サクラ大戦外伝~ゆめまぼろしのごとくなり~   作:ヤットキ 夕一

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─9─

「──梅里ッ!?」

 

 糸が切れたように倒れた梅里へ真っ先に駆け寄ったのはせりだった。

 続いてかずら、しのぶと続く。

 だが──いち早く彼の下へと辿り着いたはずのせりの顔は蒼白になっていた。

 その手は梅里の顔に触れており、その一方で彼の目は閉じられている。

 様子がおかしいせり。

 それを不審に思ったかずらが彼女に尋ねた。

 

「せりさん? どうしたんですか? 梅里さんは──」

 

 その問いにせりはかずらもしのぶも見ず、ただ虚空を見つめたまま首を横に振った。

 

 梅里の体に触れて気が付いた──彼は呼吸をしていなかったのだ。

 

 そしてさらに気が付く。全身から力が抜けており、生気が感じられないことに。

 首にあてた手からも……脈は感じられなかった。

 

「「──え?」」

 

 かずらは呆然と立ち尽くし、信じられない様子のしのぶは慌てて梅里の投げ出され、力を失っている手をとって脈を調べる。

 そしてそれが感じられず──しのぶもまた愕然とする。

 

「おい! 三人とも、いったいどうした? 梅里はどうしたって言うんだ!」

 

 らちがあかない三人に業を煮やした宗次が、怒鳴るように確認すると、せりが緩慢な動きで宗次の方を見た。

 

 

「梅里が……死んじゃった……梅里が…………」

 

 

 そこまで言うのが精一杯だった。

 せりは顔を梅里の胸へと埋め、人目もはばからず号泣していた。

 

「大関ッ!!」

 

 戸惑いながらも宗次が怒鳴る。

 同時に人混みをかき分けて髪をボブカットにした小柄な女性隊員が慌てて梅里へと駆け寄る。

 顔に手をあてて呼吸がないのを確認し、その顔がゆがむ。

 

「塙詰嬢、失礼します」

 

 そう言って、ヨモギはしのぶがとっていた彼の手を受け取り、その脈をあらためて調べた。

 

「……ッ!」

 

 ヨモギの目が、沈痛そうに細められた。

 そして吐き出すように──しかしキッパリと言った。

 

「呼吸、脈拍……共に、ありません。隊長は……亡くなっています」

「バカな!! 直前まで戦って、あの巨大降魔を倒したんだぞ!?」

 

 釿哉が信じられないとばかりに腕を振る。

 その横では、鎖鎌を手にした紅葉が、膝から崩れ落ちるようにして呆然としていた。

 あのトドメの一撃で、梅里は一方的に攻撃していたはずだ。事前の戦いでのダメージはあっても、それが致命傷になるような状況ではなかったはずだ。

 

「肉体に深刻な外傷は認められません。推論になりますが、先ほどの膨大な霊力に、隊長の霊体が耐えられなかったのだと思います」

 

 ヨモギの説明を聞いて、しのぶが自分の懸念が当たっていたことを知る。

 しのぶも知らないことだったが、満月陣が鏡であるなら満月陣・望月は凹面鏡なのである。

 霊力を受けてその通りに輝くのでなく、受けた霊力を一点に集中させて威力を増す。

 焦点の部分であれば日光で容易に火を起こすことができるその凹面鏡が収束させたエネルギーが大きすぎ、鏡である梅里自身の耐久を上回ってしまったのだ。

 

「……失敗するしない以前に、今の私では、治療に挑むことさえ、できないではありませんか!」

 

 悔しげに涙をにじませるヨモギ。その肩を釿哉が優しくポンと叩く。

 梅里の腕を握りしめたまま堰を切ったように普段は半眼のヨモギの目からも涙があふれ出していた。

 

「……あのとき、梅里は死を覚悟してたってことかよ」

 

 ヨモギを慰めながら、釿哉も呆然とつぶやく。

 その言葉で宗次はハッとし、その視線をティーラへと向ける。

 滅多に見ないその紫色の袴の夢組女性用戦闘服に身を包んだ彼女は、うつむいて顔を上げることができないでいた。

 

「ティーラ、お前知っていて……」

「はい。隊長に言われ、考察したときにその結果には至っていました……」

 

 ティーラの言葉を聞いて、せりがバッと顔を上げる。

 

「なんでよッ! なんで隊長を……梅里を止めなかったのよッ!!」

 

 強い口調で責めるせり。

 それにティーラは申し訳なさそうに顔を伏せたまま答える。

 

「あのとき、私も止めようとしました。でも……隊長が他に方法はない、とおっしゃって。実際、あの状況で巨大降魔を倒すには、あの手段しかありませんでした」

 

