サクラ大戦外伝~ゆめまぼろしのごとくなり~   作:ヤットキ 夕一

32 / 66
─2─

 その日、公演の千秋楽を迎えた大帝国劇場は混雑していた。

 

 興奮さめやらぬロビーでは大勢の人がごった返し、多くの迷子がでる始末。

 その親探しに出演者である桐島カンナとモギリの大神が奔走し、その間の面倒を大家族の長女で子供の面倒を見慣れている食堂副主任の白繍(しらぬい)せりが見ていた。

 だが、ロビーが混んでいるということは、食堂にも大勢の客が流れ込んで大盛況になっていた。

 食堂副主任という(かなめ)を他にとられて失いながらも混乱無くそのピークを越え、無事に営業時間の終了を迎えられたのも、これまでがんばってきた成果によるものだった。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

「ぁ~、疲れた。オレ、今日はもう動かねえ。働かねえ。そう決めた」

「そうですか。ではこのマネキンを粗大ゴミとして出しましょう」

 

 コックコートのままでテーブルに突っ伏している松林(まつばやし) 釿哉(きんや)にツッコんだ大関ヨモギは、本来ならば華撃団の本部である帝劇の食堂勤務ではなく花やしき支部の勤務である。しかし千秋楽で忙しいのを見越して応援要請をしていたため、やってきていた。

 

「ゴメンなさい。私が席を外したせいで……」

 

 申し訳なさそうに給仕の制服を着たせりが謝った。

 

「いやいや、白繍殿が気に病む必要は、まったくありませんぞ」

 

 そう言った山野辺(やまのべ) 和人(かずと)を含めて他の者は分かっていた。最初のきっかけが、ロビーで親とはぐれた子供が食堂内に迷い込んできたことを。

 他の客にも迷惑になるのと、持ち前の面倒見の良さから声をかけたせりだったが、その母性と親しみやすさが逆に子供の親への思慕を刺激してしまい、大声で泣き始めるという事態を招く。

 おまけにせりを掴んで離さないので、せりが一緒にロビーへ親を探しに行き、そのままカンナと大神の手伝いをすることになったのだ。

 ヒーロー的な人気を誇るカンナとはまったく違う方向で、せりは子供たちから人気があった。

 

「でもまぁ、おかげで疲れたけどね」

 

 そう言いつつもあまり疲れた様子もなく、コックコートの上に濃紅梅の羽織を羽織ってすっかりのんびりモードになった、食堂主任の梅里をせりはジト目を向ける。

 

「……アンタはそれくらいで丁度いいのよ」

 

 そんなことを言いつつ背中をつねり、さらに続けた。

 

「そもそもこの前まで休んでいたんだし、普段もたまにふらっといなくなるんだから」

 

 休んでいたとはいえ、ケガの養療だったんだけど、と思って苦笑する梅里。

 

「ふらっといなくなると言えば、しのぶさんはどうしたのでしょう? 見あたらないようですが」

「先ほど、食堂カラ出て行くのヲ見ましたヨ」

 

 周囲を見渡す紅葉に、コーネルが答えた。

 

「塙詰って、たまによく営業終わるといなくなるよな」

「それは、たまになんですか? よくなんですか?」

 

 釿哉が言うとヨモギがすかさずツッコむ。

 

「いや、どうだろ……たまにだったような気もするけど、最近多いから「よく」って思ってるのかもしれないな」

 

 腕を組んで思いだそうとする釿哉。

 

「──あら? わたくしがどうかいたしましたか?」

 

 そんな話をしていると、ちょうどしのぶが帰ってきた。

 

「いや、席を外していたみたいだから。忙しかったし、最近暑かったし、体調でも崩したかなと心配してさ」

「え? いえ、そんなことは……」

 

 梅里の問いに言いよどむしのぶ。そして目を伏せながらためらいがちに言った。

 

