サクラ大戦外伝~ゆめまぼろしのごとくなり~ 作:ヤットキ 夕一
米田とあやめの間で、そんなやりとりが数ヶ月前にあったとは露知らず、何も知らされずに普通にヒラ隊員として入隊すると思っていた梅里はさすがに驚いた。
「えっと、いや、おかしいですよ。だって……ほら、さっき米田のおじ、米田中将は僕に民間人の身分のまま入隊しろって言ったじゃないですか」
「ああ、言った。でもその時に言っただろ。気にすんなって。同じような民間登用が多いし、それに今もウチじゃあ軍人じゃねえ民間登用者が隊長をやってる隊がある」
米田の言うことは事実だった。少なくとも夢組以外の隊で現時点では民間人が隊長をしている隊が一つだけある。
「けれど、魑魅魍魎との戦いなら経験はありますが、あくまで一対一です。集団戦闘の指揮を執るなんてやったことが……」
「無いなら経験できるいい機会だろ。早く慣れろ。お前自身の戦闘経験やそれを基にした霊的な勘が必ず役に立つ」
「そうは言われても……」
葛藤する梅里。しかしその姿にこそあやめは好ましく思っていた。
梅里が隊長という職責がどういうものか理解していると分かったし、その上で安易に引き受けないことが無責任ではないと語っていた。周囲が見えないほどに心に壁を作って「死に急いでいる」わけでもないことが実際に目にできたからだ。
だから自分が推薦したことに自信が持てた。
「梅里クン、難しく考えないで。最初から完璧に全部こなす必要なんてないわ。軍人でないあなたにそれを求めるのが酷なことくらい私も司令も分かっています。だからこそ、副隊長をはじめに他の隊員たちがいるのだから遠慮なく頼りなさい」
梅里を諭しつつ、あやめが視線をしのぶとティーラに向ける。
しのぶは元から細い目で微笑みながら丁寧に、ティーラは内心を悟らせないような目を伏せた状態で軽く頭を下げる。
「その通りだ、ウメ。わからねぇことがあれば他の奴らを頼れば──」
──と、米田が言い掛けたときだった。
梅里の背後、入ってきた扉がノックされる。それもかなり強い調子だった。
「……おう、誰だ?」
「巽です、中将に至急お伺いしたい用件がありまして参りました」
実直そうなハキハキとした声に、米田は苦虫を噛み潰したような顔をする。
「……入んな」
「失礼します」
声とともに扉が開かれ、入るなり一礼した男がさらに進み出てくる。
一目見て軍人と分かった。米田やあやめの緑に対し、色こそ白と違うが軍服を身にまとっていたからだ。入室して進む動きにもメリハリがあっていかにも軍人らしい。
梅里は、その男が入ってきて米田のすぐ前に至る最中に、その鋭い目で自分を一度見ていたのを感じ取っていた。
まるで値踏みするようなその視線。
だが、梅里にとってはあまり人から向けられたことがない視線でもあり、戸惑いもあって思わず苦笑していた。
それを受けて、巽と名乗った軍人がわずかに驚き、直後、厳しい目を向けてきた。
(怒っている?)
巽は梅里から視線をきり、梅里の横に並ぶと敬礼をする。その動作もさまになっており、非の打ち所がないものだった。
「……用件は?」
「おそれながら、帝国華撃団夢組の隊長について、私ではなく他の者が任命される、と聞き及びましたのでその確認に参りました」
「え?」
梅里は思わず巽を見て、それから米田を見る。
米田は表情を崩さずに話をジッと聞いていた。
「こちらに配属になった際、自分は夢組隊長心得としてやってきました。隊が本格的に活動する際には隊長となるのは自分と思っておりましたが……」
「事情が変わった。お前は副隊長として隊長を支えてくれ」
「……おそれながら、その隊長とはどのような者ですか?」
一瞬、梅里に視線を向けて巽が尋ねる。その行動がわかっていてあえて訊いていることを物語っていた。
米田は内心おもしろくは思わなかったが答える。
「お前の隣にいるヤツだ。名前は武相梅里。おいウメ、コイツは巽 宗次と言って──」
「武相……失礼、私服で分かりませんでしたのでお尋ねしますが、階級は?」
米田の言葉を遮りながら振り向いた巽が尋ねてくる。それに対し、梅里は驚きながら応えた。
「えっと、僕は軍属ではないのでそういうのは……無い、かな」
「ほう、それは失礼しました、武相殿」
再び米田の方へ向く巽。
その表情は一気に厳しいものへと変わっていた。
「司令、まったく納得がいきません。軍属でない民間人に軍の一部隊の隊長をやらせるおつもりですか!?」
「つもりもなにも、現に花組のマリアがそうだろうが」
さっき米田が言っていた民間登用の隊長とは、他でもなく戦闘部隊である花組の隊長マリア=タチバナのことであった。
彼女はロシアで戦争での経験はあっても、今の身分は軍人ではなくあくまで民間人である。
「それは適任者が軍にいないから、と聞いてます」
「ああ、その通りだ」
「ならば、夢組は違うではありませんか!!」
