サクラ大戦外伝~ゆめまぼろしのごとくなり~   作:ヤットキ 夕一

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 六破星降魔陣の発動により、帝都には未曾有の破壊がもたらされた。

 各地で建物が崩壊し、交通網は遮断され、生活インフラも破壊された。

 都内のいたる所で脇侍が闊歩する中、希望の光は銀座の大帝国劇場にあった。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 代々木公園に出撃していた夢組は華撃団の本部である大帝国劇場へと戻る。

 激戦の末、眼前で六破星降魔陣を完成させられたショックは大きく、撤退の最中は、誰もが疲労困憊という有様だった。戦い前の夕立で濡れ鼠になったのもあって、その姿は悲惨に映る。

 本部に戻った梅里たちには待機が言い渡された。司令と副司令は花組とブリーフィング中だという。隊員の一人、真宮寺さくらが突然、意識不明になってしまった影響もあるのだろう。

 とはいえ、今の夢組にできることはなく、梅里は【千里眼】の遠見(とおみ) 遙佳(はるか)のような遠くを把握できる数名の隊員に帝都全体の状況把握を、それ以外の隊員達には待機を指示した。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

「くそッ!!」

 

 地上の破壊が顕著な中、どうにか轟雷号で銀座の大帝国劇場地下にある本部まで戻ってきた梅里は、思わず壁に拳を叩きつけていた。

 完敗だった。

 本部への襲撃と、その間隙を付いた代々木公園での敵の最後の一手。六破星降魔陣の完成まで、常に後手をとらされた形だ。

 

(予知という力があっても、まったく生かせなければ意味がないじゃないか!)

 

 予知の力が不安定なのは、夢組隊長である梅里が一番よく知っている。それでもその役目を背負っているのだから、言い訳にはならない。

 しかし、それを声に出してしまえば予知・過去認知班を責めることになってしまう。彼女たちの努力や、未来を知ってしまうという能力への苦悩を垣間見ているだけに、それはできなかった。

 

「──珍しいな」

 

 そんな感想を梅里に言ったのは、支部付ながらも非常事態と言うことで共に帝劇に帰還した巽 宗次だった。

 

「……悪い。みっともないところを見せた」

「みっともない? そんなことをオレは思ってないが」

 

 梅里が謝ると、宗次は不敵に笑みを浮かべた。

 

「以前のお前だったら、そんな反応はしなかっただろうと思ってな。なんというか、もっと冷めていた感じだ」

「冷めてる?」

「そうだ。きっと普段通りに、いや、奇妙なほどに冷静になって、最も過酷な場所に自分を置こうとしたんじゃないのか?」

 

 梅里にその心当たりはもちろんある。

 

「……かもね」

「危うい傾向がなくなって、オレとしてはホッとしてるよ。まったく誰の影響だ?」

 

 隊長としての座を明け渡し、副隊長としてその補佐に付いた頃は、思いがけない梅里の強さに驚くと当時に敬いもしていたが、時間が経ってくるとその粗も見えるようになる。

 梅里が危険な場面にあえて自分を送り込んでいたのは、自分でなんとかする自身があるからと最初は思っていたが、途中からどうも違うようには宗次も感じていたところだった。

 だが、そういう無茶な傾向が突然なくなった変化は宗次もわかった。その境目が自身も大変な経験をした浅草近郊での蒼角の破片が暴走した事故だ。

 同時に、とある隊員と梅里の関係が劇的に変わったのは、生真面目で男女の関係に疎い宗次でも気が付いていた。

 ニヤリと意地悪く笑う宗次の言葉で梅里はせりの顔を思い出し、複雑な気持ちになる。

 それを誤魔化すように宗次に問いかけた。

 

「けど、感情的になるのは悪いことだと思うけど?」

「そうでもないさ。お前が感情的になれば、逆にオレが冷静になれる」

 

 そんな宗次の言葉に、梅里も少し冷静さを取り戻し、いろいろと考えを巡らせた。

 そして最も懸念するべきことを思い出す。

 

