サクラ大戦外伝~ゆめまぼろしのごとくなり~   作:ヤットキ 夕一

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─2─

「かすみさんって茨城出身なんですよね?」

 

 事務局で机に向かっている藤井かすみにそう問いかけてきたのは、ふわふわした柔らかめの髪の毛を三つ編みで纏めた若い娘だった。

 かすみや共に事務局で仕事をしている榊原 由里と仲がよく、共に帝国華撃団風組の本部勤務である高村 椿が連れてきたその娘は、深緑の袴に和服を合わせた服装をした、伊吹かずらという名前の娘。

 椿と同い年だという彼女だったが、椿が下町育ちで年の割にしっかりしたように見えるのに対し、お嬢様然としたかずらはどこか世間慣れしておらず庇護欲を感じさせ、幼いようにも思えた。

 この春から楽団に正式に所属し、舞台を盛り上げている一人として、かすみはもちろん見知っていた。そんな若い年齢であるにもかかわらず、楽団に所属できるほどの才能があるのも事務員として把握しているし、なにより彼女が帝国華撃団の一員であり、その養成組織である乙女組出身で、夢組に配属になるや幹部クラスになっていることも、彼女がそちら方面でも優れた才能に恵まれているのは明らかだった。

 

「ええ。そうですよ」

「茨城のこと、いろいろ訊いても良いですかッ?」

 

 そんなかずらは、かすみの返事に目を輝かせ、身を乗り出すように食いついてきた。

 

「かまいませんけど、どうしてまた?」

「隊長──じゃなかった、食堂主任さんが茨城出身だって聞いたので、興味がありまして……」

 

 なるほど、と仕事の手を止めることなくかすみは思う。

 最近きたという食堂主任はたしか夢組の隊長なはずだ。そしてかずらもまた夢組に配属になったばかり。隊長に憧れる若い新隊員、という図式が頭に浮かんで納得したのだ。

 若い娘が少し年上の立場の人に憧れを抱くのはある意味、定番だ。

 そしてその食堂主任──たしか武相とかいったか──が茨城出身なのはかすみも知っている。同郷ということで茨城の話で盛り上がることもよくある。

(確か彼は水戸の出身でしたね……)

 その辺りを中心に話をしてあげれば喜ぶだろう、とかすみが考えているとさっそくかずらが訊いてきた。

 

 

「茨城ってクマが出るんですか?」

 

 

 ──ゴン!

 という良い音がした。脱力したかすみが思わず頭を机にぶつけた音だった。

 

「うわ、珍しい。こんなリアクションするかすみ、初めて見るわ」

 

 それはそうだろう、こんな反応をしたのは初めてなのだから。と由里に言われて思うかすみ。

 

「……いません」

「え? そうなんですか。茨城って北の方って聞いたから、てっきりいるのだと思ってました」

 

 無邪気に笑みを浮かべるかずらを見て、この娘は茨城は東北だとでも思っているのだろうか、とかすみはちょっとだけムッとするのだった。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 ──そんなことがあったのがつい数ヶ月前だというのがかすみには信じられなかった。

 今やその時の無邪気な姿が見る影もなくなった様子のかずらが、事務室のソファーでどんよりとした空気をまとって座っている。

 なんだか余裕が無く、瞳の瞳孔がないようにさえ見えた。

 

「……いったい、なにがあったの?」

 

 かすみが連れてきた食堂の給仕服を身につけた娘──食堂副主任のせりによる小声での問いに、その横にいた椿がやはり小声で答えた。

 

「かずら、この前あったコンクールで落選したらしいんですよ。私も楽団の人にきいたんですけど……」

「あ、それ、私もきいた。なんでもさんざんな結果だったって……」

「──由里」

 

 結構大きめな声になっていた由里をたしなめるかすみ。実際、由里の声を聞いてうつむいてたかずらの肩がビクッと跳ねた。

 それから、わッと顔を伏せて泣き出す。

 

「私、ダメダメなんです。バイオリンも全然ダメだし、夢組でもダメで隊長に見捨てられてますし」

 

 そんな様子に、以前よりも明らかに悪化している、とせりは思った。

 

「……どういうことですか?」

 

 今度は逆に、小声で椿がせりに尋ねる。

 

「……かずらは隊長に避けられてると思ってるのよ。春の上野での戦闘以来、一緒に仕事してないから」

 

