サクラ大戦外伝~ゆめまぼろしのごとくなり~   作:ヤットキ 夕一

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 ──明けて1月1日。

 大帝国劇場では花組の面々と、米田やあやめが集まって新年の挨拶をしているころのこと……

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 武相 梅里が住んでいるのは帝都内にある宿舎である。

 それは帝国華撃団の隊員達が住むものであり、その中でも『夢組隊長』用として用意されたそれは、他の隊員たちよりも広いものだった。

 その入り口に向かって、二つの影が歩いていた。

 片方は、青系統に染められた振り袖を身につけて、手には包みを持ち、カランカランと足音を鳴らしつつ──

 もう片方は、赤系統に染められた振り袖を身につけて、手にはなにも持たずに、なれた様子で静々(しずしず)と進む──

 

 

「「あら?」」

 

 

 そんな二人がはち合わせたのは、ちょうど宿舎の前であった。

 

「これはせりさん、あけましておめでとうございます」

「あけましておめでとうございます、しのぶさん。ご丁寧にどうも」

 

 バッタリ出くわした二人は、お互いに頭を下げて挨拶する。

 それと同時に内心ではがっかりしていた。「どうせ新年の挨拶をするのなら、今年初めては“あの人”に」とお互いに同じことを考えていたからだ。

 そしてけん制し合うように、互いに相手をジッと見つめていた。

 どちらも目的地は同じ、というのは分かっている。

 

「昨日はお疲れさまでした。あの後はよく眠れましたか?」

「それが、ちょっと頭が痛くて……」

 

 頭に手をやりながらせりが言うと

 

「あら、風邪でしょうか? 御無理はなさらない方がいいですよ。新年から体調を崩して仕事始めにいらっしゃらないなんて残念ですから。どうぞ御自宅で御養生くださいな」

「そ、それはご親切にどうも。でも一晩休んだらおかげ様でよくなりましたので……」

 

 お互い笑顔で言い合う。

 ──ちなみに、昨晩のあのときの記憶は二人とも無い。

 宴会の途中までの記憶はあるが、それが途切れて気が付けば食堂で休んでおり、遅くなったのでかすみが運転する車で送ってもらった、というところまで同じだった。

 記憶にないのが不安と言えば不安なのだが、その場で介抱していたかすみやあやめには上手くごまかされてしまっている。

 

「それにしても、しのぶさん、どちらかにお出かけですか?」

「ええ、ちょっと……新年のご挨拶に」

「へぇ、でも何も持たずに挨拶に行くのは、さすがに無礼に当たるんじゃないかしら」

 

 軽くジャブを繰り出すせり。

 

「あら、わたくしと梅里様の関係は物で繋がっているような、そんなものではございませんので御心配なさらずに。それにしてもせりさん、それは食べ物でしょうか?」

 

 もちろんしのぶも言われっぱなしではなく、反撃の狼煙をあげる。

 

「そ、そうだけど……」

「料理人の梅里様に御料理を提供とは、せりさんはずいぶんと料理がお上手なんでしょうね。うらやましいです」

 

 そう言って扇──深閑扇~(ひかり)~──で口元を隠しながらクスクスと笑うしのぶ。

 そこまで言われてはせりとてカチーンと来た。

 

「ええ、ええ。梅里に御雑煮をつくってあげようと思って準備してきたんです。ま、どこかの白くて甘~い御雑煮では口に合わないかもしれないでしょうけど」

「な……御雑煮は白味噌に決まっているじゃありませんか。そもそも東北の、それも裏日本の食文化が、梅里様のお口にあうかの方を心配した方がいいんじゃありませんか?」

「う、裏日本……」

 

 しのぶの言葉でせりの額に青筋が浮かぶ。

 

「……しのぶさん、言って良いことと悪いことがありますよ。それに私の地元は海の幸も山の幸も最高のところですから!」

「あらあら、古来より日本の中心地だった京都こそ食文化の中心でございますよ。地元で最高をうたうのはよろしいですが、井の中の蛙でなければよろしいですね」

 

 再び扇子で口元を隠しつつクスクスと笑うしのぶ。

 

「う、梅里は関東出身ですからね。食文化は同じ東日本のこっちの方が近いと思いますが。しのぶさん、納豆とか食べられます?」

 

