サクラ大戦外伝~ゆめまぼろしのごとくなり~ 作:ヤットキ 夕一
出現報告は帝都の海側の外れに位置する羽田であった。
幸いなことに住民もあまりいないそこでは、周囲の被害を気にすることなく戦えたのは利点である。
だがその数は多く、梅里、宗次、紅葉の三人が全員出撃し、それぞれ降魔を一対一をしてもそれでもまだ複数の降魔が残っている。
それぞれの降魔を封印・結界班の障壁で隔離してそれぞれ孤立させ、連携が取れないような状態にしているのだが──戦況は厳しい。
副隊長のしのぶと、除霊班副頭のコーネルと道師の三人が指揮をとり、どうにか全滅させたときには、もはや夢組は満身創痍といった有り様だった。
そして──悪い状況と言うものは重なるのだ。
その気配を感じた梅里がスッと立ち上がる。
同じように紅葉が立ち、梅里の前に立つ。
「どうしたんだ、梅里……」
二人のただならない雰囲気に、寄った宗次が声をかけるが、それに答えは返ってこない。
ただ、彼が浮かべる表情が、危険さを如実に表していた。
「──ッ! 総員、武器を構えろッ!!」
宗次が怒鳴り、全員が慌てて跳ねるように立ち上がる。
相変わらず、敵の姿は見えないが、それでも夢組の隊員たちはその嫌な気配を感じ取って周囲を探っていた。
そして──
「さすがは霊能部隊、といったところでしょうか……」
「これでも気配は消したんですがね……」
「いやいや、これくらい気づいて当然だろう……」
その“声”とともに、気配を隠すつもりが無くなったのか、圧倒的な重圧が、隊員たちをおそった。
「ぐッ!」「ううッ!」「なッ!?」「くはッ!!」
それを受けた隊員たちが苦痛に歯を食いしばる。
気がつけば、集まっていた夢組を囲むように、十の人影が等間隔に円状に並んで包囲していた。
人影といっても、その体躯は非常に小柄で子供程度しかない。
いずれも陣笠のような笠と、額に貼られた大きな札で顔は完全に隠れており、その表情を見ることはできなかった。
さらには体を隠すかのように、すっぽりと体を覆うような外套を身にまとっていた。
十人それぞれの違いを示すのは、顔を隠す札と体を隠している外套だった。
青い札が三人、無地の赤い札が四人、文字が書かれた赤い札が三人。外套についてはそれぞれ別々の絵が描かれているが、花組が明治神宮で遭遇したという情報のある上級降魔「猪」「鹿」「蝶」が身につけていたものと同じような花札の柄が描かれたもの。
「……上級、降魔?」
「その通り、ですよ」
梅里が発した言葉を、青い札で顔を隠し、菊が描かれた外套を身にまとった者が肯定した。
「湯島神社にいたのも、お前達だな?」
「ほう、小生らのことによくぞ気がついたものですね……いえ、油断があったとはいえ下級の降魔を容易く退けた貴方なら頷けるというものでしょうか」
梅里は、目の前の上級降魔たちが放つ気配が、初詣で訪れた湯島神社で降魔と遭遇直前に感じた気配と同じと気づいた。
「随分と仲間を倒してくれたようですが……それもここまででござんす。あっしらが相手をする以上は」
無地の赤い札に柳が描かれた外套の降魔が凄む。
それに「なにを!」と紅葉が身構え、それを梅里は肩をつかんで制止した。
今、動けば、いかに紅葉だろうと集中攻撃を受けることは必至であり、それが生死に関わると判断しての反応だった。
他の者も身動きがとれず、武器を構えることしかできない。
「死にゆく貴様らに教えてやろう。貴様らを殺す我ら──上級降魔『十丹』の名を!!」
梅里の正面に立つ個体──文字の書かれた赤い札に、「松」が描かれた外套が描かれた者──が名乗るや、他の個体が包囲を解いて、その周辺へと集まる。
それが『十丹』のリーダーらしく、指示を出した。
「赤丹!! お前達だけで十分だろう。任せる」
「「「「はッ!!」」」」
無地の赤札が貼られた四人が前に出る。同時に他の六人は姿を消した。
数が減ったが油断はできない。例え小柄な体躯であろうと、油断できる相手ではないことをその威圧感が示している。
身動きがとれない夢組の面々を見て、赤丹四人の、札の下に見える口がニヤリと歪んだ。
「見せてやりましょう。あっしらの力を……」
四人は円陣を組み、互いの手をがっちりと握りあい──
「「「「融合!!」」」」
妖力が爆発した。
「くッ!!」
それが起こした風圧を腕をかざして防ぐ。その腕を退けた後には、成人と同じくらいにまでの背丈となり、顔には4枚の赤い札を貼った上級降魔が姿を現していた。
