サクラ大戦外伝~ゆめまぼろしのごとくなり~ 作:ヤットキ 夕一
無事に難局を乗り越えた夢組だったが、そのダメージはあまりに大きかった。
死者こそ出さなかったものの、重傷者多数。入院患者は倍増。しかも緊急搬送されてそのまま医療ポッドに入れられた者までいる始末。
まさに隊全体が満身創痍というありさまであった。
しかし、そんな夢組に吉報がもたらされる。ついに新型霊子甲冑『神武』が完成し、花組に配備されたのだ。
時を同じくして、修行から帰ってくる花組隊員たち。
それを待っていたかのように、暁の三騎士・上級降魔「猪」が多数の降魔を引き連れて銀座に現れたのだ。出撃した花組は、光武の時、また夢組が赤丹と戦った時とは違って圧倒的な力を見せつけて降魔を次々と撃破して「猪」さえも倒し、それを帝都市民に見せつけたのである。
それで安心した帝都市民たちが出歩くようになり、経済もまた急速に元に戻ることになるのだが──それはもう少しばかり時がかかることであった。
「──とはいえ、あそこまで強いんなら、もう数日早く完成して欲しかったよね」
少し恨みがましい様子で愚痴る梅里は、花やしき支部の医務室にいた。
赤丹との戦闘でかずらを庇った際の負傷は思った以上に大きく、戦闘終了後に急に痛み出したのだ。
それで医者のホウライ先生こと大関ヨモギに見せたところ──
「折れてますね。肋骨」
骨折という診断の割にはサラッと軽い調子であっさり診断を下し──
「隊長の場合、時間かけるわけにもいきませんし医療ポッド使いましょう」
そんな治療方針を言われた。
だが、その医療ポッドも戦闘で危険なまでに負傷した隊員の治療を最優先にしたため支部のものまで塞がっており、戦いから数日たった今になってようやく使用可能になったのだ。
その治療が終わり、梅里はあらためてヨモギの診断を受けている。
「──ま、それは運が悪かったとしか言いようがありませんね」
梅里の胸部を触診しつつ、愚痴に応じるヨモギ。
「しかし、あのときに完成して花組が戦線復帰していなければ上級降魔『猪』の魔操機兵・火輪不動となんて、戦えなかったのでは明白です。そう考えれば逆に運が良かった方でしょう」
「まぁ、それは確かにそうだね」
ヨモギの指摘はまさにその通りだった。満身創痍の夢組がアレに対抗することはできなかっただろうし、もし戦っていれば死者が出たであろうことは容易に想像できる。
「──きちんと治ってるようですね。これで大丈夫です」
「助かったよ。医療ポッドさまさまだね」
梅里が言うと、ヨモギはその半眼の目に不快そうな色を宿した。
「その下準備を私がしたからこそ、医療ポッドで速く、正確に骨がくっついたのですよ。その功績を無視しないで欲しいものです」
実際、医療ポッドに入るまでの間、梅里は胸をさらしでグルグル巻きにされていた。
「……助かったよ。さすが、ホウライ先生だ」
「当然です。私は、“失敗しません”から」
言い直した梅里にフフンと自慢げに言うヨモギ。だが、すぐに眉をひそめた。
「とはいえ想定よりも少し治療に時間がかかりましたが、安静という指示が守れなかったのですか?」
ヨモギが半眼のまま睨んできたので、梅里は思わず視線を逸らす。
「いや、せりとしのぶさんが、この前の戦闘中での件について問いつめてきて、ね……」
せりが胸ぐらをつかんだり、しのぶが悲嘆して胸に顔を埋めようとしたりしたので、正直かなり痛かった。
それを聞いたヨモギは露骨にため息をつく。
「……自業自得ですね。心配して損をしました。そんなことで私の治療が“失敗”扱いされてはたまったものではありません。リア充、肋骨が肺に刺されって感じです」
やれやれと肩をすくめるヨモギ。
それから再度、半眼で睨む。
「おまけに、今日はその元凶になった伊吹嬢を連れて花やしきデートとか、そのうち白繍嬢に刺されますよ、まったく。お大事に……」
「せりが? いやいや、無いでしょ、それ。というかせりに刺される前提で話を進めないでよ」
ありえないありえない、と苦笑いする梅里。
「ふむ。塙詰嬢も執念深そうだからありそうな線でもありますね。やっぱりお大事に」
「いや、刺される前提をやめてくれという話なんだけど……」
「伊吹嬢と一緒に来るからじゃないですか」
「それは、まぁ、そうなんだけど……私のせいで怪我したんですから一緒に行きます、って強く言われると、さすがに断るわけにもいかなくて……」
「そういう甘さが、刺される原因になるんですよ」
あくまで刺されるという前提で話すヨモギはそう言いながら、梅里の首筋あたりを指さす。
「この辺りにキスマークでも処方しておきましょうか?」
「頼むからやめて。お願いだから……」
手を合わせる梅里を見て、もう一度ため息をつき、ヨモギはからかうのをやめる。
「……そういえば、副支部長が帰る前に絶対に寄って欲しいと言ってましたよ」
「ティーラが?」
