サクラ大戦外伝~ゆめまぼろしのごとくなり~ 作:ヤットキ 夕一
巽 宗次はイラついていた。
帝国海軍に所属した彼は、帝国の英雄である米田一基が新設する部隊の一隊長になれると聞いて心躍っていた時期もあった。
あくまで隊長心得であったが、実質的には部隊が設立されれば隊長になるポジションである。高揚し、張り切って職務にあたった。
──だが、それが歯車の狂いだしであった。
民間人ばかりで軍人がほぼいない部隊では、今まで宗次が学んできた軍隊式の運用がまるで役に立たない。その通りに人は動かない。
ならば、と軍隊式の教育を最初から仕込もうとしたが、今度は隊員達から「話が違う。やってられない」と反発された。
その多くは女性であり、宗次がどんなに理路整然と効率のいい部隊運用について理屈を並べても、まったく聞き入れてもらえなかった。
そうしているうちに、宗次と一般の隊員達の間には徐々に壁が出来始めていた。それを取り払おうと頑張れば頑張るほど逆に距離が離れていく。
そして彼らは口々に塙詰しのぶを隊長に、と言い始めたのだ。最初は陰陽寮出身の彼女の周辺者くらいだったのだが、しばらくする内に女性陣がことごとくそちらについていた。
夢組内は女しかいない花組を除いて他の隊に比べて女性の割合が高い。これは部隊が霊力を行使する関係で、一般的に女性の方が霊力が強いというせいもあるのだが、その女性の割合が高い隊の中で女性を敵に回してしたのは間違いなく悪手であった。
夢組幹部の一人で、実直さが抜きんでている
別の男性幹部である
外国人の隊員でありながら幹部に名を連ねているコーネル=ロイドからは「ソレでは心ヲ掴めまセン」と言われたので藁にもすがる思いで話を聞いたが、宣教師である彼が宗次に改宗を勧め始めた時点で話を打ち切った。
どこで間違えたのか、宗次にはわからなかった。ただ自分は、できる限り最善のことをしてきたという自負だけはある。
だからこそ、少なくとも同じ軍人である米田とあやめだけはそれを理解してくれていると思っていた。
しかし現実に米田から突きつけられたのは「別の者を隊長にする」という判断だった。しかも軍人でさえない民間人を、だ。
宗次にとって、自分が正しいことをしてきたかさえも分からなくなった中で、すがりつけるのは、自分の能力に対するプライドだけだった。
隊長候補としての仕事は失敗したかもしれないが、それでも自分は高い能力を持っている。少なくとも米田が指名したどこの馬の骨か分からないヤツよりも。
それを証明するための立ち合いだったのだが──
(強い!)
それが純粋な感想だった。
帝国華撃団花やしき支部の地下にある鍛錬場で、宗次は武相梅里という男と相対していた。
互いの得物はそれぞれもっとも得意としているもので宗次が槍、梅里が刀を選び、それぞれ訓練用のものを手にしている。宗次は棍の先に布を巻いたもので、梅里は木刀だ。
当初、宗次は「負けるはずがない」と思っていた。
海軍士官学校では首席や次席のヤツと互角以上だったという自負がある。そういう意味で自分の実力に自信があった。
加えて言うなら隊長に指名された男はお世辞にも強そうには見えなかった。少なくとも強者が持つ覇気のようなものが無かった。
得物を手に互いに構えたとき、相手はセオリーの正眼の構えをとらなかったのも侮った原因の一つだ。突き出すように構えた刀の刃にあたる部分を上に、刀身の中央付近の峰の下に添えるように左手を構えたのは、素人が演劇でも見て真似たのだろうと失笑しかけたほどだ。
が、立会人のしのぶが発した開始の声と共にその認識が間違えたものだと痛感する。
(隙がない、だと!?)