「少し用を足していましたので……」

「あ、なるほど。トイ──ぐッ!」

「あなたはもう少し、デリカシーってものを覚えなさいね!」

 

 笑顔で言おうとする梅里を、せりがさっきよりも力を込めて、全力で背中をつねって黙らせた。

 それから公演を終えて楽団の輪から抜けてきたかずらが加わり、食堂で雑談をしていると、そこへ──

 

「武相主任、ちょっといいかい?」

 

 食堂に入ってきてそう声をかける者がいた。

 シャツの上にベスト姿で、短い髪の毛はツンツンと逆立っている。

 人の良さそうな笑顔を浮かべた彼は──

 

「大神さんじゃないですか。どうしたんですか?」

 

 慌てて立ち上がった梅里が言ったとおり、帝劇のモギリにして、帝国華撃団花組隊長・大神(おおがみ) 一郎(いちろう)であった。

 その横には長身でショートカットの金髪と切れ長の目が印象的な副隊長のマリア=タチバナもいる。

 

「じつは、花組が今から公演の打ち上げをやるという話になって、オレ達の夜の食事は大丈夫だと言いに来たんだ」

「それは楽しそうですね」

 

 梅里がいうと、大神は申し訳なさそうに付け加えた。

 

「それで、打ち上げの料理を作りたいんだけど、厨房を貸してもらえないかと思って……」

「構いませんよ。今日は夜の営業もないから遠慮なくどうぞ。あ……むしろ助かる、かな……」

 

 梅里が言うと、マリアが頭を下げた。

 

「ありがとうございます、主任。それで、これからボルシチを作ろうかと思うのですが、以前、主任から作り方を聞かれたのを思い出しまして……」

「あー、確かに。前に言ったね」

 

 梅里は思い出した。どうせ食堂で劇場内の従業員用の食事を出すなら、特に外国から来ている人には故郷の味となるようなものを食べさせたいと思い、ロシア料理をマリアに尋ねたことがあった。もちろんその作り方も。

 しかし、それは結構前なことだと記憶している。そのときのマリアは今よりももっと冷たい感じ──他人との距離に壁を作っていた感じがあり、素っ気なく断られていたのだ。

 

「よろしければ今からお教えしますが、いかがですか?」

「あ~、う~ん、勿体ないなぁ。う~、残念だけどこれから用事があって。ちょっと厳しいかな」

 

 マリアの申し出に驚きつつも、梅里は迷った。ロシア料理は馴染みがない。自分の料理の幅を広げるためにも各国の料理を知っておくのは是非やっておきたいし、それを申し出てくれたマリアの言葉はとてもありがたいものだった。

 しかし、梅里のこの後の用事というのはとても先送りにしたりできるようなものではない。葛藤しつつも辞退するしかなかったのだ。

 

「あ、でも、機会があれば是非教えてくださ──いッ!?」

「? はい、私もあなたが作るロシア料理、楽しみにしていますよ」

 

 梅里は食堂の料理の質を上げた功労者として認識されており、マリアもまた彼の料理の腕をかっているのである。

 急に梅里の笑顔がひきつったのは気になるが、嘘偽りのない本心からそう思っていたのだ。

 マリアが微笑んで答えた途端、梅里の顔がさらにひきつった。

 不思議に思いつつも自分がなにかやってしまったかと思ったが、梅里の横にせりがいるので大体理解した。彼女の笑顔も微妙にひきつって──どこか力んでいるように──見える。

 隣の背中をつねってでもいるのだろう。

 

(わかりやすい人ね。うちのさくらよりも……)

 

 マリアの微笑が苦笑へと変わる。

 

「ところで武相主任。さっき助かるって言ってたけど……」

「あ、その件ですか。実は逆にこっちから言おうと思っていたんですが──」

 

 大神の声で梅里の顔が元に戻った。

 

「──今日の夜は食堂は完全に閉鎖して夕飯を作れないものですから」

『え!?』

 

