サクラ大戦外伝~ゆめまぼろしのごとくなり~ 作:ヤットキ 夕一
蒼角の残骸をめぐる騒動は終わった。
今回の件は、刹那の断末魔の際に叫びとともに発せられた妖力に、蒼角の残骸に残っていた羅刹の妖力が、兄弟という繋がりで呼応・励起され、このような事態を起こしたのだろう。
しかし、今回の件の元々のきっかけである調査任務としては、失敗だった。
調査以前に暴走し始めたので何のデータも取れていないし、おまけに残骸は細切れのガラクタと化している。帯びていた妖気も、梅里とせりの霊力で祓われてしまい、本当にただの金属片になってしまっていた。
そのため──
「夢組。調査任務、失敗してしまいました」
「笑顔で報告するな!」
とは梅里の報告を受けた米田の言葉である。
失敗を朗らかに笑って報告する梅里に思わず怒鳴ったのも無理はないだろう。
「まぁ、失敗しちまったものは仕方ねえ。残骸もバラバラの屑になっちまったんじゃ、これ以上どうしようもないな」
「おまけに、浄化されましたから」
梅里が付け加えると、米田はオホンと咳払いを一つした。
「それで査察官は納得したのか?」
「ええ。もうどうしようもないということで」
「ほう……よく引き下がりやがったな」
不思議そうにする米田に、梅里は付け加えた。
「それ以上に現場で傷跡残さず縫合したホウライ先生の腕前にすごく感謝しているようでしたので」
「なるほどな。そいつはよかった。なんなら手みやげ持っていった上で治療費の請求書でも置いてきてやってもいいくらいだな」
と上機嫌な米田。
梅里もニコニコと笑みを浮かべていたのだが──
「ところでウメよ。今回は、結果オーライだったが……オメエ、オレに謝ることはねえか?」
笑みこそ浮かべたままだったが、米田の態度が変わって梅里も表情を引き締めた。
「……待機命令違反をいたしました。申し訳ありませんでした」
うむ、と頷く米田。
蒼角モドキを倒したとはいえ、あのとき夢組は待機命令が出ており、梅里もそれに従わなくてはいけなかった。
多くの隊員達を助けた功績は功績だが、罪は罪であり、別物である。
「で、その罰なんだが……」
米田がニヤリと笑い、梅里は顔をひきつらせる。
そして判決が下った。
「──ってわけで、なんとかなりそうだな、あやめよ」
「梅里クンのことですか?」
罰の内容を伝え、梅里がトボトボと支配人室から立ち去るのを見届けてから、米田はあやめに話しかけた。
「おうよ。命令違反はいただけねえが、おまえが危惧していたことはいい方向に転がったみてえだぞ」
「まだ様子見ですが、なにかふっきれた感じはしますね。危なっかしさも消えましたし……それに、せりさんも」
「白繍がどうかしたのか?」
「巽クン時代のアレルギーが残っていたらしく態度が固かったというか、少し非協力的な面がありましたから、彼女。それが解消されたのでこれからの夢組の調査力がグンとあがると思いますわ」
「そいつは助かる。こっちのお膝元とは知らなかったんだろうが、敵のヤツらもずいぶん大きなおみやげを置いていってくれたからな」
そう言って米田は一枚の写真を出す。
月組隊員が撮影した一枚であり、そこには大きな機械が写っていた。大きさこそまるで違うが、密教の祭具である三鈷杵のような形をしている。
先の浅草での戦いの直前に、白銀の羅刹が作動させていたのを、偵察中の月組隊員が発見したものである。
「こいつは大きな手がかりになる。それで奴らの目論見がわかれば、先手が打てるってもんだ」
「夢組にはこれの調査を進めさせましょう」
そう言って一礼するあやめに、米田は「頼む」と応えた。
──そのとき、その場にいた夢組メンバーに戦慄が走った。
「チーフ、オムライスだそうです」
その脳天気な紅葉の声に、他全員の手が一瞬止まる。
(バカがバカやりやがった……)
釿哉は真っ先にそう思った。よりにもよって梅里に言うとは、と。
ついに隊長と主任を呼び分けるのはコイツには無理だろうと諦められ、コーネルの「リーダーとかチーフならドッチの意味にもなる」という提案が採用されて練習させられたアホの子を、かわいそうな目で見ることしかできなかった。
ちなみにチーフが選ばれたのはリーダーだとオーダーと混同するかららしい。
ともあれ厨房内の凍り付いたような空気の中、釿哉が、コーネルが、和人が、付近にいたしのぶが、チラチラと様子をうかがう。
その誰もが梅里を一度見て、それからせりを見る。
(ハイハイ、私が作るんでしょ……)
そして諦めた様子のせりが厨房内に入ろうと踏み出したのだが──
「うん、わかった」
「「「「「「ええーッ!!」」」」」
全員が驚きの声をあげる。
「……なに?」
「なんですかね?」
