サクラ大戦外伝~ゆめまぼろしのごとくなり~ 作:ヤットキ 夕一
「まったく、あの二人ときたら。今度やったら出禁にしようかしら」
すみれとカンナをどうにか追い払ったせりはその後かたづけを終えて一息ついていた。
カンナは量こそ多いがとにかく「うめぇ!」と気持ちよく食べてくれるし、すみれも「まだまだね、精進なさい」と言いながらも残さず食べてくれる不器用な良客なのだが、その二人がそろうと途端に破壊の嵐を巻き起こす。
思い出すと感謝よりも余計な仕事を増やしてくれたことへの立腹の方がどうしても勝ってしまうのであった。
しかも、せりのカミナリという名の必死の呼びかけにはガン無視で喧嘩していたのに、後からやってきた梅里の仲裁で止まったというのがまた余計にイライラさせる。
「ま、こうしていても仕方がない、か……」
小休憩のために食堂から出ようとしたせりだったが、その入り口付近に中の様子をのぞき込んでいる人影を見つけた。
今は営業時間中ではないし、その様子からどうにもお客さんではなく帝劇の関係者のようにも見える。
とにかく営業時間外なのでそれを伝えようと近づくと、向こうもせりに気が付いた。
「あ、白繍さん。こちらにいたんですか」
「私? 私になにか用ですか?」
その人はホッとした様子で食堂内に入り、せりの方へと歩いてくる。
「相談に乗ってほしいんです」
「相談って……」
せりは戸惑っていた。相談と言われても顔を見てすぐに名前が浮かばないのだから夢組の隊員ではない。もちろん自分の部下でもある夢組調査班のメンバーでもない。この人に相談を持ちかけられるような覚えはない。
「ええ。私の相談というわけではなく、伊吹さんの相談に乗って挙げてほしいんですよ」
「かずらちゃんの?」
そう言われて思い出す。よく見てみればそれは大帝国劇場の楽団に所属している演奏者の一人だ。たまに食堂で食事もしているので見覚えもあるし、たしかにかずらと一緒に食べに来ているのを見たことがあったような気がする。
その彼女の次の言葉を聞いて、なんで今日は厄介ごとばかり舞い込むのだろうと素直に思った。
「伊吹さん、どうやらスランプみたいなんです……」
(演奏者のスランプの治し方なんて、私にわかるわけがないじゃないの)
そう突っぱねることもできたのに、それをせりがしないのは生来の性格のせいだろう。
かずらは夢組内では、支部付で対人捜査のエキスパートであるもう一人と共に、調査班を支える本部付の副頭で、調査班頭であるせりの直接の部下だ。
またこの春まで帝国華撃団の養成組織である乙女組に所属していたかずらと、現在その乙女組に所属しているせりの妹とはとても仲のいい友人だと聞いている。そんな妹のためにも相談に乗ってあげたいという思いはあった。
だが、それを抜きにしても5人姉弟の一番上であるせりは幼い頃から弟や妹の世話をしていたので面倒見がいいのである。
「それでかずら、なにかあったの?」
そんなせりが話を聞くと、かずらは不安げな顔で彼女に詰め寄った。
「せりさん、あの……私、武相隊長に嫌われてないでしょうか?」
「はい?」
呆気にとられるせり。さっきのカンナに爆発させた不満を思いだして、つい「知るかい!」と投げ出しそうになるのをどうにかこらえる。
かずらが困っているのだから、と自分に言い聞かせて。
「……どうしてそう思うのかしら?」
「だって私、4月の上野公園以来、隊長がちっとも一緒に仕事してくれないんですよ? きっと嫌われたんです。そうでなければ避けられてるんです」
そう言ってずーんと落ち込むかずら。
(いやいや、夢組は規模はそれほど大きくはないと言ってもそれなりに人数いるし、隊長と仕事したことある人って意外と少ないんじゃないかしら? そもそもあのときは緊急出動だったから……あ、いや、上野の時のかずらちゃんと隊長は再調査で出撃中だったんだっけ)
などと考えを巡らせるせり。
「それなら心当たりはないの?」
「いえ。でも……芝公園も、築地も、どちらも呼ばれませんでした」
かずらがしゃがんで首を横に振ると、三つ編みにされたフワフワの髪がそれにあわせて揺れた。
「言われてみれば、確かに呼ばれてなかったわね」
特に緊急出動だった築地でのマリアの捜索で呼ばないの不自然に思えた。
刹那に連れ去られたマリアの捜索には、霊力を使ったり『千里眼』の遠見隊員のような特殊能力での探査やそのサポートのために夢組のほとんどが参加していたはずだ。
