サクラ大戦外伝~ゆめまぼろしのごとくなり~   作:ヤットキ 夕一

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─9─

 ──と、そんなこともあったが、梅里はティーラから話をされてから、基本的には悩み続けていた。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 満月のその日、梅里は仕事が終わっても大帝国劇場に残っていた。

 すでに火を落とした厨房で、多くの包丁を並べてそれを順番に研いでいた。

 そのように調理器具の手入れをするから、と理由を付けて残り、ほかの面々はすでに帰している。

 体に染み着いた作業だったおかげで包丁は見事な切れ味に戻っていたが、梅里はどこか上の空だった。

 

「『赤い満月』……」

 

 それが心に引っかかる。だからこそ満月の日は梅里も気にかけており、わざわざ残っていた。

 米田に話したことで少しは楽になったが、それでも懸念事項なことは間違いなく、気が付けばこのこと──誰が裏切り者なのか、ということを考えてしまう。

 おかげで食堂の営業でもでもミスをしていた。

 完全な、気がそぞろだったためにやってしまった単純なミス。普段の自分ならやらないようなミスだっただけに、だからこそため息が出た。

 

「……こんな時間まで残業なんて、らしくないじゃない」

 

 背後から声がかかって振り返ると──

 

「せり……」

 

 ──そこには給仕服から普段の小袖に着替えた彼女が立っていた。

 

「普段なら、頼んだって残って仕事しないくせに、どういう風の吹き回し?」

 

 そう言って苦笑を浮かべるせりに、梅里はなにも答えられずにいる。

 すると、彼女は不満げな顔で梅里の方へと近づいてきた。

 

「……今日の昼は注文間違えて作るし、おかしいわよ?」

 

 うなだれて「ゴメン」と返すのが精一杯だった。

 そんな梅里の様子に、せりはますます心配し、顔をのぞき込む。

 

「どこか体の具合でも悪いの?」

「いや、そんなことはないけど……」

「それならいったいどうしたの。最近、様子が変よ?」

「そうかな?」

 

 苦笑して誤魔化そうとしたが、せりを誤魔化せるはずもなく、ますます心配させるだけだった

 

「悩みがあるなら私に相談してくれても……」

 

 梅里は自分の不調は自覚しているし、原因も分かっている。だが──言うわけにはいかなかった。

 内容が内容だけに、せりであろうと言うわけにはいかない。梅里はそう思っていた。

 

「……ゴメン」

 

 謝る梅里に、せりは乗り出していた身を戻しつつ、大きくため息をついた。

 それから歩いて少し距離をとる。

 

「ねぇ、梅里。あなた、しのぶさんを可哀想と思ってない? 陰陽寮と距離をおくことになったから自分についていくしかない。そんな風に思ってないかしら?」

 

 突然変わった会話に、梅里は戸惑う。

 だが、そこまで極端には思っていなくとも自分のせいで実家と仲違いさせたのだから、それに関しては悪いと思っている。

 だからこそ昨年の秋に彼女と共に陰陽寮に行ってきた。

 

「だとしたら、それはあまりにしのぶさんに失礼よ。あの人は、あの人の意志であなたについていくと決めたんだから。その決意を侮辱することになる」

 

 せりは梅里の方を見ずに言い、さらに続ける。

 

「それはかずらもそう。あの子は、あなたに憧れて、一生懸命ついていこうとがんばってる。まぁ、多少は自分を見てほしくて暴走しているところもあるけど……それもあなたに認めてもらいたいからよ。だから、あなたの行くところに無条件でついてくるはずよ」

 

 そう言って、せりは梅里を振り返る。

 梅里の目を見つめるせりの目はいつも以上にジッと見つめていた。まるで心の奥底まで見通そうとしているように。

 

「私は、しのぶさんやかずらみたいにあなたに黙ってついては行かないわ。あなたが間違っていると思えば言うし、間違えたところに進もうとするのなら止める」

 

 夫唱婦随──大和撫子の美徳とも言われるそれを真っ向からやらないと言い切る

せりは、女性の社会進出が受け入れられ始めているとはいえ、この時代の一般的な婦女子観では異端とも言える。

 だが、それこそが自分の役目だとも思っている。しのぶのような親愛と従順でもなく、かずらのような尊敬と恋慕とも違う、自分の──せりなりの梅里へのつくし方だ。

 