 そこまで言ったティーラをかばうように、宗次が割って入る。

 なにも言わなかったが、せりは視線を梅里へと戻し、呆然とつぶやく。

 

「そんな……じゃあ、あのとき……」

 

 陣を組む直前にせりが梅里に「ゴメン」と言われたのを思い出していた。

 なんでそんなことを言ったのか、あのときはわからなかったが──すでに死ぬ覚悟を決めていたのだとしたら、合点がいく。

 

「命を粗末にしない……その約束を破るから、私に謝って……」

 

 愕然とする。自分もまたヒントを与えられていたのに、それに気づかず梅里の命を散らすのを黙って見過ごしてしまったのだ。

 そのことを思い知り、激しい後悔にさいなまれる。

 

「ゴメン。ごめんなさい、梅里。私……気がつかなくて」

 

 再び梅里の亡骸に顔を埋めるせり。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 一方、その近くでかずらは衝撃が大きすぎて未だに受け止めきれずに呆然と皆の様子を眺めていることしかできなかった。

 あの時感じた梅里の緊張感。それは悲壮感に近いものだったのかもしれない。

 かずらは円陣の中心にいた梅里の姿を思い出し、ぼんやりとそんな風に考えていた。

 その肩に、ポンと手が置かれる。

 振り返ると、沈痛そうに目を伏せたコーネルが立っていた。

 

鎮魂曲(レクイエム)、演奏できますネ?」

「え? ──はい、できますけど……」

 

 頷くかずらにコーネルは優しく言う。

 

「隊長も、アナタに送ってモラいたいはずデス。お願い……できまセンカ?」

「隊長を……梅里さんを、送る?」

 

 ぽつりとつぶやく。

 それで彼が死んだという実感がやっとわいてきた。

 同時に、それを認めたくないという気持ちがわき上がり、一気に突き抜ける。

 反射的に歳相応の我が侭さが首をもたげて現れた。

 

「い──」

 

 イヤです、とかずらが言おうとしたときだった。

 鎮魂曲(レクイエム)という曲がある。その「魂を安らかに送る曲」というものがあるのなら、その逆に音楽には人の魂を引き留める力もあるのではないか、と思った。

 あまりに安易な発想だったが、梅里の死を受け入れたくないかずらにはそれが真実に思えた。

 

(梅里さんともう会えないだなんて、耐えられません! それに……許せません。こんな結末なんて──納得できるわけがありませんッ!!)

 

 意を決してバイオリンを構え、演奏を始める。

 見事な、すばらしい旋律が周囲に響きわたるが──

 

「What's? ミス伊吹? いったいなにを……」

 

 明らかに葬送曲とはかけ離れたその曲に戸惑うコーネル。

 

「送りなんてしません! 隊長と、梅里さんとお別れなんて絶対にイヤです! 鎮魂なんてさせずに、魂をつなぎ止めて……戻してみせます!!」

 

 かずらの悲痛な叫びは演奏と共に響く。

 それを聞いて、顔色を変えた者が三人いた。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

(魂を……戻す?)

 

 その一人である塙詰しのぶはかずらの言葉に驚くと同時に、ある考えに至った。

 梅里が死んでしまったのは、外傷──つまりは肉体的な要因ではないとさきほどヨモギが断定していた。

 肉体ではなく、霊体が壊れ、そこに納められていた魂が抜けだしたからこそ死に至った。

 

(ならば、その霊体を治すことができれば──)

 

 しのぶはそう考えるに至り、その目に力を入れる。

 幼いころには忌まわしいとさえ思った『覇王の魔眼』。目にしたものを思うように操る絶対支配の魔眼。それを使えば、治療を施すことができない霊体といえども癒すことができるかもしれない。

 もしそれが今役に立つのだとしたら、この力は今使うために与えられたのだろう、と信じられる。

 そう思って使ったしのぶだったが──

 

(やはり……魔眼といえども肉体を見て霊体を追うことはできませんか……)

 

 強力な魔眼も目にして捉えていなければ、対象にさえできない。

 梅里を助けられないという現実を突きつけられ、悔しさに涙がにじむ。

 だが、そのとき──

 

(塙詰副隊長、私の感覚を受け入れてください)

 

 念話が頭に響いた。

 

(──え?)

