サクラ大戦外伝~ゆめまぼろしのごとくなり~   作:ヤットキ 夕一

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─2─

 梅里としのぶがいるその厨房に、足音を立てて入ってきた者がいた。

 人影に気づいたしのぶが顔を上げ、その姿を見る。

 彼女と同じ夢組の女性用戦闘服──その人の袴も個人を示す特別色、シアン色に染められている──に身を包んだ白繍(しらぬい) せりである。

 その彼女を見て、しのぶは戸惑った。思わず梅里を抱く力が強くなるほどだった。

 なぜなら、せりをとても怖く感じたからだ。

 今の真っ暗な厨房には奥にある通路からわずかに明かりが見える程度だが、その逆光でわずかに見えた彼女の顔は、見えづらくとも明らかに怒っているように見えた。

 それは、普段よく彼女が抱いている嫉妬によるそれとは明らかに質が違っているように感じられる。

 事実、せりは怒っていた。今現在の梅里のふがいなさ、そしてそんな彼の支えとなれない自分に対して、だ。

 その彼女は、一度立ち止まっていたが、再び歩みを進めてしのぶの前までやってくると──

 

「しのぶさん、ちょっと離してもらっていいかしら?」

 そう笑顔で言ってきた。

 妙に迫力のあるその笑顔に圧され、しのぶは抱き抱えていた梅里を離す。

 

「ありがと」

 

 彼女はさらに笑顔でしのぶにお礼を言うと──全力を込めた右手で、彼の頬を平手打ちした。

 

「せりさんッ!?」

 

 その一撃の勢いで、梅里は倒れる。

 だが、無気力な彼は倒れたまま自分で起きあがろうともしなかった。

 倒れたまま動かない梅里を、仁王立ちになっていたせりがしゃがみ、胸ぐらを掴んで上半身を起こす。

 

「ちょっと、せりさん……」

 

 戸惑うしのぶを後ろに、せりは──再びの平手打ちを見舞った。しかも今度は一発では終わらない。返す手で逆の頬を叩く。

 さらにそれが二往復、三往復と続く。乾いた音が再び厨房内に何度も響いた。

 

「もう止めてください! 梅里様は、傷ついていらっしゃるのですよ!!」

 

 あわてて止めに入るが、それでもせりは止まらない。続けざまに何度も平手打ちをお見舞する。

 

「ええ、わかってるわ」

 

 無感情を装ったせりがやっと答える。

 その奥底にある激しい怒りを隠しているような、淡々とした口調だった。

 

「わかっていらっしゃるなら、なぜ!?」

「しのぶさんやかずらにはできないと思って。コイツに、厳しくすることがね」

 

 そう言ってさらに頬を張る。

 

「そうやって甘やかしてるだけじゃ、解決しないこともあるのよ!」

「だからといって、そんな……」

 

 せりの強硬な態度にしのぶはオロオロするばかり。

 その間にもせりは何度も、何度も手を振るう。

 そんな無感情だった彼女の目はいつの間にか涙を湛えていた。それでも彼女は手を止めない。

 

「なんで! 怒らないのよ! こんなに! 理不尽に! 叩かれてるのに!」

 

 叩いた拍子に、ついに涙があふれ出す。それでもせりは止まらない。

 

「怒りなさいよ、梅里! 怒って、感情を爆発させなさいよ! たとえ、私のこと……私のこと、嫌いになっても構わないから……」

 

 その手がついに止まり、梅里の胸ぐらを掴む手が両手になった。

 叩いていた右手が痛む。

 だが心はそれ以上に痛かった。

 それでもなお、せりはその痛みを越える強い思いがあった。

 

「そんなあなた……今のあなたの姿を、私はこれ以上、見たくない……あなたは、もっと強いはずでしょ」

「せりさん……」

 

 弱い、いや無気力な梅里をこれ以上見たくないという気持ちは、アプローチこそ真逆だが、しのぶもせりと同じだった。

 

「何度も強敵と戦ったじゃないの! 激流童子! 風巻童子! 叉丹の神威にも負けなかった! 紅のミロクも! それにあの蒼角モドキだって!!