「……本部の『アレ』は無事だったの?」

「ああ。幸いなことにな」

 

 宗次の答えに梅里はホッと息を吐いた。

 

「そっか……」

「ヤツらはアレの存在にまったく気づいていなかったと思える。今回の襲撃は純粋に代々木公園に向かわせないための陽動だったとしか思えないな」

 

 もしくは、あえて見逃した──例えば、使う準備が整っていないから。

 宗次はそこまで考えてから、自分の考えすぎだ、と訂正する。絶望的な劣勢に立たされて思考が弱気になりすぎていると心の中で苦笑した。

 

「不幸中の幸い、だけど……」

 

 梅里は『アレ』を使うべき場面だろうか、とも思う。

 もっとも、その判断をするのは司令の米田 一基だ。他に打つ手がなければ使うしかなくなるだろう。

 

(その決断をしないということは、まだ手があるってことか)

 

 状況は最悪だが、そう考えると絶望するのはまだ早い。

 梅里は、大きく息を吐く。

 

「少しでも休め……」

 

 それを見た宗次が梅里に忠告する。彼は叉丹の乗る魔操機兵と直接戦闘を繰り広げたために疲労が著しく、それが(はた)から見ても明らかだった。

 

「いや、僕だけ休むわけには……」

 

 反論する梅里に、宗次が言う。

 

「あの魔操機兵との戦いを見て、お前が疲労していないなんて思ってる奴はいないから安心しろ」

「……紅葉には負けるけどね」

 

 ため息混じりに言う梅里。あの戦いでのMVPは間違いなく紅葉だ。人よりも遙かに大きな魔操機兵に対し、スピードとトリッキーな動きで完全に翻弄していた。まさに対巨体相手のお手本のような戦い方だった。

 

「アイツはあんなに戦ってもケロッとしてるから参考にならん。お前は疲労が顔に出ている」

 

 思わず顔を触る梅里だったが、もちろん確認しようがない。

 そんな彼に宗次は苦笑する。

 

「隊長が顔色悪くしているのは全体の士気に関わる。せめてシャワーでも浴びて綺麗にしておいてくれ」

「……了解」

 

 宗次の言うことにも一理あると思った梅里は、その勧めに従うことにした。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 一方そのころ、錬金術班副頭の大関ヨモギは帝劇の地下施設にある医療ポッドの前にいた。

 そこには花組の隊員である真宮寺さくらが眠るように眼を閉じている。

 

「……“失敗しない”はずなのに」

 

 そんな彼女を、ヨモギは憤りを感じて睨んでいた。

 怒っているのはさくらにではない。彼女を目覚めさせることさえできない自分自身に対してだ。

 

「……そんなにプライドが傷つけられたのか?」

 

 ヨモギの方へと歩いてきたのは、黄土色をした男用の夢組戦闘服を着た松林 釿哉だった。

 

「そんなことはありません」

「ムキになるなよ」

「いいえ。さくらさんはケガをされたわけでも、病気の発作でもなく、いたって健康体です。ですから意識が戻らないなどということはありえないんです」

 

 ヨモギも医者としていろいろな見地から診断したが、ケガでも病気でもないという結論しか出せなかった。

 しかし現実は意識を失っているさくらが目の前にいる。

 原因不明であり、ポッドに入っているのもほかに打つ手がないから、である。

 そんな現状が、ヨモギの診断を“失敗している”のではないか、と責めるのだ。

 

「なら、寝てんじゃねぇのか?」

 

 呑気に、そして無責任な調子で言う釿哉をヨモギは半眼で睨む。

 

「それこそありえません。寝てるのなら音や振動といった衝撃で目を覚ますのですから」

 

 自分の医学的な知識がまるで役に立たず、こんなトンチンカンなことを言う者が製造に関わった医療ポッドの方が役に立っているのもイラッとする。

 

