サクラ大戦外伝~ゆめまぼろしのごとくなり~ 作:ヤットキ 夕一
封印・結界班の男副頭と分かれてから、しのぶは劇場内をいろいろと回って地下格納庫へとやってきていた。
この大帝国劇場から、ひいては帝都から離れるためである。
外には脇侍が大量に徘徊している以上、地上を歩いていくという選択肢は愚かとしか言いようがないだろう。
格納庫からは轟雷号の線路へとでることができる。そこを通れば帝都の地下鉄網へと出ることも可能だった。
そこへ集まるよう陰陽寮派へ指示を出したはずだったが──そこに人は一人しかいなかった。
その一人も、明らかに陰陽寮の者ではなかった。
帝国華撃団夢組の男性用戦闘服──そしてその色は隊長を示す白色──を身にまとった彼は、しのぶを見て笑顔さえ浮かべて見せる。
「──遅かったですね」
「武相、様……」
夢組隊長の武相 梅里が苦笑気味の笑顔でしのぶを迎える。
「最後に帝劇の光景でも目に焼き付けていたんですか?」
「──ッ!!」
梅里の言った「最後」という言葉が、しのぶがここに来た理由を梅里は知っていると物語っていた。
「なぜここに来ると……」
「答えなくてもちょっと考えればわかると思います。夢組の隊長ですよ、僕は」
苦笑する梅里。それで理解した。思わずため息がでる。
「予知、ですか」
「御名答です」
そんなしのぶに、梅里はうなずくと──
「こんなところから出ていこうとするのは、この結界の穴に対する罪悪感からですか?」
そう言って格納庫から外に通じる箇所の片隅を見た。
そこは陰陽寮のメンバーが密かにあけた結界の穴。秘匿連絡の手段であり、同時にミロクの使い魔の脱出経路となったもの。今の帝都の事態を招いた元凶ともいえるものだった。
それにはさすがに驚くしのぶ。
「気づいておられたのですか?」
「ええ。だいぶ前から」
うなずく梅里に、しのぶはさらに困惑する。
「どうして……知っていたのなら、なぜそのままに……」
「陰陽寮は少なくとも敵ではない、と思っていたからです。むしろ大勢の隊員をよこしてくれている協力者ですからね。多少の情報くらいは構わないと判断してました」
陰陽寮は平安時代からの流れをくむ組織。天子様が帝都にいる限りは、帝都防衛を任務としている帝国華撃団とは対立しないだろう、とも思っていた。
むしろ出身者と陰陽寮のつながりを断ち切って陰陽寮に不信感を持たれるくらいなら、いっそ繋がっていてもらっていた方が敵対組織でない以上はやりやすいだろうという判断である。
「思って……いた?」
「ええ。ついさっきまで、ですけどね」
梅里が苦笑する。
確かに帝都が致命的な状況にまで追いつめられているのは確かだが、それでも守ろうという帝国華撃団から、その構成員を引き上げさせるのは明らかに害を及ぼす行為であり、敵対行為だろう。
「逃げ出したくなる状況だとはわかります。でも、それを組織的にやられては困りますよ」
「なるほど。それでわたくしを捕縛しにきたのですか?」
「いや。ちょっと違う、かな──」
しのぶの問いに梅里は視線を上にあげ、困惑顔で頬を掻いた。
そして、それから視線をしのぶに戻す。
「──引き留めに来たんですよ」
「引き留める? わたくしが陰陽寮よりも華撃団をとる、とでもおっしゃるのですか?」
「そうしてほしいから、ここで待っていたんです」
警戒するしのぶに、梅里はスッと頭を下げた。
「お願いします、塙詰さん。残ってもらえませんか?」
「そんな……そんなこと、わたくしにはできません。残るわけには──」
そう言うしのぶに、梅里は頭を上げて笑みを浮かべる。
「でも、迷っているから、帝劇の景色を見てきたんじゃないんですか?」
「ッ!」
図星を指されて息をのむ。が、それをどうにか押さえ込む。
こういうときばかりは、自身の細い目が表情を隠してくれることに感謝した。
しかしその動揺を突くように、梅里がたたみかけてくる。