役目の違う除霊班さえも付近で脇侍が発見されていたので、他の班の護衛として出動していた。
もちろんせりも出動したのだが、なぜかかずらだけは出動の対象から外されていたのだ。
(妙な話ね)
かずらは本部勤務なだけでなく、楽団という立場で舞台に関わっているためにマリアをよく知っていた。その演奏に霊力を込めてソナーのように探知できる彼女の能力を考えれば、早く居場所が見つかったかもしれない。
おまけに探索範囲は広範囲に及んでいる。同じように探索系の特殊能力である遠見の『千里眼』は「特定の対象を遠くから見る」ことに特化しているのだから、かずらの能力の方があのときは有効だったのは間違いない。
(むしろこれ以上の適任者がいなかったくらいじゃない。現場に呼ばないのは明らかにおかしいわ)
とは思ったのだが、それを口に出すと「じゃあ、なんでですか?」とかずらを余計に落ち込ませるのは明らかだった。
それに、最近のかずらが夢組の仕事を振られていないわけではない。それ以外の調査任務にもちろん当たっている。だから梅里がかずらの能力を疑っているわけではないのだろう。
「そんなこと無いわよ。隊長だってきっと忙しいんだし。それにあなただって公演の曲の練習とか忙しかったでしょ? それで気を使ってくれたのよ、きっと」
「……本当ですか?」
顔を上げたかずらはうっすら涙ぐんでさえいた。
「私のこと、信用できないかしら?」
「そんなこと、ありませんけど……でも、違うかもしれないし……」
かずらにしてみれば梅里とせりがあまり仲良くないことは知っているので、本当にそれが合っているのかわからなかったのだ。
たしかに現状で二人の仲はお世辞にも良いとは言えない。食堂での方針を基本的にせりに投げている梅里に対し、せりは責任者としてもっとしっかりしてほしいと思っているし、夢組の活動についても不満がある。
だから衝突──というよりは一方的にせりが不満をぶつけているのだ。
「じゃあ、今度私が聞いてみるわ。そして、理由があるならかずらちゃんに説明するようにも言う。それでどう?」
せりの言葉に、かずらは熟考した上でためらいがちながらもうなずくのであった。
「──と安請け合いをしたものの、どうしたものかしら」
夢組戦闘服に身を包んだせりがつぶやく。
彼女の戦闘服の袴はくすんだような水色、いわゆるシアンという色に染められたものだ。
かずらの相談を受けてからすでに数日経っている。しかしまだ解決どころか梅里と話さえできていなかった。
もちろんそれには理由がある。
今、せりがいるのはいつもの帝劇食堂ではなく、浅草にほど近い軍の秘密施設のそのまた地下にある施設だった。
この場所には魔操機兵・蒼角の残骸が運び込まれており、せりが不満だったその調査を行うのが今日なのである。
調査を指示した梅里と衝突したのはかずらから相談を受ける少し前。
その後も梅里は頑なで調査を撤回する様子もなかった。せりもせりでその不満を隠すつもりもなく──結果としてお互いほとんど話すことができなかったのだ。
とはいえ、せりがどんなに乗り気でなくともすでに準備は進んでおり、錬金術班が機材を設置していたり、残骸を囲むようにして障壁を発生させる予定の封印・結界班が配置されていたりとしている。
「あ、頭。今日はよろしくお願いしますッス」
そう言って頭を下げてきたのは一般隊員の
が、今回はそれを応用して注視することで他人よりもより細かく見るための参加である。
以前は調査班に所属してせりの直接の部下だったのだが、4月の組織改編で新設された隊長直属の特別班に所属を異動している。
「よろしく遙佳。あなたの目、期待してるからね」
「そこまで期待するなら、今度目にいいなにかを差し入れて欲しいっスね」
「あら、それなら松林特製のメガ・ヨクナールでも持ってくればよかったかしら?」
ニヤリと笑った遙佳に対して、せりが錬金術班頭お手製の目薬の名前を出すと、とたんに彼女は目を泳がせた。
「あー、あの目薬は効きすぎるというか、間に合ってるっスわー」
「冗談よ。今度、ニンジンケーキでも持って行くわ。人参、目にいいんでしょ?」
「マジっスか? 主任──というか隊長、料理の腕がメチャクチャすごいって支部でも評判っスよ。そんな人なら出来栄えは間違いないし、嬉しいっスわー」
「……主任?」