 それで落ち込んでいるのは先月聞いた話だ。

 だが、梅里の水戸での件──鶯歌という幼なじみとの顛末を知ったせりには、なんとなくだが事情がわかった。

 梅里はかずらを守りたいだけなのだろう。

 以前、梅里に批判的だったせりに対し、かずらはその良さを一生懸命主張したことがあった。そのときに上野での戦闘でかばってもらった話をしていた。

 その話から推測すれば、知っている人が命を落とすこと、ひょっとしたら傷つくことさえトラウマになっていたかもしれない梅里にとって、上野で助けたかずらは庇護すべき対象になってしまったのだろう。

 一方で、かずらは命の危機を梅里に救ってもらっている。

 それに感激し、より近くにいたい、恩返ししたいと思っているようなのだが、梅里としては「そもそも庇護する対象を危険な場所に連れて行かない」という最も単純かつ簡単な方法を採るという結論に至ったのだろう。

 

(ままならないものね)

 

 実際、夢組がほぼ総動員で対処した先月の浅草付近で起きた一連の事件について、蒼角の残骸調査計画にも、花組のアイリス救出作戦の支援にも、かずらは参加していなかった。

 だが、それは自分が役立たずで梅里に避けられている。さらに言えば嫌われた。と、その心に傷を付けるだけなのだ。

 

(まぁ、傷口を大きくしたのは私のせいでもあるんだけど……)

 

 先月の段階、相談されたときに対処していれば、浅草の一件の前だったので、状況は改善したかもしれない。

 あのとき、楽団の人はせりに対して密かにこうも言っていた。

 

「──伊吹の才能はまさに天才だよ。百年に一人クラスのね。しかし、いかんせん本人がどうにも引っ込み思案なところがあって、肝心なところで退いてしまう傾向がある。このままだと小さくまとまってしまいかねないが、なにか弾けるような切っ掛けがあればいいんだが──」

 

 そんな話を聞けば、生来の世話焼き好きであるせりとしては、放ってはおけない。

 先月に相談を受けた時にはせりも梅里と蒼角の残骸調査で対立していた時期で動けなかったが、今は違う。

 いや、それどころかちょうどいい調査任務が来ていたのを思い出した。

 

「かずら、あなた調査任務にいきなさい」

「……はい?」

 

 うなだれっぱなしのかずらが顔だけをあげる。

 涙でグチャグチャになった顔を、せりは取り出したハンカチでそっと拭ってあげる。

 

「深川付近で、なんだか脇侍の目撃情報があるんだけど曖昧なのよ。その調査任務がきているんだけど、それに隊長といってきなさい」

「……いいんですか? 私なんかが行っても?」

 

 卑屈になっているかずらに思わす苦笑するせり。

 

「もちろんよ。行ってきなさい」

 

 かずらの手を取って優しく伝える。

 それがせりにできる精一杯の罪滅ぼしだった。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 せりが事務室でそんな風にかずらを励ましているころ、食堂に塙詰しのぶが戻ってきた。

 

「──さすがに遅くなってしまいましたね」

 

 見渡せば食堂内には帝劇職員を含めてほとんど人が残っていない。

 食事を一番最後にとるであろう食堂メンバーの面々も、すでにいなくなっているように見える。

 

(少し、時間がかかってしまいましたか……)

 

 しのぶは少しばかり後悔した。

 彼女が食堂から出て行っていたのは定時連絡だ。

 それは帝国華撃団の活動の一環ではなく、その帝国華撃団の活動を自分の所属する陰陽寮へ報告するため、だ。

 彼女は陰陽寮から帝国華撃団に派遣されて参加しているが、同時にその様子を探る密偵でもあるのだ。

 もちろん電話や無線のような盗聴、傍受される恐れがあるものなど使わない。それこそ軍の得意分野であり陰陽寮にとっては専門外。相手の土俵にわざわざ上がる必要はない。

 かといって念話(テレパシー)も危険だ。この帝国華撃団──しかも夢組においてはその専門家(スペシャリスト)がいるし、たとえ彼女がこの大帝国劇場にいなくとも、ここには花組のアイリスがいた。彼女の強い霊力は読心もできるらしく、うっかり彼女に聞かれる危険性があった。

 しのぶが使ったのは、言霊を鳥に擬態させた式神にのせて飛ばすという手段だった。さながら伝書鳩のような手段ではあるが、式神は鳩とは比べものにならないほど目的地に到達する確実性があり、しかも鳥に擬態したせいでわかりづらい。例え捕まえたとしても、それが想定した相手でなければ、その言霊を開示することもない。

