サクラ大戦外伝~ゆめまぼろしのごとくなり~   作:ヤットキ 夕一

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 前にも少し触れたが、塙詰 しのぶという娘は、元来、心優しい性格である。

 その性根とは不釣り合いな、日本の歴史に残るほどの忌まわしき魔眼を持ったことが彼女の不幸であった。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 京都に生まれた彼女の家は華族であり、平安の御代より続く陰陽寮を取り仕切る旧貴族階級の家柄であった。

 一族は皆が陰陽師。一般人から見ればそんな極めて特異な家の中でなお、しのぶが持って生まれた特異──『覇者の魔眼』は異常であり、忌避された。

 魅了や畏怖といった能力の魔眼の最上位に位置するそれは、あまりの強さと、過去にその力を振るって朝廷を脅かした者が持っていたという事実が、元貴族系の華族である塙詰の家にとっては『悪魔の目』だったのだ。

 実の親にも怯えられる、そんな状況に、自分の眼の異常さに気づいた心優しいしのぶが「自分は悪者である」という考えにとりつかれて心を歪めたのは、防衛本能だったのかもしれない。

 その影響で、自分の眼を恐れたしのぶは、自然と伏し目がちになった。相手をハッキリ見るのも躊躇(ためら)い、そのうち目を開けるのも怖くなって常に薄目のようにしているのが普通になっていた。

 育つ過程の中で、相手を見ることはできるようにはなったが、ほとんど閉じたような目はクセになっていて、そればかりは直らなかった。

 必要以上に丁寧に話すのも、相手に敬意を払い、また時にはへりくだることで相手から警戒されない、相手を怖がらせないように、という彼女本来の優しさからくるものである。

 しかし、その心は「自分は悪人でなければならない」という強迫観念は、陰陽師として身も心も鍛えても変わるところは無かったのだった。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 そんな高い実力を持つ陰陽師に育ったしのぶ──いや、『覇王の魔眼』の持ち主を陰陽寮は切り札と考えた。その能力を秘匿しつつ、いざというときのみ使えば、裏から別の組織を操ることも、自滅させることも可能。しかも容易く無事に戻ってくるのだから工作員としてはうってつけだった。

 絶対に裏切らないような暗示や呪いをかけなかったのは、陰陽寮で有力な家である塙詰家の娘ということで遠慮したのもあるが、一番大きな要因は、過去の使用した大罪人が恨みによってその死後も悪影響を与え続けた歴史を考え、強制して恨みを残すことを恐れたからである。

 陰陽寮が初めて遭遇したその魔眼の所有者である平 将門はその対策が十分にとれず、何百年も経った今でさえどうにか封じているような有り様だ。

 戦国時代に現れた者は魔眼を完全に封じた上で、その亡骸を密かに異国の地に封じて悪影響を絶ったのは前者に比べればマシだろう。

 それらを考慮して、塙詰家の者が彼女の手綱を握ればいい、と判断したのだ。

 そんな彼女を、陰陽寮は帝国華撃団夢組への協力要請に応じて送り込んだ。組織がうまくいけばとりこんで操るため。邪魔になり、敵となるならば壊滅させるため。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

「わたくしは、悪人でなければいけないのに……」

「まだそんなことを言うんですか?」

 

 間近で聞こえた梅里の言葉に、我に返ったしのぶが顔を上げる。

 至近距離で目が合う二人。

 そんな事態にしのぶは「ボンッ」と音がしそうなほど一気に顔を赤くする。

 もともと華族の子女であり、男性慣れしていないのもあるが、その魔眼のせいで人に近づくのが怖くてこんな距離まで詰めたことなどなかったのだ。

 おまけにいつもはクセで薄目のようにしているのを、今は(まぶた)をハッキリと開いているせいで、いつも以上に梅里の顔がよく見えている。

 

「あ、うぅ……」

 

 思わず目を伏せて視線を逸らすしのぶ。

 そして気が付く。男性慣れしてないとか、顔がいつも以上にハッキリ見えたからとか、そういう理由だけで顔が赤くなり、胸の鼓動が激しくなっているのではないことに。

 

(わたくし、まさか、この方を……)

 

 うつむきながら考え、その結論に至る。そして顔が急に熱くなってきた。

 

「そんな、いけません……わたくしのような者がそのような……」

 

 小声でつぶやいたしのぶだったが、梅里はすぐ目の前にいる。つぶやきは聞こえていた。

 

「どうしてそんなに自分を卑下するんですか?」

 

 声をかけられ、しのぶは思わず見上げる。

 目と目が合い、ドクンと心臓が一度大きく高鳴った。

 

「武相、梅里……さま」

 

 彼は少し悲しげな顔でしのぶを見つめている。

 

「わたくしは、こんな忌まわしい眼を持った、許されない人間なんです……」

「なんで? 魔眼を持っているだけで罪になんてならないじゃないですか」

 