 あのとき、あなた言ったわよね? あれを相手に一対一でも時間は稼いでみせるって、あの自信はどこにいったのよ!? 私と一緒に倒した強さはどこにいったのよ!?」

 

 せりは感情を露わに、涙を流しながら梅里の胸ぐらを掴んで詰め寄る。

 

「あんなに強いあなたなら、こんな悲しみぶっ飛ばせるでしょ!! 頑張りなさいよ!! あやめさんが居なくなっても……私たちがいるじゃないの!」

 

 せりの涙が、梅里の顔へと落ちる。

 だが、梅里の無表情は変わらない。しかし、ゆっくりと口が動き、言葉を紡ぎ出した。

 

「僕は、強くなんかないよ」

「え……?」

 

 やっと出てきた梅里の言葉を、せりは思わず問い返す。

 虚空を見ていた梅里の目が、ハッキリとせりを捉える。思わず喜びかけたが、梅里はやはり無表情のままだった。

 

「強くなんか、ないんだよ。だって、僕のせいで……あやめさんを降魔にしてしまった。僕があのとき、あやめさんの言うことを聞いて……本当の強さがあって、斬ることができていたら、こんなことにはならなかった。そうしないためにあやめさんが決意していたのに……それさえも踏みにじった」

 

 梅里は自分の両手を呆然と見つめる。

 

「あのときから全く変わってない。二年前、僕が決断できなかったために鶯歌に自ら命を捨てさせたあのとき……僕の弱さのせいで降魔を逃がし、鶯歌を殺すことになったあのときから」

「それは違うわ! あなたがあやめさんを、鶯歌さんを斬れなかったのは、あなたの優しさからでしょ? 情の深さが悪であるはずがない!」

「その通りです! 強さに優しさがなければ、それはただの暴力でしかありません! そこに正義は宿らないのです! 梅里様は間違ってなんておりません!!」

 

 せりとしのぶが声をかけるが、梅里はそのどちらにも振り返ることはなかった。

 

「もう……嫌なんだ。僕のせいで誰かを失うのは」

 

 ポツリ言った梅里の言葉。

 それは、せりがいつか聞いた梅里の嘆きだった。

 まるであのころに戻ったかのようだ。

 そしてあの時と違うのは自分の力に対する自信だろう。

 その自信に裏付けられた強さのせいで無鉄砲に戦いに行き死に場所を求めたのとは違い、今の梅里にあるのは完全な自己否定だけだった。

 

 

 ──だから、たとえ警報が鳴ろうとも、彼が立ち上がることはなかった。

 

 

「え? こんなときに……」

「ほら、梅里! 行くわよ!!」

 

 戸惑うしのぶの横で、せりが梅里の手を掴もうとする。

 だが、その手は叩かれて拒否された。

 

「ちょ、ちょっと! あなた、どういうつもり!?」

「僕はもう、目の前で何も失いたくない。失うのが、怖いんだ」

 

 膝を抱えるように地面に座る梅里は、その膝に顔を埋める。

 憤然と立ち上がったせりは、再び胸ぐらをつかみ──

 

「このッ──あっちゃけェッ!!」

 

 感情露わに最後の平手打ちを喰らわせる。

 そのまま倒れ伏す梅里に、せりは追い打ちのように言葉をたたきつける。

 

「わかったわ。あなたはそこで、一生いじけてなさい!! しのぶさん、行きましょう」

「え? あ、あの、その……」

「あなたが惹かれてるのは、こんないじけ虫の弱虫じゃないでしょ!? そんなヤツより帝都を守る方が大事! ほっときなさい、こんな意気地なし!」

 

 そう言ってせりはしのぶの手を掴んで走り出す。

 

「あ、あの……梅里様、わたくしはお待ちしております! あなた様が立ち上がれると信じています!!」

 

 引っ張られるように走り出したしのぶはそう言い残し、厨房から走り去っていった。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 二人が去り、急に静かになった厨房。

 緊急出動──梅里が知る由もないが、聖魔城を浮上させる時間稼ぎのための暁の三騎士「蝶」の襲撃に対する迎撃──によって、帝劇内からも人は居なくなって静まりかえっており、遠くで襲撃の喧噪が聞こえるくらいだった。

 だが、梅里は目の前に人の気配を感じた。

 ピタリと手に触れる地肌の感覚にふと顔を上げると、薄い黄緑──萌木色をした袴の夢組戦闘服を着た、伊吹(いぶき)かずらが身を乗り出すようにその手を握っていた。

 朗らかにほほえむ彼女にあわせ、その柔らかそうな三つ編みに編まれた髪が揺れる。

 

「梅里さん、出撃しないんですか?」

 

 そう言われて、梅里は返事に窮した。

 迷い──だが、告げる。

 

「僕は、もう戦えない」

「どうしてですか?」

「失うのが……怖いから」

「そう、ですか」

 

 せりは相変わらず微笑んだまま、続ける。

 

「でも、それでいいんじゃないですか。前に私が梅里さんに頼りないって思われてたとき、そうでしたもんね」

 

