サクラ大戦外伝~ゆめまぼろしのごとくなり~   作:ヤットキ 夕一

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 封印・結界班の女副頭の報告を受けて、梅里は宗次の元へと戻った。

 その梅里の顔を見て、宗次はあきれ果てた顔で言った。

 

「……なんで、傷が増えて帰ってくるんだ?」

「それについては、訊かないで」

 

 そっと視線を逸らしつつ言う梅里。その目元のアザを見つつ宗次がため息混じりにさらに尋ねる。

 

「身綺麗にしてくるという話はどうなった?」

「……先客がいた」

「そうか」

 

 なんとなく察する宗次。そして誰にやられたかもだいたい察する。梅里にグーパンチを食らわせる女子に、心当たりはそうそうない。

 そんなことを考えていると梅里が尋ねた。

 

「……コヨミはこっちに来てるかな?」

 

 その問いに宗次はムッと表情を変える。

 

「どっちの、だ? 調査班副頭のか?」

「いや、違う方」

「わかった。呼んでくるから少し待ってろ」

 

 宗次はそう言って、その場から席を立つ。

 梅里はその場で待つこととした。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

「──隊長、お呼びですか?」

 

 その声は、急にかけられた。

 梅里が振り返れば、片膝をついてかしずくような姿勢で彼女は居た。

 うつむいたまま彼女は顔を上げない。

 それを見ても梅里も顔を上げるようには言わなかった。それが彼女──御殿場(ごてんば) 小詠(こよみ)──の特別班としての姿勢だからだ。

 

「報告、あるよね?」

「はい。先ほどから探していたのですが……」

 

 梅里は小詠が探しても見つからなかったであろう事情を思い出し、コホンと咳払いをする。

 

「ちなみに表向きはどんな理由で本部(こっち)に?」

「花組隊員、真宮寺さくらさんの覚醒のためです。千波(ちなみ)がホウライ先生と私をリンクさせ、その上でさくらさんの精神に潜行してホウライ先生の暗示で強制的に起こす作戦です」

 

 ホウライ先生こと大関ヨモギは、さくら意識不明の一方を受けて真っ先に本部へ急行してきていた。さまざまな医学的検査をしても原因が分からなかったため、彼女の能力である「暗示」での呼び覚ましはすでに試みられていた。

 だが、意識がないということは聞こえていないわけであり、聞こえていなければ言霊による暗示も届かず、意識が戻らないままになっていた。

 その暗示を直接精神に働きかけるために、小詠には深層心理まで潜行するサポートをさせるつもりなのだろう。

 

「しかしそれは最終手段で、今すぐ決行というわけではありません」

 

 小詠もまた特殊な能力を持っている。【読心(サトリ)】である。

 嘘を見抜くことはもちろん、より強く力を行使して意識の奥まで読めば、なにを考えているかまでも読むことができる。

 その抜群の対人捜査能力をかわれて、支部付の調査班副頭という地位を得ていた。

 そして、彼女にはもう一つ肩書きがある。

 

「特別班監察係・御殿場 小詠。報告いたします──」

 

 五人目の特別班。それが彼女のもう一つの顔。

 

「──陰陽寮出身者に離反の動き有り。それには副隊長、塙詰しのぶも含まれます」

「……やっぱりか」

 

 彼女の役目は夢組内の内部監査である。

 その役目は伏せられており、彼女が特別班に所属しているのを知っているのは梅里と、特別班を組織した宗次、それに支部のメンバーを宗次と共にまとめているティーラの三人と、あとは特別班の本人を含めた五人しかいない。

 わざわざ近江谷(おおみや) 絲穂(しほ)が、妹の絲乃(しの)を含めて「特別班四天王」を名乗っているのも、絲穂自身が考えた五人目の小詠を隠すための誤誘導(ミスリード)だ。

 その役目から機密性を重視されている。先ほど、宗次に聞いたのも彼女を呼び出すための符丁であり、「コヨミ」という隊員は現在、彼女以外にはいない。

 そのように特別班監察係としての彼女を呼び出すときは「違う方の」として呼び出している。

 その彼女は状況を梅里に報告した。

 