 正面から言われ、しのぶは再び恥ずかしげに顔を伏せる。

 

「……武相……梅里、様。あなたはわたくしのことが怖くはないのですか? 人を思うとおりに操れる、そんな魔眼なのですよ。あなたの意志と関係なく、誰かと争わされたり、誰かを……その、愛するように強要されたり……とか」

 

 後半は自信なさげに、両手の人差し指を付き合わせつつ、梅里の顔を盗み見る。

 

「怖くは、ないですよ。だって塙詰さん、さっきから言ってるように優しい人じゃないですか。そんな風に悪用するようには見えません。それに……」

 

 そう言って梅里は、人差し指で頬を掻きながら苦笑し──

 

「魔眼、効かなかったみたいですし」

「──ッ」

 

 その笑顔に再びドキッとするしのぶ。

 あわててサッと顔を伏せる──が、その仕草が梅里の心配を呼んだ。

 

「どうしたんですか? あ……」

 

 梅里は少し考え込むと、何かを思いついたようにしのぶの顔をのぞき込んだ。

 

「塙詰さんは、自分のことを悪人だと思っているんですよね?」

「は、はい……」

「それなら、今から帝都を救いましょう」

「──え?」

 

 突然のその提案、それも突拍子もない内容に戸惑うしのぶ。

 

「今の悲しみの声で溢れた帝都に平和を取り戻すことができたら……それは悪人じゃない、立派な善人の行いじゃないですか」

「善…人?」

「ええ。間違いありません。だから、一緒に戦いましょう!」

 

 梅里から差し出された手。

 それをしのぶは──恐る恐るといった様子で──それに応じ、梅里の手を掴んだ。

 梅里がしっかりと握る。その力強さは、決して嫌いではなかった。

 だが、ふと思う。

 ここで戦うということは──それは陰陽寮の意志に逆らうということだ。

 

(あ……)

 

 そう考えると急に不安が押し寄せた。

 今まで、しのぶは陰陽寮に逆らったことなどない。この眼を畏れる陰陽寮に逆らうことは、それはしのぶ自身の命に直結するからだ。

 それほどまでに危険視されている存在だという自覚はあったし、ゆえに逆らおうという考えたことさえもなかった。

 しかし、今回の行動は間違いなく意に反する。

 陰陽寮での居場所がなくなる。いや、それどころか──

 

「あ、あぁ……」

「おっと──」

 

 足から力が抜けて崩れ落ち掛けたしのぶを、梅里がひょいと受け止める。

 

「すみません……梅里様」

「いえ……でも、どうしたんです?」

 

 見れば少ししのぶの顔色も悪い。

 

「不安、なんです。わたくし、陰陽寮に逆らったからには……もう戻れません。そう考えたら急に不安になりまして、足に力が……」

 

 無理に苦笑を浮かべようとするしのぶ。

 だが、その腕が小刻みに動いている──震えているのだ。

 その肩に梅里の手が置かれる。

 

「あ……」

 

 触れられた手の温もりが、しのぶの冷えた心に熱を与えてくれる。

 それはしのぶにとって心の拠り所のように感じられた。

 しかしその熱が、梅里が触れる片方の肩からしか伝わってこないのは、非常に心細く、そしてもどかしい。

 

「あの……はしたない願いとはわかっておりますが……その、梅里様……」

 

 顔を赤くしてしのぶは梅里を見つめる。

 

「……わたくしを、抱きしめていただけませんか?」

「え?」

 

 梅里の顔が戸惑ったものになった。「何を突然……」と頭によぎったが、しのぶの不安そうな顔を見て考えを改める。

 陰陽寮で生きてきた彼女がその場所を失う、いや捨てようというのだ。その不安は計り知れない。

 そしてその一歩を踏み出させたのは、間違いなく梅里だ。

 

「お願いです、抱きしめてください……」

 

 潤んだ金色の瞳が梅里を見上げる。

 その真摯な願いに身体が思わず動いていた。肩を掴んでいた手を離し、腕で包み込む。

 

「あぁ……もっと強く、強く抱いてくださいまし……」 

 

 自分を抱く腕、そしてなによりも押しつけられた胸板から感じられる温もりが、しのぶの心を温めていく。

 その心地よさは、しのぶの新たな居場所を明示しているようであり、不安を祓ってなお余りあるほどの安堵を彼女に与えるのだった。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 温もりを目一杯感じとり、不安で冷え切ったその心を十分に暖めたしのぶは、ゆっくりと目を開く。

 タイミングを同じくして、梅里もその腕を解く。

 しのぶは身を少し離して彼を見た。

 

「ありがとうございます、梅里様。わたくし、自分のいるべき場所を見つけられたようでございます」

 

 今の自分は帝国華撃団夢組副隊長。それ以外の肩書きなんてどうでもよかった。

 ただ、本部付の隊長補佐という地位は、今になって密かにうれしく思える。

 

