サクラ大戦外伝~ゆめまぼろしのごとくなり~   作:ヤットキ 夕一

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 上野駅は北の玄関口と言われている。

 東北本線をはじめとして、水戸を通る常磐線がたどり着くのもこの駅である。

 その上野駅で汽車を降りた梅里は近くの上野公園へと来ていた。ここが迎えに来る者との待ち合わせ場所だからだ。

 桜の名所として名高い公園だが、このときはまだ早く、残念ながら桜の花を見ることができなかった。

 

「まぁ、まだ梅の時期だったし……」

 

 自分がやってきた水戸の光景を思い出す。

 水戸で花と言えば梅であり、梅の名所といえば偕楽園である。

 徳川幕府の時代の末期に整備された公園であり、その人気は近年では水戸にとどまらずに広がり、「梅の時期に臨時の駅舎を」という声が高まりつつあるほどだ。(実際、数年後にその要望通りに臨時駅舎ができることになる)

 その偕楽園の梅が満開で梅里を送り出してくれたのだから、それよりも時期が遅い桜の花がまだ早いのは当たり前のことだった。

 とはいえ、憩いの場である上野公園には、それこそ今が一年で最も多くなっている偕楽園ほどではなくとも多くの人がおり、そのあたりはさすが帝都といったところだろう。

 

「梅の、木か……」

 

 梅里は顔を上げて視界に入った桜の枝の向こうに見える青空を見上げ、同じ青空の下にある水戸の梅の木を想う。

 そして思い出す。ほぼ一年前、水戸の梅の木の下で、日が昇っている今の時間とは逆の闇夜にあったあのことを。

 

(あんなこと、許されるべきじゃない……)

 

 だから自分はここにきた。この帝都で──

 

 

「もし……お尋ねいたしますが、武相 梅里様でございますか?」

「──え?」

 

 

 背後から名を呼ばれて梅里は思わず振り返った。

 そこにいたのは梅里と同年代──いや、わずかに上だろうか──の女性だった。

 長い髪はいかにも和風美人といった出で立ちで、目は細長いというよりも閉じているのだろうかと思うほどに細い。

 その服装は和服だった。今流行の和洋折衷の服装や女学生によく見かける着物に袴を合わせた服装とは異なるが、纏う大和撫子感から驚くほど彼女に似合っている。

 ちなみに今の梅里の服装こそ和洋折衷で、洋服である淡い黄色いシャツの上に濃い紅色の羽織を着込み、下は濃紺色をした洋服のズボンである。

 

「武相、梅里様でいらっしゃいますか?」

 

 もう一度その女性が尋ねてきたので、梅里は戸惑いながらもうなずいて答える。

 

「そうですけど、あなたは?」

「失礼いたしました。わたくし、塙詰(はなつめ)しのぶと申します。米田中将の指示でお迎えにあがった次第です」

「はぁ……え?」

 

 一礼して笑みを浮かべる相手に対し、梅里はさらに驚く。

 

「ということは、あなたも華撃団の……」

「……はい、関係者です」

 

 声を潜めた梅里と同じように、小さな声で応じる女性。

 

(この人が、軍の関係者?)

 

 と梅里は思わず思った。軍服を着ていないのもあるが、やはりまとっている雰囲気からそれっぽさがないというのが大きい。

 

「案内いたしますので、どうぞついてきてください」

 

 そう言ってこちらを気にしながら歩き出したしのぶと名乗った女性のあとに、梅里はついて行くしかなかった。

 それから歩いたり路面電車を乗り継いだりとして、梅里としのぶという女性は帝都の中心である銀座までやってきた。

 水戸から出てきた梅里にとって、帝都の景色はまるで別世界で、驚きの連続であり、目の前にある大きな建物もまた異質なものだった。

 

「ここは?」

「大帝国劇場です。昨年できたばかりのまだ新しい劇場でして、帝都の新名所、といったところでございましょうか」

 

 そう言って笑みを浮かべるとしのぶは劇場の出入口へと歩いていく。

 

「え? あの、ここって劇場ですよね」

「そうですが……なにか問題でも?」

 

 さも平然と、そして不思議そうに答えるしのぶ。

 一方、梅里は困惑しっぱなしである。

 

(ここが目的地、なわけないよなぁ……)

 

 そう思いつつ梅里は帝都にきた目的を思い出していた。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 

「……特殊部隊、ですか?」

 

