サクラ大戦外伝~ゆめまぼろしのごとくなり~   作:ヤットキ 夕一

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─5─

 宗次に身を綺麗にしてくるように勧められた梅里は、地下施設のシャワー室へとやってきた。

 ミロク襲撃の影響を受け、ここにも破壊の跡が残っていたがボイラーは問題ないとのことで、とりあえずシャワーくらいは浴びることができそうだ。

 もともとここを本拠地にして寝泊まりしている花組隊員達のためのような施設だが、彼女達はブリーフィング中だったはずだし、そもそもこの状況で入る人間などいないだろう。

 そう考えて梅里が入口に来たのだが──

 

「──気配がする」

 

 思わず手を止めた。

 どうにもこの扉の奥で何かが動く気配がしたのだ。

 先ほど考えたように、花組隊員はいないはず。となれば──

 

(ミロクが残した使い魔……いや、脇侍が残っていた!?)

 

 侵入した脇侍が生き残っていたのだとしたら一大事だ。

 梅里は腰の得物──『聖刃(せいじん)薫紫(くんし)』を探る。いつも通りにそこにそれはあった。

 

「──ッ! やっぱり……」

 

 そしてその薫紫もまた、危機を伝えていた。

 出動したままの格好でいたのが幸いし、シルスウス鋼製の籠手や脛当てもそのままだ。十分に戦える。

 

(反攻作戦のためにも、花組には負担かけられない)

 

 自分一人で片を付ける。

 そう決心し、左手で鞘を握りしめつつ──右手でその扉を開け放った。

 

 

「「──え?」」

 

 

 そこにいたのは脇侍──ではなく、せりだった。

 それも何も着ていない。

 そう、全裸だ。

 一糸まとわぬせりが、驚きのあまり無防備な顔で、こちらを見ていた。

 脱衣場なのだから、ある意味当たり前なのだが……

 

「ご、ごめ──」

 

 梅里が謝る前に、一瞬で距離を詰めた、涙目になったせりのグーパンチが飛んでくる。

 乾坤一擲の一撃は彼を黙らせた。

 目付近に着弾したその攻撃は、梅里の意識を揺さぶるには十分すぎた。

 

「な、な……ななな……なにしてんのよッ!!」

 

 肩を怒らせるせり。

 それに対して梅里は軽くふらつきながらも、慌てて手を前に出して誤解だと主張する。

 

「い、いや……シャワーを浴びようかと……」

「うるさい! こっち見るな!!」

 

 衝撃から立ち直りかけていた梅里の顔を思いっきりひねって反対側へと強制的に振り向かせた。

 

「出て行きなさい! 今すぐッ!!」

 

 怒鳴って追い出そうと試みた。

 すると梅里がビクッと体を震わせ──出て行くどころか逆に部屋の奥へと入り込んできた。

 そして、そのまま両手でせりの肩を掴む。

 

「ちょ……な、なにを……」

「誰か来た……」

「はぁッ!?」

 

 言われて耳を澄ませば足音がこちらへと向かってきている。

 顔に殴られた跡のある梅里をこのまま放り出せば、完全に覗きと誤解──いや、誤解ではなく事実、とせりは思った──とにかく、梅里が大変なことになってしまうのは間違いない。

 慌てて扉を閉める梅里をキッと睨むせりだったが、(すが)るような梅里の目を無碍にするわけにもいかず、困惑していた。

 すると──

 

「誰かいるのかい?」

 

 呼びかけるような大きな声が聞こえる。声は男性──おそらく感じからして花組隊長の大神 一郎だろう──のものだった。

 

「は、はい! すみません、大神さん! 夢組の白繍です!! 私が使ってます!!」

 

 大きな声で返すせり。

 

「すまない。一応、見回りをしていて……花組の誰かはこなかったかい?」

 

 せりがジト目で梅里を見る。当然、目が合った。

 相変わらず縋るような──まるで捨てられた子犬のような目でせりを見ている。

 ──うん、花組の誰かではない。

 

「来てません! 少なくとも私が来てからは──」

「そうかい、分かった。ありがとう」

 

