サクラ大戦外伝~ゆめまぼろしのごとくなり~   作:ヤットキ 夕一

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 その場に佇むしのぶの様子が変化したことに、梅里は気が付いた。

 つい今し方まで梅里の言葉に耳を傾けていたときとは明らかに違っている。

 

「……武相様、わたくしは──いえ、わたくしだけは、絶対に陰陽寮に戻らなければならないのです」

 

 使命感。今のしのぶを動かしているのはそう呼ばれるものの(たぐい)だ。それも、一つの目標達成のために努力、邁進しようというような純粋なものではなく、もっと呪いじみたものを梅里は感じていた。

 

「他のメンバーを残してでも?」

「はい。正直な話……わたくしどもの裏事情を話すようで心苦しくはありますが、京都の陰陽寮からの指示で、他を犠牲にしてでも戻ってこいと言われております」

「なるほど。でも、どうするんです? 多少の犠牲を払ったところで、とても一人で帰れるような状況じゃありませんよ」

 

 外は破壊の跡が顕著で、帝都の交通網が機能していない。おまけに危険な脇侍が闊歩しているような状況だ。

 この場から帝劇を去ろうと考えているのもそれを考慮してのことだろうが、地下鉄網の中に脇侍がなだれ込んでこないという保証はない。それに遭遇すれば逃げ道がない分、余計に危険だろう。

 陰陽寮派は少なくないが、それでも彼ら全員を捨て石にしようと焼け石に水といった規模だ。

 だが、しのぶは余裕のある──しかし、どこか寂しげな感じで笑みを浮かべる。

 

「陰陽寮がなんの手もなくわたくしに帰ってくるよう、指示するとお思いですか?」

 

 梅里は答えなかった。

 もちろんそんなことは考えてない。この状況を突破するための手段は与えられているとは思っている。

 例えば超遠距離瞬間移動術式。陰陽寮がこれを用意できるくらいの組織だとは思っている。

 アイリスや近江谷姉妹の使う瞬間移動を比較にならないほどの長距離──京都とはいかなくとも、危険な帝都から完全に離れた場所に出られるように実行すれば簡単だ。

 しかし、大がかりな準備が必要な上、地脈を流れる霊力を必要とするため、今の六破星降魔陣によって地脈がズタズタになっている帝都で使用すれば、どこに飛ばされるかどころかどうなるかさえも不明で危険を伴う。リスクが高いが、あり得ない話でもない。

 そうでなければ脇侍をものともしない戦力を与えらているか、だ。

 例えばきわめて強力な式神──陰陽寮の開祖とも言われているかの安倍晴明(あべのせいめい)が使役した前鬼・後鬼と呼ばれるものや、圧倒的な力と大きさを誇ると言われる式王子──や、それに限らずともそういった類のもの、この状況の帝都を突破できるほどの戦力、いわゆる切り札をしのぶが持っていれば頷ける指示でもある。

 また、他の隊員達を犠牲にしてまで彼女を手元に戻そうという姿勢も奇妙だ。

 ただの複数ある陰陽寮を取り仕切る複数の有力貴族の家の子女、というだけでは異常ともいえる判断だ。言い方は悪いが「換えがきく」以上は、しのぶに執着する理由としては、華撃団に出向してきている実力が高い者や将来を有望な者を多数犠牲にするにはあまりに弱い。

 そんな梅里の思考に対して答え合わせをするかのように、しのぶはフッと笑みを浮かべてから口を開く。

 

「わたくしには一人でここを突破できるだけの力があるから、ですよ」

 

 悲しげに微笑んだ彼女は、精神を集中させるように目を伏せる。

 すると爆発的に霊力が高まった。そして──

 

 

 その目が一気に開かれた。

 

 

「──ッ!?」

 

 常に閉じられているように細かったしのぶの目が、はっきりと開いていた。

 初めてハッキリと見た彼女の瞳はきわめて強い、霊力でも妖力でもない、もっと純粋な力──魔力を秘めているのが感じられた。

 

「魔眼……」

「その通りです」

 

 梅里をしっかりと見つめたまま、静かにうなずくしのぶ。

 その瞳の色は金色。あきらかに常人とは違うものであり、それで見つめられるだけで、梅里は身動きするにもそれが放つ力に抵抗しなければならないほどだ。

 

(しかもこれ、全然力を出してない。ただ眼を開いただけだ)

 

 彼女の金色の瞳が湛えている魔力はそれほどまでに強い。

 

「『覇王の魔眼』……と呼ぶそうですよ、この眼は」

 

 まるで他人事のように、自分の眼を紹介するしのぶ。

 

「覇王……」

「ええ。見るもの全てを魅了・支配し、服従させる魔眼です。過去に同じ魔眼を発動させた方が何人かおりまして、そのうちの一人、戦国の世を平らげる一歩手前まで到達した覇王からその名が付けられたそうな……」

 