「梅里様、末永くよろしくお願いいたします」

「ええ、こちらこそ。塙詰さん」

 

 返す梅里の言葉を聞いて、しのぶは激しい不満を感じた。

 思わずジッと見つめてしまう。

 そんなしのぶの態度を不審に思う梅里。見れば、心なしか頬が膨らんでいるようにさえ見える。明らかな不満顔だ。

 

「え? あれ? 塙詰さん、どうかしました?」

 

 梅里がいうとますますしのぶは不満顔になる。

 

「梅里様。なぜ、私だけ塙詰さん、なのでしょうか? せりさん、かずらちゃん、紅葉さん、他の皆さんは名前を呼んでいらっしゃってるのに」

「え? いや、意識したこと無かったけど……」

「他の食堂の方々も名前で呼んでらっしゃいますよね?」

 

 釿哉、コーネル、和人の男衆は名前で呼ぶし、紅葉も自称「一の家来」と言ってくるのでなんとなく呼び捨てにしていた。

 

「言われてみれば、確かに。でもほら、でも特別班とか、他の人は名字で呼んでたと思うけど……」

「それは支部の方々じゃありませんか。それにホウライ先生のことはヨモギと呼んでらっしゃいますよ?」

 

 しのぶの追求に言葉に詰まる梅里。ヨモギも紅葉同様に、なんとなく呼び捨てにしている感はある。あの傍若無人な態度からこっちが気を使うのもおかしいと思ってしまっていた。

 また、他の人に関しては比較的早い段階から名前で呼んでいたが、せりだけは違っていた。彼女も元々はしのぶと同じように名字で呼んでいた間柄だ。

 しかし、自分が見失っていた鶯歌(おうか)の本当の気持ちに気づかせてくれたせりを「白繍さん」と呼ぶのは、あまりに他人行儀な気がして、今では名前で呼んでいる。

 それにせりも「梅里」と呼ぶ──ときもある。たまに。ごくまれに。ほとんどの場合、華撃団として活動する時は「隊長」、それ以外は「主任」だけど。

 そのくせ自分は「せり」と呼ばれずに「副主任」やら「調査班頭」と呼ぶと不満げな表情をするのだ。冗談めかして「お(かしら)」と呼んだときは「私は山賊の首領ですか? 魚のお造りですか!?」と本気で怒られたほどだ。

 

「──梅里様。今、わたくし以外の女性のことを考えていらっしゃいましたよね?」

「なッ!? だ、だってそんな話を振られたら考えるでしょ、普通……」

 

 梅里が言い訳すると、しのぶは不満そうではあったが引き下がる。

 しのぶにしてみれば、最初は同じように「白繍さん」と呼ばれていたせりがそう呼ばれなくなり、自分だけ名字で呼ばれるのは違和感があった。しかも、自分以外は全員名前で呼ばれているとなれば、「おかしいと思うのは当然」と大義名分を思いつく。

 

「なぜ、わたくしだけ「塙詰さん」なのでしょうか? 白繍さんは「せり」ですし、伊吹さんのことは「かずらちゃん」って呼んでらっしゃいますよね?」

「えっと……雰囲気、かな? ほら、かずらちゃんは年下だし、せりは同い年だから」

「わたくしのことも「しのぶ」でよろしいですよ」

 

 伏し目がちに、少し恥ずかしがりながらしのぶが言う。

 それに同じように梅里も気恥ずかしさを感じながら、答えた。

 

「あ、うん。はい。わかりました。しのぶさん」

「あら? 「しのぶ」と呼び捨てで構いませんのに……」

 

 そう言って、やっぱり恥ずかしげに微笑むしのぶ。

 

「でもほら、さすがに年上には敬意を払うというか。たしか、塙詰さんの歳は──」

「──梅里様。女性に年齢の話をする際には、くれぐれもご注意なさりませ?」

 

 しのぶの表情は笑みのままだったが、金色(こんじき)の魔眼が帯びる魔力量が一気に増した。

 その威圧感に梅里は寒気さえ感じる。

 

「す、すみませんでした……しのぶ……さん」

 

 すっかり怯えた梅里は思わずさん付けで呼んでしまう。

 そんな彼の様子に気を取り直した様子のしのぶ。少し眉根を寄せて不満げではあったがそれ以上は突っ込んでこなかった。

 

「わかりました。それで許して差し上げます。でもいずれは、「さん」を抜いて呼んでくださいまし……」

 

そう言って、しのぶは微笑むのであった。

 




【よもやま話】
 急にしのぶが梅里に好意的になってますが、それは梅里が「鏡」だからです。
 魔眼を使って魅了しようとしたら、その呪いがそのまま跳ね返ってしのぶの方が梅里に惚れてしまいました、という状況です。
 第3話でティーラが梅里の属性のせいで未来視しづらいと言っていたのはこの伏線でした。
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