当の本人とアホの子がその様子を見て首を傾げた。
気を取り直したように、梅里は調理台と対し、材料を用意すると手早く作っていく。
もちろん皆、気になって仕方がなかった。おかげで釿哉もコーネルも調理時間を間違え、和人は滅多に割らない皿を一枚ぶつけて破損させるというミスを犯した。
「しのぶさん、提供……」
とせりに促されるまで、しのぶは厨房の梅里を注視しすぎ、すでに釿哉とコーネルが完成させた料理を持って行くのを忘れるほどだった。
そしてアホの子は、忠犬のように料理の完成を待っていた。その背後に「他のテーブルの注文も訊いてきなさいよ」と言いたくて仕方がない副主任にいることに気がつかないまま。
そんな緊張感の中──
「ほい、できたよ。オムライス」
「ありがとうございます。ではさっそく……」
提供のために受け取ろうとした紅葉──を押さえたせりが、「私が持って行くから」と受け取った。
それに「うん、アイツならうっかり皿をひっくり返しかねなかった。ナイス、副主任」という思いで一同がホッと一息をつく。
「……あれ? みんな、ちょっと仕事が遅れてるよ」
梅里の指示で全員が気を引き締めとしたそのとき、それは起こった。
「美味いぞおおぉぉぉォォッッ!!」
そんな絶叫が食堂内に響きわたり、客も含めてその場にいた全員が唖然とする。
つい今し方、そのテーブルに料理を届けたせりも、背後で起こった突然の奇行を、呆然と見ることしかできなかった。
その客は最初のそれ以降は叫ぶことこそなかったが、盛んに「美味い!」を繰り返し言いながら、一心不乱にオムライスを食べていた。
「……な、なんなの、いったい」
どうにも注意するような空気でもなく、せりは困り果てた様子で客を見て、客の食べるオムライスを見て、それから調理した梅里を見た。
梅里の様子だけは普段と全く変わらなかった。
そして翌日の朝──
米田から梅里に与えられた罰とは、一週間、開場前に帝劇前で掃き掃除をする、というものだった。
コックコートの上に、すでに梅里のトレードマークのようになっている濃紅梅の羽織をひっかけ、梅里は箒を手にしてやる気なく掃いていた。
「調理場の衛生があるんだから、こういう外での掃き掃除はよくないと思うんだけどな」
「──そう思うのなら、さっさと済ませて埃を払ってくればいいでしょ」
愚痴に応えがあったので驚き、梅里はそちらの方を見る。
帝劇の入り口から梅里の方に向かって、食堂の給仕服を着た娘が歩いてきていた。
せりである。
「……お目付役?」
「そ。支配人に言われたから」
ゲンナリした様子の梅里に対し、勝ち気な笑顔を浮かべるせり。
「支配人から、サボるとは思ってないけど真面目に掃除するかわからないから見てくれ、って言われてね。ちゃんとやりなさいよ、梅里」
「……こんな時間に来てるなら、せりも手伝ってくれればいいじゃないか」
「私は罰を受ける謂われはないもの」
そう、梅里は命令違反をしているが、元から中にいたせりは当然に対象外であり、お咎めを受けているのは梅里だけなのである。
ちなみに、あのとき施設外へと走った宗次は無事に外にたどり着いており、月組に内部の様子を報告している。大きな怪我もなく、夢組の支部長として、また花やしきの清掃員として今日もがんばっているだろう。
梅里をジッと監視するせり。
会話がないことに居心地が悪くなったのか、ふと梅里の方が口を開いた。
「オムライス、さ。悪かったね。今まで……」
「あー、アレ? 昨日の……」
せりの確認に梅里が頷く。
「……アイツの、大好物だったんだ。実家は兄が継ぐから色んなところで修行してこいって言われて、僕が最初にいった洋食屋で修行してたころに、その成果を見せるからアイツに何か食べさせることになってさ……」
梅里は懐かしむように空を見上げた。
「そうしたら、笑顔で「オムライス」って言ってきた。正直、拍子抜けした。そのころにはその店のだいたいの料理は覚えてたし、マスターから店に出しても大丈夫ってお墨付きももらってた。だからビーフシチューとか、ハンバーグとか、チキンソテーとか、そういうのを頭に思い描いていたのに、アイツときたら……」
一つ一つ指折り挙げていく梅里の顔が苦笑になる。
「しかも作ってそれを食べさせたら、「すごいよ、ウメくん。私こんなに美味しいもの、食べたことなかったよ」って大喜びしてさ。次からもうオムライスしか頼まなくなったんだよ……笑えるだろ」
完全な苦笑。その目の端にうっすらと涙がにじむ。
「それで僕もオムライスは他の料理よりも研究した。練習もした。アイツの期待に応えたかったし、ガッカリさせたくなかったから」
そのときのことをあらためて思い出す。