「でもね、たとえ私が止めても、あなたが地獄に落ちてもいいからどうしてもやるというのなら、私も一緒に地獄に落ちてあげるわよ。その覚悟はできてるし、信じてる。だから──」

 

 せりは必死に訴えた。

 

「私を信用して。そして話して。あなたが迷ってること、一緒に考えさせて」

 

 彼女の真剣な眼差しに、梅里は──目を逸らす。

 そして……口を開いた。

 

「予知・過去認知班から報告があった」

「え?」

 

 一度は目を逸らしていたために、せりは梅里が話すとは思わなかったので、思わず問い返していた。

 

「華撃団を裏切る者が現れる。ってね」

「裏切るってそんな……いったい誰なの?」

「わからない。いろんな人を疑ったさ。しのぶさんのことも……まったく自分がイヤになるね」

 

 自虐的に笑う梅里。

 

「わかっているのは、『赤い満月』っていう曖昧なヒントだけ」

「ひょっとして今日の月齢って……」

「そう。満月だよ」

 

 苦笑する梅里に、せりは合点がいったとばかりにため息を付いた。

 

「だから、今日は落ち着かなかったの?」

「そういうこと。でも、その赤い満月っていうのがよくわからないんだよ。本当に赤い満月が出るのか、それとも何かを比喩したものなのか」

 

 満月といえば銀色、もしくは黄色がかったように描かれることもある。少なくとも赤く描かれることは──

 

「花札の「ススキ」にある月くらいよね、赤くなってるのなんて」

 

 せりも考えを巡らせて肩をすくめる。

 そして、そのとき──帝劇内に警報音が響きわたった。

 

「え? なに?」

 

 突然の事態に戸惑うせりと梅里。

 

 ともかく慌てて向かった作戦司令室で、二人は聞かされる。暁の三騎士の一人である上級降魔「鹿」がその専用魔操機兵・氷刃不動で、ここ大帝国劇場を襲撃してきたのだと。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 上級降魔「鹿」が率いる降魔達の狙いは、大帝国劇場の地下に収められた魔神器であった。

 聖なる力も悪しき力も増幅する三つ一組の神器──なだけではなく、それは降魔にとっては重要な、「聖魔城」と呼ばれる城の鍵でもある。

 絶対に敵へ渡してはいけないそれを守るべく、花組は大帝国劇場の外で迎え撃っているのだが──

 

 大帝国劇場地下に侵入した降魔が廊下を進むと、突然に高圧高温の蒸気が噴き出して行く手を阻む。

 その蒸気を裂くように飛来した雷の矢、せりが放った『天鏑矢(あまのかぶらや)』が降魔に突き刺さり、おぞましい叫び声をあげさせる。

 その痛手を気にするあまり、降魔は蒸気が吹き出るのが止まることに気づくのが遅れ、代わりにやってきた人影の接近を許すことになる。

 その人影が白刃を一閃させると、負っていたダメージもあって降魔はトドメを刺されて断末魔の叫びと共に虚空に消えた。

 

「ふぅ……」

「梅里、大丈夫?」

 

 鞘に刀──『聖刃(せいじん)薫紫(くんし)』──を収め、息を吐いた梅里は、後ろで弓──『神弓(しんきゅう)光帯(こうたい)』──を握ったせりの呼びかけに手を挙げて応えた。

 梅里とせりは戦闘服に着替えるや、司令の米田中将から花組の援護ではなく、帝劇内に残っての防衛を命じられた。

 守る対象はもちろん魔神器である。

 降魔を単独で討滅できる梅里は最終防衛として適任と思える配置だったが、大きな問題があった。

 迎撃場所である地下施設の廊下は、降魔と戦うにはあまりにも狭かった。一撃一撃が致命傷となりうる降魔と戦うには広い場所で余裕を持って攻撃を避け続けることができなければ非常にきつい。

 今回は蒸気の罠とせりの援護のおかげで撃退できたが、それが何度も続くとは限らない。

 

「ああ。今のところ、侵入したのは今の一体のみだしね」

 

 梅里はそう言ってうなずき、せりの問いに答えた。

 すでに地上では花組が戦闘し、そのサポートのために夢組も出撃している。

 おかげで地上の状況が八束(やつか) 千波(ちなみ)から念話で定期的に、また先ほどのような侵入を許した際には緊急で、連絡が来る。

 

(これ以上、通さないでくださいよ。大神少尉)

 

 梅里は祈るような気持ちでそう思った。

 だが、その祈りはそれと違うところで、最悪の形で裏切られることになる。

 

