サクラ大戦外伝~ゆめまぼろしのごとくなり~   作:ヤットキ 夕一

30 / 66
─10─

 武相 梅里は、ベッドの上で療養していた。

 

 戦いのあと、梅里は花やしき支部の地下にある医療施設へと搬送され、幸いなことに命は取り留めた。

 さすがに紅蜂隊との戦いの傷は深く、出血も多かった。

 梅里もあとから聞かされた話だったが、本来なら危篤になってもおかしくないような状況だったらしい。かずらが呆然としている間に状況が悪化していたようで、捜索で出撃していたメンバーの中にいたホウライ先生こと大関ヨモギの初期措置がよかったおかげで助かっていた。

 

「……いやはや、『死因=乙女脳』と診断書に書かれる初めての人になり損ねましたね、隊長殿」

 

 とはヨモギが梅里に言った言葉である。

 同時に「この町医者、書く気だったのか」と戦慄する。いや、この医者ならやりかねないと思った。

 そしてもちろん、居合わせたせりにこっぴどく怒られた。「約束を破るつもり?」とすごい剣幕だった。

 そんな梅里だったが──

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

「──はい、梅里さん」

 

 ニコニコ顔でかずらが切られたリンゴをフォークで差し出してくる。

 それを少し恥ずかしげにくわえる梅里。

 

「……ありがとう。でも、そこまでしなくて大丈夫だよ、かずらちゃん」

「いいえ、こうなってしまったのも私のせいですから、お世話するのは当たり前です」

 

 そんなかずらに困り顔の梅里。

 そこに──

 

「お似合いじゃないか、梅里」

 

 からかうような笑みを浮かべた宗次がやってくる。

 

「宗次、そっちからも言ってよ。大丈夫だって……」

「そんなことありません。梅里さんは大けがをされたんですから」

 

 そう力説するかずらをチラッと見て「これだもの」と言外に主張するが、宗次には笑って受け流された。

 

「せっかくの厚意だ。甘えておけ」

「そうですよ。はい──」

 

 再び差し出されたものをきちんと食べるあたり、梅里も律儀である。

 それを咀嚼して飲み込んでから梅里は宗次に話しかけた。

 

「よく、僕の考えを読んでくれたね。助かったよ」

「いや、すべてはコイツのおかげだ」

 

 そう言って宗次は取り出した物をベットの脇に設置されたたテーブルへと置く。

 カメラのようにも見えるそれに、かずらは見覚えがあった。

 

「ヨクトレール!?」

 

 宗次が頷き、一度梅里に視線を送る。

 

「こいつがオレやティーラの手元にたどり着いたからこそ、だ」

「どういうことですか?」

 

 かずらが不思議そうな顔をして梅里を見る。

 それで梅里は説明し始めた。あのときの状況から自分が囮になってミロクを引きつけようとしたこと。それが自分たちの存在を早く気づかれてしまったため難しくなったこと。そして──

 

「かずらちゃんが転んで、助けなきゃって思ったとき、僕は近江谷姉妹にこれを託した」

「──と言っても瞬間移動に巻き込ませたような程度、だったがな」

 

 そのカメラ──『ヨクトレール』には梅里が撮影した「楔」が写っていた。それもなにか障壁のような力場に阻まれている場面だ。

 わざわざ瞬間移動に巻き込まれてやってきたようなこれを見て、宗次は「なにかある」とピンときて現像し、画像を見て状況を悟った。

 

「よくわかりましたね」

「最近、梅里の考えが大体分かるようになってきてな。それがいいのか悪いのか」

 

 思わず苦笑する宗次。

 一方、梅里は憮然とした表情になっていた。

 

「写真を司令に見せなかったのも、見せれば緊急事態となって、それこそ花組の出番だ。お前の目論見が全部つぶれると思ったからだぞ」

「それは助かったけどさ……」

「──言わなくても分かるというのは、なんだか通じ合ってるみたいでうらやましいですね」

 

 かずらが言うと、宗次が「おや?」と言わんばかりに驚いた顔をした。

 それから梅里の顔を見て、ニヤリと意地悪に笑う。

 

「なるほど。ではオレはそろそろ戻るとするか」

「え? 今来たばかりじゃないか」

 

 立ち上がって(きびす)を返した宗次に梅里が言ったが、彼は振り返らずに答える。

 

「オレもまだ、馬に蹴られて死にたくはないんでな」

 

 そう言い残し、宗次は片手を振って部屋から出ていった。

 それを見送ったかずらは突然、梅里の方を振り向いた。

 

「隊長、せっかくですからこれで写真を撮りませんか?」

「は?」

 

