サクラ大戦外伝~ゆめまぼろしのごとくなり~ 作:ヤットキ 夕一
怪我で数日間、厨房を離れていた梅里だったが、その治療が終わって復帰していた。
新型霊子甲冑の配備で花組も通常に戻り、一方で客足も戻りつつある。
大帝国劇場は以前の状態を取り戻しつつあった。
「なるほど、な……」
梅里から報告を受けた米田は深刻そうに思案していた。
支配人室で、先のティーラから受けた予知を報告した梅里も、それ以上何も言えずに黙るしかなかった。
「……状況は分かった。月組にも話は通して内部への睨みを強めるが……何しろ証拠があって誰々が怪しいって話じゃねえし、『赤い満月』だけじゃなぁ……」
「そうなんですよね……」
しかもことがことだけに確実に信頼できる者にしか通せない話だ。
「夢組でもこの話を知っているのは、予知・過去認知班のメンバーと僕、それに監察役くらいです」
「ん? 巽やしのぶに話してないのか?」
「ええ、まぁ。宗次には必要であればティーラから話すように言ってあります。でも、しのぶさんにさすがにこの話は……」
きまり悪そうに苦笑する梅里。黒之巣会との戦いで集団離反という裏切りを計画した陰陽寮派の中には、陰陽寮を盲信し、その意図に反したしのぶ達に反目した本当の裏切り者がいてもおかしくない。そしてそれをきっかけに反華撃団となり、今では華撃団寄りになった陰陽寮からも孤立して、密かに敵と通じていたとしたら……
そしてそれをしのぶが知れば、それを庇うか糾弾する動きをするだろう。そうなれば月組や監察役の小詠の邪魔になる恐れがある。
かといって梅里が同じ副隊長の宗次には話し、しのぶには話していなかったという差を付けるのは、やはり軍派と陰陽寮派の諍いに火を付けることになりかねない。
その辺りのさじ加減で、梅里も相談できる相手が限られている、というのが現状なのだ。
「そういう理由なら仕方がねえな。ただ、お前らは前科があるからな……」
米田に睨まれて「うっ」と唸る梅里。
夢組には未遂とはいえ陰陽寮派に離脱されかけるという事態を招いていたし、さらには梅里自身が陰陽寮のスパイ行為を黙認していた、ということがある。それらは立派な裏切り行為だ。
本来なら梅里としのぶはその責任をとって降格や除隊もありうるような事態ではあったが、離反はあくまで計画のみで行動には至ってないこと、スパイ行為については陰陽寮が(表向きは)協力的組織であることを考慮し、梅里としのぶが黒之巣会との決戦において
「対象となる相手の特長くらいも分からねえのか?」
それに梅里は首を横に振った。
「予知・過去認知班も分からないそうです。どうにも強い力が邪魔になっているそうですが……」
「ティーラでもか? アイツの未来視を邪魔できると言ったら、華撃団でもそうはいないぞ」
さすがに米田が驚く。それくらいにティーラの能力は高いのだ。
とはいえその限られたメンバーは花組達だったり、夢組幹部だったりと重要なメンバーばかり。
しかしだからこそ、そのいずれもが裏切るとは思えないような者ばかりだ。
「ふむ……あとは操られる、とかな。人を操れるほどの妖力の持ち主ともなれば、うなずける話でもある」
敵の葵 叉丹ほどの力があれば、確かにそうなるだろう。
そして上級降魔もまたティーラの力を上回りかねないだろう。
「降魔……か」
そこまで考えが至り、ゾクリと嫌な感じが梅里の背筋を走った。
考えたくはないこと──本当に考えもしたくないことだが、例えば鶯歌のように『種』を付けられたとしたら、それもまた裏切りとなるのだろうか。
もしかしたら、前回の戦いで──
「ウメ、どうかしたのか? 顔色が急に悪くなったが」
「……降魔の『種』、の可能性もありますよね」
「『種』ってお前、水戸での……か?」
事情を知っている米田がさすがに気まずそうな顔をする。
だが、梅里は厳しくも強い口調で進言する。
「羽田の戦いや、今までの戦闘で夢組は傷を付けられているものが大勢います。すぐに全員検査するべきです」
「わかった。錬金術班に指示を出せ。必要なものはあやめに言ってこちらでそろえさせるからあとで詰めておけよ」
米田は、そんな梅里の反応に少しホッとしながら答えた。故郷でのことを気にし過ぎるということはないようだ。
「……そういえば、あやめさんはどうしたんですか?」
その姿が見えないことに、不思議そうに尋ねる梅里。
「あぁ、そのことなんだが……例の『アレ』──魔神器を大神に見せているところだ」