まるで大切にしまっていた宝箱から取り出すように、丁寧に。
──そうやって脳裏に浮かんできたのは彼女の顔だった。
「そして、いつでも笑顔で食べてくれた。「ごちそうさま、今日も最高だったよ」アイツのその一言のために研鑽してたって言っても、過言じゃない」
言って、梅里は視線を戻し改めてせりを見た。
「……オムライスは僕の、一番の得意料理さ。今でもね」
そう寂しげに微笑んで言う梅里。
その言葉に、せりはため息をつく。
「もう。だから昨日はあんなことになったのね」
提供するとき、せりはそのオムライスを見た。見た目は本当に普通のオムライスと変わらなかったから、正直、あんなことになるとは思っていなかった。
だが、納得できる。あの一皿には梅里の想いが詰まっていたのだから。いつからか──おそらく彼女を失ったその日から──溜まりに溜まっていた想いが込められていたのだから。
「それで、今度から作れるの?」
「ああ。アイツが、鶯歌が見てるなら──」
鶯歌の最期の言葉が頭に浮かぶ。
「──楽しみにしているなら、作り続けないといけないと思ったんだ。いつか水戸に帰った時、アイツの墓前に最高のものを供えられるように」
その梅里の目には、もう翳りは見えなかった。
「……そう。わかったわ。でも、昨日みたいな事態はやめてよね。他のお客さん、ビックリしてたんだから」
「そんなこと言われても……不味く作れってこと?」
困惑した表情を浮かべつつ、梅里は人差し指で頬をかく。
「多少、手加減なさいってことよ。それに、あのままだと単価が高くついてお店で出せないのよ。だからそこは工夫して。私も考えるから」
梅里をはじめ、厨房の調理担当の男どもはあまり利益率等は考えないで作っている傾向にある。そういう手綱を握るのは、副主任であるせりの仕事でもあった。
「それにどうしても全力で作りたいのなら──」
せりはそこで一度言葉を切り、「うん」と一度頷いて覚悟を決めた。
「──私が、味見してあげるわよ」
そのせりの一言に、梅里は一瞬呆気にとられ、それから立ち直ると笑顔を浮かべて「わかった。頼むね」と言った。
それからせりは、我に返る。
(あれ? 私、今なんか、すごく恥ずかしいこと言わなかった? 思い切ったこと言い過ぎなかった?)
そんな考えが頭の中をグルグル回って混乱させ、気恥ずかしさで顔が少し赤くなっていた。
頬の熱さがそれを自覚させ、なんとか誤魔化すために──
「ほらほら、手が止まってる! それじゃあ開業に間に合わないわよ」
「そんなこと言ったって……」
「もう、仕方ないわね」
と言いつつ、せりも箒を手にして梅里の手伝いを始める。
そうしてふと顔を上げたとき──
「……あれ?」
この前見た梅里の幼なじみ、鶯歌の霊が少し高いところにいるのが再び見えていた。
見えてなかった梅里はもちろんのことなのだが、あの後はせりにも彼女の姿は見えなくなっていた。
しかし、再び見えた彼女は、この前の悲しげな顔とはうって変わって、安心したように満面の笑みを浮かべている。
梅里の言っていたオムライスを食べたときの笑顔がこんな感じだったんだろうか。
(ひょっとして、守護霊なのかしら)
そんなことを思っていると、彼女は悪戯っぽく笑みを浮かべて、自分の口元に手を当てると、せりに向かって何か言った。
「え……」
せりが絶句している間にクスクスと声を出さんばかりに笑みを浮かべると、彼女は再び姿を消した。
「どういう、意味よ……」
「ん? なにが?」
せりのつぶやきが聞こえたらしく、振り返った掃除中の梅里と目が合い、せりは思わず顔を赤くする。
「な、何でもないわよ! さっさと掃除終わらせないと、ホントに昼に間に合わなくなるからね!!」
そう言い残してその場を去ろうとするせり。それを見た梅里があわてて声をかける。
「手伝ってくれるんじゃなかったの?」
「う・る・さ・い! よく考えたら罰なんだから私が手伝ったらダメじゃない!」
顔の赤さを隠すように、うつむき加減でズンズンと帝劇の入り口へと戻っていくせり。
帝劇に入るとすぐそこの売店で開業前の商品整理中だった椿と目が合う。
「あ、おはようございます、せりさん。あれ? 熱でもあるんですか?」
「ないわよ! ないない! 全然、なんでも、ないってば!!」
心配そうにのぞき込む椿から、せりは逃げるようにその場を去った。
(──ウメくんのこと、よろしくお願いね。メジロさん)
「……って、メジロってなによ。どういう意味よ」
鶯歌という霊が言ったことを思い出しながら、せりは食堂へと戻っていくのだった。
<次回予告>
ティーラ:
すっかり隊長にほだされてしまったセリですが、肝心なこと忘れてませんか?
