サクラ大戦外伝~ゆめまぼろしのごとくなり~   作:ヤットキ 夕一

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 作戦が開始されて二週間が経った。

 

 その間、負傷者は医療ポッド(特に女性隊員達からあまりに不評なため、支部のものは前面に布製のカバーをかけることになった)で早期復帰をし、骨折等の重傷者は入院という状況で、夢組はかろうじて体制を維持していた。

 梅里達指示されている三人が一対一をすれば負傷者も出ないが、それ以外の場合にはどうしても負傷者は出てしまう。それほどまでに降魔は強かった。

 花組隊員で修行に出なかった三人のうち、開発に全力を尽くしている紅蘭はともかくとして、他の二人に夢組が負担しているのがバレ無いように気を使いつつ、出撃を繰り返していた。

 そして、そんな中でも──大帝国劇場の食堂は営業を再開していた。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 降魔騒ぎで怯えた帝都市民達は外出を自粛してしまい、人通りが少なくなっていた。

 人通りが少なければお店も開けていても客が入ってこないのだから閉めた方がマシということになり、店が閉まっているから市民は出歩かない、と完全な負のスパイラルである。

 大帝国劇場も花組は修行に出ている者もいて、当然公演はやっていない。

 ただ売店と食堂だけは開いているのだが、いかんせん、食堂の客足は鈍く、お世辞にも繁盛しているとは言い難い状況だった。

 

「やっぱり、厳しいわね……」

 

 給仕をしのぶと紅葉に任せ、せりはロビーまで様子を見に来ていた。

 入ってくる客はほとんどいない。売店でやはり油を売っているような状況の椿と目が合うと、彼女は頭を下げてきた。

 せりは椿のところへと向かう。

 

「こんにちは、せりさん。そっちの状況、どうですか?」

「似たようなものよ。ほぼ開店休業状態」

 

 お手上げと言わんばかりに両手をあげるせり。

 その姿に椿は苦笑する。

 

「でも、夢組は大変なんじゃないですか? 失礼な言い方になっちゃいますけど、食堂をあけてる余裕なんてありますか?」

 

 椿の言葉にせりはため息をつきながら答えた。

 

「それは同感。まったく、椿ちゃんからもうちの主任に言って頂戴よ。私も無理にやることはないって盛んに言ってるんだけど、聞く耳持ってくれなくて」

 

 事実、再開して最初の数日は「なんだかんだで営業すれば人は来るだろう」くらいに思っていたせりだったが、世の中そんなに甘くないとその数日で思い知らされた。

 あまりの売り上げのなさにため息をつく毎日。

 経営を無視するような梅里の姿勢にはイライラが募り、シフトを組むにも『夢十夜作戦』に配意しなければならず、やはりいっそ営業を止めた方がスムーズじゃないかという考えに至った。

 それを梅里に進言したのだが、帰ってきたのは「現状維持」。そのくせ作戦の要の一人になっている梅里本人は出撃する機会が多いのだから始末が悪い。

 

「あいつ自身こそ、よっぽど無理してるのに……」

 

 梅里は降魔との戦闘経験が他よりも多いので積極的に出撃している。湯島神社のような一方的な展開では無くなっているし、大きな怪我こそしてないが、負傷や疲労は見ていて明らかだ。

 それに加えて食堂でも厨房を仕切っているのは彼であり、その二足の草鞋(わらじ)が負担にならないわけがない。

 

「あ、やっぱり心配ですか?」

 

 せりの表情を覗いた椿が冷やかすように笑みを浮かべる。

 それに気づいてせりは狼狽えた。

 

「と、当然でしょ? 食堂の主任なんだし、夢組の隊長なんだもの。倒れたりしたら困るわ」

「でも、そうなったら一日中看病できるチャンスですよ」

 

 完全な冷やかしモードの椿に言われ、困惑しながらも思わずそれを想像してしまうせり。

 横になっている梅里の世話を自分がして、弱った梅里にお粥を食べさせたりして──

 

「──あれ? すみれさんじゃないですか」

 

 ふと発した椿の声で、せりは我に返った。

 見れば、コソコソとした様子でロビーを抜けようとしたであろう花組の居残り組、神崎 すみれが椿に声をかけられ、焦ったような感じで立ち止まっている後ろ姿があった。

 意外なことに、椿とすみれは仲が良いらしい。その椿に声をかけられたすみれは咳払いを一つすると振り返り、すました様子で椿とせりがいる売店へとやってきた。

 