「でも、生きてんだろ? 間違いなく、さ」

「それは……現在はその通りです。ですが、これでは意味がありません!」

 

 ヨモギが珍しく感情を爆発させた。

 

「これでは……私は医者として失格ではないですか!! 人を一人救うことさえできない。完全な“失敗”です。そうです、今回の任務だって、黒之巣会との戦いだってこんなことになって、“失敗”じゃないですか!」

 

 そんなヨモギを見て、釿哉はポツリと言った。

 

「いいや、十分だ。真宮寺は生きてるんだろ?」

「え……?」

「病気でもケガでもない。そして生きてる。それならお前はなにも失敗してないじゃねえか。医者として、な」

 

 命を守るのが医者のつとめなら、その最低限の仕事はできている、釿哉はそう思っていた。

 

「華撃団は……まぁ、ちょっとは失敗したかもしれない。帝都がこんな有様じゃ、さすがに言い訳できねえよなぁ」

 

 釿哉は肩をすくめて苦笑する。

 

「でも、まだ生きてる。オレ達は生きてるんだ。それならまだまだ挽回できる可能性があるってことじゃねえか。精一杯あがいて、八方手を尽くして、指一つ動かせなくなるまで頑張って、そこまで頑張ってダメならあきらめるしかねえ」

 

 そう言って、釿哉はヨモギを振り返る。

 

「──そこで初めて“失敗”ってことでいいんじゃねえか? 決めるにはまだ早すぎだろ」

 

 そんな釿哉の言い分に呆気にとられるヨモギ。

 そしてため息をつく。

 

「まったく、無茶苦茶な論理です」

「そうか?」

「しかしその理論、嫌いではありませんよ」

 

 そう言ったヨモギを少し驚きながら見る釿哉。

 

「さて、それではやろうじゃありませんか。帝都の平和を取り戻すのと、真宮寺嬢の意識を取り戻すのを」

「オイオイ、いきなり現金な奴だな。しかも一気に二つも欲張るとは……大丈夫か?」

「当然ですよ。私は──“失敗しません”からね」

 

 珍しく笑顔でそう答えるヨモギ。

 だが、その笑顔もすぐに消える。

 

「しかし、前から思ってたのですが……医療ポッドを設計したのは紅蘭ではなくあなたなんですよね?」

「そうだけど、なんだ? 欠陥でもあったか?」

「ええ、致命的な欠陥です」

 

 入っているさくらを見て、釿哉にジト目──いや、ゴミを見るような目を向けた。

 

 

「なんで全裸で入るのが前提なのに、前面をガラス張りにしたんですか?」

 

 

 ド正論を叩きつけられ、釿哉は開き直って笑顔になる。

 

「あ、それ? そうしておけば二度と入りたくないと思うだろ?」

「二度どころか一度も入りたくないですね」

「そう、それよ。そう思ったら大怪我しそうになる事態を避けようとする、と思ってな。どんな怪我をしても「医療ポッドがあるから大丈夫(でぇじょうぶ)だ」なんて思われたら体を大事に思わなくなっちまいかねない」

「……意外とまともな理由ですが、セクハラには変わりませんからね?」

「は? なんだそのセクハラって?」

「いずれ……そうですね、百年くらい後に流行する言葉です」

 

 そして急にジト目で睨みつける。

 

「そもそも、なぜ真宮寺嬢が入っているのを分かっていてやってきたんですか? このドスケベ野郎」

「あー、そういうこと言う? 機械の調子を見に来たって言うのに……上司をそういう風に言うのか」

 

 そんなことを言い合いながら、医者と錬金術師の二人はどうやったらさくらの意識を取り戻せるかの議論へと移行していくのであった。

 




【よもやま話】
 釿哉&ヨモギのシーンがシリアスで終わるわけがない。─1─での感想をそのまま取り入れてみました。
 アレのお世話になると晒し者にされるから、入らないためにケガをしないように努力するようになるから──という意図で釿哉が設計した、と無理に解釈。
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