ほら、そこでカズラが溶けかけたアイスみたいにぐだーっとしてますよ。
お詫びをかねて同行させたその調査で、隊長たちは敵の幹部と遭遇します。
懐刀である【双子】姉妹の切り札、瞬間転移で逃走を謀る隊長たち。それをさせじと迫る敵の魔の手。そこから逃げるために、隊長がとった行動とは──
次回、サクラ大戦外伝~ゆめまぼろしのごとくなり~、第3話
太正桜に浪漫の嵐。
次回のラッキーアイテムはヨク……ト、レィル? 何ですか、これ? はぁ、撮影機……ですか。
【よもやま話】
締めです。
査察官の部分は完全に悪ノリです。米田支配人がメロン持参で向かい、請求書にはきっとゼロがたくさん書いてあるのでしょう。
鶯歌に認められ、せりは正式なヒロインになりました。書いた直後は「もうせりだけが正ヒロインでいいんじゃないかな」というレベルでやり遂げた感が。
それとせりがさりげなく梅里を名前で呼んでますが、周囲に知り合いが誰もいないからです。基本、せりは恥ずかしがり屋なもので誰かいると主任もしくは隊長になってしまいます。今後もしもそのルールから逸脱しているシーンがあればそれは私の間違いなのでご容赦を。
ちなみに、この締めのシーン。一回書き終えた後に読み返して加筆しました。
ええ、「オムライス」という伏線を次回予告から張っていたのに、スカーンと完全に忘れてました。「ふぅ、書き終わった~」じゃねぇよ、前日のオレ。終わってねーよ。
おかげで第一話の冒頭にも加筆しました。(アップ当時は最初からすでに加筆済みVer.です。)
ちなみにオムライスの伏線を採用したのは「新サクラ大戦」でとあるキャラが帝劇の食堂で絶賛していたからです。それが伝統的なものなのか、それとも梅里自身が作っているからなのか、は「新サクラ大戦」まで外伝を書いたら明らかに──って、いつになるのさ?
【第2話あとがき】
さて、第二話いかがだったでしょうか。
やっぱり、せりがメインヒロインだよなぁ、と改めて思いました。なんか鶯歌関連の話を全部持って行った感あるし。
第2話で一番悩んだのはタイトルですね。アップするにあたって第1話のタイトルさえ決まってなかったもので。
結局、思いつかなかったので旧作から引っ張ることに。第1話を旧作の序章と同じにしたりもしたのですが、結局は第1話は旧作の第1話から、第2話は旧作でのせりの元キャラのヒロイン回からそのまま持ってくるという結果に。
そして二話にして「長ッ!!」というのが書いてる側の感想。
ちなみに、文章を一時的に入力しているものが、ついにというか─11─のラスト付近で1ファイルの文字数限界を迎え、2話目にして分割になりました。
その辺りで大失敗に気が付いたのですが……なんで第2話に元の1話~4話詰め込んじゃったのか、と。
だって、サクラ大戦って前半7話(サターンではディスク1)の後半3話(ディスク2)構成ですよ? その前半の半分以上がこの第2話になってるじゃん!! 長くて当然だよ。
よく考えれば第1話が旧作の序章しか書いてなかったのが失敗の始まりだったかもしれない。
──言い訳すると、
リメイク構想の本当の一番最初、梅里の名字変えるくらいだったころは全10話だったものを3人のヒロインで分けよう、と思ってたのです。
で、ヒロインをせり(の元キャラ)、しのぶ(の元キャラ)、かずら(の元キャラ)の順にするつもりで、「あぁ、最初は4話がヒロイン回だっただからそこで話切れるし、次のキャラのヒロイン回は前半最後の話だったからいけるわ。もう一人は後半まかせればいいか」という割り振りでした。
それをすっかり忘れてリメイクしたものだから、「せりのヒロイン回は旧作第4話まで」というのだけ残り、結果的にはものすごくバランスの悪い構成になりました。
とはいえ、おかげでこの第2話に関しては納得いくものができたかな、とは思ってます。逆に、第2話でコレを出してしまってあとは蛇尾になるんじゃないかと危惧しかありません。
1話での伏線、全部使い切った感がありますから。
──ぶっちゃけ、しのぶはともかく、かずらのヒロイン回の構想って第2話を書き終わった時点でほとんど無かったりしますし。
というわけで次は苦労する予感しかないのですが、ともかくなんとかがんばりますの
で、どうぞおつきあいください。
というか、次の3話が─5─くらいで終わったらどうしよう。