魔神器とは、剣・鏡・珠の三つ一組の神器であり、霊力や魔力を極めて強力に増幅するものだ。
同時に降魔の城といわれている「聖魔城」の鍵であるとも言われ、その危険さから帝国華撃団の本部の地下に厳重に封印されて保管してある。
そして──前回の降魔との戦いで切り札となったものであり、その儀式が花組の真宮寺さくらの父親、真宮寺一馬が落命する原因となった、危険な祭器でもある。
「大神少尉にも話されたのですか」
本来ならば国でもこの存在を知っている者は数少ない。そして梅里もその少ない一人に入っていた。
それくらいに存在が非常に危険なもので、それが狙われることが帝都の、日本の危機となりかねないため、それを防ぐために華撃団は結界や封印を施している。もちろんそれを夢組が担当しているし、奪取の危機を察知し、予知でその気配を探っているのも夢組だ。とりわけ重要視されているのが危機に対する予知であり、そのように夢組は関わりが深かった。
夢組の幹部達がこの大帝国劇場に勤務しているのは、実は魔神器を守るため、という裏の理由があるほどだ。とはいえ、それはその幹部たちにも知らされていないのだが。
さらに言えば、ティーラが本部ではなく支部に常駐しているのは、自分への未来視が難しいため少しでも精度を上げるため魔神器から離しているほど、重要視している。
「ああ。花組は対降魔迎撃部隊だ。降魔が矢面に出てきた以上は話す必要があると判断した」
元々は、帝国華撃団でも魔神器の存在を知っているのは、司令の米田と副司令のあやめ、それに先の理由で夢組の隊長と予知・過去認知班の頭くらいだ。つまりは現隊長の梅里と隊長心得だった宗次、それにティーラだが、そこに花組隊長の大神が入ることになったわけだ。
「以前、黒之巣会の襲撃では、奪取の素振りがなかった、と聞いてますが」
「来たのが叉丹じゃなかったからな。知らされていなかった可能性が高い。あとはおそらくだが、準備が整ってなかったんだろう」
ひょっとしたら探りぐらいは入れていて、その存在くらいは掴んでいた可能性がある。だからこそ先日、花組が戦った降魔「猪」は銀座に現れたのだろう。
「こうして降魔を使役して準備が整った以上は、ヤツらは間違いなく奪いにくる。あやめと大神は警備の話をしているだろうから、お前も行ってこい」
形式的には今まで魔神器を警備していたのは夢組となる。
特に夢組の本部勤務者が帰ってしまう夜に関しては、花組に守ってもらうしかない。
「了解しました」
梅里は敬礼し、支配人室を出て地下の施設へと向かった。
「どうしましょう……」
そう言って途方に暮れているのは塙詰 しのぶだった。
彼女は人生で一番の危機を迎えていた。
「こんなこと、誰に相談──いえ、誰かに相談なんてできるはずがありません。絶対に……」
などとブツブツ言いながら、廊下を歩いている。
その悩んでいる内容から人目を避けようと無意識に動いていたらしく、気がつけば帝劇の地下施設にまで来ていた。
「──で、蒸気が吹き出すような罠を付けようと、あやめさんと話していたんだよ」
「なるほど。ちょうど蒸気の管もありますし、短時間でできそうですね」
ふと、廊下の奥からそんな話が聞こえてきた。
男の声が二人分。一人はしのぶもよく聞いている声である。
見れば夢組隊長の梅里と、花組隊長の大神が、廊下の天井を見上げながらなにやら話していた。
「ん? キミは確か……」
ちょうどこちらを向いていた大神がしのぶに気づく。
それで気がついた梅里が振り返る。
「え? あ! し、しのぶさん!?」
梅里の視線が、しのぶを見る。その目はひどく動揺しているように見えた。
「う……梅里、様……?」
その動揺する様を見て伝染したかのように、しのぶも急に慌て、狼狽し始める。
そのように明らかにしのぶの様子は平常とはかけ離れ、おかしかった。
彼女には動揺する理由があるのだが──梅里は、その理由を間違えてとらえることになる。
しのぶが現れたとき、梅里はちょうど大神と魔神器の警備について話していたところだった。会話を聞かれたか、とドキッとしたのが梅里が最初に動揺した理由だ。
だが、よく考えれば魔神器についての言及はしていないし、以前に侵入されたこともある帝劇内の防衛についての話、とすれば自然な内容でしかない。
だが、梅里の顔を見たしのぶは明らかに動揺していた。この場所で、梅里を見て動揺したこと、そしてタイミング悪く梅里が魔神器のことを考えていたために、ある疑念がわいてしまう。