 納豆という言葉を聞いて、思わず顔をしかめるしのぶ。

 それを見てせりが鬼の首を取ったかのように喜ぶ。

 

「無理ですよね? 前に一目見て唖然として降参しているの知ってますよ。あ~あ、水戸では納豆は欠かせないくらいに食べるみたいですけど……食べられないんじゃあ、どうしようもないですね。あ、私は全然、まったく、普通に、納豆食べられますけどね。納豆汁とか美味しいんですよね~、もちろん作れますけど」

 

 相手の弱点を突き、マウントを取って勝ち誇るせり。

 それでも負けじと細い目で睨むしのぶ。

 そこへ──

 

「おやおや、正月も朝から修羅場ですか? お盛んですね」

 

 そう通りがかった女性に言われ、そのあまりにも失礼な言葉に二人が思わずそちらを見た。

 

「お二人とも、あけましておめでとうございます」

 

 挨拶をしたのはヨモギだった。なるほど彼女ならさもありなんと、さっきの毒のある言葉も、怒りよりも納得が先に来てしまう。

 

「あけましておめでとうございます、ホウライ先生」

「今年もよろしくね、ヨモギ」

 

 しのぶとせりもヨモギに新年の挨拶を返す。

 その姿を見て、せりが首を傾げた。

 

「あら? いつもの十徳は着てないのね?」

 

 十徳とは、ヨモギが普段はもちろん、夢組戦闘服の上からも羽織っている黒色の上着で、代々の大関蓬莱が受け継いでいるスタイルらしい。

 

「ええ。正月くらいは医者も休んでもバチは当たらないでしょう」

 

 とはいえ普段よりも妙におめかししているようにも見えた。誰かと会う約束でもあるのかしら、とせりは思う。

 ただ、彼女やその一家は町医者である。そういう付き合いであいさつ回りでもあるのだろうと思っていた。

 そんな風に三人が話し込んでいると──

 

 

「あ~れ~」

 

 

 などと場違いな……正月にはとても不似合いな声が聞こえる。

 三人とも、思わず声のした方を見る。

 すぐ隣の建物──梅里の住んでいる宿舎からだった。

 

「なに、今の?」

「なんでしょうか……女性の声のようでしたけど」

「私には見えませんが、あなた達には見えるという女性の霊の仕業ではないのですか?」

鶯歌(おうか)さんが? それはないかと思うけど……」

「あら、あの方は鶯歌さんとおっしゃるのですか」

「え? まさか……しのぶさんにも見えてるの!?」

 

 しのぶの言葉に驚くせり。

 

「はい、あの方のおかげで私も梅里様も命を落とさずに済みました」

 

 笑顔で答えるしのぶに、せりはガックリと肩を落とす。

 かずらに続いてしのぶまでも、鶯歌の姿が見えるなんて……とそれが見えることが梅里との無二の絆のように感じていたせりは、三人目の登場にやるせなさを感じていた。

 

「ふむ。ところで、今日はその「オウカさん」とやらが見えるもう一人はいないのですね」

「「──え?」」

 

 ヨモギの言葉が指すのは、言わずもがな伊吹 かずらのことである。

 そういえば、今まで結構長い間、宿舎の前にいるが彼女は姿を見せない。

 

「「あ!」」

 

 しのぶとせりは思わず顔を見合わせ──申し合わせたように玄関に向かって走り出した。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

「……どうして、こうなった」

 

 昨日もそんなことを考えてたな、と思いつつ、梅里は絶望していた。

 昨晩のことは、支配人室であやめの聴取に応じて洗いざらい話したところ、こめかみを押さえたあやめに「事情はわかったけど、それなら早めに人を呼ばないとダメよ」と注意されて終わった。

 さすがに疲労感から帰るなりすぐに寝たため、比較的早い時間に目が覚めた梅里だったが、そこに来客があった。

 

「あけましておめでとうございます、梅里さん。今年もよろしくお願いします」

 

 梅里がドアを開けると、そう言って頭を下げ、ニコッと笑ったのは、緑系統の振り袖を来たかずらだった。

 梅里も挨拶を返した後は、さすがに1月で外は寒いだろうと家にあげ、世間話等を始めたのだが、思えばそこで梅里がかずらの振り袖を誉めたのが失敗だった。

 

「梅里さん、私、あれをやりたいんです!」

 

