サクラ大戦外伝~ゆめまぼろしのごとくなり~   作:ヤットキ 夕一

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「神社の祭礼の手伝い……ですか?」

 その日、支配人室に呼び出された白繍(しらぬい) せりは支配人にして帝国華撃団司令である米田(よねだ) 一基(いっき)に言われ、思わず問い返していた。

「そうだ。オレの知ってる下町のとある神社なんだがよ、そこの巫女さんから相談があってな」
「はあ……」

 ピンとこないせりが曖昧うなずく。

「子供が生まれて間もなく一年ってことなんだが、代理を頼んでた人が、この前の浅草での騒ぎのときに運悪くあの辺りにいたらしくてな。巻き込まれてねん挫しちまったらしい。神社の奥さんも子供に手がかかって奉納の神楽舞ってわけにはいかねえんだよ」
「それはそうだと思いますけど……でも、なんでそんな話を?」

 間接的には華撃団も関わっている、という事情も分からなくもないが……なぜそんな話がわざわざ華撃団に来るのだろうか、という疑問は残る。
 それを引き継いだのは、横にいたあやめだった。

「せり、実家が神社のあなたなら分かると思うけど、この時期はどの神社も祭りが多いの」
「ええ、わかってますけど……」
「ということは、頼む先がなかなか見つからないということでもあるのよ」
「あ……そういうことですか」

 ここにきてやっと事態が飲み込めた。
 この時期はお盆が近いのもあって夏祭りが多く、祭りそのもの準備から氏子を回ったりと神社は忙しい。それこそお囃子や神楽舞の稽古もある。
 それは大なり小なりどこも同じで、他を手伝えるような余裕はない。

「でも、どうして私なんですか?」
「そいつなんだが──」

 米田が説明を始める。
 神社は多くとも神社ごとに祀っている神様がそれぞれ違うのだ。しかも歴史があればあるほど少しづつ変化したりして奉納する神楽舞もその神社ごとに似ていても差異がある。
 そうなると自分のところの神社の舞を余所(よそ)の神社で舞うわけにはいかないので、基本は知っていても稽古が必要になるのは当たり前。
 かといって自分のところを疎かにできるはずもなく──自分の神社の祭りには参加せず、しかも基礎がきちんとできている巫女、ということでせりに白羽の矢が立った。
 夢組の活動をしているせりを見たらしく、心得があるのではないか、と問い合わせが来たのだ。

「夢組は華撃団としての活動が、他の部隊に比べて帝都市民と距離が近いからな。その活動の一環だと思ってくれ」
「広報活動の一環、ということですか?」
「ま、それに近い。お前はとにかく神楽舞に集中してくれ。他にウメのヤツも行かせるから」
「──え?」

 戸惑うせり。

「ん? なんだ、付けねえ方がよかったか?」
「い、いえ……大丈夫です。問題ありません。白繍せり、その役目果たして参ります!」

 珍しく弾んだ声で言うせりの態度に、米田は内心首を傾げ、その横であやめは優しく微笑むのであった。

◆  ◇  ◆  ◇  ◆


 ──というわけで、さっそくやってきた下町の神社。

 小高いところに位置するその神社は、境内まで長く広い階段があり、その両脇には桜並木が植えられていた。

「……これは、キツそうだね」

 セミの声が響きわたる炎天下の中、見上げるような階段の一番下から上を見て武相(むそう) 梅里(うめさと)が苦笑を浮かべてゲンナリする。

「高台にある神社なんて多いんだから、こんなの普通よ」

 とはその横で同じように見上げるせり。
 二人は普段着で、梅里はいつも通り、薄手のシャツの上に、夏にあわせて薄手になっている濃紅梅の羽織を着ており、せりもまた涼しげな小袖を着ている。
 とりあえず神社に着かなければ話にならない、と登り始めた二人が境内にたどり着くと目に付いたのは大きな桜の木だった。