せりが戸惑うと、遥佳は不思議そうに首を傾げた。
「え? アレ? 隊長に作ってもらうんじゃないんっスか?」
「私が作ろうかと思ったんだけど……ガッカリしちゃうかな?」
せりが寂しそうに苦笑いすると遥佳はあわてて首を横に何度も振る。
「いやいやいやいや、副主任自ら作ってくれるってことっスよね。メチャクチャありがたいっスよ。光栄です! せりさんも料理、ものすごく上手いっスから」
今日は特にがんばりますよ、と言い残し、なんとも気まずそうにしながら遥佳はそこから去っていった。
「……はぁ」
思わずため息が出た。
「自分よりも梅里の方が期待されていて、不満か?」
「──ッ!?」
背後からの声に思わずビクッと肩をふるわせる。
振り返ると、せりのものよりずっと濃い青である紺色に染められた、狩衣型の男用夢組戦闘服を着た男が立っていた。
「突然、後ろから声をかけるなんて趣味が悪くないですか? 副隊長」
「すまない。まさかここまで驚かれるとは、俺も思わなかったからな」
今回の調査の現場責任者である帝国華撃団夢組副隊長の巽 宗次だった。
宗次にしてみれば、せりの高い霊感を評価しているので、自分がいることに気づいているだろうと思っていての行動だったから、逆に少し驚いている。
「なにか溜め込んだままだと任務に支障をきたすぞ」
「溜め込んでいるように見えます?」
「ああ。不満なんだろ? この調査が」
「そんなこと──」
「実のところ、俺も不満だ」
宗次の言葉が意外だったのでせりは思わず宗次を見た。
その驚いた視線を受けて、宗次は返す。
「ん? 白繍は不満じゃないのか?」
「私も不満ですよ。でも副隊長のことだから「命令だからキチンとやれ」と言うと思ってました。まさか不満って言うだなんて……」
「上官の言うとおりにしろ、か?」
「ええ。その方が副隊長らしいです」
宗次が変わったという噂はせりも知っているし、本部と支部で職場は違えども仕事上の接点はあるのでその雰囲気も感じ取っている。
しかしそうはいっても前は何度か衝突しているのでわだかまりが無くなったわけではないし、つい皮肉っぽい言い方になってしまう。
「まぁ、実際に今回はそうするしかなかったわけだが」
「そうですね、隊長の言うとおりに」
「何?」
せりの言葉に宗次が眉をひそめた。
「今、隊長……梅里の言うとおりって言ったか?」
「言いましたけど。隊長、私を指名してこの調査に副隊長とあたれって」
「お前のことだ、当然、不満はぶつけたんだろ?」
宗次が言うとせりは露骨に眉をひそめた。
「その言い方に思うところがないわけではないけど、その通りです。できませんって。そうしたら僕の一存だとか、隊長命令とか言って聞く耳持たずです。まるでどこかの誰かのようでした」
「耳が痛いな。だが、梅里のヤツがこの調査に乗り気だと思っているのなら間違いだぞ」
「え?」
せりは思わず宗次の顔を見る。
「同期が教えてくれたんだが、アイツは支配人で大騒ぎしたそうだ。こんな危険な調査はできない、と。司令に、人が死んでもいいんですか? とまで言ったそうだ」
「そんなこと、一言も……それならこれは司令の命令なんですか?」
「ああ。しかし実のところを言えば米田司令も反対している」
そんな宗次の話を聞いて、せりは少し呆れていた。それなら帝国華撃団で賛成しているものなんて誰もいないではないか。それなのになぜこんなことをしなければならないのか。
「ますます不満になったか? だが覆せない事情が司令にはある」
「事情? いったいどんな……」
「上からの命令は絶対。俺が徹底しようとして失敗したことだが、それは軍の中では覆せない真理だ。その上からの指示ってことだ。米田司令……いや、華撃団の上と言っていい」
同期の事情通からの話で米田の政治的発言力の弱さが今回の原因と分かっていたが、それはあえて言わなかった。上司、それも部隊のトップの弱点を隊員に広めて貶める必要もない。
「もっとも、それを梅里のヤツに説明するのは骨が折れたがな」
やれやれと肩をすくめる。
民間人の梅里に軍のやり方を説明するのは副隊長で軍人サイドにいる宗次の役目だ。
部隊の混乱を避けるために、上司の言うことを盲信するというやり方は、梅里には気に入らなかったらしい。
「そのかいがあって、アイツはどうしようもないということだけは理解してもらえたよ。重要なのはその後だ」