「──武相隊長、聞こえてますか?」

 

 今度は念話ではなく、無線で梅里宛に通信が入る。

 その声には聞き覚えがあった。大帝国劇場の売店でいつも売り子をしている高村 椿の声だ。

 梅里がそれに応じると、彼女は困り果て、非常に申し訳なさそうに指示を伝えてくる。

 

「敵の別働隊です。轟雷号の軌道ルートから強力な魔操機兵が単体で接近中。花組は現在、帝劇前で上級降魔「鹿」の氷刃不動と交戦中で手が放せません。ほかの部隊も敵降魔の出現と共に降り出した雪で身動きがとれず、武相隊長達だけが頼りです。対応をお願いします」

 

 格納庫から通じるそのルートにもっとも近い──いや、そこへ対応できるのは梅里達しかいなかったのだ。

 

「そんな……無理に決まってるでしょ!! こっちは生身なのよ?」

 

 もちろん、その指示に対してせりが抗議した。

 魔操機兵ということは上級降魔か、敵の首領である葵 叉丹としか考えられず、そんな敵に生身で立ち向かえというのは、「死んでこい」と言っているのに等しい。

 

「……本当に、申し訳ありません」

 

 無論、それが無謀な指示であることは理解しているが、華撃団で他に頼れる者がなく──それを伝える以外の権限は、椿にはない。

 しょげた様子の彼女の声が通信機から流れてくる。それに梅里は──

 

「椿ちゃんが悪い訳じゃないよ。それに文句を言ったところで状況は改善されるわけでも、敵が撤退してくれるわけでもない。なら……やるしかない」

「武相、隊長……」

 

 椿が泣きそうな声を出す。

 それを聞きつつ、梅里はせりに手を伸ばす。

 

「で、せりはどこまでも付き合ってくれるんだよね?」

「……まったく、あなたって結構意地が悪いわよね」

 

 その差し出された手をせりは握る。

 

「言ったからには責任もって、どこまでもお付き合いしましょう。それこそ地獄までも、ね」

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 地下鉄網の一角。帝国華撃団の轟雷号が他の地下鉄とつながり、すこし開けたポイントで、梅里とせりはそれを迎え撃った。

 現れたのは──人型にしてはやや(いびつ)。まるで帝劇前で花組と戦っている氷刃不動を、全体的に簡易廉価版にしたような機体であった。

 そしてその機体に、梅里もせりも見覚えのようなものを感じていた。

 

「あれって……」

「風巻童子?」

 

 色こそ違えど、その形はまさに羽田で戦った風巻童子によく似ていた。

 

「──そんな負け犬と一緒にしないでいただきたいものですね」

 

 動きを止めた魔操機兵の上に人影が現れていた。

 羽田で戦った上級降魔と同じように、今度は陣笠の下に青い札を3枚、額に張り付けた上位降魔がそこにいた。

 

小生(しょうせい)ら『青丹』と、この激流童子を!!」

 

 『青丹』と名乗った上位降魔が言うや、再び姿を消し、魔操機兵が動き始める。

 激流童子というその魔操機兵は、背部の蒸気機関の出力をあげる。

 吹き出す蒸気が戦闘の開幕を告げる狼煙となった。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 梅里とせりの二人で、上級降魔が駆る魔操機兵を相手にするというのは無謀以外の何者でもない。それは梅里もせりも分かっていた。

 それでも二人は立ち向かった。彼ら以外に止められる者がいなかったから。

 しかし、梅里の斬撃も、せりの矢も激流童子には通じなかった。

 それを覆う、水の膜が衝撃を殺し、斬撃や矢の勢いを殺してしまい、装甲を貫くことができなかったのだ。

 それならば、とせりが放った雷の矢『天鏑矢』だったが、その電撃は水の膜を貫くことはなく、その表面を走るだけだった。

 お返しとばかりに、激流童子の腕部から放たれたのは、砲弾のような水の塊だった。

 せりに向かって放たれたそれは、彼女の感覚ではまるでスローモーションのように自分へ向かって飛んでくる。

 

(──って、これ走馬燈じゃないの!?)