「階段の脇の並木もすごかったけど、この木はまた……」
「千年桜、って言われてるそうよ」
「へぇ……春はさぞ絶景になるだろうね」

 その大きな桜の木を眺めていると──

「春祭りもあるんですよ」

 少し離れた場所から声がかかる。
 それに梅里とせりが振り返ると、子供を抱いた女性が社から出てこようとしているのが見えた。
 それに気が付いたせりが、梅里を引っ張るようにしてそちらへ行く。

「こちらから行きますので、お気遣い無く」
「あら、ありがとうございますね」

 そう言っておとなしく待っている女性。
 そして二人が女性の前に来ると、彼女は笑みを浮かべて二人に頭を下げる。

「来ていただき、本当にありがとうございます。この度はを手伝っていただけるとのことで……」
「お気になさらず任せてください。こちらの白繍は神事に通じてますので、十分にお役に立てるかと思います」

 せりを紹介する梅里。「白繍」と呼んだところでせりの顔が少しムッとしたのだが、あいにく梅里は気が付いていない。

「あらあら、助かります。いつもなら私が神楽舞を務めているのですが、今年はこの子がいるからとても手が回らなくて……」

 そう言って抱いた子に視線を向ける。
 それを興味津々で見つめるせり。

「お名前は?」
初穂(はつほ)っていうのよ」
「いいお名前ですね。……初穂ちゃん、か」

 赤子を興味津々に見つめるせり。
 その視線に気が付いた女性が優しげな目でせりを見た。

「抱いてみる?」
「いいんですか?」

 せりが尋ねると、女性はにこやかに微笑んで頷いた。
 その言葉にあまえて彼女から赤ん坊を受け取る。

「初穂ちゃんの人生に、多くの幸せがありますように……」

 思わず祈りを捧げるせり。これはせりも無意識だったのだが、触れている手には優しげな霊力が込められており、それが赤ん坊の体へと伝わり、広がっていく。
 せりはこの小さな体にしっかりと命が宿っているのを感じて、とても神秘的に感じていた。
 そして、いつかは自分も……

「あれ? せりって確か下にまだ小さい弟妹(きょうだい)居なかったっけ?」

 なにやら目を輝かせているせりに気が付いて梅里がポツリとつぶやく。
 そういう家族構成なら赤ん坊も見ているだろうし世話をしているだろう、と思い、ならなぜこんなに気にしているのだろうか、と思ったのだ。

「──ッ!!」

 指摘され、そして直前に考えていたのが考えていたことだけに、せりはハッとして、それから顔を少し赤くする。

「な、なんでもないわよ!」

 赤ん坊と女性の前だというのを忘れて、梅里に強く言う。そんな急激な反応に戸惑う梅里。
 その二人の様子を見て、女性は思わずクスクスと笑ってしまう。
 それから、さっきのせりの声でぐずり始めた赤子を、せりから受け取りながら言う。

「お二人の予定はいつ頃なの?」
「「──えッ!?」」

 思わず女性を見る二人。

「か、勘違いしないでくださいよ。私達、まだ結婚してませんから! ただの同僚で……」

 慌てて両手を付きだして手を振って否定するせり。その顔は真っ赤になっていた。
 自分で“まだ”結婚してないと言ったことに気が付いてないくらい動揺している。

「あら、勘違いなの? とてもお似合いのお二人だと思ったから、てっきり……」
「え? お、お似合い……ですか?」

 せりの口の端が思わずにやけてしまう。
 そんな(うぶ)なせりの反応に、女性は内心でさらにクスクスと笑う。
 その後、奉納舞の指導を受けるせりの様子は真剣だったが、終始上機嫌であった。

 そのかいあって、この下町の神社──『東雲神社』の夏祭りは、奉納舞も含めて無事つつがなく終えることができたのであった。



第3話 響け、乙女の抒情曲(ろぉまんす)
─1─


 

 

 ──その日、白繍(しらぬい)せりの機嫌は最高によかった。

 

 

 鼻歌交じりにテーブルを拭き、いつもの二割り増しの笑顔で接客し──

 

「あら(たつみ)さん、お食事ですか? いつもありがとうございますね」

 

 うっかり食堂の休憩時間前に来てしまった副隊長の(たつみ) 宗次(そうじ)に対しても、周囲を気遣って副隊長と呼ばず、その上に素直な笑顔で応対をしている。

 あまりの愛想の良さに宗次が唖然としてその場に固まるほどだった。

 

(皮肉では、無いだと……ッ!?)