(まさか、魔神器を狙って……)
これはティーラから裏切り者が出るという予知を聞いて疑心暗鬼にかられていたせいでもある。
そしてしのぶは離反しようとした前科があるのだから。
(いや、違う。絶対にありえない)
だが、その考えを慌てて打ち消した。
確かに今は、黒之巣会との戦い終結後に実家の京都へと戻って許されているが、それ以前の彼女は実家と縁を切り、華撃団に全てを捧げる──実際には梅里に捧げようとしのぶは思っているのだが、朴念仁の梅里は勘違いしている──つもりだったのだ。
そんな彼女が裏切るはずもないし、そもそも陰陽寮も今これを手に入れたところで、意味があるとはとうてい思えないのだから、彼女が手を出す理由さえない。
(疑ってゴメン、しのぶさん。本当に申し訳ない)
少しでも疑ってしまった自分を恥じる。
それから思い出した。彼女に謝るべきことがもう一つあることを。
(あの時、彼女の心を縛ってしまったのはむしろ僕の方だったというのに……)
梅里はじっとこちらを見てくるしのぶの視線に耐えられなくなり、思わず視線を逸らした。
「──ッ!?」
そんな梅里の反応に驚いたのがしのぶだった。
(やはり、梅里様はまだ気にしていらっしゃるのですね……)
愕然とするしのぶ。
彼女はさまよってここにくる直前、その姿は事務局にあった。
用事があって事務局を訪れたしのぶだったが、そのとき偶然に
そう、大晦日のしのぶが記憶が抜けている間のことだ。
しかしかすみは微笑むだけでやはり答えてくれなかった。
しのぶが必死に、「どうしても教えてくださいまし」と言ったが「知らない方が幸せなことってありますよ」とかすみも気まずそうに苦笑し、頑として口を割らなかったのだ。
しかししのぶが折れずに「それでも、どうしても知りたいのです」とごり押しし、何度も頼み込んで、どうにか教えてもらったのだが──
「……全裸でした」
目を伏せて沈痛そうに言ったかすみの一言でしのぶは愕然とすることになった。
それだけで早くも聞いたことを後悔した。
聞けば、かすみが来たときには、しのぶとせりがぐでんぐでんに酔っていて、せりはやたらと陽気になっており、しのぶはといえば一糸まとわぬ真っ裸で梅里の前に立っていたという。
その場は一緒に来たあやめが収めてくれたようだが、かすみによれば「主任さんは
「これは……やってしまいまいした」
穴があったらどころか、穴が無くともその辺に埋まりたかった。
あまりにもはしたないその行動を考えると、今更ながら梅里の顔を見ることができそうにない。
「この胸も、見られてしまったのですね……」
思わず自分の胸に手を当てる。
しのぶは自分の胸がこと膨らみという点に関してはコンプレックスだった。同年代と比較して小さいどころか、夢組幹部最年少のかずらにさえサイズ的には負けている。
「この貧相で胸がない体では、女性的な魅力という点で完全に落第点……」
今まではコンプレックスではあったがそこまでは気にしなかった。
だが、梅里という意識する相手ができてからは気にしていたし、その上でかずらやせりというライバルがいることで明確な基準ができてしまい、自分を卑下させていた。
「こんな体を、見られてしまうだなんて……」
だから体にコンプレックスのあるしのぶは、他の人に比べて見られたことが過剰なほどに恥ずかしくて仕方がなかったのである。
そんな風に悩んでいる最中に、地下の廊下で当の梅里に会ったのだから戸惑わないわけがなかった。
(ああぁぁぁぁぁ、どういたしましょう……)
それで頭がいっぱいになって混乱し、内心でオロオロするしのぶ。
冷静に考えれば、あれからすでに一ヶ月経っており、その間、梅里が気まずそうにすることは無かったし、梅里にしてみれば正月から神武が完成するまであまりにも余裕もなく、あっという間に時間が経って、すっかり忘れてしまっているのだが──今のしのぶにはそれに気がつく余裕はなかった。
しかも、梅里は梅里で思うところがあり、その気まずさに思わず目を逸らしてしまった。
その行動が、しのぶには逸らしたのが、自分の裸を見て気まずかったようにしか見えなかったのだ。
(あぁ……嫌われてしまう。そんなの耐えられません……大晦日からやり直したい……いえ、あのときの梅里様の記憶を消してしまいたい……)
そこまで考えて、ふと思いついた。
(記憶を……消す?)