 失うのが怖いから、そもそも危険なところに行かせなければいい。

 そう判断したのは梅里だった。だからかずらは危険な──戦闘が予見されるところから意図的に外された。

 

「でも、梅里さんが避けても……他のみなさんは戦いますよ、きっと。それでもいいんですか?」

 

 かずらが問いかけるが、それに答えはなかった。

 いいわけがない、と梅里は思っている。

 梅里がいなくとも、誰かが倒れる可能性はもちろんある。死ぬ可能性もある。

 そんなことはわかってる。だが、それを受け止められる自信は──今の梅里にはなかった。

 抱えた膝に顔を伏せるようにして、梅里は地面に座っていた。まるで現実から逃げるように。

 その耳に、衣擦れの音が聞こえる。

 帝劇内がシーンと静まりかえっているから、聞こえる音だった。しばらくするとその音さえも聞こえなくなる。

 

「……梅里さん」

 

 再びのかずらの声だったが、梅里は顔を上げなかった。

 両頬に触れる肌の感触。そして梅里の顔を持ち上げるように動いたその手によって、視線を上に向かせられた。

 見えたのは彼女の顔。その表情は緊張しているようにも、悲しげにも、恥ずかしそうにも、見えた。おそらくそんな感情が入り交じっているのだろう。

 そして──

 

「ッ!? かずらちゃん?」

 

 思わず息をのむ。

 かずらは、何も着ていなかった。

 その足下には先ほどまで着ていた夢組の戦闘服らしきものが置いてあるが、今のかずらは下着一つ身につけていない。

 

「……梅里さん。お願いがあります」

 

 驚きと、突然の状況に頭が追いつかないのと、元々の気力が下がっていたので、梅里は何も言うことができなかった。

 構わずかずらは言葉を続け、その場に立って全身を見せる。

 

「私を、梅里さんの好きにしてください。どんなことでもしてもらって構いません」

 

 裸でそう言うことがどんな意味なのか、かずらもわかっている。

 

「私の体で満足してもらえるかわかりませんけど、なんでもいうこと聞きますし、どんな要望でも受け止めますから」

 

 少し自虐的な笑みを浮かべつつ、さらに一歩、梅里へと近づく。

 

「だから……」

 

 かずらの声が震えた。

 彼女は手を梅里へと伸ばす。

 

「だから、お願いです。それが終わったら元の梅里さんに、戻ってください」

 

 そう言ったかずらの目から涙が落ちた。

 

「私には、どうしたらいいかわからないから。しのぶさんみたいに梅里さんを信じて待つほどの包容力も、せりさんみたいに叱咤激励できる強さもありません」

 

 先ほどのせりとしのぶがしていたことを、かずらは影で見ていた。

 逆に行えば、かずらは見ていることしかできなかった。梅里にどう接していいかわからなかったからだ。自分の強さを見失っている梅里に、いつも通りに彼に寄りかかることはできなかった。

 

「弱くて何もできない私にできるのは、梅里さんに体を捧げて元気を取り戻してもらうくらいしか……それくらいでしか役に立ちませんから。私には、みんなを守る力がありません」

 

 降魔を一人で倒せるのは夢組でもほんの数人。そのうちの一人が梅里であり、かずら一人ではまともに戦うことさえできない。

 かずらはさらにもう一歩近づこうとした。そこはもうお互いの距離は手を伸ばせば触れられる距離だ。

 体が自然と震える。いくら想いを寄せる相手とはいえ「好きにしていい」と言った以上は何をされるかはわからない。それはもちろん『拒絶』も意味するところだ。

 かずらの言葉はいつものいつでも「冗談」と引き返せるものではない、彼女の『本気』から出た言葉だが、逆に言えば『拒否』されれば、それは梅里から『本気』で拒否されたことになる。

 

(怖い……すごく、怖い……)

 

 ゆえに、かずらは踏み出せなかった。その一歩を踏み込めなかった。

 そんな勇気さえ、自分にないのかと悲しくなる。そしてあらためて思い知らされる。自分がそういう意味でも弱いということを

 涙がこぼれ落ちる。身を捧げるつもりでも、こんな程度でしかない、自分の体たらくに。

 

(もう、どうすれば……どう説得したら……)

 

 途方に暮れる彼女の目に、梅里の傍らに立つ女性の姿が見えた。

 セミロングくらいの長さの髪をポニーテールにした、朗らかで明るく、そしてかずらにも優しく笑みを浮かべている、そんな──梅里を見守り続ける彼女の姿が。

 そんな彼女の姿に、かずらの涙腺は限界を迎える。止めどなくあふれるそれは、かずらの感情を一気に爆発させた。

 