 

 宗次にとっては驚天動地の展開だった。

 花やしき支部を出る際に早めに出た彼は交通機関が思いの外にスイスイと進めてしまい、結果として予定より随分と早めに大帝国劇場に到着してしまったのだ。

 そのため食堂の現在の様子は、混雑するピークは過ぎているもののまだテーブルで食事している客が残っている、といった塩梅だ。つまりはまだ営業中。絶対に良い顔はされない、と宗次は思っていた。

 もちろんしないのは食堂副主任の白繍せりだ。同じ給仕でも塙詰(はなつめ) しのぶは食堂に関してそこまで厳しくはないし、秋嶋(あきしま) 紅葉(もみじ)に至っては何も考えてないだろう。

 そのせりにどうにか見つからないように、と思っていたのだが──食堂に入るなり遭遇してしまった。

 自分の不幸を呪ったが──やってきたのは先ほどの言葉と笑顔だった。

 

「……松林(まつばやし)

 

 その宗次が暇そうに立っていた松林(まつばやし) 釿哉(きんや)を見つけて声をかけた。

 コックコート姿の釿哉は、調理のピークを過ぎて暇になっていたらしい。手持ちぶさたに立っており、戸惑った様子の宗次の問いに応じる。

 

「ん? どうかしたか?」

「いや、オレではなく白繍こそどうかしたのか? アレは」

「あー、あれな。最近なんか機嫌いいんだわ。何があったのかまでは知らんが」

 

 そう釿哉が足取り軽く動き回っているせりをぼーっと見つつ答えた。

 そんな光景もよく考えればおかしい。

 暇になり始める時間とはいえ、誰かがサボっていたら必ずせりの厳しい目が光ったはずなのに、釿哉がそれを恐れている様子は微塵もない。

 明らかにおかしい。今までと違う。

 

「──お前、ショウキニナールみたいな名前の薬、無かったか?」

「副隊長、さりげなくオレをバカにしてるよな?」

 

 釿哉が宗次をジト目で睨む。

 そんな話をしているうちに、厨房にいた食堂主任にして帝国華撃団夢組隊長の武相(むそう) 梅里(うめさと)が宗次に気がついて厨房から出くる。

 

「悪いけど、頼むね」

「おうよ。あと少しだから任せときな」

 

 それと代わるように釿哉が厨房に戻っていく。

 

「すまない。思った以上に早く着いてしまって」

 

 やってきた梅里に宗次は謝ると、梅里は笑顔で応えた。

 

「まぁ、問題ないでしょ。テーブルにお客様が残ってるから談話室にでも──」

「──いいんじゃない?」

 

 突然割り込んできたのは、食堂副主任のせりだった。

 

「テーブルも空いてきてるし、この後も近くには案内しないから食堂で会議してもかまわないと思うけど」

「いや、さすがにそれは……」

 

 それを止めようとした宗次に、次の瞬間にはせりの冷たい目が飛んできた。

 

(コレだよ。いつものお前はこんな感じだろうが)

 

 やっぱり変わってなかった、と宗次は思った。

 

「うん、やっぱりよくないね。僕と宗次がテーブルで話していたら目立つだろ?」

「それは、そうだけど……」

 

 梅里の判断にまだ不満げなせりは、なぜか宗次を睨んでくる。

 

「なるべく、早く終わらせてくださいよ?」

「ああ。努力はする」

 

 幸いなことにあまり報告したり、話し合うような案件はない。

 せりの変化に戸惑いながら、宗次は梅里と食堂から出て行った。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 梅里と宗次が出て行ったあとは、せりの様子は元に戻っていた。

 過剰な笑顔を含めた接客態度も通常に戻り、どこか浮ついていた様子も消えている。

 もっとも、昼の部はまもなく終了する時間を迎えようとしており、食堂自体が落ち着こうとしている雰囲気になっていた。

 そうして昼の部の営業が終わり、それからそこにやってきたのは──

 