「……合体した、だと?」
宗次が愕然としながらつぶやいた。
一方、その横では特別班の
「これは……かなりの力ですぞ」
融合した降魔『赤丹』が放つ妖力に、和人が思わず顔をしかめた。
「だからって、逃げる訳にはいかないでしょ!」
せりが矢筒から矢を取り出して、逆の手にある
そして矢をつがえ、放つ。
「ふん!!」
『赤丹』が吠えると、周囲に風が巻き起こり、せりの放った矢をそらす。
「なッ!? まさか風を……」
「その通り。あっしらが妖力にて操るは風。その力、今こそ見せてやりましょう! 来なせえ! 魔操機兵・
突如、『赤丹』の前の地面を中心につむじ風が巻き起こり、それが瞬く間に巨大なものとなって──それが収まると、一体の魔操機兵が鎮座していた。
二腕二足だが、その突き出された日本の腕は、どちらも途中で地面に向かってL字に折れ曲がりその先端は手ではなく、丸みを帯びた金属に包まれている。
現れた魔操機兵の上に『赤丹』は降り立ち──
「では……全て吹き飛ばせていただきます!!」
叫ぶと同時にその姿がかき消えるようにいなくなり、魔操機兵の頭部に不気味な赤い光が灯った。
背中の蒸気機関が蒸気を吹き出し、その出力をあげていく。
「ハアアアァァァァァァァッ!!」
真っ先に動いたのは紅葉だった。
爆発的に上げた霊力の影響で髪の毛が真っ赤に染まる。振り回した鎖をそのまま敵へと放つ──が
「そんな物などッ!!」
風巻童子の腕の先端が開き、放たれた圧縮された空気が鎖の先端の分銅を弾き、そのまま紅葉へと殺到する。
「ぐッ!!」
「紅葉!!」
派手に後方へ吹っ飛ばされる紅葉。反撃とばかりにせりが矢を射かけるが、風巻童子を中心に巻く風が、その矢を阻みあらぬ方向へと飛ばしてしまう。
「ああ、もう! あんなのズルいじゃないのよ!!」
「それなら、これを! ──大地に眠りし浄化の力よ、咲き誇れ! 花地吹雪ッ!!」
しのぶの霊力によって赤紫色の花となって具現化した大地の浄化の力が、その花びらが渦巻く風によって舞い上がる──が、風巻童子を中心に舞うだけで、風の層に阻まれて機体に花びらが触れないまま、吹き散らされてしまう。
「そんな……」
技を破られ、ショックを受けるしのぶ。直後に飛んできた圧縮された空気塊を、どうにか巨大に具現化した扇の写し身を盾に防ぐ。
『オンッ!!』
封印・結界班の数名が集って念をこらすが──
「そんなものが効きますかい!!」
「馬鹿な! 縛界が……」
中心になってしかけた和人が驚きの声をあげる。彼らの捕縛結界は風巻童子の動きを止めるどころかあっさり破られてしまった。
その他、様々な攻撃が飛ぶが、風に守られた風巻童子は飛び道具のほとんどを無効化し、弾丸のような風の影響を受けないものも、その装甲を貫くことができない。
梅里や宗次といった近接戦闘が得意とする者が仕掛けるが、風をまとっているせいでその見た目に反して身軽に動く上、突風で仕掛ける者の体勢を崩すなどして巧みに戦う。
「それなら、皆さんを……」
かずらがバイオリンを構えて演奏を始める。霊力を乗せた調べが辺りに響きわたり、味方の霊力を引き上げる。
「邪魔ですねえ、小娘ッ!!」
風巻大輪から三度、圧縮空気が打ち出され、演奏中の無防備なかずらへと飛ぶ。
「──え? あッ!」
気がついたときには、それはかずらの目前に迫っており、思わず演奏を止めてきつく目を閉じる。
「グハッ!!」
間一髪、間に入ったのは梅里だった。彼女を庇うような姿勢のまま、諸共に吹き飛ばされる。まとっていた満月陣は吹き散らされ、そのままかずらを抱いたまま地面を転がった。
「う、梅里さん!!」
「……無事?」
抱き抱えられたような形のままで尋ねられ、その意外と近い顔に驚きながらかずらはうなずく。幸いなことに梅里がダメージを引き受けてくれてかずらは無事だった。演奏こそ止めてしまったが、バイオリンと弓もその手にある。
「はい、大丈夫です」
かずらの返事にホッとする梅里。だが、状況はかなり厳しい。
(コイツ、本気で強いぞ……)
こちらの攻撃は、飛び道具はほとんど届かない上、接近しても風が邪魔してくる。
敵を寄せ付けない風巻童子は、足を止め──
「ハッ!! ……コイツに、耐えられますかい?」
風巻童子が放つ妖力が上がり、それに伴うように蒸気機関もその回転を上げていく。そして、腕部の先端が完全に解放された。