 

 しのぶが戸惑っている間に、視界ががらりと変わった。人のいる位置は変わらないが、普段とはかけ離れたその感覚が表現しづらい。

 

(精神感応による知覚……霊体を意識した、私が感じている世界です)

(千波さん? けれど違和感がすごくて……)

(慣れろとは言いません。しかし、あなたがやるべきこことはただ一つなはずです。それだけに集中してください)

 

 千波の念話で理解した。

 自分がやるべきこと──それは梅里の霊体の修復。

 そしてそれは見つかった。せりの霊体が目印になり、その前に無惨にも砕けている器が感じられた。

 それこそが──しのぶが感じ取れた梅里の霊体の成れの果てだった。

 

(梅里様……こんな状態になるまで無理をなされて……)

 

 しのぶは集中する。

 その壊れてしまっている霊体を見つめ“元に戻れ”と念じる。

 幸いなことに梅里はその場でこと切れたために霊体の破片がその場にあるし、回復のための霊力も先ほど集めた膨大な霊力の残滓がしのぶの魔眼を補ってくれる。

 周囲に金色の霊力が満ち、しのぶの強力な魔眼が発する力を糧に、梅里の霊体が少しずつ元へと破損した部分が修復され、他の人と似た形に戻っていく。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

(──白繍調査班頭、お願いがあります)

 

 突然、頭の中に声が響き、せりは顔を上げた。

 

「え……?」

 

 戸惑うせりの頭の中にさらに声が聞こえる。

 

(八束です。今、伊吹さんと塙詰副隊長が隊長の蘇生を行っています)

(蘇生って、梅里は……)

(ええ。隊長の状態はきわめて危険──ほぼ絶望的な状況ですが、一縷の望みをお二方は信じています。白繍さんも協力を願います)

(それは……うん、なんでもやるわ。任せて)

 

 せりは袖で顔を拭うと大きくうなずいた。悲しみに染まっていた顔は、絶望に挑む勝ち気な顔へと変わっている。

 

(伊吹さんが魂をどうにかつなぎ止め、その間に塙詰副隊長が霊体の再生を行っています。白繍(かしら)は肉体の維持をお願いします)

(維持って……具体的にはなに?)

(人工呼吸と心臓マッサージですね)

 

「じ、人工呼吸ッ!?」

 

 素っ頓狂な声をあげたせりを、周囲の者が思わず見た。

 が、彼女はそれに気づかず梅里をじっと見つめている。

 

(そ、それって……あの人工呼吸よね?)

(当たり前です。他にはありません。それと急いでください。せっかく魂をつなぎ止めて霊体を再生しても、活動を完全に止めている肉体のダメージが致命的なものになっていまえば意味がありません。さぁ、早く!!)

 

 肉体と霊体という器、それに宿る魂の三つが揃って人は生きている。一つでも欠ければ人は生きていけず、梅里はその霊体が致命的に壊れた以外は、魂も肉体も生命維持に支障は無いが、肉体の維持ができない現状では、そこが致命的になってしまうおそれがある。

 

(え? ちょ、ちょっと待ってね。心の準備が……)

(は・や・く・し・て・く・だ・さ・い!!)

 

 (すご)む千波。普段は感情表現も乏しく大人しい彼女だが、精神感応という自分の得意なフィールド内では非常に強気になれる。

 千波から彼女の専門である念話に強いプレッシャーまで加えられ、追いつめられたせりは横たわっている梅里の顔を上向かせて気道を確保すると、深呼吸し、「えいッ!」と気合いを入れて、開いている彼の口に自分の口を合わせて人工呼吸を始めた。

 

「おい、伊吹……お前、いったい何を……」

 

 戸惑う釿哉が声をかけるが、一生懸命──というよりも精神的な余裕がないせりはそれにさえ気づかず続ける。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 突然、演奏を始めたかずら。

 いきなり魔眼を開いたしのぶ。

 素っ頓狂な声をあげたかと思ったら人工呼吸を開始したせり。

 

 そんな三人達を驚いたように見つめる夢組達であったが、彼女らが何の目的でそれを始めたのか、薄々はわかっている。

 それが達成される──そんな奇跡を、祈らずにはいられなかった。

 




【よもやま話】
 前回からの流れで、夢組全員で足りないから華撃団全員になり、そのせいで梅里が耐えられなかった──と捉えられてしまいそうですが、夢組全員の時点でもう限界を超えます。あの時点で挑んでいたら、巨大降魔を倒せたか微妙な上に梅里は確実に死ぬという状況でしたので、できなかった状況でした。
 それと、復活のために密かに活躍している千波ですが、ゲームだったら2週目以降に攻略可能になる隠しヒロイン──的な感じです。
 どうにも自分で名前付けたわけじゃないので「よその子」感がして、ヒロインとしての描写ができないんですよね。ヒロインにするなら「ちなみ」と名前が変わっていたでしょう。
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