「せりさん。こんにちは」

「あら、由里さん。お昼ですか? 今日は随分と遅いんですね」

 

 赤い帽子にバスガイド風の服を着た女性、榊原(さかきばら) 由里(ゆり)である。彼女は大帝国劇場の事務局に勤めるスタッフであり、実質的に食堂を取り仕切って在庫等の管理を引き受けているせりとは接点が多い部署にいる。

 

「それもあるんですけど……ちょっといろいろ聞きたいこともあって」

 

 笑みを浮かべる由里に、せりは少し警戒心を抱いた。

 明るく活発でミーハーな彼女は、噂好きで知られている。帝劇内の噂の発信源と言ってもいい。

 彼女から情報を聞くことはあっても、彼女の情報のネタにはなりたくはなかった。

 

「なんか最近、せりさんの機嫌がいいって噂があって……」

「え? そんなこと……いえ、誰から聞いたんです?」

 

 否定や肯定して情報を与えるよりも、その根っこを抑えるべきだとせりは判断した。

 

「それはまぁ……いいじゃないですか」

「松林? コーネル? しのぶさん? それともまさか、うめさ──コホン! 主任ですか!?」

 

 カマをかける意味で食堂メンバーの名前を挙げていったが、さすが由里、反応を一切見せなかった。そして、それにせりは逆に焦って思わず梅里の名前を言い掛けるという痛恨のミスを犯してしまう。

 ちなみにせりが普通に「これはない」とスルーして聞かなかった紅葉が正解である。他の部署でそれっぽい噂を耳にした由里が確認した相手だ。

 

(素直で嘘がつけないし、包み隠さず話してくれるから助かるんですよね)

 

 そんな風に内心で思う由里。

 彼女は、それにしても、と思いつつ、目の前にいるせりをじっと見つめた。

 

(ひょっとしてせりさん、主任さんのこと名前で呼びそうになった? これは……あやしい)

 

 新たな噂の種の発見に思わず顔がにやけそうになるが、それを見せてしまってはこの食堂副主任の警戒が最大になってしまう。

 それはなんとしても避けなければならない。

 

(とりあえずは、関係なさそうな噂話で様子を見るとしますか……上手くいけばカマかけにもなるし)

 

 そう思いつつ、由里は席に座って、そのまませりも同じ席に誘う。

 そしてそれに応じたせりに話を振った。

 

「ちょと小耳に挟んだんですけど、食堂に関する噂なんですよ」

「どんな話です?」

 

 せりは持ってきた水の入ったコップを由里と自分の前に置き、イスに腰掛けてそれを口に持って行く。

 

「絶叫オムライスって話──」

「ブウウウゥゥゥゥーーーーッ!!」

 

 水を拭きだし、盛大にむせるせり。突然の行動に思わず隣で由里が悲鳴をあげている。

 そのあまりのキャラに合わないリアクションに、目の前にいた由里はドン引きの上、真剣に心配する。

 

「だ、大丈夫? せりさん」

「ゴホッ……オホッ……フッ…………大、丈夫…です」

「どうしたんです、突然?」

 

 本気でむせているせりに、由里が心配そうに尋ねてくる。

 だがしかし、これは罠だ。とせりの人並み外れて鋭いと評された霊感が告げていた。

 絶叫とオムライスというキーワードが導き出すのは、先月に梅里が帝劇の食堂で初めてオムライスを自分で作り、それを客に出したときのことだ。

 ちなみにあの日は見ていた周囲の客があの姿に引いてしまったせいで、オムライスの注文が入らなかった。

 翌日の朝にせりが予算を理由にストップをかけ、それ以降は梅里が100パーセントの本気を出したオムライスは食堂で出していない。だから絶叫するほど美味しいものではなく、普通に美味しいレベルに仕様変更されている。