 『ヨクトレール』を手に脈絡もなく言い出したかずらに、梅里は呆気にとられた。

 

「助けていただいたお礼に、今ならどんな姿でも撮らせてあげちゃいますよ。梅里さんが望むなら、その……」

「……かずらちゃん。そのカメラ、念写しかできないって知っててわざと言ってるよね?」

「あ、バレちゃってましたか?」

 

 梅里のジト目を受けて、悪びれもなくお茶目に笑うかずら。

 今回の一件から、急に明るく、そして積極的になったかずらに梅里はタジタジである。

 今も正直逃げ出したかったが、負傷がそれを許さない。健康に動けるようになるまでまだ時間が必要だった。

 

「……やれやれ。いつから医務室はこんないかがわしい場所になったのですか」

 

 ヨモギが梅里とかずらの二人を半眼で睨んでいた。

 ここは浅草の花やしきの地下にある帝国華撃団の支部であり、そこにある医療施設のベッドの一つに梅里は寝かされていた。

 本部には無い施設だが、華撃団の任務で大けがをした隊員が治療を受け、体を休める場所である。

 その(ぬし)はもちろん、名医のホウライ先生こと大関ヨモギである。

 

「ヨモギ。これは僕が言い出したんじゃなくて──」

「当たり前です。隊長が自ら率先して風紀を乱してどうするんですか?」

「う……」

「それに文句を言いたいのはこちらです。神聖な人の職場をこんな空気にして」

 

 断じて自分のせいではない、とは思っても言葉にできない梅里。

 そしてその原因であるかずらは気にする様子もなく、くすくすと笑いながら梅里の隣から離れようとはしない。

 

「……やっぱり暗示が効き過ぎ、ましたね」

 

 そんなかずらの様子を見ながらヨモギはぽつりと感想を漏らした。

 

「今、なんか言った?」

「いえいえ、なんでもありませんよ。隊長殿」

 

 そう言って二人を見比べ──

 

「ただ、このまま40分くらい席を外していれば、武相家も跡取りができて安泰になるかな、と言っただけです」

 

 感情少ない顔でヨモギが言ったことばに、梅里は真っ赤になる。

 

「なッ!? なにをバカなことを言いだすんだよ!」

「そうですよ!」

 

 顔色を変えた梅里に同調するかずら。

 

「梅里さんは次男さんなんですから、武相家ではなく伊吹家の跡取りです」

「って、かずらちゃん!? そういうことじゃなくて……そもそも、なんてことを言い出すのかな!?」

 

 驚いてかずらを見れば、片目を閉じて悪戯っぽく笑みを浮かべている。

 なんとも心臓に悪かった。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 そんな病室内をさらに混沌化させる来客があった。梅里を見舞いにきたせりである。

 彼女はかずらの姿を見つけて唖然とし、そして梅里をチラッと見て睨む。

 そんな三人を、ヨモギはいつも通りの冷めた半眼で見つめつつ、完全に他人事の彼女はおもしろいことになってきたと内心ワクワクしていた。

 

「あれ? せりさん、どうしたんですか?」

 

 そうかずらに言われれば見舞いにやってきたせりは当然、おもしろくないわけで──

 

「見舞いよ。お見舞い。任務中のケガとはいえ、やっぱり主任が長い期間いないのは困るのよ。味が落ちたって言われかねないし」

「ゴメン。迷惑かけるね……」

 

 せりの言葉に頭を下げた梅里に、せりは慌てる。

 

「べ、別に責めてるわけじゃないのよ。みんな一生懸命やってあなたの穴を埋めようとがんばってるわ。ただ……紅葉が調理場に立とうとするのは、遠慮して欲しいけど」

 

 遠い目をするせり。

 梅里を慕う──というか忠義の方が正しいような気がする──紅葉は、その穴を埋めるべく奮闘しようと、いつも梅里が居る調理場に立とうとしたのだが、なにかする前に釿哉に叩き出された。

 彼は「梅里がいない間、オレが火元責任者になるんだからお前は入れられねえ。オレは責任とりたくないからな」と腕を組んでふんぞり返りながら言い、以降は近寄らせることさえしなかった。

 普段、梅里が居ない場合は調理要員が呼ばれるのでヨモギのことが多いのだが、そのヨモギが梅里の治療に当たっているのだから無理な話で、応援には、責任を感じて立候補した近江谷絲穂と絲乃の二人がきたので給仕を任せ、代わりにせりが厨房に立っている。

 そのため、今日も昼の営業が終わって見舞いに来る前に、せりは「臭ってないかしら?」と不安になって、わざわざ帝劇地下のシャワーを使用している。

 