「おそらく帝都の危機を絶望的と考えて出奔し、陰陽寮のある京都に向かうものと思われます」

「……この状況で、帝都を抜け出せるの?」

 

 思わず苦笑する梅里。各地でさまざまな破壊が起きた上に、帝都各地に脇侍が大量に出現しているという報告もある。

 そんな帝都の中心から無事に抜け出して京都への帰途につけるというのなら、その気になれば脇侍を片づけて帝都に平和をもたらすことだってできるのではないか、とさえ思ってしまう。

 梅里が言ったそれが皮肉と分かっていたから、小詠は答えなかった。

 

「彼女達の罪は、それだけではありません。先ほどの帝劇への襲撃、敵に本拠地がバレたのも陰陽寮派に原因があります」

「敵に内通したのか!?」

 

 さすがにそれは看過できない。

 が、小詠は首を横に振った。

 

「いえ、彼女たちは京都の陰陽寮に定期連絡をとっていたようですが、その際に動物に模した式神を使っていました。そして小動物──鼠に模したものが通過できるようにと、大帝国劇場に夢組で張り巡らせた結界に細工して、小さな穴を開けていました」

「そこを、ミロクの使い魔が……」

「はい」

 

 その当時、梅里は負傷していたので知る由もないが、深川で花組とミロクが戦ったときに、ミロクは自身の使い魔をさくらの光武に忍び込ませていたのだ。

 光武と共に本部に入ってきた使い魔が侵入した際に、本来ならば夢組の調査班が気づくべきなのだが、梅里の負傷でせりもかずらも不在で見過ごされたという経緯もある。

 ともあれ、それでも本来であれば大帝国劇場内に夢組が張った結界によって抜け出すことができず、ミロクのもくろみは潰えるはずだった。

 だが、そこに陰陽寮派があけた穴があった。それをまんまと通り抜けた使い魔によってミロクに帝劇本部の場所が暴かれ、今回の陽動の襲撃につながったのだ。

 

「本部への襲撃がなければ、今のような事態にはなっていなかったかもしれません」

 

 結果、起こったのは帝都への大規模な破壊である。

 その元凶とも言える陰陽寮派が、帝都を逃げ出そうとしているのは許されることではないと、小詠は個人的に怒りも感じてさえいたのだ。

 

「──まぁ、それについては僕のせいでもある」

「は?」

 

 疑問に思った小詠だったが、梅里の怪我のせいで本部の察知能力が一時的に下がったという意味だと察し、それ以上は言うことなく押し黙った。

 

「でもそれはそれ、これはこれ。逃走を許すわけには、いかない」

「はい。私もそう思います」

「とにかく塙詰副隊長に会ってくる……まだいるよね?」

 

 梅里の確認に小詠はうなずき、そして答える。

 

「ティーラ副支部長からの伝言です。──待ち人に会うなら、開けられた穴の前が吉、とのことです」

 

 そう言い残し、まるでかき消えるように小詠の姿はいつの間にか消え去っていた。

 

「さて、少し動きますか」

 

 梅里はとりあえず次の一手のために宗次の下へと急いだ。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 静まりかえった大帝国劇場の中で、塙詰しのぶの姿は中庭にあった。

 立ち尽くす彼女の下に、一羽の鳥が舞い降りてきていた。

 以前の白鳩よりも小さくシャープな黒い姿の鳥──燕は、しのぶが掲げた手にとまっている。

 その鳥──式神に託された言霊をしのぶは先ほど受け取ったばかりだ。

 

「帝都を抜けて帰還せよ、ですか……」

 

 やがて鳥は紙きれと姿を変え、それさえも程なく燃えるように消えていく。

 後に残されたのは陰陽寮からもたらされた、実の兄からの指示のみだった。

 すでに帝都の危機を、陰陽寮は把握しているだろう。無数の脇侍が徘徊し、混乱の極致ともいうべきこの状態も。

 そんな中で、帝都を抜け出せという指示は──

 

「──しのぶ様、陰陽寮からの指示でございますか?」

 

 式神が消えてしばらく佇んでいたしのぶだったが、男が一人近づいて来ていたのは分かっていた。

 帝国華撃団夢組の戦闘服に身を包んだ彼は、二人いる封印・結界班の副頭を務める一人である。

 そしてしのぶ同様に陰陽寮から派遣されて入隊した者である。

 

