めたカンナの表情からは笑みは消え、真面目な表情になっていた。

 

「ああ。その調査、危なそうなのはアタイにだってわかる。だから夢組の隊長さんだって絶対わかってるはずさ。その上で調査しろって言うんだから、他には言えない事情があるんじゃないのかい?」

「上に指示された無茶を下に背負わせているだけかもしれないじゃないですか」

 

 せりの口からその言葉が出たのは、宗次が隊長心得でいたころのやり方を彼女自身が体験してきた感想でもある。

 当時の宗次による頭ごなしの命令は、その指示に従っていればいいと言わんばかりで、そのやり方は多くの民間登用された夢組隊員達のやる気を削いだ。

 それに最も反発したのが調査班頭であるせりであり、宗次とは何度も衝突しいている。そのたびに仲裁に入っていたティーラがいなければせりは辞めていたかもしれない。

 そういう夢組の時期と事情について、別の部隊とはいえ古株の隊員であるカンナも知っていたし、だからこそ今の夢組の変化も何となくだがわかっている。

 

「今の夢組からはそんな感じがしないよ。何より巽副隊長だったっけか? この前ちらっと見たけど、憑き物が落ちたかのようにいい顔になっていたじゃないか。その憑き物を落としたのがあの食堂主任さんなんだろ?」

「それは、そうですけど……」

 

 戸惑うせり。カンナの言うことには一理あるようにも思える。

 

「ま、アタイが言えるのは──」

 

 そう言ってしばらく止まっていた食事をとる手を再び動かし始め

 

「──こんなに美味い飯が作れる人に悪いヤツはいないってことさ」

 

 美味しい料理を作ろうと努力することは、相手を喜ばせようと思わなければできないことだ。つまり美味しい料理を作れるのは心優しい人だとカンナは思っている。

 その結論に拍子抜けして、せりは思わず苦笑を浮かべた。

 そんな空気もつかの間、カンナの席へとやってきた人がぶちこわしたのはそのときだった。

 

「──あら、誰が料理を食い散らかしているのかと思ったら、どこかで怪しい木の実でも拾い食いして、ゴリ人間になったカンナさんじゃありませんこと」

「だ・れ・が、ゴリ人間だ!!」

 

 怒るカンナを「おほほほほ」と笑ってからかうのはカンナと同じく花組の神崎すみれである。

 

「今日という今日は許さねえからな、すみれ!」

「それはこっちの台詞ですわよ!」

 

 いきなり始まる大喧嘩。

 

「ちょっと、二人ともストップ! 落ち着いてください。ケンカは駄目ですって。ケンカは……余所でやりなさぁぁぁぁいッッ!!」

 

 暴れ始めた二人にキレたせりのカミナリが食堂に響くのであった。




【よもやま話】
 とりあえず定期的には出したいサクラ大戦オフィシャルのキャラと本作オリジナルキャラが絡むシーン。
 というわけで出てきたのは、やっぱり食堂といえばカンナ、というわけでご登場願いしました。花組の中では書きやすくて助かります。逆に一番書きにくいのは紅蘭。私が関西弁が分からないのと、分かったとしてもどこまでなまらせていいのかさじ加減が難しいからです。知らんけど。
 次回予告で出したオムライスがやっと登場。出した理由は新サクラ大戦でとあるキャラが絶賛していたために入れたネタ。……そんな軽い気持ちで入れたコレですが、後々あんなことになるとは、思ってもみなかったのです。
 ところでこれをアップした日にアニメ版「新サクラ大戦」第2話が放送されたわけですが、こんなオムライス下げの話を出してしまうだなんて、オムライス仮面……じゃなかった白マントに成敗されてしまう。
 ──さて、食堂の役割分担が出てきましたが、釿哉が煮物担当なのは欧州の錬金術師に弟子入りしていた子供時代に師匠の面倒見ていて料理ができるようになったという設定なので、その辺にあった釜で煮たりしているうちに(日持ちもするし)煮物料理が一番の得意になったという背景があります。
 え? コーネルが揚げ物担当の理由? 名前からですよ。姓をサンダースにするのを自重しただけマシですって。
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