 このようにそのセキュリティは極めて強固なので、鳥以外にもネズミのような小動物を、あえて開けた結界の穴を通過させて連絡に使用している。

 ただ、今日のように鳥の場合は人目を避けて飛ばす必要があったので、それに手間取って遅くなったしのぶは、昼食をとることを半ばあきらめかけていた。

 

「あれ? 塙詰さん?」

 

 そこへ声をかけてきたのは、しのぶが勤務するこの食堂の主任である武相 梅里だった。帝国華撃団夢組の隊長でもある。

 そんな彼のこのタイミングでの登場に、しのぶは思わずドキッとした。

 だが平静を装う。

 人の良さそうな笑顔を浮かべるこの青年は、しのぶを疑っているような様子は微塵もなかった。

 

「武相様……どうかなさったのですか?」

「宗次が来てたんだけど、早々に呼び出しくらって支部に戻っちゃったもので。それで時間が空いたから試作の料理を、ね。塙詰さんはこんな時間にどうしたんです?」

「いえ、ちょっと外に出ていたもので……」

「そっか。それなら聞きたいんだけど、外にせりはいませんでした? 探しているんだけど見つからなくて……」

 

 梅里はお皿を手に、キョロキョロと食堂内を見渡している。

 

「外では見かけませんでしたけど、少し前になにやら事務局の藤井様、榊原様と出て行く姿は拝見しましたが……」

「そうか、困ったな。その二人と出て行ったってことは、う~ん……」

 

 梅里は困惑顔で自分が持っている皿を見る。

 釣られてみてみると、そこにはオムライスが乗っていた。

 なんとも美味しそうだ。

 すると──

 

 クー

 

 と、腹から音がしてしまった。

 

「──ッ!?」

 

 慌ててお腹を押さえるが、それで鳴らなくなるわけではないし、そもそもすでに鳴ってしまっているので意味がない。

 しかし無理はないだろう。しのぶはお昼を食べはぐっていたのだし、目の前のオムライスは非常に美味しそうだったのだから。

 だがしのぶにとってはあまりにはしたなく、恥ずかしさに顔を赤くしながら思わずうつむいた。

 

「あれ? 塙詰さんってまさか昼ご飯食べてないんですか?」

「ええ、恥ずかしながら……」

 

 細い目を伏せながら、しのぶは遠慮がちに言うと、梅里は困り顔を笑顔へと変えた。

 

「それならちょうどいい。これを食べてください」

「え? よろしいのでしょうか……」

「大丈夫。本当はせりに食べてもらうつもりだったんだけど、今はいないから」

 

 改めて周囲を見るが、やはりせりの姿はない。

 

「事務局の二人と一緒に出て行ったのなら外に食べに行った可能性が高いし、塙詰さんに食べてもらえたら無駄にならないので」

「わかりました。それではありがたくいただきますね」

 

 手近なテーブルへと向かうと、持っていた皿を席についたしのぶの前へ並べた。

 スプーンを取り、オムライスを口に運び──

 

 

「──え?」

 

 

 気がつけば目から涙が流れていた。

 それも止めどなく。

 それほどに衝撃だった。叫びたくなるような衝動と感じる人もいただろう。だが、しのぶを襲ったのは不意の涙。まさに魂揺さぶる感動によってもたらされた結晶が目から流れ落ちたのだ。

 

「なんという、なんちゅうものを、食べさせてくれるんどすか……」

 

 いつの間にか、涙を流しながらしのぶの手は夢中でオムライスを口に運び──気がつけば、皿は空になっていた。

 思わず夢中になって食べていたということに気づき、しのぶはまた恥ずかしげに顔を伏せた。

 その様子を見ていた梅里は恐る恐る尋ねた。

 

「……美味しくなかったですか?」

「いえ、そんなことありません!」

 

 涙を流した上に顔を伏せられて勘違いしたのだ。それにしのぶは慌てて顔を上げて否定し、そしてさらに笑顔で続ける。

 

「すごいです、武相様。わたくし、こんなに美味しいもの、食べたことがございません」

「え……?」

 

 それは偶然の一致だったのだろう。

 しかし梅里の脳裏では、あのときのことが思い出されていた。

 

(──すごいよ、ウメくん。私、こんなに美味しいもの、食べたことないよ)

 

 かつて幼なじみに言われた言葉と、目の前のしのぶの言葉が重なる。

 そして相手が浮かべた表情も重なる。常に微笑を浮かべているようなイメージのしのぶだが、その笑顔は今までで一番喜んでいるように見え、それがあの時の笑顔と重なったのだ。