「はい……」

「上はなんと?」

「帝都を捨てろ、と……」

「なッ!?」

 

 さすがに声をあげる副頭。陰陽寮が帝国華撃団を歯牙にもかけていない雰囲気を察知してはいたが、それでも帝都にはやんごとなき御方がお住まいになられている。

 

「天子様がおわすというのに、ですか?」

「それに関してはわかりません。ですが、おそらくすでに手は打っているのでしょう。我々には帰還の指示のみが出ています」

 

 そう言ってしのぶは空を見上げた。

 星一つ見えない闇夜。それは破壊と混乱が渦巻き、希望さえ見えない帝都を顕しているかのようにも感じられた。

 

「……よろしいのですか?」

 

 男が、ポツリと言った。

 

「なにが、でしょうか?」

 

 その問いにしのぶは怪訝そうに眉をひそめる。

 

「帝都を捨てること……いえ、帝国華撃団を裏切ることについて、です」

「陰陽寮からの指示とあればやむを得ないことでしょう」

「本当に、そうでしょうか?」

 

 男はジッとしのぶをみる。

 

「先ほどの戦いで、しのぶ様は禁を犯そうとした。違いますか?」

「それは……」

 

 否定しようとしたしのぶだったが、彼女を思いとどまらせたのは他でもない、彼の声だ。

 

「……その通りです」

「なぜ、とは申しません。しかしあの時、敵の首領を倒すためにアレを使おうとしたその気持ち、簡単に捨ててしまってもよろしいものですか?」

「──ッ! なにをおっしゃってるのか、わたくしにはわかりかねます」

 

 しのぶが不快そうに眉をゆがめたので、男はそれ以上は言わなかった。

 その代わりに、意外な問いかけをしてきた。

 

「もし──華撃団と運命を共にしよう、という者が我らにいた場合には?」

「この絶望的な状況で、ですか?」

 

 それはまさに死を意味するだろう、としのぶは思った。

 

「最後まで、悪を蹴散らし正義を示そう、という者もいることでしょう。帝都に残る無力な民草を守るのに尽力しようという者もおりましょう」

 

 男の言葉は若干芝居じみていたが、事実、そういう考えの者が陰陽寮派に出てきているのは間違いなかった。

 平安時代に組織された陰陽寮だが、それに属する誰もがしのぶのような高貴な家の出身者というわけではない。旧貴族出身者がほとんどだが、家格が低く庶民の感覚に近い者もおり、華撃団に派遣された者はそういった者の割合が多い。それは陰陽寮が華撃団を甘く見ている証拠でもある。

 彼らが夢組としての活動で、例えば除霊等の活動の中で一般市民を守ることに使命感を感じたり、霊障との戦いにおける結界の敷設や普段の護符作成・販売を通じて感謝されたりするのをきっかけに、華撃団の思想に感化されるのも無理も無いことだった。

 しのぶは口元に握った手を付けて熟考する。

 

「その判断は、各自の判断に任せます。しかし、わたくしとしては報告のためにも一度は皆の姿を見たく思います。格納庫の例の場所に集まるよう、指示を出してください」

「──承知いたしました。では私は、皆へその旨を伝えに向かいます」

 

 (うやうや)しく一礼した男が(きびす)を返し、劇場内へと戻っていく。

 それを見送りながら、しのぶは思う。

 

(……陰陽寮は、わたくし一人を帰すことしか、考えてないようですが)

 

 そうとは知らない陰陽寮の仲間達を考え、しのぶは密かに心を痛めていた。

 




【よもやま話】
 「5人そろって四天王」がやりたくて、特別班が5人いるのにわざわざ四天王を名乗らせてました。(能力的には4つ目なんで、合ってはいるんですけど)
 そんなわけで、あえて名乗って隠してる絲穂はアホの子ではありません。
 小詠の容姿について描写していないのはわざとです。特別班の監察として動く際には、彼女は自分の姿や印象について精神感応で干渉して印象を消していますので、そのせいで容姿の記憶が残りません。そのため、あえて描写しませんでした。
 ……考えるのが面倒だったわけじゃないですよ?
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