「あら、これは椿さんとせりさんではありませんか。お二方とも、どうなさいましたの?」

 

 そして余裕の態度で二人に話しかけてくる。

 

「せりさんと話していたんですけど、お客様の数が少なくて……開けている意味ないんじゃないかと思って……」

「そうなのよ。食堂は日持ちしない食材もあるし、それに……仕入れ価格も上がってるし。やっぱり閉めた方がいいのに、う──うちの主任ときたら……」

 

 せりはうっかり名前を言い掛けたのを誤魔化しつつ怒りを募らせる。経済が止まりかけているのは、すでに食材の調達にも影響が出ているのだ。

 

「あら、食堂主任──たしか武相さん、といったかしら。別の組とはいえさすがは隊長、慧眼をお持ちのようですわね」

「「──え?」」

 

 せりが梅里を批判する中、すみれが全く逆に誉めたので、せりと椿は驚いて彼女の顔を見た。

 

「慧眼だなんて買いかぶりすぎよ。赤字を垂れ流してるのよ?」

「確かに、そういう意味では食堂を任された身としては、問題のある行動でしょうね」

 

 自分の言ったことに賛同したすみれに、せりは大きくうなずき、椿もまた納得したと言わんばかりにうなずく。

 

「でも、店を閉めたままにするというのは大きな視点で見た場合には少々短絡的とも言えるのですわ。例えば、降魔が帝都のそこかしこでいつ現れるかわからないような事態であれば、出歩かないのは無理もないことですけど、実際には違っておりますわ」

 

 すみれが知ってか知らずか、指摘したとおり降魔が現れるのは数日に一回程度であり、それを夢組が対応している状況である。

 

「疫病のような目に見えない脅威と違って降魔は目に見えます。その遭遇する恐れの低い見える脅威に対して、ここまで人々が出歩かないというのはいささか過剰な反応……武相主任は、そんな中で出歩く人を迎えることで、応援しようとしていらっしゃるのでしょうね」

「あ……」

 

 数少ない出歩く人が店を訪れようとしても、その店がやっていなければますます人が出歩かなくなる。しかし逆に店がやっていたとすれば──その噂が流れれば出歩こうとする人が増えていくことになる。せりも椿も商売の心得があるだけにそれが理解できた。

 

「出歩く人が増えれば、経済も回り始めることでしょう。それを少しでも手助けしようという心意気。それが帝都を守る華撃団としての姿勢。そう考えれば評価するべきだとはわたくしは思いますわよ」

 

 さすがは財閥令嬢といったすみれの視点である。

 個人商店や規模の小さいところならば客がこないことは死活問題なのだから、営業しないというのは正解だ。

 だが、ある程度体力のあるところならば「損して得取れ」という方針が取れる。梅里がしているのはまさにそれだった。

 ──事実、数日後の新聞には「休マズニ営業スル名店」と新聞に掲載され、評価と売り上げを伸ばすことになるのだが、今のせりや椿には知る由もない。

 

「はぁ……武相主任、そこまで考えていらしたんですね」

「大きな視点で考えられるのは、さすがはすみれさんとは思うけど、アイツは本当にそこまで考えてるのかしら……」

 

 純粋に感心する椿と違い、せりは苦笑を浮かべる。

 身内で目が厳しいというのが半分、もう半分は自分が察することができなかったことをすみれが言い当てた悔し紛れといったところだ。

 

「まぁ、こればかりは御本人にお聞きするしかありませんけど……」

「あ、武相主任ならさっき出掛けていきましたよ」

 

 すみれの言葉に椿が言うや──

 

「──え?」

 

 それを聞いて唖然とするせり。

 てっきり厨房で仕事をしているのだと思いこんでいたのだ。

 そんな様子に逆に驚く椿。

 

「知らなかったんですか、せりさん?」

「知らないわよ。私に断りなんてなかったもの」

「そうだったんですか。着替えていたので、てっきり承知済みだと思ってました。それに……」

「それに?」

 

 なにかイヤな予感がして、せりは椿に続きを促す。

 

「それがその……かずらが一緒にいて、二人で腕を組んで出掛けていったので……」

 

 苦笑混じりに言った椿の説明を聞いたせりの機嫌が、傍にいたすみれさえも顔がひきつるほどに悪くなったのは、無理もない。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 一方、ガラガラの食堂に自分の仕事はないと判断して外出した梅里が向かっていたのは、帝都内の病院だった。