 大神はお礼を言って去っていった。

 噂によると彼はこの付近にくると急に身体が勝手に動き出すという奇病の発作に悩んでいるようだが、今回はその奇病は発生しなかったようだ。

 足音が遠ざかっていく。やがてそれが聞こえなくなり、梅里とせりは同時に大きくため息を付いた。

 そして同時に顔を上げる。当然、目が合う。

 梅里の視線が少し下がる。

 釣られてせりもその視線を追って──

 

「──ッ!?」

 

 自分が裸なのを再認識し、即座に扉を開けて梅里を部屋から蹴り出した。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

「一応、言い訳を聞きましょうか? ……無いとは思うけど」

「……ございません」

 

 再び夢組戦闘服に身を包んだせりが腕を組んで立つ前で、梅里は正座の上、謝罪させられていた。

 

「まったく……なんでいきなり乱入してきたのよ?」

 

 顔を少し赤くしながらそのときのことを思い出すせり。

 

「なにかが動く気配がしたから、脇侍かなにかかと思って……」

「それなら『薫紫』が反応するでしょ?」

 

 せりが梅里の腰にある刀をチラッと見て言う。

 梅里の愛刀は危機察知能力を備えており、所有者に危機を教えることができる。

 しかしあの時、『薫紫』も危機を察知していた。だからこそ梅里が思いこんだという経緯もあった。

 なぜ危機を察知したのか──タネを明かせば、開ければせりに殴られるという危機を察知していただけなのだが。いかんせん危機を察知するだけでそれがどのような危機なのかまでは分からない。

 それを恐る恐る説明する梅里を、せりは黙ってじっと聞いていた。

 

「……事情は分かったわ」

 

 さてこれをどう処するべきか──せりは悩む。

 大きな貸しなのは間違いない。自分は裸を見られたのだから。かといって「責任とって一生面倒見ろ」と言う勇気までは持ち合わせてない。

 しかし「気にしないで」なんて安売りもしたくない。どうしたものか、と悩んでいると──

 

「……あの、せりさん。シャワー終わりましたか?」

 

 そう言いながら、ひょっこりとかずらが顔をのぞかせる。

 

「──って、ええぇぇ!? どういう状況ですか?」

 

 彼女はそのまま驚いた様子で二人を見た。なにしろ梅里が仁王立ちするせりの前で正座させられているのだから。

 

「これは、その……」

 

 せりは言葉を濁しながらそういえば、利用する直前に入口でかずらとかち合ってしまい、譲ってもらったことを思い出した。

 普段なら複数人で入ることも可能だが、ミロクの襲撃で一部が壊れてしまった関係で一人ずつ使うしかなかったのだ。

 

「梅里さん。なにか、しでかしたんですか?」

 

 かずらの問いに、梅里は正座したまま、何も言えなかった。

 どう考えても梅里がやらかしたとしか思えないシチュエーションだが、この場の上位者であるせりの許し無しに発言する勇気は彼にはなかった。

 自然、かずらの視線は再びせりへと戻る。

 じっと見つめられて、せりは話さないわけにもいかなかった。

 

「…………を…られたのよ」

「え?」

 

 顔を赤くしてボソッと言ったせりの言葉はあまりに小さく、耳のいいかずらをもってしても聞き取ることはできなかった。

 

「……裸を、見られたのよ!」

 

 さらに顔を真っ赤にしてせりが投げやりに言う。うつむいた梅里の顔も真っ赤になる。

 

「え……」

 

 それを聞いていたかずらは、その衝撃に硬直した。

 そして──それが解けると、自分の着ている夢組戦闘服を突然脱ぎだした。

 

「ちょ、なにしてるの、かずら!!」

「離してください! 私も負けていられませんから!!」

「いや、勝つとか負けるとか、そういうのじゃないでしょ!?」

「そういう問題なんです! とにかく、すでに見せたせりさんは黙っていてください!!」

「なんで私が見せたことになってるのよ! 見られたの!! 好きでしたわけじゃ──ちょっと梅里、止めなさい!」

 

 言い掛けたせりだったが、かずらすでにが半裸というくらいの状態なことに気がついて慌てて止めた。

 