偶然思い浮かべたその考えだったが──そう、しのぶはそれができてしまう。それを可能とする魔眼があるではないか。
混乱しているしのぶにはそれがとても良い考えのように思え、それ以外に手がないように思いこんでいた
そんな風にしのぶが思い詰め、梅里とは考えがすれ違っているのとは無関係に、なんとも付近にはいたたまれない空気が流れていた。
そんな中でもっとも困っていたのは、訳も分からずこんな空気に巻き込まれた大神一郎である。
「あ、あの……武相主任?」
「なんですか、大神少尉」
かろうじて声を出した大神の声は若干震えている。
「彼女と、なにかあったのかい? 例えば、なにか恨みをかうような……」
「そんなことは、無いと思いますけど」
「それなら、なんで──」
大神がそっとしのぶの方を指さす。
彼女を取り巻く空気が急変しており、まとう霊力が急激に高まっているのだ。
「──あんなに、怒ってるんだい!?」
「怒ってる?」
その指摘を受けて、梅里は視線を逸らして以来見ていなかったしのぶを見る。
そしてとんでもない事態になっていることに気が付いた。
「え? というかなんで? ちょ、ちょっとしのぶさん、それを使うのはヤバいって……」
その霊力が彼女の頭部に集中し、彼女の瞼が少しずつ開き始めて金色の瞳が見え隠れし始めている。
そこまでくれば梅里も、理由はともかく彼女がなにをしようとしているのかはわかった。
「梅里様が、いけないんです。わたくしの……を見てしまったのですから……」
「ほら! やっぱり原因は武相主任じゃないか!」
「えぇー!? だからしのぶさん、それはダメだって!!」
巻き込まれている大神は完全に逃げ腰であり、一方、梅里はしのぶを必死に止める。大神はしのぶの魔眼のことは知らないし、彼を信用しないわけではないが、あまり大っぴらにできるような力でもない。
大神に見せないためにも慌てて止めようとしているのだが、あいにく混乱状態のしのぶの目には大神は映っておらず、おまけに以前に梅里に魔眼を使おうとして失敗したことも考慮の外になってしまっている。
彼女の目が開かれようとして──
「いったい何事!?」
そこへ慌てた様子で駆けつけたのはあやめだった。
そして状況を見るや、彼女は自分に背を向けているしのぶを後ろから抱きしめるように制止した。
「やめなさい、しのぶ。落ち着いて……そう、落ち着きなさい」
あやめが後ろから抱きつくことで、しのぶは落ち着きを取り戻してその霊力を急速にしぼませていく。
その様子に、それまで顔をひきつらせることしかできなかった隊長二人は、ホッとため息をついた。
「なにがあったの?」
しのぶがだいぶ落ち着いてから、あやめは三人に問う。
だが、大神はもちろん梅里にも彼女があそこまで興奮した理由はわからなかった。
たしかに梅里はしのぶ一瞬とはいえを疑うということをしてしまったが、そんな露骨なものではなかった。
そのため気が付かれたとは思えないし、大神にいたっては梅里と話をしていたら突然やってきたしのぶがいきなり霊力を高めて暴走し始めたという認識でしかない。
あやめはピンときていない男二人からしのぶへと視線を向ける。
「どうしたの、しのぶ? なぜあんなことを……」
心配そうに問うあやめの優しさに、しのぶは思わず感情を爆発させた。
彼女は体をあやめの方へと向けると、その閉じたような目から涙を流し、泣き始めてしまったのだ。
あやめは少し驚きつつもしのぶの頭をなでる。
まるで子供のように感情を爆発させるしのぶのそんな姿に、大神と梅里は困ったように顔を見合わせていた。
「しのぶ、落ち着いたら少し話してくれないかしら。なんであんなことをしようとしたのか、なぜあなたが今泣いているのか」
「──ッ 梅里、様に……ッ 裸を、見られて──ッ わたくし、わたくしッ……」
泣きながらのため、言葉が途切れ途切れになしのぶの言葉。その断片的な情報にあやめは視線をふと廊下の脇にある扉へと向ける。
シャワー室につながる更衣室の扉だ。
「……梅里くん?」
「武相主任、気持ちは分からなくもないが……覗きはよくないと思うよ。うん」
などと勝手に体が動く男が隣を見ながら気まずそうに言う。一体彼はどんな顔でそれを言うのだろうか。
そんな大神の発言に慌てる梅里。
「いや、違いますよ!? だって今、僕と少尉は一緒にいたじゃないですか?」
そんな彼の言い分を聞いて、あやめの目が今度は大神に向けられる。
「大神くん?」