くってかかる巽の姿に、梅里の方こそ驚き、そして戸惑っていた。
そんな彼とは対照的に室内にいる他の人は平然としていた。彼と同じ軍人である米田やあやめはもちろん、しのぶはどこか冷めた目で見ているし、ティーラもまた泰然としている。
いや。平然としてはいない人が一人いた。その巽の前──それは梅里の前でもある──にいた米田だった。
先ほどの一言をきっかけに、米田は剣呑な空気をまとい始めている。
「夢組が、違うだと? 今の夢組の状況を見たらそんなことは言えねえと思うんだがよ」
米田の指摘に巽は悔しさをかみ殺しながら反論を始める。
「それは今はまだやり方が浸透していないだけで、続けていればいずれ結果が出てくると──」
「そうか? オレには隊員のやる気が駄々下がりで、これから上がるようには見えねえし、その実力の半分も出せない現状で今のやり方が正解とは思えねえんだよ。
だがこれはお前の責任じゃねえ。もっと根本的な問題で、軍の方式では噛み合わねえってだけだ。やり方を改善すれば上手く回るようになる」
「ならば、それを自分にやらせていただければいい話ではないですか!」
反論を重ねる巽に、米田は小さく舌打ちする。
「……お前じゃ、無理なんだよ」
軍人の巽では軍の方式から離れることはできないし、隊員達も巽への反発が強い。それらが解決できるとしても長い時間が必要になるだろう。
だが、状況はそれを待ってくれない。そんな事情も米田の苛立ちを刺激する。
「自分にはできず、そこの男にはできる、ということですか?」
少なからず米田も頭にきていたので、その言葉はすんなり出た。
「ああ。その通りだ」
「オレが……自分がその男の。民間人の下で働けということですか……」
巽の手が握りしめられ、ワナワナと震えていた。
その姿を見ながら梅里はさらに困惑を強くする。
(そんなにやりたいなら、この人が隊長でいいんじゃないかな)
と思っていた矢先のことだった。
「ならば!!」
巽はさっと横を向き、梅里と相対するや──
「武相梅里! オレと立ち合いをしてもらおう」
──と、ビシッと指を突きつけた。
「は? え?」
「劣ったヤツの下で働くなどまっぴらだ。貴様の実力、測らせていただく」
巽が鋭い目で梅里を睨む。その後ろでは米田が呆れたような顔をしているのが視界に入った。
「それはあまりに無礼ではないでしょうか?」
そう言ったのはしのぶだった。彼女はスッと一歩進み出て梅里と巽の間に入ろうとしている。
そのまとった空気は今まで上野駅から一緒にいて感じていたのんびりした彼女のそれとは明らかに変わっていた。
「塙詰、オレはお前には話をしていない」
「武相様には受ける理由がございません。米田中将も認めたわけではありません。あなたの勝手でそのようなことを……」
「いいのでは、ないでしょうか?」
意外にもそう言ったのは、梅里がこの部屋に来て初めて聞く声だった。
今までじっと目を伏せて待機していたアンティーラ=ナァムという女性。褐色の肌が特徴的な彼女が初めて梅里の前で口を開いたのだ。
「それで納得されるのであれば、良いかと思いますけど」
「でも、それでは……」
反論しようとしたしのぶ。だが歩いてきたティーラが彼女の耳元で何事かつぶやくと、しのぶは引き下がった。
「いいでしょう。では、立会人はわたくしが務めさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「構わん。が、依怙贔屓だけはしてくれるなよ。どうやら陰陽寮の姫様は武相殿のことを気に入っておられる様子だからな」
「そんなこと、我が家名にかけていたしません」
巽に反論してからしのぶが米田の方を見ると、「好きにしろ」と言わんばかりに呆れた様子で手を振った。
「……話は、まとまったようですね。鍛錬場で行いましょう」
ティーラがその場を纏めると一礼し、部屋から出ていくのに続き、巽としのぶも続く。
「あの……僕は一言も受けるとは言ってないんだけど……」
と、その場の空気にのまれていた梅里は大きな声で言えるはずもなく、小さくつぶやくので精一杯であった。
【よもやま話】
宗次初登場のシーン。
彼は彼なりに軍で学んだことを一生懸命頑張ったのですが、配属された部隊が悪かったとしか言いようがありません。大神や加山に引けを取らない優秀な人という設定です。
仕事で空回りして、追いつめられて、さらに空回りしていく、という負の連鎖になってしまったのは自分が社会人になった体験からで旧作書いてたときには想像できなかったし、できなかった発想だと思ってます。宗次は本当に気の毒だと思いつつ。
旧作の宗次に当たるキャラではそういう設定はなく、よくわからんけど副隊長でいきなり梅里にからんでいたので、梅里に挑む自然な流れができたと思ってます。
なお、2話以降では重圧から解き放たれて人が変わったように活躍する予定。