「鶯歌さん、後悔して無いじゃないですか……梅里さんのことを、恨んでなんて、いませんよ」

「え……」

 

 その名前を出したとき、梅里の目が一瞬だけ、元に戻った。少なくともかずらにはそう見えた。

 正直に言えば名前を聞いただけで正気を取り戻させる彼女には悔しいと思うし、嫉妬もする。でも今は本来の梅里を取り戻すのに見えたそのわずかな光にすがるしかない。

 

「なのに、どうして梅里さんは、そんなに後ろ向きで、変えられない過去ばかり見て、嘆いて、変えられそうな未来と向き合わないんですか?

 それを……あやめさんが、降魔なんかじゃない本当のあやめさんが、望んでるわけ、無いじゃないですか!

 本当のあやめさんなら、帝都を守ってというはずです。それなのに、今の梅里さんは……ッ!」

 

 かずらは一生懸命に言葉を紡いだ。感情が赴くまま、必死に訴えることしかできなかった。だから、その代償にそこまで言うのが精一杯で、それ以上は高ぶった感情で泣いてしまい、言葉が続かない。

 しゃくりあげて声が出ないかずら。目も涙で見えなくなって、手で拭うが次から次へとあふれ出してしまい止まらない。

 

(本当なら、まだ言わなければいけないのに。まだ梅里さんは立ち直ってないんだから……)

 

 必死に涙をこらえよう、止めようとするかずらの肩に、ふわりと何かが掛けられた。

 素肌に触れる布の感触。それに暖かさを感じ、それで自分が裸だったのを思い出す。

 

「──え?」

 

 もう一度強く涙を拭い、そして見上げると、正面にはかずらに自分が着ていた羽織をかけてくれた梅里の姿があった。

 

「梅里、さん……?」

「ゴメンね、かずらちゃん」

 

 梅里はそう言ってその手をかずらの頭の上に乗せ、そして優しく撫でた。

 

「キミのおかげで思い出せた。確かに、自分の弱さのせいで、鶯歌に酷な選択をさせた。でも……それは僕がこれから一生背負っていかなければいけないことだ。目を背けていいことじゃない」

 

 背けるのは甘えでしかない。たとえそれを繰り返してしまい、あやめの降魔化を防げなかったとしても、だからと言って逃げていい、逃げられるようなことではないのだ。

 それに立ち向かわなければ、それこそ鶯歌に失礼な話だ。なぜなら──3人の話を信じるのなら──彼女は、梅里を見守っているというのだから。

 掛けた濃紅梅(こきこうばい)の両肩に優しく手を乗せ、ジッと見つめる。

 こんな健気な()にここまで無理をさせ、追い込んでしまった自分の不甲斐なさを実感し、そういう意味でも自分は立ち上がらなければならない。そう思った。

 

「鶯歌は降魔に負けなかったんだ。だから僕も負けるわけにはいかない。それを思い出させてくれて──ありがとう」

「梅里、さん……」

 

 目の前で浮かべられた笑顔は、本当に優しく、そして強い、かずらが憧れた人のそれだった。

 

「──ッ」

 

 だからかずらは、思わず行動していた。

 踏み出せなかった一歩を踏み出し、そして自らの意志で──梅里の唇に自分の唇を重ねる。

 

「──ッ!? か、かずらちゃん?」

 

 すぐに離したので、困惑した梅里が思わず声をあげる。

 

「……梅里さんが悪いんですよ。女の子が勇気を振り絞ったのに、手を出さないで有耶無耶にしようとしたんですから」

「え……っと、それは……」

「でも、元に戻ってくださったので、今はそれで勘弁してあげます。せめてそれくらいは、受け取ってくださいよ?」

 

 そう言ってかずらはいたずらっぽく笑みを浮かべる。

 それから恥ずかしさを隠すために、彼の匂いが染み着いた羽織に顔を埋めた。

 




【よもやま話】
 せり暴走。最後のビンタとともに言った言葉はせりの出身地の方言で概ね「馬鹿」という意味です。せりの出身地については明言していません。前に一度ヒントを出しているのですが……どこか明確に書かないのも一興かな~、と思ってます。
 ちなみに彼女の台詞の「こんな悲しみぶっ飛ばせるでしょ!! 頑張りなさいよ!!」はあやめさんと声が同じキャラが主役を務める某ロボットアニメの主題歌のサビからのオマージュです。
 後半は……いや、かずらなりにがんばって考えた励まし方だと温かい目で見てあげてください。
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