 本格的に魔眼を発動させれば、心を掌握されるのだろう。その余波だけで梅里の動きを抑制するほどの力を持っており、その恐ろしいほどの力を実感していた。

 

「もっとも力を恐れた家臣に裏切られ、焼け落ちる寺と運命を共にした──と言われていますが」

「それって、まさか……」

「はい。おそらく武相様が考えている方だと思います。でも……その方とは別に、梅里様の出身地と縁深い方も持っていた、と聞いております。ご存じですか?」

 

 場違いとも言える微笑を浮かべるしのぶ。

 梅里は出身地と縁深い、と言われて考えを巡らせる。

 地元の歴史的な著名人と聞いて真っ先に浮かんだのは最後の将軍にして水戸出身の徳川慶喜。だが、彼にそんな力があればまだ徳川の代が続いているか、幕末に致命的な大戦争が起きているはずだ。

 次に浮かんだのはその父にして幕府末期の世の名君、徳川斉昭だ。しかし時代がそれほど経ってないのに、それも水戸徳川家の家臣筋──しかも超常現象担当の武相家でも知らないのは不自然であり、ありえない。

 さらに時代を遡れば名君と呼ばれる二代藩主の徳川光圀や、藩祖の徳川頼房を思い浮かべる。が、それも違うだろう。陰陽寮が把握するほどの力を振るっていたにしては余りに世が平和すぎる。

 

「結城秀康……佐竹義重……」

「違いますよ。もっともっと前の時代の方……先程わたくしが挙げた方と同じように、ともすれば天子様にまで反旗を翻そうとされた方です」

 

 そこまで説明されれば、梅里も心当たりが一つあった。

 かつて鎌倉で初めて武家による政権ができるよりも前に、茨城県──とはいえ水戸のある常陸(ひたち)の国ではなく、その南の下総(しもうさ)は岩井の地にて、当時の朝廷に反旗を翻して乱を起こした者がいた。

 それは──

 

「──将門(しょうもん)公」

 

 梅里の答えにしっかりと頷くしのぶ。

 

「その通り。(たいらの) 将門(まさかど)です。きっかけは定かではありませんが、この力に目覚めた彼は付近の武士をまとめ上げ、当時の公家たちを震え上がらせたそうです」

 

 そうして彼は「新皇(しんのう)」を名乗るほどの力を振るったという。それは梅里も知っていた。

 

「その後、乱は鎮静されましたが、彼が討ち取られたあともその魔眼の力は残り、当時は情報がなかったために陰陽寮では抑えきれなかったと伝わっています」

 

 それを示すように、京都で晒された首は東国を目指して飛び去ったという逸話や、その荒ぶる御霊を鎮めるために神田明神や国王神社等、複数の(やしろ)で祀っている。

 

「……公家の地位を脅かしたその二人が所持していたが故に、特に畏れられたこの力ですが、これをもってすれば脇侍が群れていようが関係ありません」

 

 支配の力が及ぶのは「者」だろうが「物」だろうが関係なかった。襲いかかる脇侍を支配し、次にくるそれを迎え撃てばいい。敵戦力がそのまま味方となるのだから。

 笑みさえ浮かべ、余裕を見せるしのぶ。

 

「その力で──陰陽寮派の人たちを支配して、連れて行くつもりだったんですか?」

「──ッ!!」

 

 しかし、梅里に言われてその余裕が霧散した。

 一時的に力の圧が強まり、梅里は歯を食いしばってそれに耐える。

 

(ここに皆がいなかったのは、そのせいですか)

 

 しのぶが考えたとおり、梅里が手を回したことだった。

 陰陽寮派が離反する動きを察知した梅里は、宗次と相談した上で、所属していないが陰陽寮派からも信頼の篤い和人を説得にあたらせた。

 しのぶに次ぐ陰陽寮派の中心である封印・結界班の男副頭も、直上である同班頭の和人とは接点も信頼もあったため、説得工作はしのぶを除いて成功していたのである。

 厳しい表情を見せたしのぶだったが、すぐに取り繕うように余裕のある表情を浮かべる。

 

「仕方ありませんね。夢組には失うにはあまりに惜しい方達もいらっしゃいますから、その方たちをお連れするとしましょうか。八束さんとか、遠見さんとか……」

 

 そして、梅里をジッと見つめた。

 

「武相様、これを知られたからにはあなたのことも、ここで放置するわけにはいきませんし、今後は裏切られても困りますから、あなたの心を支配させていただきますが……構いませんね?」

 

 それに梅里は思わず苦笑する。

 

「てっきり殺されるのかと思ったけど、塙詰さんは優しいですね」

「な──ッ」

 

 しのぶに動揺が走った。

 それをどうにか誤魔化すようにむりやりに笑みを浮かべる。

 

「……あら、死をご所望ですか? 最近のあなた様を見ていた限り、そうではないと思っておりましたが……」

「ああ、そうだね。アイツとの約束もあるし、見守ってくれている存在もあるし、こんな僕を追いかけてくれる()もいる。だから死ぬわけにはいかないよ。もちろん、僕の心を殺されるわけにも」