「今まで、一緒に戦ってきてくれたじゃないですか。さっきだって紅葉や僕と共に戦ってくれて……敵幹部の魔操機兵を行動不能にできたのは塙詰さんの力があったからです」
叉丹の魔操機兵が行動不能になるトドメになったのはしのぶの技だった。
そのときの光景がしのぶの脳裏に浮かぶ。
共に力を合わせて戦った高揚感。一時とはいえ、ことを成し遂げた喜びを分かちあえたことは思いの外にうれしいものだった。直後に訪れた危機に、とっさに禁忌を破ろうとしてしまったのは、そこに仲間意識があったからだ。
あのときは、一か八かというタイミングだった。確実にできないことはしない、という理念を覆したのは、以前に深川でせりから言われて思い浮かべた、共に行動するというだけの仲間ではなく、さらに一歩進んだ関係へと明らかに踏み込んでいた。
(これが、せりさんの言っていた……)
そして先ほど、封印・結界班の副頭を務める男に言われたことが頭をよぎる。
この気持ちを、大切にしなくていいのか──という問い。それが心に突き刺さる。
「わたくしは、わたくしは……」
今まで思ってきた仲間とはまるで違う仲間達。
陰陽寮では「塙詰」という家に敬意を持ってしのぶに接してきた者ばかりだ。しのぶという個人を見ていたわけではなく、「塙詰」という家を見ていたにすぎない。むしろしのぶには畏怖さえ覚え、できることなら関わりたくないとさえ思っていたはず。
だが、今の仲間達は違う。特に本部にいる夢組幹部達は「塙詰」という家とは無縁で、しのぶという個人を見て接してくれている。
(もっとも、あれを知ってしまっては……今までのように接してはくれないでしょうけど)
そんなしこりは心に残るが、それでも苦を共に乗り越え、そして楽を興じてきた。共に夢組の戦闘服を着て苦しい時に励まし合った、食堂等で笑い合った毎日が思い出される。
今までの帝都の生活──特にこの春からの変化が劇的だった。
そのきっかけになったのは──目の前の男、武相 梅里が華撃団に入ってからだ。
それ以前は軍出身者との主導権争いだった。
自分を擁立しようとする陰陽寮派の動きにしのぶも応じ、巽 宗次を降ろそうと画策した。
しかし、しのぶは元々は争いを好まない性格だ。それに合わせるのは精神的に疲れるものだった。
それがこの男が来たことで争いがなくなった。
夢組という部隊の主導権を、元々はバランスを保つために幹部を占めていた民間出身の無派閥派が、その代表ともいえる梅里が隊長になることで一気に掌握してしまったのだから。
そしてまた、軍派閥のトップだった宗次が人が変わったかのように──いや、水を得た魚のように、動き出したのだ。今までの態度が軟化することで、身構えていた陰陽寮派も肩すかしをくらい、徐々にその態度を軟化させたのは、そのトップであるしのぶにとってはありがたいことだった。
梅里が与えた影響は、普段の食堂でも顕著だった。
試行錯誤を繰り返していた以前と違い、「自分たちが提供している料理は美味しい」という自負が生まれ、それが心の余裕を生んだ。
その心の余裕が、あの日常──せりのお小言にめげない男性調理陣たち、釿哉の冗談に時に眉をひそめながらも笑い合い、紅葉のしでかした失敗を皆でフォローし、美味しそうに料理を食べるかずらや他の食堂勤務員以外の人たちの笑顔に癒される──の楽しさを生んだ。
それらを思いだし──
「……それでも、わたくしは残るわけにはいかないのです」
しのぶはそれを受け入れるのをハッキリと拒絶した。
【よもやま話】
梅里がやってた「見逃し」って、華撃団への背信行為でもあるのですが、このあたりは米田司令も黙認してたと思って下さい。
梅里としのぶにはあとでなんかしらのペナルティが密かにあった、ということで。
結界の綻びも「式神は通行可能」とやってたらミロクの式紙が抜けてしまった、という感じです。