「それに、かずら。毎日毎日いるのは主任に迷惑がかかるから、ダメだって言わなかったっけ?」

「言われましたけど……でも、私はこの前助けていただいた恩返しがしたくて、つい……ごめんなさい」

 

 そう言ってしゅんと顔を伏せ、申し訳なさそうな顔をされてはせりもそれ以上は何も言えなくなってしまう。

 ただ梅里は、つい先ほどまでの態度からすると、それもかずらの計算の内なんじゃないかと思えて仕方がなかった。

 実際、うつむいた顔の下ではチラッとベロを出すくらいに彼女は(したた)かになっていた。

 

「と・に・か・く、主任には早く退院して食堂に戻っておもらわないといけないんだから。今日は私がお世話をします」

 

 そう言ってせりはベッドの、かずらとは反対側の傍らに立った。

 

「修羅場……」

 

 それを見たヨモギの呟きが梅里には聞こえた。

 正直、そう思うのなら止めて欲しい。病室であるこの場は医師である彼女の管轄なのだから。

 せりはテーブルの上にある切られたリンゴを見た。切り方から見て何個か減っているのが分かる。傍らにはフォークまである。

 かずらを盗み見ればニコニコと笑っている。

 

(手ずから食べさせたってわけね)

 

 せりは確信した。自分もやろうとしていたのでよくわかる。

 だが、せりが持ってきたのはリンゴではない。

 

「隊長、梨たべない?」

「梨? それなら……」

 

 梅里の視線がリンゴへと向けられる。

 

「リンゴがあるから大丈夫ですよ? ねぇ、梅里さん」

 

 梅里の気持ちをくむようにかずらがすかさず反論する。しかしせりは負けない。

 

「暑いし喉も渇くでしょ? 梨の方が水分が多いし、それにりんごは秋から冬の食べ物。今が旬の梨の方が美味しいわよ」

 

 そう言って持ってきた梨を取り出す。

 

「でも、もったいないですよ。せっかくリンゴがあるんですから」

「そうね、この時期のリンゴは高いものね。せっかくだからかずらとヨモギで食べなさい。旬の梨の方が体にもいいでしょうから隊長はこっちを食べなさいね」

 

 ズイっと梨を梅里の前に突きつけて満面の笑顔を浮かべるせり。

 

「……梨の栄養価は意外と低い」

「ヨモギ、なにか言った?」

 

 視線を向けずに、低めの声と迫力だけでヨモギを黙らせるせり。

 梅里もその圧に押されて頷くことしかできなかった。

 

「そ、そういえば、せりさん、食堂は夜の部があるんじゃ……」

 

 てきぱきと梨の皮を剥き始めたせりに話しかけるかずら。見れば、その手際はさすが食堂副主任、あっという間に皮をむいて、皿に並べる。

 食堂は公演が無くても営業することは普通にある。もちろん夕食目当ての夜の部もあるのだ。

 

「今日は夜の部、休みだから」

 

 皿をテーブルに起きつつ勝ち誇ったような笑みを浮かべるせり。

 

「わ、せりさんってばズルいです」

「ズルくないわよ。前からそうだったんだから。それにかずら、最近こっちにばかり通い詰めてちゃんと練習してないみたいじゃない。ダメよ?」

 

 そう人差し指を立ててかずらを注意する姿はまるで姉のようだった。

 そこはそれ、5人きょうだいの最も上にあたる長女のせりにしてみれば、その手の注意は慣れたものであったが、逆に姉がいないかずらにはすごく新鮮だった。

 

「今回の公演の『西遊記』はともかく、次回公演の曲も来ているんでしょ? それに次のコンクールも近いって聞いたわよ」

 

 とはいえ、それも度をすぎれば煩わしいのは間違いない。かずらが口をとがらせて不満げに呟く。

 

「もう……せりさんってば、私の実家の家令(かれい)みたいですね」

「カレイ?」

 

 その呟きを聞き咎め、ヒラメと逆向きの魚を思い浮かべるせり。

 

「そうです。いわゆる執事さんですね。うちの家令は中年の女性の方なのですが、厳しい方なんですよ」

「ちゅ、中年……私、まだ二十歳(はたち)前なんだけど……」

 

 苦笑こそ浮かべているが、こめかみをヒクつかせているせりはだいぶ怒っている、と梅里は思った。

 しかしかずらは気にした様子もない。 

 

「そんなこと言って、練習しないと結果は残せないでしょ? あとで後悔しても知らないわよ」

「いいえ、大丈夫です」

 

 なぜか自信ありげに勝ち誇った笑みを浮かべるかずら。

 