 

 梅里の「心を殺す」という表現に、しのぶは思わずドキッとする。

 その動揺を、梅里は見逃さなかった。

 

「やっぱり、塙詰さんは優しいじゃないですか。僕の心を支配することを今、躊躇った」

「そんなことはありません!」

「陰陽寮派のみんなを連れて行こうと思ったのも、彼らを盾にする気ではなく、ここに残して命を落とすのを不憫に思ったからだ」

 

 彼らを守りながら帝都を抜け出せる程の力を見せられた今となっては、梅里はそれを確信していた。

 

「違います。わたくしは人の心を支配できる、意のままに操れる極悪非道な存在なのです」

「そんな支配される人にまで気を使う人が、悪い人な訳がない!!」

 

 梅里のその言葉は、しのぶの反発を余計強くするだけだった。

 

「──そのあなたの心を弄ぶことだってできるのですよ。あなたの身を案じて約束をした人のことも、あなたを見続け追いかける人のことも、あなたを見守る人のことも、すべて忘れてわたくししか見えないようにもできる……そんなわたくしが、優しいとでもいうのですか?」

「塙詰さんは、そんなことができる人じゃない」

「違います! わたくしは、悪人です。悪人でなければならないんです!!」

「それならなんで、そんなに動揺してるんですか! 躊躇っているんですか!」

「躊躇ったり、動揺なんてしていません。今すぐ、すぐにでもあなたの心を……奪ってみせます!!」

 

 頑ななしのぶに対し、梅里がついに怒ったように言い放つ。

 

「そこまで言うなら、やってみせろ! 今すぐに!!」

 

 追いつめられたような表情でしのぶが力を高まらせる。

 瞳が湛えていた金色が、より強くなってあふれ出すように、圧倒的な魔力がその場を支配した。

 その渦中にいるのは梅里。魔を祓う力を秘めているその夢組戦闘服も、魔を弾くといわれるシルスウス鋼製の防具も、伝説級の魔眼が誇る圧倒的な強さの魔力の前では砂上の楼閣にすぎない。

 

「後悔なさい! あなたの心を掴み、魅了し、支配させていただきます!!」

 

 今までやったことがない、本気の全力で力を解放する。

 魔眼が捉えた梅里へと、力が殺到して金色の光が爆発し──

 

 

「──え?」

 

 

 その初めての感覚に、しのぶは困惑した。

 開いた目からは、涙が溢れている。その目は梅里から離すことができないでいた。

 

「……失敗、したというのですか?」

 

 正直、何が起こったのかよくわからない。しかし、魔眼の魔力は梅里を捕まえなかったということだけは、自分が使った力の感覚として理解できていた。

 一方で梅里もまた自分に影響がなかったことを実感していた。せりもかずらも、そして鶯歌のこともハッキリと覚えている。

 

「……なんともないじゃないですか」

 

 内心安堵しながらも、それでも自分は間違えてなかったと自信が持てた。

 

「やっぱりそんな酷いことをできない、優しい人じゃないですか」

 

 梅里が朗らかに笑みを浮かべて、近寄ってくる。

 涙溢れる目であっても、その姿だけはなぜかハッキリと見えた。

 彼がすぐ前にくると、溢れる涙の量がさらに増す。そしてそれに呼応するように湛えた感情が一気にあふれ出した。

 冷静さを取り戻したしのぶは、自分が何をしようとしいたかを思いだし、そして後悔する。

 

「わたくしはなんということをしようと……本当に、本当に申し訳、ありませんでした!!」

 

 謝罪の言葉と共に、しのぶは梅里に近づく。

 それを受け入れた彼の胸に、思わず顔を埋める。

 

「わたくし、わたくしは悪人でなければならないのに──」

 

 悪人であろうとする、過去の大罪人と同じものを持つというだけで同じ業を押しつけられた娘の悲痛な思いが、地下の空間に響きわたっていた。

 




【よもやま話】
 え? 『魔眼』の伏線がなかった? そりゃそうですよ。3話書いてる途中(2話掲載中)に思いついたくらいですから。
 それまでただの糸目キャラだったのに「個性ないし、どうしようか」と考えてたときに、聖闘士星矢の「シャカの目が開いたー!!」を思いついたもので。(思いついたのがスレイヤーズの赤法師レゾじゃなくてよかった)
 正ヒロインらしい重い運命を背負わせられたかな、と……いや、なんか違うか、コレ。
 ここだからあえて書きますけど『覇者の魔眼』の持ち主は平 将門の他のもう一人は織田信長です。「サクラ大戦Ⅴ」のラスボスなのもあってここで登場させました。そこにつながるように魔眼は封印(もしくは持ち去られて秀吉へ)した上で、異国に封印したという設定です。
 ここで信長と正ヒロインのしのぶがつながり、タイトルの「~ゆめまぼろしのごとくなり~」につながるわけです。(完全に後付け)
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