「ええ。彼女が担当している占いの館で待ってるそうです。ちなみに絶対に一人で来てくださいって言ってましたけど……彼女にも手を広げたんですか?」
「事業拡大みたいに言わないでくれるかな。というか全く身に覚えがありません!」
梅里はそう言って立ち上がると、最後にもう一度ヨモギに礼を言い、医務室を後にした。
そう言われていた梅里だったが、医務室を出るや待っていたかずらに捕まった。
彼女はこの前の見舞いの時と同じように梅里の腕を掴んで腕を絡めてくる。
この時点で、梅里は単独行動を完全にあきらめて、仕方なく二人で占いの館へと行った。
運が良かったのか、それともヨモギから連絡を受けて人払いの術でも使ったのか、とにかくすぐに占いの館に入った梅里はティーラと会う。
インドのサリーを思わせるゆったりとした服を着た彼女はチラッとかずらを見ると、かずらの言うままに相性占いをし、その相性を大げさに驚きつつほめたたえると「アドバイスがある」と梅里を館から閉め出してかずらを残した。
さすがに「失敗したかな」と梅里が思いつつ待っていると、戻ってきたかずらが「梅里さんにもアドバイスがあるみたいですよ」と言ってきたので、館へと戻った。
そしてようやくティーラとの密談へと入ることができた。
暗い室内にあるわずかな光源に照らされ、彼女の浅黒い肌が神秘的に見える中、ティーラは開口一番で座ったまま頭を下げて謝った。
「カズラを連れているとは思いませんでしたので、御迷惑をおかけしました」
「こっちこそすみませんでした。しかも気を使ってもらって……」
梅里が言うとティーラは謙遜する。
「いえ、確かに彼女なら隊長が「一人でいく」と言えばこっそり後をつけたり、盗み聞きしようとしたでしょう」
梅里たちがやってくるなり、一目で状況を理解したティーラの洞察力の高さに感嘆していた。
「でも、盗み聞きなら今もするかもしれないんじゃないかな?」
「そこはそれ、先ほどのアドバイスでクギを刺しましたので」
そう言って苦笑するティーラ。今からの彼へのアドバイスをこっそり聞けば恋は絶対に成就しないと言っておいたのだ。
まさに用意周到な彼女に驚きつつも、梅里は真剣な面もちになって彼女に尋ねた。
「そうまでしてする内密の話ってことは、予知なんだろうけど……」
梅里の問いにティーラは頷く。
「はい。それも扱いがきわめて難しいものでして……」
「扱いが難しい?」
困惑する梅里だったが、その後のティーラの説明でそれを嫌と言うほど理解することになる。
彼女は無言でタロットを出し、三枚のカードを梅里の前に並べる。
「これは?」
「『
彼女が順に指したカードは、確かに二枚目と三枚目は絵の下に書かれたアルファベットが逆さまになっており、上下が逆になっているのだとわかる。
「上下逆だと、なにか意味があるの?」
「端的に言えば、ほとんど逆の意味になってしまいます。『運命の輪』の場合は変化や幸運、チャンスを示すものですが、逆位置になると急激な悪化、アクシデント、別れ、とマイナスなイメージなものになります」
「確かにあまりいいイメージじゃないね」
そう言って梅里は思わず苦笑を浮かべる。
「そして『悪魔』の正位置と、『魔術師』の逆位置が示す共通する意味は……『裏切り』」
さすがに絶句する梅里。確かにきわめて扱いが難しい問題だと思った。
「予知で『華撃団ニテ裏切リ有リ』という天啓があって以来、何度占ってもこの結果が出ます」
これは異常なことです。と付け加えるティーラ。彼女がそこまで言うのだから、「華撃団から裏切り者が出る」という予知は覆りそうにないほどに確実な運命なのだろう。
「対象者を特定したり、どんな裏切りなのかとか? 個人への未来視とかで特定できないかな」
梅里の問いにティーラは首を横に振った。
「無理です。私を含め予知・過去認知班全員が試しましたが強い力が邪魔をするようで……ただ『赤い満月』というのを“視た”隊員はいました」
「う~ん、裏切る時に見えるってことかな。それだけじゃ何とも言えないけど……問題は、“誰が”ってところなんだよなぁ」
腕を組んで悩む梅里。だが「待てよ」とふとひらめく。
「逆に言えば、ティーラや他のメンバーの未来視を邪魔するほどの力をもっているってことじゃないか?」
「あ……それは盲点でした」
内容が内容だけに焦ってしまい、視野が狭くなっていたと実感するティーラ。
「そうなると警戒するべき相手も多少は絞れるはず。とはいえ、なぁ……」
頭の後ろで手を組む梅里。以前の陰陽寮派の離脱騒動でも感じたことだが、こういう話は正直苦手だ。
「……この話、司令には?」
「いいえ、まだです。とりあえず隊長に報告しようと」
ティーラが答えると、梅里は少し意地悪く笑みを浮かべる。
「僕が裏切るかもしれないのに? 満月と言えば思い浮かぶのは僕じゃないの?」
『月』属性で、『満月陣』という技を使う梅里である。
そう言うとティーラは笑みを浮かべた。