 そしてその叫ぶほど美味しいオムライスを、梅里が研究で作っているのを独占的に試食しているのがせりだった。

 あれを初めて食べたときの衝撃は忘れられなかった。

 正直、「いや、絶叫とかありえないでしょ、大げさな……」と思いながら食べたのだが──絶叫しかけた。

 半ば覚悟していたからこそどうにかこらえられて、それでも「なにコレ、美味(うま)ッ!!」と繰り返しながら、気がつけば皿が空になっていた。

 そのことは他の誰にも言ってないし、もちろん他の誰にも食べさせていない。

 

(これは、隠し通さないと……)

 

 味覚的にもだが、心理的にも譲れないところだった。

 彼にとってオムライスは特別なものであることをせりは聞いているし、その想いを理解しているからこそ、せりはそれを独り占めしたいと思っている。

 なぜならあれは梅里との絆であり、せりが努力して得たものなのだから。

 

「まぁ、約束したことだし……」

 

 こっそりつぶやく。

 その特別なオムライスを食べてあげるとせりは約束したし、梅里からも「頼む」と言われているのだ。

 

(そう、これは約束しただけ。その約束を守っているだけだもの)

 

 特別な好意があってやってるわけじゃない、と心の中で必死に弁解する。

 だが、その約束を他の人に話す気はないし、知られて邪魔されるのは絶対にイヤだ。

 そう思いながら目の前の由里を見ると、彼女は苦笑混じりで見ており、純粋にせりを心配しているようだった。──見た目は。

 

「せりさん、急に吹き出して……本当に大丈夫ですか?」

 

(あ、由里さんの目が笑ってない)

 

 由里は相変わらず情報収集モードだ。これはどうにか誤魔化さなければならない、とせりは判断した。

 さすがにコップの水を吹いたのは最悪だった。由里の興味を引くことになってしまったし、「なんでもない」はもちろん通じず、逆に興味をあおるだけだ。そうなれば、せりに隠れて情報を集めるだろう。

 今の由里はせりにとって敵だった。

 せりの楽園を荒らし、壊そうとする敵なのだ。

 その敵の目を誤魔化すには、せりが水を吹き出すほどにショックで隠したいことだと伝えなければ引き下がらないと思えた。

 

(う~ん、ちょっとリスクがあるけど……これしかない!)

 

 せりは覚悟を決めて、口を開く。

 

「……由里さん。その噂、どこで聞いてきたか知りませんけど、絶対に他で言わないでください」

「え? ……どういうこと?」

 

 せりが周囲に目を走らせつつ声を潜めて話すと、由里もそれに倣って声のトーンを抑えて食いついてきた。

 

「食堂でお客様が絶叫するなんて、いたらいけないものを見たときくらいですよね?」

「え? あ!? まさか……」

「しッ! 絶対に名前出したらダメですからね。うちでは御法度です」

 

 声を抑えつつ、人差し指を口の前で立てて由里を黙らせるせり。

 だが、由里は何かに気がついたようで、急に顔色を変えるとその顔から血の気が失せていく。

 

「ちょ、ちょっと待って、せりさん……ということは、この食堂で出ちゃったってこと?」」

 

(まぁ、そうなるわよね……)

 

 これがせりの危惧したことだった。この悪評は食堂にはよろしくない。

 しかもそれが由里の口によって帝劇中、いや華撃団内部に広められてしまうかもしれない。もしそうなったら一大事だ。

 このあとの火消しが重要なのである。

 

「……由里さん、誤解がないように言うと、もちろん入ってたワケじゃないですからね? たまたま食事中だった人が見た床を通りがかったのに驚いて、というだけです。これは天地神明にかけて、神社の娘である私が誓います。わかりました?」

 

 せりの説明を「うんうん」と半ば震えながらうなずく由里。

 

「そして、私たち食堂はアレとはもう日々戦い続けているようなものなんです。例えるなら魔操機兵の脇侍みたいなものですよ。突然わいて出てくるって意味では」

「え? 脇侍?」

 

 突然とんだ話に由里は戸惑うが、せりは自分のペースに巻き込んで離さない。冷静にさせてはいけないのだ。

 