 

 と思った瞬間──

 

「──せりッ!!」

 

 駆けつけた梅里がまるで抱きしめるかのようにせりを庇い、二人ともまとめて吹っ飛ばされる。

 地面に転がる二人。

 せりはどうにか立ち上がるが、梅里にはその余力がない。

 

「バカ! なんで私なんかをかばって……」

 

 慌てて梅里に駆け寄るせり。だが、激流童子に慈悲はない。その腕部を再びせりと梅里へと向け──トドメの二発目が放たれる。

 呆然とするせりへ、今度こそ水の塊が接近し──突然、目の前に現れた壁がそれを防ぐ。

 

「……なんとか、間に合いましたね」

 

 せりの前に割り込んだのは、明るい赤紫の袴の女性用夢組戦闘服を着た本部付副隊長だった。

 塙詰 しのぶが手にした扇──深閑扇(しんかんせん)樹神(こだま)~──の写し身を巨大化して開き、盾のようにして水の塊を弾いていた。

 

「しのぶさん? ……どうして」

「説明はあとです。かずらちゃん!!」

「はい!!」

 

 しのぶの声にかずらが応え、地下空間に旋律が響きわたる。

 それに乗せられた霊力が衝撃派となって激流童子へと襲いかかった。

「そんなものがこの激流童子に……ぬぅ!」

 

 そこが完全な外だったなら、青丹の言うとおり、激流童子に対してそれほどの威力を発揮はしなかっただろう。

 だが、ここは開けているとはいえ天井があり、壁のある閉鎖空間だ。そしてしのぶの霊力は『音』にのせられている。それが響きわたり、反射し、あらゆる方向から激流童子へと襲いかかったことにより、その動きを止めるほどの威力となったのだ。

 それを見てしのぶが写し身を解除し、手にした扇を~樹神~から~(のぞみ)~へと切り替える。

 

「……大地に宿りし癒しの力よ、咲き誇れ。 花地吹雪(はなじふぶき)()!」

 

 倒れた梅里の周囲に咲いた薄赤紫の花から花びらが舞い上がる。それを身に受けた梅里の目がうっすらと開かれた。

 

「梅里? 大丈夫?」

「……なんとかね。アイツと戦えるくらいには。で、しのぶさんとかずらちゃんがここにいるのは、なぜ?」

 

 梅里はせりが心配そうにのぞき込むに応えつつ、しのぶに状況を尋ねた。

 

「依然、帝劇前では戦闘中で巽副隊長の指揮で夢組の大部分が花組を支援しています。それと先ほど梅里様達がいた最終防衛線には紅葉さんとコーネルさん、道師様の除霊班頭・副頭がいます。ここにはティーラさんの指示で、わたくしとかずらちゃんだけが雪組に送っていただきました」

 

 外は降雪の悪天候。その状況下で戦闘を支援する極地戦闘部隊・雪組が動いており、二人を支援してくれたようだ。

 とはいえ二人。梅里の下に最低限の人数を回すことができない、というのが実状だ。

 

「ティーラの?」

 

 予知・過去認知班頭である彼女は『見通す魔女』の異名を持つ。

 その『見通す』力は、彼女が持つ予知能力の完全に受動的な『天啓』と能動的に行う『未来視』、高い的中率を誇る『占術』という霊力によるものだけではなく、極めて優秀な洞察力を持ち合わせていることということもある。それに基づいた行動や状況の予測を自分の霊力と合わせることで、高い精度の予知を成り立たせている。

 

「いくらなんでも厳しすぎるわ。とにかく時間を稼いで応援を待つしかない、けど……」

 

 せりが思案を巡らせる。

 しかし、それを梅里が否定した。

 

「いや、倒すよ」

「えぇッ!? そんなの無理に──」

 

 即座に反論してきたせりを梅里が制する。

 

「あのティーラがしのぶさんとかずらだけを寄越した……ということは彼女にはこの四人でアレを倒せるのが“視えている”ってことだ」

 

 梅里が言うとしのぶは頷いた。実際、遠見遙佳の『千里眼』でこちらの情報──上級降魔『青丹』と魔操機兵『激流童子』のことはほぼ正確にティーラは把握している。その上での判断だ。

 それから短い間で策を思案する。

 

(あの魔操機兵はこの前の風巻童子ほどの速さはない。今まで華撃団が戦ってきた搭乗型魔操機兵と比較して、速いわけでも固いわけでも攻撃力が高いわけでもない)

 

 厄介なのはあの纏った水の膜だ。あれが装甲以上のタフさを与えている。そのおかげか同等の頑強さを装甲で実現させたものよりも動きが良い。

 