「ゼロではないと思っていますが、極めてゼロに近いと思いましたので」
「なんで?」
「以前、他の人には言ったことがあるのですが、隊長に未来視を試みても非常に見づらいのです」
「へぇ」
梅里自身は初耳だったので興味を持つ。
「それから気にしていたのですが……隊長の家系は昔から魑魅魍魎と戦ってこられたのですよね?」
「そうだけど……」
「隊長の使う技の属性──『月』という天の『鏡』はどうやら呪いや魔力を跳ね返して守っていたようですね。さながらメドゥーサの石化を
さすがに初耳で、梅里は驚きをもって聞いていた。
ちなみに最初に梅里と宗次が戦った際もそのせいで自分の未来の姿が見えていた。あのときはできないはずの自分への未来視ができている理由が分からなかったのだが、今ならハッキリと分かる。
「これが天啓による予知ならば隊長を「狙って」いないので反射されません。ですから最初の段階ではもちろん隊長も候補でした」
ハッキリ言われるとあまりいい感じがしない話ではある。梅里は苦笑を浮かべた。
「でも未来視して「裏切る未来が見えない」ということは、反射を考慮すると少なくとも隊長から見た私は「裏切らない」ということになり、未来の私と隊長は同じ方向を見ていることになります。そうなると“私と隊長は裏切らない”か“私も隊長も裏切る”しかなくなるわけです」
「なるほどね」
その説明に腕を組んで考える梅里。たしかに理屈は通っているように思える。
「ですから司令ではなく、まずは隊長に話しました。少なくとも、隊長が味方であるのは間違いないので」
苦笑混じりのティーラの言葉を、梅里は頭を悩ませながらなんとか理解する。
「とりあえず納得はしたけど……まさか武相流調伏術の月属性にある『鏡』の能力にそんな力があったなんて」
しかしよく考えてみれば、梅里の先祖たちは魑魅魍魎の呪いや魔を避けるためにそうやって跳ね返してそれから身を守っていたのだとすれば、納得できる。
(ん? 魔? 呪い? ……なんか引っかかるような)
──妙に引っかかる。しかも今回の予知の件とは全く違うところで引っかかっているような気がするのだ。
特に先ほどの、ペルセウスと例えたティーラの言葉がどうにも気になった。
(メドゥーサって確か石化する目を持った魔物で……って、目? 反射する?)
そして思い至った。
「──って、ああぁぁぁぁぁぁッ!!」
「ど、どうしたんですか、隊長? なにか心当たりでも?」
「いや、違う。今回の話とは全く無関係。でも……これは、まずいことしちゃってるなぁ」
思わず頭を抱える梅里。
思い返せばその心当たりはあった。
確かに気になることだが、今はそれを考えている場合ではない。
梅里は顔を上げるとティーラに謝った。
「ゴメン、完全に思考が脱線してた。ともかく事情はわかったし、ことがことだけに司令には報告するよ。もし詳細が少しでもわかれば最優先で連絡して欲しい。すぐに来るから」
「わかりました。よろしくお願いします」
頭を下げるティーラ。
そして彼女はにっこりと微笑んで付け加える。
「それと隊長、直近で女難の相が出てますよ。帰り道、くれぐれもお気をつけください」
「え? 僕のことは未来視し辛いんじゃなかったっけ?」
「見えてしまうときは見えてしまうものなんです」
そう言って苦笑しながら手を振るティーラに別れを告げ、建物から外に出ようとする。
すると、涙目になったかずらと鉢会わせた。
彼女はズイっと近寄ると梅里を問いつめる。
「……ティーラさんと随分長くお話ししてましたけど、なんのご相談だったんですか?」
「え?」
戸惑う梅里。実はさっきの大声に驚いたかずらが心配し、葛藤しながらもこっそり盗み聞きしていたのだ。
「しかも司令に報告って、まさかティーラさんとの仲人をお願いするとか? 詳細の連絡ってお式の準備とか日取りとか……そいういうんじゃないですよね!? あぁー、やっぱり聞いたら恋が成就しなくなるって、本当でしたー!! うわーん!!」
「ちょ、ちょっとかずらちゃん、落ち着いて。おーい、ティーラ。事情を説明……ってわけにもいかないか」
慌てふためく梅里を
「しのぶさんやせりさんでもなく、本命がティーラさんだったなんて! 梅里さんの鬼畜! 悪魔! もう信じられませ~ん!!」
「あ~、もう。かずらちゃん、とにかく落ち着いて話を聞いて!!」
結局、かずらの錯乱を止められず、騒ぎになって他のお客さまの迷惑になるということで梅里とかずらは花やしきの事務所に連れて行かれることとなった。
そして──
「お前ら、なぁ……」
そこで会った作業着姿の宗次に、呆れ果てた様子でため息をつかれるのであった。
【よもやま話】
誰かさんに刺されるなんてないない、と言ってる「○○○日後に射られる梅里」
占い師をやっていると設定して予知能力者として出しているティーラが、初めて占い師っぽいネタをできたので満足。