「ち、違いますよ、今回は。さっきあやめさんと話した蒸気の罠について武相主任と話していただけで……それにさっき、武相主任の名前が出てたじゃないですか」
妙に焦った様子で言う大神。
そんな二人の反応に、しのぶが首を横に振る。
「違ッ…す。ッられ……は、大晦日で、それをッ 先ほどッいて……でもッ…ても恥ずか…くて、梅里様のッ憶をッ消す……ないと……」
「大晦日……あの時のことね」
まるで子供のようにしゃくりあげ、ほとんど会話になっていないしのぶの断片的な話から情報を汲み上げ、あやめは沈痛そうに目を伏せて頭を振った。
あの日はまったく覚えてなさそうだったのに、今になってそれを蒸し返しているということは、誰か──おそらくはあの場を手伝ってくれたかすみ──から話を聞いたのだろう。
一ヶ月以上も前のことで取り乱したり、感情的を抑えきれず暴走したり、話もできないほどに泣き出したり、とまるで子供のようね、と思うあやめ。
だが、しのぶは『覇者の魔眼』のせいで親から忌避されただけでなく、自分を押し殺して生きてきた分、いろいろとアンバランスなのだ。それが梅里によって取り払われ、突然、好きにしてよくなったせいで、こと異性関係──ほぼ梅里に関すること──となるとその未成熟な部分が爆発し、感情のコントロールができなくなるのだろう。
「落ち着きなさい、しのぶ。大丈夫よ、今年になってからも梅里くんの態度は変わってないでしょう?」
「はい。でも、さきほど……」
そう言われれば、今度は心当たりがあるのは梅里だ。
気まずくは思うが、しかし先ほどほんの少し心によぎった程度のこと。それを言って傷つけるのは逆に不本意だが、それ以上にしのぶに謝らなければいけないことがある。
「しのぶさん、あの、さ……」
「なんッでしょうか、梅里ッ様……」
「前の、魔眼で僕のことを魅了しようとしたときのことなんだけど……あの時、僕の『鏡』としての性質が、そのまま魔力を返していたみたいで……」
なんとも言いづらく、梅里は頬を人差し指で掻きながら、言葉を続ける。
「つまり、なんというか、しのぶさんのことを僕が魅了しちゃった……みたいなんだよね」
「梅里様は……わたくしが梅里様をお慕いしているのは、魔眼で心を、操られているから……と仰るのですか?」
「うん。まぁ、そういうこと……本当にゴメン」
梅里が頭を下げて謝る。
だがしのぶはそれを不思議そうに見ていた。
「あの、なぜ謝られていらっしゃる、のでしょうか……?」
「え? いや、あの時しのぶさんを煽ったのは僕だし。その結果、しのぶさんの心を操ったみたいになってるわけだから……」
「それの、なにがいけないのでしょうか?」
「……は?」
きょとんとしながら梅里を見るしのぶを、逆にきょとんとした目で見つめ返す梅里。
「今、わたくしが梅里様をお慕いしている、この気持ちこそ重要かと思いますが……」
「でも、そのきっかけが、心を操られたものだとしたら?」
梅里の問いかけに、しのぶは首を横に振る。
「それでも今のわたくしが幸せなら、それでよろしいのではないでしょうか? そしてわたくしはこの気持ちを抱いていることが、とても幸せと思っております」
しのぶは自分の胸に手を当ててその幸せを噛みしめるように目を伏せる。
「それに、元々はわたくしが梅里様の心を操ろうとしたのです。その罰と思えば、梅里様が心を痛める必要など、微塵もありません」
そうしのぶに断言されては、梅里も困ったように人差し指で頬を掻くしかない。
「もちろんわたくしは、罰などとは微塵も思っておりませんが……」
なんとも言えない雰囲気で見つめ合う二人だったが──
「コホン。しのぶ、とりあえず大丈夫かしら?」
「あ、はい……大変申し訳ありませんでした。取り乱しまして……」
慌てて頭を下げるしのぶを見て、この様子ならまた暴走し始めることもないだろう、と判断する。
「仲がいいのはわかったけど、あまり他人に迷惑をかけちゃダメよ。ねぇ、大神くん」
あやめに言われ、気恥ずかしげに視線を逸らしあう梅里としのぶ。
その横で、大神は気まずそうに苦笑を浮かべていた。
【よもやま話】
「違いますよ、今回は」と別件を自供してしまう大神。
しのぶが泣きじゃくっているのは、修行や人付き合いの極端な経験のなさから、彼女は年齢の割に情緒が幼いためです。
ひょっとしたら、物語当初から疑問に思っていた方もいたかもしれませんが、夢組の幹部達のみが本部勤務になっていた理由は『魔神器』を守るためでした。
ちなみに、「1」でのこの後の展開の結果、「2」ではさらに体制が強化されて除霊班の副頭のもう一人も本部勤務になります。