「それくらい、実力がありますから」

 

 そう言って爛漫に笑みを浮かべるかずら。

 そんな彼女にせりはますますイライラを募らせ、梅里は苦笑してほほを掻く。

 すると、かずらが──

 

「そうだ」

 

 なにかを思いついた様子で梅里を振り返った。

 

「梅里さん。次のコンクールで優勝したら、願い事を一つかなえてほしいのですが……ダメでしょうか?」

 

 そう言って彼女は上目遣いでお願いしてくる。

 

「これから練習を一生懸命がんばるので、そのご褒美が欲しいんです」

「僕にできることなら別にかまわないけど、なにかな?」

 

 人のいい梅里が訊くや、答えが返ってきた、

 

「──伊吹家の跡取り」

「ヨモギうるさい」

 

 けんもほろろに梅里がバッサリ切り捨てる。

 彼女の発言を聞いてなぜかせりがそちらへ近づいていったようだが、それよりもかずらがなにをお願いしてくるかの方が気になった。

 

「私、絶叫オムライスが食べたいんです」

 

 かずらが興奮気味に言う。

 

「絶叫オムライス?」

 

 訝しがる梅里。もちろんそんな料理は食堂のメニューにもないし、まかないの裏メニューにもない。

 そもそも「絶叫」とはなんだろう? 聞いたところによれば、辛さにハマって信じられないくらい唐辛子等をいれた激辛料理を好んで食べる趣味があると聞いたことがあるが、その類だろうか。梅里はいろいろと考えたが正解らしきものさえ思い浮かべられない。

 だが、その場で顔色を変えた者がいた。ヨモギに背後から締め技をかけて落とそうとしていたせりである。

 

「そ、それは……」

「聞いたんですけど、叫ぶほどおいしかったっていうオムライスがあるそうじゃないですか。それを私も、ぜひ食べたいと思いまして」

「あ! あのときのあれか。うん、分か──」

 

 梅里が了承する直前に、せりが慌てて割り込む。

 

「ア、アレはそうじゃなくてね、かずら。アレは実は……」

「食堂の他の人たちから聞きましたよ?」

 

 焦りまくっているせりに、かずらは素知らぬ様子で笑顔を浮かべて言う。

 せりが固まった。由理に誤魔化すためにとっさについたウソで言いくるめようと思ったのだが、言われてみれば確かにあのときは食堂メンバー全員が見ていた。そっち方面の口止めはできない。

 

「それに……」

 

 そう言って、かずらは梅里のすぐ脇を指す。

 

 

「こちらのポニーテールのお姉さんからも」

「な──ッ」

 

 

 驚くせり。

 

「かずら! あなた、見えてるの!?」

 

 いつの間にやら楽しそうにせりとかずらの様子を見ている鶯歌の霊の姿があった。

 一方で、相変わらず梅里は見えておらず、かずらが指す先を不思議そうに見ており、落ち掛けていたヨモギもどうにか復活したが、やはり見えてない様子で不思議そうに見ている。

 

「ええ。見えてるもなにも、結構前からいらっしゃいますよね?」

「いつよ!」

「えっと……4月か5月くらい、でしょうか?」

「なによ、それ!」

 

 ガックリとうなだれるせり。

 実は密かに、自分だけに見えることが梅里との特別な絆という優越感を持っていたのだが、それは見事に打ち砕かれた。むしろ、かずらの方が早かったのだから。

 そんなせりにかずらが追い打ちをかける。

 うなだれているせりの元へと近づくと、こっそり耳元でつぶやく。

 

「それともこの真相、由理さんに話してもいいんですか?」

「え? なんで、それを……」

「由理さん、おっしゃってましたよ。椿といたら「かずらちゃんも食事するときは気をつけた方がいいわよ」って注意してくれました」

「由理さんめ……やっぱり約束守らなかったわね」

 

 ある意味予想通りだが、やはり約束を破られたのは、それはそれで頭にくる。

 

「……由理さんにはまだバレてませんけど、バレたら大変ですね」

 

 チラッと舌を出して悪戯っぽく笑みを浮かべると、かずらは──。

 

「では梅里さん。私、念のためちょっと練習してきますね」

 

 これまでそんな素振りをまったく見せなかったかずらは、そんなことを言い残して駆け出し、部屋を出ていった。

 

「なッ!?ちょっと、待ちなさい、かずら!!」

 

 慌てて追いかけるせり。

 

「こら、病室で走るな! そう言われなかったの、かずら!」

「せりさんだって走ってるじゃないですか」

「あなたを捕まえるためなんだからいいのよ!」

 