(それを実現させる力──強いて言えば妖力の具現化に特化している。そしてその分、他を犠牲にしているとも言える。つまりはあの水の膜をどうにかすればいい……)

 

 あれのせいで梅里の斬撃は半減させられるし、せりの矢も雷も通らなかった。

 扇の写し身による打撃となるしのぶの攻撃も通じないだろう。『花地吹雪』も膜に守られて中の本体にまで影響は及ばないように思える。

 となれば──

 

「しのぶさん、魔眼は使える?」

「あなた様の御要望とあれば、いかなることであろうとも全力で応えさせていただきます」

 

 梅里の問いに、瞳は見えずとも熱のこもった視線を送ってくるしのぶ。何か言いたげなせりのジト目が痛い。

 

「魔眼であの水の膜をどうにかできないかな?」

「あれはあの魔操機兵、元をたどれば搭乗している上級降魔が強力な妖力で組成したものです。本体に魔眼の支配が及ぼせられなければどうしようもありません」

 

 そう言いながらしのぶが首を振って無理を告げてくる。

 

「それなら例えば、かずらちゃんが出している音を一点に集中させるようなことは?」

「それも難しいかと……あくまで魔眼ですので、目に見えるものでなければ支配は及びませんので」

 

 例えば、風に飛ばされるものを制御して思い通りに当てたり逆に防いだりはできるが、風そのものを支配することは無理だった。

 

「では、しのぶさんは魔眼を使って最大限の僕ら──特にかずらちゃんの強化と支援をお願いします」

「承知いたしました」

「かずらちゃんは、しのぶさんに助けてもらって音と霊力を精密にコントロールをして、合図で指定するポイントに集中……できるかな?」

 

 そう梅里が問うが、一心不乱に演奏して激流童子を抑えるかずらにはそれに答える余裕がない。しかし──

 

(承知したそうです。隊長)

 

 梅里の頭に念話が届いた。特別班の八束千波だった。

 

(ありがとう。いいいところで連絡してきてくれた。千波にも頼みたいことがある)

(なんでしょうか?)

(指示があったら僕らの視覚共有を頼む。どうしてもピンポイントな攻撃をする必要があるから)

(了解しました)

 

 千波に話をつけ、梅里は振り返った。

 そこにいる、作戦の要と目が合うと、彼女は少し戸惑ったように首をかしげた。

 

「……な、なに?」

「あの言葉、まだ有効だよね?」

「え? えぇ……!?」

 梅里から真剣な眼差しで言われ、せりの頭の中は「あの言葉ってなに?」とパニックになる。

 

(なに? 私、何か言ったの? なにを? え? 私まさか、きゅ、求婚とか告白とか、してないわよね? あれ? でも、あの時、ひょっとして、まさか……)

 

 混乱したせりが思い出すのは大晦日の夜だ。

 あの時、途中から彼女は記憶がないということは自覚している。やらかしたとしたらたぶんそのときだ。

 まさかそんな話をしていただなんて……と勘違いし、せりは思わず顔を赤くする。

 

「さっきの、どこまでも付いてくるって話だけど、アイツを倒すために、キミの力を貸して欲しい」

「──え?」

 

 呆気にとられるせり。同時に自分の勘違いに気が付いて、顔が真っ赤になった。

 

「も、もちろんよ。私の力、思う存分貸してあげるわ!」

 

 そう慌てたように言いつつ、半ばやけっぱちになりながらせりは立ち上がった。

 彼女が弓を手に梅里の傍らに立つと、彼も刀を抜いて構える。

 

「しのぶさん、お願いします!!」

「心得ました……参ります!」

 

 梅里の言葉に応じてしのぶが『覇者の魔眼』を開く。

 彼女の目が完全に開き、金色の光を湛えた瞳がその姿を現すと、周囲には同じ色の光があふれた。

 その魔眼の力によって、梅里とせり、それにかずらの力が限界にまで引き出される。特にかずらは今までにない不思議な感覚を味わっていた。

 演奏し、楽器と弓に触れる自分の手が、普段の何倍も繊細になったかのようだった。さらには普段はなんとなくコントロールしている霊力も、その動きや流れがハッキリと感じられるし、それをまるで指先を動かすかのように細やかにコントロールできていた。

 

(これなら……)

 

 反響する音に乗った霊力さえも完全にかずらの制御下にあった。

 それを、脳裏に浮かんだ──精神感応のネットワークによって共有された、梅里の望む場所へと集中させる。

 激流童子の動きを封じていた霊力が込められた音──振動がその焦点を変えて一点に集中される。

 激流童子の操縦席。その正面装甲を覆う水の膜へと。

 