 妙に興奮して言ってきたのは、彼女が時代劇で見たという悪代官に、腰元の女性が帯を引っ張られてクルクルと回る、というシーンを再現してみたい、というものだった。

 

「あれ、面白そうですよね」

 

 ズイッと身を乗り出し、なぜか興奮気味のかずら。振袖を着て帯を締めたからには一度やってみたかった、なんて言い出したのだ。

 さすがに、「それは……」と梅里も渋ったのだが、いつぞやの深川以来妙に押しが強いかずらの勢いに押され、また昨日は人を呼んできて助けてもらったということから、お願いくらいは聞いてあげようと、ついそれにのってしまったのだ。

 そして、梅里が帯を引っ張り、「あ~れ~」とかずらが楽しそうに回り、当然のごとくかずらの着物はとても外を出歩けるような状態ではなくなったのだが──

 

 

「え? 私、着物の着付けできませんよ?」

 

 

 ──そんな言葉が待っていた。

 満足しただろうから「着物を直しなよ」と言った梅里にそう答え、彼女は舌をチラッと見せて小悪魔チックに笑みを浮かべたのだ。

 そして梅里は、頭を抱えることになった。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

「どうしろっていうんだよ……」

 

 なぜかずらの口車に乗ったのか、数分前の自分を制止したい、と本気で思った。なぜこんな未来すら予知できなかったのか、と恨みさえする。

 かずらの服はもちろん着てきた振り袖しかない。

 そして梅里ももちろん着付けなどできない。

 

「詰んだ。本気で詰んだよ、この状況……」

 

 着付けができそうな人──例えば、副司令のあやめを呼んだとしたら、間違いなく怒られる。それも昨日の今日だ。ものすごーく怒られる。正月からそれは避けたい

 次の候補としては、やはり昨日手伝ってくれた梅里と出身県が同じかすみ。昨日、和服を着ていたしのぶの面倒を見ていたし、普段から着物のような服を着ている彼女なら気付けができそうだが──かずらをチラッと見る。彼女は乱れた振り袖で体を隠しながら「えへへ……」と無邪気に笑っている。

 うん、ダメだ。と梅里は判断した。正月早々、これはダメだろう。こんな状況で呼んだら彼女の立場から怒りはしないだろうけど、まず間違いなく軽蔑される。地元が近い人に軽蔑されるのは、さすがに心にくるものがある。

 着付けができそうな人──世話をやく姿がパッと浮かんだせりと、和服を着ているしのぶが浮かんだが、即座に消す。火に油を注ぐだけでトラブルになるのは間違いない。

 

「あと、他には……」

 

 問題なく頼れそう、という意味ではティーラも候補に挙がるが、残念ながら彼女が着付けをできるとは思えない。

 特別班の面々も思い浮かべる──他人の着付けができそうなのもいるが、やはり元日からこんな理由で呼び出すのは、あまりにヒドい。

 あとは──売店の高村 椿。なんとなく着付けはできそうだし、おまけに地元は浅草なので自身ができなくともそのツテはありそう……しかし、かずらと仲のいい彼女を呼ぶのは危険だ。

 榊原 由里。うん、着付けができなさそうな上にあっという間にひどい噂が帝劇中に広まるだろう。一番無い選択肢だ。

 連絡が取りやすい帝劇本部には正月でも花組の面々が残っているのは知っていたが──さすがにこの要件では呼べない。普段から着物を着ているから着付けができそうだとはいえ、もし呼んで助けを求めれば、この惨状にさくらにはジト目で呆れられ、すみれは要件のくだらなさに烈火のごとく怒るだろう。

 

「あ~、もうどうすれば……」

 

 梅里が途方に暮れたときだった。

 

 

「梅里! いる!?」「梅里様! いらっしゃいますか!?」

 

 

 同時に二人の声がして、「ドンドン」と若干、乱暴に玄関の戸が叩かれる。

 梅里が返事をするまもなく、その戸が開き──

 

「あ、いた!」

「梅里様、いったいなにが……」

 

 そう言って入ってきたせりとしのぶの姿が見えた。

 その彼女たちは梅里を見てすぐに視線をずらし、別のもう一人──帯が解かれて着物がはだけたかずら──を見ていた。

 

「梅里!! どういうことよ!!」「梅里様、ちゃんと説明してくださいまし!!」

 