 二人の声が遠ざかっていく。

 梅里は「ふぅ」とため息をつき、起こしていた上半身を投げ出すように寝転がった。

 そうしてから傍らのテーブルに置かれた梨が見え、思わずフォークの刺さったそれに手を伸ばす。

 

「よ、色男。モテる男はつらいですね」

「ヨモギ……」

 

 相変わらず抑揚の無い声がかけられた。

 ヨモギは不思議そうな顔で梅里を見る。

 

「……彼女たちには、なにが見えていたのですか?」

「さぁね。僕にも見えないから」

 

 そう言って梅里が天井に向かって苦笑すると「そうですか」と興味をなくしたのか、ヨモギはその場から歩いて去っていた。

 そして梨を口に含もうとすると──

 

「梅里さん」

 

 名前を呼ばれて顔を上げる。

 見れば一度戻ってきた様子のかずらが、扉を開けてひょこっと顔をのぞかせていた。

 

「どうしたんだい? 忘れ物?」

「あはは……ある意味、そうですね」

 

 そう言って、部屋に入ってきたかずらは、梅里の手からひょいと梨を取り上げ、再びリンゴを刺したフォークを近づける。

 

「……リンゴの方が、栄養あるみたいですよ」

 

 そう言って浮かべたかずらの笑顔に負けて、梅里は口を開いてリンゴを受け入れた。

 それを見届けて嬉しそうに笑うと、「うん」と気合いを入れるようにして頷いき、かずらが言う。

 

「私のこと、見ていてくださいね。きっと優勝して見せますから」

 

 その梅里は優しげに笑みを浮かべて頷く。

 

「うん、わかった。でも大丈夫かい? 練習、間に合うの?」

 

 彼の質問に、あずらは──

 

 

「もちろんです。私、天才ですもん」

 

 

 チラッと舌を出して、小悪魔的な笑みを浮かべる。

 ずいぶん強くなったと思う梅里だった。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 ──そして、一週間後のバイオリンコンクールでかずらは見事に優勝を納める。

 その功績が話題となって花組の舞台はさらに盛況を呼ぶことになった。

 

 それから数日後の昼過ぎ、帝劇の食堂で一人の少女の絶叫がこだましたとかしないとか……。

 


 

<次回予告>

ティーラ:

 黒之巣会の狙いが六破星降魔陣と判明し、最後のポイントを死守するために出撃する夢組。

 そこへ敵幹部の魔操機兵が現れ、花組の出動を要請しますが本部にも奇襲をかけられ混乱中の華撃団にはその余裕がありません。

 善戦むなしく解放される最後のポイント。発動する六破星降魔陣。

 帝都に甚大な破壊が訪れる中、華撃団を見限った陰陽寮が突如、撤退の指示を出します。

 今、隊員達に抜けられたら華撃団は──

 次回、サクラ大戦外伝~ゆめまぼろしのごとくなり~ 第四話

「弱り目、祟り目、台風の目」

 太正桜に浪漫の嵐。

 次回のラッキーアイテムは「魔眼」……ってこれ、アイテムじゃないですよね? 隊長!?

 




【よもやま話】
 最初、かずらが差し出すのをリンゴと書いて、夏の頃の話なので「季節的におかしいよな」と思い、一度は梨にしました。で書き終わってから、かずらの実家はお金持ちだからリンゴでもよかったかな、と思い、せりが梨を持ってくるように改変。
 しかし「このシーンで一番おかしいのはかずらじゃないか」と書いていて思いました。ちょっと距離つめすぎじゃないか? と思ったのですがよく考えてみれば「大事な人」だと思われてるからセーフかな。

【第3話あとがき】
 第3話。どうなることかと思ったのですが、どうにか書き終えました。いかがだったでしょうか。

 この3話、なにが大変だったって純粋に話を考えること。2話が旧1~4話をまとめたので、入れる話も結構多かったのですが、今回は旧5話の部分をそのままでしたので。
 しかも、旧5話は梅里が連れ去られて操られるという話。その途中で死のうとするシーンがあったんですよね。前回のあの流れで死のうとするのは流石にダメだと、このネタは使えなくなりました。
 で、このような話となったわけですが、一番困ったのは旧作つくるときに考えた「幽霊屋敷の調査を花組の3人が調査した理由」です。
 梅里が行方不明でそれどころではなかった、というのが旧作での理由だったのですが、変えてしまったので使えなくなり、本当に困りました。で、なんとかした……できたと思うのですが、こじつけ臭くなってしまったかな、と反省。なんでも「予知」のせいにするのも考えものですし。
 それと全体的に短かったのも反省点。あとで大幅に加筆してボリューム増やしたいですね。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。