その先端についた装置から、猛烈な突風が吹き荒れ、風巻童子自身を中心にして、広範囲に猛烈な風が巻き始めていた。
「総員、伏せろ!!」
宗次の指示に前後して、全員が吹き飛ばされまいと地面に身を伏せる。
徐々に強くなる風は夢組全員を風の渦に巻き込もうとする。
「くッ!! かずらちゃん!!」
「は、はい……って、ええぇぇーッ!?」
梅里はかずらを抱き抱えていたまま身を伏せ、姿勢を低くする。
「わひゃあッ!! あ、あの……梅里さん、この体勢はちょっと……」
悲鳴を上げるのも無理はない。抱えたまま梅里が伏せたのだからかずらは自然と仰向け地面に寝転がることになり、梅里はその上に覆い被さっている。
「ちょ、動かないでください、梅里さん!!」
「でも、このままだと飛ばされ──」
どうにか飛ばされまいとさらに身を低くしようと試みる梅里と、さすがに密着して焦るかずら。
そんな二人を面白く思わないものがいた。
「くぉらぁー!! 梅里ぉぉぉ!! アンタ、なにしてんのよ!!」
「梅里様、破廉恥です!!」
二人の厳しい声が上がるが、ますます強くなる風はその声すらも吹き飛ばす。
巻き上げた砂埃は、周囲の視界さえも遮っていた。
強くなる一方の風は、油断すれば一瞬で体を持って行きかねないレベルにまでなっている。
これ以上強くなれば、この竜巻のような風に飛ばされる者も出かねない。なにより、他の者よりも姿勢が高くなっている梅里自身が危ないのだ。
「……このままじゃ、まずいな」
「はい……とてもマズいです。せりさんとしのぶさんに殺されます……」
「──え?」
梅里はかずらの言葉で思わず彼女を見て、思いの外という以上に接近している現状にようやく気づき、随分とマズい姿勢になっていることに気がついた。
「あ、これは……違うんだ。わざとじゃなくて……って、さらに風が──」
強くなった風に梅里は顔を伏せる。
「ちょ、ちょっと梅里さん、そこに、胸に顔は……そんな……」
かずらが焦って声を上げる中──
(──隊長、お楽しみのところ失礼します)
梅里に念話が届く。
(ヨモギみたいなことを言うな! とにかく、そっちから連絡をくれるとは助かったよ。近江谷姉妹をここに寄越して。共鳴させて、結界を展開させた上で、ね)
(わかりましたが……何をするつもりですか?)
敵には飛び道具が通じず、かといって近接戦闘も分が悪い。
(奴らの弱点……とはいかなくとも、通じる攻撃の見当がついた)
(わかりました。とにかく近江谷姉妹をそちらに向かわせます)
念話が途切れ、それからまもなくして間近で霊力が急速に高まり、結界を維持しつつこの猛烈な風の中に立つ近江谷姉妹が瞬間移動で姿を現していた。
【双子】であるため、共鳴させて高めた霊力のコントロールを、瞬間移動を絲穂が担当し、結界の維持を絲乃が担当できるため、このようなことが可能だった。
その結界内に入った梅里は暴風の圧力から解放され、うつ伏せから寝返りをうつように仰向けになり、大きく息を吐いた。、
「隊長! 近江谷絲穂並びに絲乃、お呼びとあって即参上いたしました!!」
元気よく敬礼する絲穂。妹の絲乃の方は結界維持のため、精神集中しており、その余裕はなく、ジッと瞑想している。
そんな二人を、かずらは人知れず恨みがましい目を向けていた。
「……もう少し時間かけてよかったのに……まったく邪魔ばかりして、この二人は」
不満げに口を尖らせて、こっそり不満を言う。
そんなことは露知らず、梅里は二人に礼を言った。
「ご苦労様。ありがとう、助かったよ」
「いえ。それで私たちは何をすれば……」
「そのまま、結界の維持で十分。あとは──」
梅里は体を起こすと、かずらの肩をつかんで彼女も立たせる。
「彼女が、切り札だ!」
「え? あの……私、ですか?」
戸惑うかずらに大きくうなずく梅里。彼に促され、かずらはバイオリンを構えると霊力を上げ始める。
「恐れながら隊長、この風では音は届かないのでは?」
「『音』、つまりは空気の振動はそうかもね。でも、かずらちゃんの演奏が奏でるのは『音』だけじゃない。霊力もだ」
「梅里さん……」
かずらが梅里を見上げ、梅里もそれに目を合わせて優しく微笑む。二人の霊力が、まるで目の前の近江谷姉妹のように
「音のように広範囲に放射状に放たれる霊力、アイツにそれを防ぐ術はない、だからこそ、かずらちゃんが音楽を奏でたとき、その危険に気づいて真っ先に攻撃してきた」