 

「……鶯歌?」

 

 思わずつぶやいた梅里だったが、すぐに我に返る。

 しのぶは常に閉じているように見えるほど目が細いし、背の高さも、高貴な生まれの彼女がまとう空気も、凹凸があまりないスレンダーな体型も、幼なじみのそれとは違っている。

 

「どうか、なさいましたか?」

「あ、いや……なんでもない。残さず食べてもらえたようで、うれしいです」

 

 梅里は、誤魔化すように笑顔を浮かべて答えた。

 ぼーっとしていた梅里を心配していたしのぶだったが、彼の笑顔に釣られてしのぶもまた笑顔になった。

 

 

 ──せりが食堂に戻ってきたのはそのときだった。

 

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 とりあえず事務室でかずらを納得させて少し前向きにさせることに成功したせりは、ようやく食堂に戻ってきた。

 

「あー、お腹すいた」

 

 かずらの一件もとりあえず自分の手を離れたようなものだ。先だって話の来ていた調査任務をかずらに任せ、梅里に一緒に行くよう話を付ければそれで完了である。

 そしてホッとしたら急にお腹が空いてきたのだ。

 そうして戻ってきた食堂で見たのは後ろ姿のコックコートの男。

 食堂主任である彼をせりが見間違えるはずが無い。

 

「あ、梅里。今朝言われた調査の件だけど──」

 

 そう言って、声をかけながら回り込もうとし──

 

「えッ?」

 

 そこまできて梅里の前には先客がいるのに気がついた。

 せりは「ヤバッ!」と思った。確かに今、梅里を名前で呼んでしまったはず。他の人の前で梅里を名前で呼ぶのはまだ恥ずかしい。どう誤魔化そうかと思案を巡らせ──

 それがしのぶであることに気づき、余計に失敗したと思い──

 梅里としのぶが笑顔で向かい合っているのに、どこかムッとし──

 そしてしのぶの目の前にある皿を見て愕然とした。

 すでに食べ終わっている皿だが、あれはオムライスだ。食堂副主任の目は誤魔化せない。

 そしてよく見れば、しのぶの目元には涙の跡がある。

 

(あのしのぶさんが、泣く? そんな理由……)

 

 常に目を閉じているように見えるしのぶの感情表現はあまり豊かではない。

 そしてそれ以上に彼女は精神的に強い。それは夢組の任務等でせりもよく知っており、喜怒哀楽のはっきりしているせりとは対照的だ。

 そんな彼女が涙を流していること、そして食べ終わっている皿……思い当たるのは、一つしかない。

 

「号泣…オムライス……?」

 

 思わず口からそのフレーズが出ていた。

 そして急速に冷めていく感情と、急速にわき上がる許せないという気持ち。

 

「……なんで?」

 

 誰に言う出もなく口をついて出たその一言が思った以上に響き、それに梅里が振り返る。

 

「あれ、せり? いた……んですか?」

 

 振り返った先で、せりの存在とその様子に気がついて驚く。そして慌てて丁寧語にしていた。

 同時に悟った。自分が失敗したことを。

 せりが、表情というものがすべて抜け落ちた顔で自分を見ていたからだ。

 

(怖ッ!!)

 

 浅草近郊の施設で、鶯歌のことで怒った際に自分がそういう表情をしていことをすっかり忘れ、梅里は背筋が冷たくなった。

 

 

 ──次の日の営業が終わるまで、せりは梅里と口をきかなかった。

 

 

 梅里が何度も何度も平謝りした上で、そのオムライスをさらに美味しいものにして食べさせることを確約し、さらには埋め合わせの食事──あくまで味の研究とライバル店の視察という名目──を約束したことで、ようやくせりは機嫌をなおした。

 食べ物の恨みは恐ろしい、と梅里は少しズレた感想を抱いていた。

 




【よもやま話】
 茨城ネタは、私も茨城が地元なんで怒らず勘弁してください。
 梅里って鈍感ですよね。というか、コイツ、鶯歌しか見えてないんじゃないかと思い始めました。そんな梅里が三人に牽かれて生き方を見つける話……のはず何だけどなぁ。ちょっとせりがかわいそう。
 そしてとりあえずしのぶのフラグをここで立てておきました。この辺から立てておかないと、フラグどころか垂れ幕付きのでかいアドバルーン飛ばして主張してるせりに対抗できませんから。
 早々にオムライスというアドバンテージを取り上げたのもその影響です。
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