「その脇侍を倒す花組のように、現れたものを次から次へと私たちは退治してます。ですから安心してください。華撃団を信じてください」

「う、うん。まあ、私も華撃団の隊員なんだけどね。一応……」

「あれは、あの遭遇は不幸な事故だったんです」

 

 煙に巻きつつ、実際にはありもしなかった事故をねつ造する。

 

「私も食堂の副主任として、今後このようなことがないように最大限努力します。約束します。ですから──」

 

 そう言って由里の手を握りしめる。

 

「どうにか、この噂を広めないで。もしそうなったら、もういないはずのアレのせいで、誰も食堂に来なくなってしまうかもしれません。もし食堂が維持できなくなったら──」

「わ、わかったわ。わかったけど……信じていいのよね?」

 

 最後の抵抗を見せる由里に、せりは精一杯の純粋な目で応えた。

 

「ええ、もちろんです」

「う、うん。わかりました……なんか余計なこと訊いて、ゴメンなさいね」

 

(よしッ!)

 

 せりは心の中でガッツポーズをした。

 ひょっとしたら、いや十中八九、由里はこの話を黙ってないだろう。だが、この噂の「絶叫」がアレのせいになることは間違いない。

 せりが内心で達成感を感じていると──

 

「あの、せりさん。ちょっとよろしいでしょうか」

 

 新たな別の人にせりは話しかけられた。正直、やり遂げた感を邪魔されて少しムッとがしたが、それを顔に出して由里にバレたら水の泡である。

 それを隠しながらそちらを見ると、今度は由里の同僚の藤井(ふじい) かすみがやってきていた。

 

「え……今度はかすみさん? なにかありましたか?」

 

 長く編んだ髪を体の前に垂らし、着ているのは和装っぽい服。落ち着いた雰囲気の「まさに大人の女性」といった出で立ちは、せりが密かに憧れている。もう少し歳を取ったらああいう大人になりたいと。──もっとも、本人の前では絶対に言えないことだが。

 そして同時に警戒している相手でもあった。梅里と同じ茨城県出身で、たまに二人でよくわからない地元話をしていることに、最近気がついたのである。

 

「ええ、椿に相談されたんですけど、せりさんにお話しした方がいいかと思いまして……」

「売店の? いったい、なんでしょうか?」

 

 椿といえば、売店に勤務しており、この場にいる由里とかすみと合わせた三人で“帝劇三人娘”と言われているのが高村(たかむら) 椿(つばき)のことだ。

 その椿はせりよりも年下ながら一人で売店を切り盛りしているしっかり者で、同じく食堂を切り盛りしているという立場のせりとはお互い親近感を感じており、プライベートから仕事のことまでよく話している。

 とはいえ「売店の相談を私にされても困るんだけど」と内心思うせりである。

 

「売店のことではなくてですね。椿が個人的に仲がいい、伊吹(いぶき) かずらさんのことで相談がありまして。どうやらスランプが酷くて悩んでしまっているようで……」

 

 

「……あ。ヤバ……忘れてた」

 

 

 かすみの「同じ夢組の仲間で悩みを聞いてあげてくれませんか?」という言葉は、すっかり忘れていたことを思いだした衝撃で聞こえてなかった。

 そう──せりはかずらから先月受けた相談について、完全に放置してしまっていたのだ。

 それくらい、せりは梅里への感情を持て余し、舞い上がってしまっていたのだった。

 




【よもやま話】
─冒頭─
 後からの追加シーンです。アニメ版『新サクラ大戦』の第4話を見て思いついたのですが、当初は幼い初穂にカップル扱いされてせりがひそかに喜ぶ予定でした。が、年表見たら初穂がまだ一歳にもなってなかったのでこうなりました。

─1─
 そして浮かれるせり。まだ前話のヒロイン回の余波が残ってる感じですが、ヒロイン回が終わって補正が無くなった途端、こんな扱いに。
 動きまわってくれるから相変わらず出しやすいんですよ、ホントに。
 そんな彼女に冷水をぶっかける役は、由里しかいないと思ってました。ええ、これでようやく帝劇三人娘が勢ぞろいです。
 ゲームやってる当時から、花組の誰よりも帝劇三人娘のファンでした。
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