 帝劇内で偶然出会ったかずらが「お出かけなら私も行きます」と勝手についてきており、すっかり上機嫌の彼女は帝劇を出る前から梅里の腕にしっかりと自分の腕を絡めていた。

 人通りがあまりなく、どこか暗い雰囲気さえ漂う帝都市内では、そんな二人を気にするような人もなく、どこか淡々とした道行きになったのは、かずらとしても少し不満なところではあった。

 そんな二人が病院に行った目的は──

 

「た、隊長!? すみません、わざわざ……」

「私なんかのために……御足労をおかけして申し訳ありません」

「スミマセン。横になったままで……」

 

 いずれも怪我で入院している夢組隊員達の見舞いだった。

 さすがにかずらも病院内では腕を解き、梅里の背後に控えるように立っている。年齢こそ上だが、立場的には調査班副頭である彼女の部下にあたる隊員もいたのだ。

 だが、怪我をした彼女はかずらを責めるような目で見るどころか、まるで「がんばってね」と言わんばかりに笑みを浮かべて、梅里とかずらを見送ってくれた。

 梅里の外出に同行してちょっとしたデート気分だったかずらは、そんな光景に気まずくさえ感じているのだった。

 

「……皆さん、大変そうでしたね」

「そうだね」

 

 言葉少なに答える梅里は、かずらからするとどこか上の空のように思えた。

 そして梅里自身はといえば、彼女たちの負傷は、自分のせいだと考えていた。

 それしかなかったとはいえ、作戦を発案し、宗次と煮詰めた上で司令の許可を得て発動させたのは梅里自身だ。

 その無茶に、夢組全体が巻き込まれているとも言える。

 

「……誰も傷つかないような方法があればなぁ」

 

 自然と、口をついて考えたことが思わず口から出てしまう。

 降魔との戦闘経験がもっともある自分が、単独で降魔と戦い、すべて倒せればいいのだろうが、あまりに無茶で無謀過ぎて作戦ですらない。それに、そんな状況はせりとの約束に反する。

 

「梅里さん?」

 

 かずらがそんな弱音を吐いた梅里を心配するように下からのぞき込んでくる。その視線に気づいた梅里は無理に笑顔を浮かべた。

 

「そんなのが理想を越えた夢物語だっていうことはもちろん分かってるよ。でも、誰も傷ついて欲しくないよ。やっぱりね」

 

 この二週間で大なり小なり、皆傷ついている。多少の傷は薬で対処しているが、重傷者は入院や医療ポッドで対応している。今日見舞ったように骨折等で戦線離脱を余儀なくされた隊員たちも出始めている。

 この前、ヨモギから言われた言葉が頭をよぎる

 

「隊員たちは気持ちも前向きですが、強がりと言っていいでしょう。実際のところを医者としての立場から言えば身体的にはもはや限界寸前です」

 

 そう言ってヨモギは顔を伏せていた。

 降魔との戦闘は体力も霊力も激しく消耗する。矢面に立つことからも今までの花組の支援とは段違いになっている。

 

「そう、ですよね……」

 

 先ほど会った隊員たちの顔を思い浮かべたかずらが表情を曇らせる。

 そんな彼女の様子で梅里は、弱気になっていた自分に気がつき、そして恥じる。自分が始めたことなのだから、最後まで責任を持たなければならない。

 

「でも、花組の紅蘭もうちの錬金術班もがんばっている。そろそろいい知らせがくると思うよ」

「え?」

 

 梅里の言葉にかずらは思わず振り返る。

 

「新型霊子甲冑。それができるまでの辛抱だからね。それまでがんばろう」

「はい!」

 

 梅里が笑顔で言うと、かずらはそれに応えるように笑顔でうなずいた。

 

 

 ──その直後、梅里の下に緊急の連絡が入る。

 今までで最多の数での降魔の出現情報がもたらされたのだ。

 

 




【よもやま話】
 今回の花組ゲストはすみれさん。実は花組では年齢的に下から数えるとアイリスの上でありながら、しっかりしてるよなと思ってました。
 外出自粛を非難しているように見える文章かもしれませんが、これはあくまでサクラ大戦での状況下に於いて、ということで書いてますのでご注意を。現実の新型コロナ対策では外出自粛は賛成&推進派ですので。
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