 大神とマリアどころか、その場にいた梅里以外の全員が驚いていた。

 

「そういうわけですので、ホントに助かります」

「こちらこそ毎日お世話になっている身だからね。そちらの助けになるならかえって良かったよ」

 

 大神がそう言って、マリアとともにその場を後にする。

 彼はそのまま食堂から出て行き、マリアはさっそく厨房の方へと歩いていった。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 梅里がそんな二人をなんとなく見送っていると、グンと強い力で引っ張られる。

 

「ちょっと、どういうこと!? 夜の部が休みなのは知ってるけど花組みんなの夕飯を作れないって……私、聞いてないわよ!」

 

 食堂副主任のせりが梅里の顔を強引に振り向かせて詰め寄り、顔が近づく──それを見たかずらが「せりさん、ずるい」と頬を膨らませる。

 行動こそ強引だったが、その場にいた食堂勤務の者はおおむね同じ気持ちだった。誰一人としてその説明を受けていなかったのだから。

 

「まぁまぁ。夏公演も無事に終わって、オレ達もゆっくりしろっていう主任の心遣いだろ? それもサプライズでやるとは……やるな、梅里」

 

 好意的に解釈していい笑顔を浮かべる釿哉に対し、梅里は苦笑を浮かべて頬をかいた。

 

「本当ならそうしたいところなんだけどね。でも、違うんだ」

 

 梅里が表情を引き締めて皆を見渡す。

 

「かずらちゃんが来てみんなそろってから話すつもりだったから遅くなったけど、これから……今日から明日にかけて最重要の作戦を行う」

 

 その言葉に、皆一様に姿勢を正した。

 

「六破星降魔陣についてはすでに説明したと思うけど……」

 

 梅里の言葉に皆一様に頷いた。

 完成すれば甚大な大規模破壊をもたらす呪術用魔法陣。療養中の梅里がたどり着いたその結論は米田への報告に前後して、夢組内でも情報共有していた。

 

「その最後のポイントが代々木公園……ここを結界で封じる」

「公園全部を封じるのか? それだとかなり大規模になりそうだが」

「地脈のポイントを押さえるからそこまで広範囲には封じない。妨害の参考にするのは深川の幽霊屋敷だ」

 

 釿哉の疑問に梅里が答えた。あれは梅里とかずらだけではなく、他の隊員たちもミロクと花組が付近で戦ったのでそのサポートにいったり、その後の「楔」の調査を行った関係で知っている。

 

「思い出して欲しいんだけど、あの屋敷一つのせいでミロクは事実上作業を止めて霊力の排除に動いていた。他にずらして「楔」を使うことさえしてない。推測にはなるけど、六破星降魔陣っていうのは、それくらい地脈と魔法陣のポイントを的確に捉えないと役に立たないものなんだと思う」

 

「そこに蓋をしちゃうということですね?」

 

 かずらの言葉に梅里は頷く。

 

「ただ、敵も残り一カ所。作業を始めれば妨害してくるのは間違いない。だから密かに作業の準備を進め、準備が完了した時点で花組が出撃して、護衛してもらいながら最後のツメを行い、結界を作動させる」

 

 花組の出動が遅いのは敵の目を欺くのと、他でなにか発生した場合への対処をするためである。

 

「ここが山場だから、気を引き締めていこう」

『了解!』

 

 皆一様に頷き、その声がきれいに一致した。

 




【よもやま話】
 今回のゲスト花組キャラは大神&マリアです。
 大神と梅里の隊長同士の会話は初。物語上出てないだけで実際には会話してるでしょうけど。
 大神さんは梅里が同じ隊長なのでフランクに話していますが、梅里は大神の方が年上なので敬語を使います。同じように梅里が加山と会話することがあれば、やっぱり年上相手なので敬語を使うことになります。
 なお、ボルシチを教えるというのはゲームではこの後のタイミングでマリアのボルシチを作るミニゲームが入るためです。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。