「あ、ダメ! やっぱり、こっち見ちゃダメッ! 良いと言うまで顔を伏せてなさい! 絶対によ!」

「いいえ、梅里さん。こっちを見てください!!」

 

 半狂乱になったかずらが言う。

 必死に止めるせり。

 その二人が争っていると──

 

「……あの、お取り込み中のところ、よろしいでしょうか?」

 

 そんな混沌とした状況の中、妙に冷めた声と共に顔を出した人がいた。

 眼鏡の奥にある鋭い目が印象的な、凛とした雰囲気をまとった女性。その顔に梅里は見覚えがある。

 服が乱れたかずらと、それを押さえるせりを一瞥した彼女は、やや呆れたようにため息をついてから、鋭い目で二人を見る。

「隊長に至急具申したいことがあるのですが。お借りしてもよろしいですか?」

 

「「……どうぞ」」

 

 その目に気圧され、正気を取り戻したかずらと、冷静になって場の情けなさを痛感したせりが思わず言う。

 彼女は封印・結界班の二人いる支部付副頭の一人だった。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 廊下へと出た梅里に、副頭は敬礼をした。

 彼女は元々陸軍所属の軍属だった。そして霊力の強さから帝国華撃団に配属になったが、霊子甲冑を動かせるほどの強さが無く夢組に所属となっている。

 とはいえ、その才能を見いだされて二人いる封印・結界班の副頭へと任命されている。

 そんな彼女の敬礼は、梅里のそれとは比べるのも失礼なほど、動静にメリハリのある、整ったものだった。

 

「先ほどの騒動はどういった趣旨のものでしょうか?」

「……気にしないで。それよりも至急の具申っていうのは?」

 

 敬礼の姿勢のまま眉をひそめながら訊いてきた質問を、梅里は誤魔化しつつ訊き返す

 

「ハッ。おそれながら……陰陽寮出身者達に不穏な動きがあります」

「不穏な動き?」

「撤退後ですが、私ではない方の封印・結界班副頭が陰陽寮出身者と連絡を密にし、秘密裏に参集しようとしている様子」

 

 その報告は、梅里にとっては衝撃的だった。

 まさか、このタイミングで動くか、と思わずにはいられない。

 

「なるほど……よく報告してくれたね」

「いえ、このような帝都の危機です。一丸となってことにあたらなければならないのですから」

 

 梅里としては頭が痛い問題だった。

 夢組は陰陽寮出身者と軍出身者、そしてどちらでもない隊員達に分けられる。その中でも陰陽寮出身者は元の組織の閉鎖性もあって特に仲間意識が高い。

 今まで様々な困難を共に乗り越えてきたことで他の派閥との連帯感も出てきたが、華撃団の敗北とも言える状況に、その綻びが再び顕在化してきたのだろう。

 元々、軍派閥と陰陽寮派閥は対立していた。かたや隊長に当初の予定であった隊長心得の巽 宗次をそのまま就かせようとし、かたや宗次は不適であり塙詰 しのぶこそふさわしいと隊長にするために画策していた。

 結果的にはどちらにも属さない梅里が隊長となり、両者が推薦していた二人がそれぞれ副隊長になったことで争いも沈静化していたが、軍派閥の彼女が陰陽寮派の動きを梅里に密告してくるあたりを見ると、まだ対立は根深いのだろう。

 

(けどこれを放置すれば、最悪の場合には陰陽寮派がごっそり離脱することだってあり得る……)

 

 副頭が再び敬礼をして去っていくのを見送りながら、梅里は手を打たなければならないな、と思い策を考えた。




【よもやま話】
 旧作でも、この場面でせりはシャワー中に乱入されていたので、またやらせていただきました。
 ちなみにこれがゲームで、時間が経過してから(女副頭の話を先に聞いた場合)にはかずらのシャワー中に乱入し、それを見つけたせりにグーパンチされることになります。せりに殴られるという歴史は覆らない。
 とはいえ、せりはせりであと少しで大神少尉から「体が勝手に……」イベントを起こされるのを回避しているのですが──そんなことを知る由もない。
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