 梅里の問いに祖父は神妙な面持ちで頷いた。

 帝都に経つ数ヶ月前、年が明けてまもなくの頃のことだった。

 梅里は祖父に呼び出されてその部屋にやってきたが、そこで祖父と共に待っていたのは軍服姿の女性だった。

 祖父が、やってきた梅里をその女性に紹介すると、彼女は「藤枝あやめ」と名乗り、梅里に一礼する。

 その後の話で飛び出したのが祖父の「特殊部隊」の言葉である。

 

「以前、話はしていたと思うが……」

 

 その祖父の言葉が梅里の心の傷をチクリと刺激する。が梅里はそれを表情に出すことをどうにか防ぐ。

 

「ええ、聞いてはいましたが……」

 

 梅里が最初にそれを聞いたのは一年以上前のことだった。

 祖父の古い友人である米田一基が組織する特殊部隊に加わるよう、梅里は言われていた。

 そうして去年は春から軍人となる梅里に対し、入隊前にということで婚礼話があったのもそのころだ。幼なじみとの話が進んでいたのだが──その話がまとまることはなかった。永久になくなった。

 むしろそれ以降は今の今まで軍属の話さえも無くなり、武相家の次男である梅里は兄が継ぐであろう実家に残り続けていたのだが……

 

「あの話、まだ生きていたのですか。しかし僕、いえ私は軍属になる機会を逃しましたが……」

「そんなことはわかっておる。あやつが組織している部隊は文字通り特殊でな」

 

 そう言って祖父は縁側から外を見た。一月のよく冷えた澄んだ空気と低めの日差しが目に入る。だがその景色は、祖父の遠くを見るような目には入っていないように思えた。

 

「……降魔戦争。お前もこの家の、武相の者なら知っているな?」

「はい……」

 

 降魔戦争とは今から十年近く前に起こった帝都での知られざる戦いである。人類の敵である降魔と、それから帝都を守るべく対降魔部隊である四人の者が中心となって戦い、最後には巨大降魔を討滅して勝利した。四人のうちの一人、真宮寺一馬の命という貴い犠牲を払って。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 ──さて、梅里の実家である武相家について説明する。

 

 武相家は江戸時代の初期に水戸徳川家に召しかかえられた外様の家来だったが、水戸徳川家では他の外様の家来集とは別格の扱いを受けた家でもあった。

 そもそも水戸という土地は江戸の鬼門である北東の地にある。

 江戸幕府の開祖である徳川家康は江戸の鬼門の上野に寛永寺を建てさせる等、江戸の霊的な守りも重視していた。

 そのさらに北東の水戸に自身の末子を藩祖にして水戸徳川家を配置したのは、東北諸大名への睨みというだけではなく、霊的な守護の意味合いがあったのは間違いなかった。

 

 その水戸徳川家に他でもなく家康自らが紹介して仕えさせたのが、当時はどこにも仕えずに魑魅魍魎の討滅を生業としていた武相家の初代である。

 もちろん徳川の家臣でさえなかった者だったが、以降、水戸の北東に居を構えて霊的な守りを担当した武相家は「家康公から与えられた」家来として軽んじられることはなく、かといって水戸に行ってからの家臣である外様の立場から藩政の中心に携わるわけでもなく代を重ねることとなった。

 

 徳川の御代の間は水戸城内の食事を任された『御食事人』を表の役目に、魑魅魍魎──特に人に仇なす降魔の討滅をする裏の役目をも帯び、そのまま断絶することなく維新を迎えたのである。

 維新後は代々務めた御食事人の技術を生かして料理屋を開業した。

 武相家は「重要な役目は任命されないが大事にされる」という、ともすれば他の家来衆から妬まれかねない立場にあったので、その中で生き抜く間に培われた家風に「謙虚さ」があった。

 それがあったがために、いわゆる「武家の商い」のような傲慢な商売に陥ることもなく、この太正の世には水戸にもともとあった屋敷に料亭を構えるほどに成功していた。

 

 そして、徳川の世で担っていた「水戸の霊的な守り」についても新政府からの依頼で続けており、その縁で梅里の祖父である武相 梅雪(ばいせつ)は、『二剣二刀』の一振りの継承者である米田一基と知り合うことになり、それをきっかけにして同じく別の『二剣二刀』の継承者の真宮寺一馬とも交友を持つこととなった。