一度言葉を切ってせりを見る。
これがお前と梅里の違いだぞ、と突きつけるために。
「理解したアイツは、この調査に関してかなり綿密に詰めた。俺も意見を求められたし手伝った。ティーラも指示でいろいろ未来視したみたいだったしな」
予知が不調に終わったことも宗次は知っていた。ティーラが言うには残骸がまとう妖力が強すぎるために、未来視にまで影響を与えて見通すことができないそうだ。
この行動力が、ただ不満をぶつけて拒否しか頭になかったせりとの違いである。
「危険さを考えたら結界は強ければ強い方がいい。それでも封印・結界班頭の山野辺ではなく白繍、お前を選んだのは、その調査能力に期待しているってことだ」
「そ、それなら両方呼べばいいことじゃない」
自分が気付けなかった梅里の行動力に圧倒されつつも、せりは反論してみせた。
「それは確かにそうだ。ここだけを見るなら、な」
ちょうどそのとき、誰かが走って近づいてくる足音が聞こえた。
会話を止め、宗次とせりがそちらを見ると戦闘服を着た一般隊員が走ってくるのが見えた。
「副隊長!! あ、調査班頭もいましたか。ちょうどよかった」
「どうした?」
「非常事態です!! 浅草に花組が出撃してます!」
そこまで言ってから走ってきた隊員は呼吸を整える。その間に宗次が厳しい目でせりの方を見た。
「白繍。さっき言い掛けた理由、梅里がお前と山野辺の両方を向かわせなかったのはこの危険があったからだ。万が一の戦闘サポートを疎かにはできないからな」
せりが「あ……」と絶句する。もしも今、和人まで来ていた場合には、封印・結界班の多くが参加しているために、結界による現場封鎖と戦闘場所の確保という花組への支援が疎かになっていただろう。
「まったく、アイツの勘はティーラの予知を越えるんじゃないのか」
そう言って苦笑する宗次につられ、せりも微妙な表情で乾いた笑いを浮かべるしかなかった。
それから宗次は思案顔になって起こった事態への対処を考える。
「ここから近いな。ふむ……」
帝都を俯瞰的に見れば近い。しかし局地的に見れば近いわけではない。
巻き込まれるような事態はさすがに無いだろうが、影響があるかどうかでいえば微妙なところだ。
「中止しましょう。どんな影響があるか分からないもの」
「いや、それは難しいな」
せりの提案を宗次は却下する。
今日は調査とはいえ少なくない人数が動いている。この規模の人数を集めるとなると調整期間が必要になる。機材にしても霊力や地脈、その他さまざまな力を利用したものがあり、中にはデリケートで扱いが難しいものもある。
「この状況で強行は危険なだけです。ありえませんよ」
「今日のために機材調整した錬金術班と喧嘩したいのならな。それに占星術を利用したものもある。月齢の関係で最悪の場合には使用可能が約3週間後になるが、そこまで時間をかけることはできない」
厳しい目をする宗次。だがフッと表情を緩めた。
「だが強行もするつもりもない。状況次第ではもちろん中止もやむを得ないと考えているさ。今は準備を進めつつ、調査開始のタイミングにつては追って指示を──」
「──いえ、調査はやってもらいます」
「「「え?」」」
突然の声に宗次とせり、それに一般隊員がその声の方を見る。
深緑の軍服軍帽に身を包んだ一目で軍人と分かる者が立っていた。眼鏡の奥にあるその針のように細いつり上がった目でジッと宗次を見る。
「……軍の査察官か」
「ええ、その通りです。よろしくお願いしますよ。巽 宗次……少尉、殿」
苦虫を噛み潰したような顔をしつつ、せりがこの軍上層部から来た者にかみつかないように注意しなければならないことまで考えると、胃が痛くなってきそうだった。
【よもやま話】
悩むかずらのシーン。
作中ではオリジナルの2、3話分をカットして1話内でやっているので違和感がでているかもしれませんが、2ヶ月間ほったらかしになってますので。
その時間経過を感じさせられない点ではちょっと失敗したかな、と。でもこのシーンは次の第3話に向けてのシーンでもあります。次はかずらのヒロイン回ですから。
また、旧作で出てこなかった軍の査察官を出しました。当初は考えてなかったキャラだったのですが、よく考えると近くで戦闘起きてるんだからどう考えても調査の強行はしないよな、という考えに至り、戦闘終了を待たない理由をつくるために出しました。それが後々に響くことになりますが。