「せり!!」

 

 梅里は満月陣を展開して、銀色の光に包まれながら、その名前を呼んだ。

 

「ええ、準備万端よ!」

 

 せりが体の前で両手を使い、印を切りながら霊力を高めていく。

 そして体の前に突き出した両手の前に円状の紋様が浮かび上がった。

 ほぼ同時に、梅里が満月陣を展開させたまま激流童子へと向かう。

 

「貴様の刀は通じぬぞ!!」

 

 青丹の声を無視し、さらに距離を積める。

 そして──それは起こった。

 激流童子の正面装甲を覆う水の膜が急に波立った。

 

「なにッ!?」

 

 連続して一カ所を中心にして激しく広がる波紋は、水の膜を細かく激しく揺らし、波立たせ、そして飛沫が飛ぶ。

 かずらの霊力が込められた音の振動は、激しく水面を叩き、気泡を生み出していた。

 そこへ──

 

神鳴(かみな)りよ、紫電となりて、我が君を照らせ……」

 

 せりが、その増幅された霊力を雷と変えて放ち、横殴りに迅る極太の雷光は、切っ先を後ろに向けて構えつつ、敵へ迫る梅里の刀へと直撃し──

 

「満月陣・紫月ッ!!」

 

 銀月の光が紫電の光へと変わる。

 梅里は雷光を帯びた刀を進行方向へと持ち替え──

 

 

「「雷鳴(らいめい)雷光(らいこう)穿(せん)ッ!!」」

 

 

 体当たりするようにぶつかりにいく梅里。

 その切っ先は、急激に泡立った水の膜をぶち抜き、正面装甲さえも突破する。

 細かい振動を与えられ、攪拌された水の膜は抵抗力を失ってしまい、障壁としての能力を大幅に減じていた。また打撃や斬撃は水中で大きく威力を減らされてしまうが、刺突はその影響をもっとも受けない。

 

「グハッ! だが、この程度では……」

 

 切っ先は操縦席の青丹にも届いていた。

 確かにそれが胸に刺さっているが、相手は上級降魔である。人ならば致命傷になろうとも生命力が強い降魔にはそうはなっていなかった。

 痛みに耐えながら上級降魔・青丹は快哉の声をあげる。

 

「この戦い、小生らの勝──」

 

 

「紫電よ!! (はし)れッ!!」

 

 

 激流童子の腕が振り回されるのとほぼ同時に梅里の叫びが響く。同時に纏っていた紫電が刀へと一気に注ぎ込まれた。

 

「なッ──」

 

 梅里の愛刀『聖刃(せいじん)薫紫(くんし)』を伝って、悪を裁く浄化の雷は操縦席内へとなだれ込むと暴れ回り、さらには刺さっている『青丹』を()いた。

 

「グギャアアアァァァァァァッ!!」

 

 断末魔の叫びが響きわたる。

 同時に惰性で振り回された腕部が梅里を吹っ飛ばし、放物線を描いて地面にたたきつけられた。

 

「梅里ッ!!」

 

 悲鳴のようなせりの声が響く。が、梅里はダメージは大きかったがよろよろと腕を上げることでその健在を主張した。

 

「もう、ヒヤヒヤさせないでよ……」

「ええ、まったくです」

 

 せりとしのぶがホッとため息をつき

 

「梅里さん!!」

 

 バイオリンを下げたかずらが梅里へと駆け出す。

 激流童子は内部を完全に灼かれており、それ以上動くことはなく、上級降魔『青丹』は雷光の中に消え去っていた。

 




【よもやま話】
 前回のあんなシーンから、一気にシリアスになってみた。
 激流童子も旧作から引き続き登場です。名前の由来は「元気爆発ガンバルガー」のゲキリュウガーからでした。 
 その激流童子もまた支援機だというのにノコノコと単独行動した挙げ句、撃破されました。回復とか防御向上支援とかできたのに、性能を生かすこともなく。
 そろそろお気づきかと思いますが……ええ、『十丹』ってあまり頭は良くないんです。
 せっかく魔操機兵こしらえたのに思惑をことごとく外され、勝手に撃破されていく現実に叉丹は涙目。

 ……あ、トドメですが、斬撃ではなく突き技になったので末尾が「穿」になってます。
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