 それが縁で、幼い頃に梅里も真宮寺一馬と会ったことがあり、そのときは剣の稽古をつけてもらったこともあったのだ。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 降魔戦争は水戸に戦火こそ及ばなかったものの、そんな一馬の命を奪ったものであり、梅里にとっては悲しい記憶を想起させるものになっていたのである。

 

「……その降魔戦争での経験を基に、米田が組織しているのが帝国華撃団なの」

 

 凛とした声が祖父の言葉を継ぎ、梅里は思わず彼女の顔を見た。

 

「対降魔部隊は組織としてあまりに小さすぎた。あのときの降魔のような巨大な霊障に対抗するため、最新の兵器である霊子甲冑を武器に戦う部隊と、それを様々な方面から支援する隊をまとめた組織を作り上げた。それが帝国華撃団なのよ」

 

 そう言って女性──藤枝あやめは持ってきていた資料を梅里に手渡す。

 

「帝国、華撃団……」

 

 渡されたものには梅里の写真と氏名や生年月日等の個人情報に加え、なにやら見慣れない項目とよくわからない数値が書かれていた。ただ一つ印象に残ったのは『霊子甲冑=不適』というものだった。

 

「あなたの霊力を調べさせてもらったのだけど、梅里クンは霊力の「質」の関係で霊子甲冑で戦う隊には所属できないわ。でもあなたには霊子甲冑には適しなかったものの強い霊力とそれを扱う高い技術があることは御爺様から聞き及んでいるわ。そしてあなたの実績からも明らかよ」

 

 あやめは心から梅里を迎えたいと思う、強い勧誘の気持ちでそう言った。が、梅里は最後の言葉に思わず肩をビクッと震わせていた。

 思わず俯き、その顔を上げぬまま、梅里はあやめに問う。

 

「……昨年あったことも、その実績に入ってますか?」

 

 その反応にあやめは「しまった」と思った。だが嘘をつくわけにもいかず頷いて答える。

 

「その一件に関しては私も、米田も知っています。あんなことがあった直後に、あなたを戦いに巻き込むわけにはいかないと思ったから、一度は諦めました」

 

 だから軍に入る話が無くなったのか、と梅里は納得した。

 するとあやめがズイっと身を乗り出して梅里の膝の上にあった手をつかむ。

 

「でも、今年に入って大きな霊障の気配はますます強くなっている。それをこれから防ぐためにも、あなたの力がどうしても必要なのよ。真宮寺一馬さんのように、戦いの矢面に立つ人が命落とさないよう守るためにも。そしてなによりも、あなたの幼なじみの鴬歌さんのように霊障に巻き込まれて不幸になる人を出さないためにも」

 

 その名前を出されて梅里は身を固くする。

 

「そういう命を、梅里クン、あなたには守る力があるのだから。その力を、どうか私たちに、華撃団に貸して下さい……」

「僕の、力を……?」

 

 梅里が顔を上げる。

 そして自分の手を見つめる。その手には、あのときの感触が未だにこびりつくように残っていた。

 

「僕の力で……僕の命で、鴬歌を……いや、鴬歌のようなことを防げるんですか?」

 

 それから梅里はあやめの方を見た。

 その目に見つめられ、あやめは少しゾクッとした。彼はあやめを見ているようで、なぜか見ていないように感じられる。

 そんな違和感を抱きつつ、あやめは戸惑いながらも頷く。

 

「ええ。あなたならできるわ、梅里クン」

 

 あやめに言われ、梅里は頷く。

 

「……わかりました。武相梅里、一命を賭して、一人でも多くの命を守りたいと思います。帝国華撃団、ぜひに参加させてください」

 

 梅里の力強い宣言に祖父はホッと一息をつき、あやめも笑顔で歓迎する。

 だがその一方で、あやめは小さくない不安を感じていたのだった。

 




【よもやま話】
 塙詰しのぶの初登場シーンなのですが、正直、上野公園まで出迎えにくるのを白繍せりにしようという案もありました。
 しかしそれだと確実にヒロインがせり一人になってしまうので、あえてしのぶのままにしました。それくらい私の中ではせりのヒロイン度は高いのです。
 ちなみに常磐線の臨時駅である偕楽園駅の部分は、実際に年号的にはこの数年後から始まったそうです。調べたら偶然そうだったので入れてみました。
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