 二人の怒号が響きわたる。

 とりあえずどうにかなったとホッとしながら、それでもこの二人をなだめなければ、と気が重くなる。

 その説明の最中に「嘘おっしゃい! かずらは普段、着物に袴姿でしょ! 着付けできないわけないじゃない」とせりに言われ、初めてかずらの嘘に気が付くというようなこともあり──

 二人への新年の挨拶は、事情を説明された彼女たちが納得した後となった。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 せりとしのぶの説教も終わり、かずらが着物を着ようとしたところ──

 

「あら? 着られないんでしょ? 大丈夫、私が着付けをやってあげるわよ」

 

 そう言ってせりがこめかみに青筋を張り付けた笑みを浮かべてかずらを捕まえた。

 

「あ、あの……せりさん? 大丈夫ですよ? 私、着物は一人で……あの、聞いてます? あの……」

 

 かずらの言葉に耳を貸さずに、その首根っこを掴んだせりは、そのまま彼女を引きずって隣の部屋に行き、引きこもってしまった。

 そうして、しばらくの間、梅里は宿舎から一時的に追い出されることとなった。

 さすがに隣の部屋から──

 

「痛ッ! ちょ、ちょっとせりさん、キツすぎです!」

「いいえ。アナタにはきついくらいがいいの!」

「そうですね。……この際ですから邪魔そうな“それ”も、つぶれてしまったほうがよろしいのではないでしょうか」

 

 そんな会話が聞こえてくれば、さすがに居づらい。

 梅里が宿舎から出てすぐのところで立って待つことに決めた。

 

 そこを通りがかったのは──

 

「おや、隊長殿。これはあけましておめでとうございます」

「お、和人。おめでとう。今年もよろしく」

 

 山野辺 和人である。

 彼は年始の挨拶をかわすと、「では、用事がありますので」と言い、そそくさと敷地の外へと出掛けていった。

 

「あれ? そういえば和人って昨日は、用事があるって早く帰ったような。それにしてはこんな時間に出掛けるなんて……」

「バカだなぁ、大将。アイツ、思いっきり気合い入れてめかし込んでたじゃないか」

「え? そうだった? 気が付かなか──」

 

 思わず問い返す梅里。そこにいたのは──

 

「って、釿さん!?」

「よ! あけましておめでとさん、大将」

 

 松林 釿哉が片手をあげて笑みを浮かべていた。

 そんな彼を梅里が見る目は一瞬にしてジト目になる。

 

「昨日は、やってくれたよね」

「はっはっは……大将もいい目見られたんだろ? で、あの二人とどこまでいった? ん? いや、三人か? ニクいね、この!」

「悪い目にしか遭ってないよ! あれはあんまりだろ、途中で逃げるとか……」

「いや~、まさかあそこまでヒドいとは思わなかったわ。二人の酒癖」

 

 そう言って豪快に笑ってごまかそうとする釿哉に梅里はぼそっとクギを刺した。

 

「……あやめさんが、正月明けに覚悟しておくように、だって」

「え? あれ? あやめ姐さんにバレたの? ヤバいな~……って、こうしてる場合じゃなかった。じゃあな、大将!」

 

 突然身を翻す釿哉に戸惑う梅里。

 

「え? 釿さん!?」

「ちょいとヤボ用でな……じゃ、またな!!」

 

 背を向けつつ大きく手を拭りながら去っていく釿哉。

 いったい何だったのだろう、と梅里が思っていると、今度は梅里の宿舎の戸が開いた。

 三人それぞれ赤、青、緑の振り袖を着たしのぶ、せり、かずらの三人が立っている。

 

「さ、それじゃいきましょうか」

「え? 行くってどこに?」

 

 せりの声に梅里が尋ねると、かずらが満面の笑みで答える。

 

「決まってますよ。初詣です」

 




【よもやま話】
 なんであんなところにヨモギがいたかと言えば、釿哉が出てくるのを待ちかまえていただけです。医療ポッド前での一件以来、良い仲になりかけているのですが、あの二人はどっちもあんなノリなので進展していないのです。
 ちなみに梅里が釿哉を「釿さん」、釿哉が梅里を「大将」と呼び始めたのは、黒之巣会との戦い以降に食堂で働くうちに、さらに親しくなって呼び始めました。
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