梅里は自然とかずらを背後から抱きしめていた。かずらの演奏の邪魔にならないように優しく、しかし強く。
顔をその三つ編みに埋めるようにして精神を集中させる。すると銀色の光球が二人を包み込むように現れた。
「──満月陣・響月」
それを中心に響きわたるバイオリンの音は吹き荒れる風に関係なく、周囲に伏せている夢組たちに聞こえていた。
いや、バイオリンの音だけではない。それを補うその他の楽器の音色さえも、ハッキリと聞こえる。二人の霊力が『曲』として具現化して完成させていたのだ。
「なんです? 何の音ですかい!?」
それは風巻童子の中にいる上位降魔、赤丹にも聞こえていた。
「音じゃない! 一つ一つが音であろうと、それが流れとなり重なりあえばそれは『旋律』となる!」
かずらの奏でる旋律は、夢組や赤丹が聞こえたように霊力の振動となって周囲に響いていた。
その霊力の振動が攻撃となって牙をむく。その獲物は──
「なッ! 腕がッ!?」
風巻童子が持つ異形の腕の先にあった猛烈な風を発生させている装置、それが梅里とかずらのねらいだった。
霊力の振動を受け、共鳴するように細かく振動し始めたその装置は、徐々にその動きを激しくし──ついに耐えきれなくなって瓦解する。
「ぬかった! クソォォォッ!!」
それが破壊されたことで、風は急速に落ち着いていく。巻き上げた砂埃も吹き散らされ、一気に視界が晴れる。
そこには多数の夢組隊員たちが地面に伏してる中で、腕部に深刻なダメージを受けてスパークを光らせている風巻童子と、銀光に包まれた梅里とかずらが対峙していた。
そこへ、いち早く体勢を整えたせりが手にした神弓・光帯に矢筒から取り出した破魔矢をつがえた。
「この風巻大輪に弓矢など通じねえですぜ!!」
降魔・赤丹の妖力を増幅して苛烈な風を発生させる装置こそ失われたが、それでも風巻童子は矢を避けるくらいの風をまとっている。
それに絶対の自信を持つ赤丹が快哉の声を上げる。
だが──せりが目を閉じて精神を集中させると、彼女の霊力を受けた矢が一筋の
「神なる
すでに霊視で狙いを付けていた彼女は、目を見開くと同時にその矢を放つ。
轟音と共に一瞬で飛来した稲妻が、風巻童子を貫く。
「バカなッ!?」
「馬鹿はあなたでしょう? そんなミス、繰り返すと思ったの?」
勝ち気な笑みを浮かべたせりが梅里とかずらを振り返る。
「トドメは譲るわ。きっちり刺しなさいよ!!」
その声に呼応するように梅里とかずらが動く。
「我、奏でるは清めの調べ──私の想い……穏やかに、でも高らかに……響きわたって……」
旋律を奏でつつかずらが美しい声で謳うように言い──それに梅里の声が合わさる。
「「
梅里の姿がゆらりと残像を残して消える。
流れるように、そして一気に距離を詰めた梅里は、ダメージで足を止めている風巻童子に刀を上段から斬りつけて「キン!」と甲高い音を響かせながら通り抜け──戻りざまに再び同じ音を立てて今度は横薙で一閃しつつ、かずらの元へと戻ってくる。
そしてバイオリンを奏でるかずらと背を合わせるように直立した梅里が、刀をクルッと一回転させて腰の鞘に納める。
それと同時に、風巻童子の正面に十字の筋が入り、切り裂かれて──
「馬鹿な!! 人ごときに、こんな力が……馬鹿なアァァッ!!」
赤丹の叫びと共に機関が爆発する。
かずらが楽器を下げて、梅里も納めたときのまま柄に置いていた手を戻す。二人はお互いに、ほぼ同時に大きく息を吐くと、顔を見合わせて笑顔を浮かべた。
上級降魔・赤丹はこうして討滅された。
どうにか羽田の危機を乗り越えた夢組ではあったが──この戦いでのダメージは大きかった。
【よもやま話】
オリジナル上級降魔「十丹」がきちんと登場。湯島神社では声だけでしたので。正直出すのを迷ったのですが、他にエピソード思いつかなかったので出しました
「赤丹」の4人融合のシーンは、少年サンデーに連載されていた「YAIBA」での、エメラルド、ダイヤモンド、ルビー、サファイアの4人がジュエルになるときのオマージュです。
ちなみに風巻童子は、設計者の叉丹の考えでは本来は「猪」の火輪不動と組ませて竜巻で敵を足止めし、その上で火炎を撃ち込んで炎の竜巻を起こすはずだったのですが、その前に先走って出陣&撃破されました。
敏捷性が売りで装甲は薄く、単独出撃なのに足を止めるとか自殺行為だったのに……。