宗次に仕掛けるのを躊躇わせるには十分だった。
それでも迷いを振り切って宗次から仕掛ける。受けに回って懐に入られたら槍の方が不利だ。
そうして突きや払いを仕掛ける度に、目の前の構えが実に精錬され鍛え上げられた結果によるものだと教えられる。
相手は的確に反応し、こちらの攻撃はことごとく受け流され、反撃に対してどうにか受け、かろうじて距離をとるしかなかった。
そこに戸惑いと焦りが生まれ、それが宗次の冷静な判断を奪う。
(大技で、片を付ける)
一際大きく距離を取ると、武器を構えたまま己の霊力を高めていく。
それから再び距離を詰める。
連続攻撃を仕掛ける。が、梅里はそれにことごとく対応し、受け流された。
だが、それは想定済み。
フェイントを織り交ぜ──距離を取る。
「受けてみろ……奥義、『
離れた間合いから放たれた突きは、込められた霊力が水となって具現化し、それが青き龍となって梅里に襲いかかった。
それを一瞬、梅里は避けようとした。しかし何かに気づいて避けるのをやめる。
構えから宗次と同じように霊力を高め、それを爆発させた。
「──満月陣・月食返し」
「なに?」
梅里がなにか言うのが聞こえ、彼を中心に生まれた銀色の球状の光に包まれる。
次の瞬間、梅里もまた突きを繰り出した。それは得物こそ違えど宗次と寸分違わぬ動きで繰り出した突きだった。
その突きからは同じように水の龍が繰り出され、お互いに正面からぶつかり合い、そして収まる。互いの龍は相手のそれによって完全に相殺されていた。
「同じ技だと!? バカな!!」
相殺された悔しさがわき起こる。こうも容易く自分の努力の末に会得した奥義を繰り出されては、自分の鍛錬を全否定されたようなものだ。
その感情のままに、突きの姿勢のまま固まっている相手に素早く近づくと、攻撃を繰り出そうとし──
「お待ちください」
目の前に白い壁ができて、宗次の突きを阻んだ。
見れば巨大な扇であった。しのぶが手にした扇に霊力を通して作り出した写し身を硬質・巨大化したもので彼女の武器でもある。
「何だ! 立会人が邪魔をするなど……」
「勝負はついております」
静かに、しかしはっきりと、しのぶが言う。
その内容に当然納得できない宗次。
「ふざけるな! まだ決まっていないだろうが!」
くってかかるとしのぶは冷静なまま、扇を元に戻し、閉じた扇で梅里を指す。
いや、彼女が示したのは梅里ではなくその背後だった。
そこに宗次を負けとする要因があった。
「なんだと……」
宗次から見て梅里の真後ろには人影があった。
ゆったりとした服に身を包んだ褐色の肌の女性、ティーラである。
宗次はティーラがそこにいたことに全く気づいていなかった。絶対に勝たなければならないという強迫観念と、それと反して追いつめられていた焦燥感で視野が狭くなっていたのだ。
「……だからあの時、避けなかったのか」
宗次が仕掛けたとき、梅里は妙な動きをしていた。
避けようとしたが思いとどまった。宗次はそれが避けられないと判断したものだと勘違いしたが、今にしてみれば避けられたのに避ければ背後にいるティーラを巻き込むと思ったのは間違いなかった。
そうさせないために梅里はわざわざその場にとどまり、相殺したのだ。
「まだ、続けますか?」
「いや、完敗だ。オレの」
崩れ落ちるように膝を付く宗次。ここまで実力の差を見せつけられては負けを認める以外になかった。
そんな宗次の豹変に、梅里は戸惑った様子で構えをとく。それから後ろのティーラに「大丈夫でした?」と声をかけているのが見えた。
ティーラが頷いたのを見て笑顔を浮かべた梅里は、振り返るとそのまま宗次の方へと歩いてきた。
そして手を差し出す。
「強いですね。機会があれば、またやりましょう」
「……強い? オレが? 今の勝負は完敗だぞ!!」
「でも巽さんが焦ってなければ、もっと落ち着いていれば、そんなことは無かったと思うけど」
「なッ……」
そこまで見抜かれていた。そして完全な自滅だったことを指摘され、思わず宗次の口から「フッ」と声が漏れていた。そしてそれは笑い声へと変わる。
「ハハハ……オレは、なんて思い違いをしていたんだ!」
相手が、この武相梅里という男が自分よりも劣っている? そんなわけがなかった。
自分の実力を過信し、その誤解した実力で虚勢を張り、相手の力も見抜けずに、オレはいったい何をしていたのか、そう思って宗次は自分を恥ずかしくさえ思う。
同時に梅里という人を不思議な男だと思っていた。
おそらく自分よりも若い。だが自分よりも遙かに強く、そして器が大きい。
(これならば認められる。階級──いや、軍人だとか民間人だとか関係なく、な)
宗次は、彼の様子を見て戸惑っている、梅里の差し出したままの手を掴んだ。
そしてしっかりと握る。
「武相梅里、いや武相梅里隊長。オレをあなたの下で働かせて下さい」
「え? は? えっと……いやいやいや、そんな敬語とかやめて下さい。巽さんの方が年上ですよね?」
「そうであっても『さん』なんて敬称は不要です。武相殿の方が上官ですから」
「殿って……いや、そんなこと言われても困りますって。敬語で話されるのもちょっと……」
「慣れて下さい。隊員に対して敬称を抜くことも、隊員から敬語で話されることも」
宗次が態度を豹変させたことに梅里が戸惑いながらも、二人はそろって歩き出し、再び米田とあやめのいる部屋へと向かった。
武相梅里こそ夢組隊長にふさわしい。
そう手のひらを返した宗次の態度に米田とあやめの二人が驚くのはそれからまもなくのことであった。
そして二人が出て行った後の鍛錬場では──
「ティーラさん。あの時わざとあの位置に立ってましたよね?」
宗次と梅里が鍛錬場から出て行った後、その場から去ろうとしたティーラは声をかけられて足を止めた。
ティーラが振り返ると、ジッと見つめるしのぶの目と合った。
「あの場所に攻撃が来ることが『未来視』で分かったいたのではありませんか?」
しのぶの目の鋭さが増す。開いた扇で口元を隠しつつ、嘘は許さないとばかりに普段は見えない瞳がティーラを捉えているのがはっきりと見えた。
「……私は占い師です。自分を占うことができないように、予知も私自身を見ることは、できません」
「ええ、それは聞き及んでおりますよ。でも、例えば二人の戦いの流れを予知して攻撃が放たれる場所が分かっていれば……そこに立つことは可能ですよね?」
しのぶは引き下がらない。
それを見てティーラはため息をついてから正直に話し始めた。
「……賭け、でした」
「賭け?」
剣呑だった雰囲気が和らぐ。しのぶはパチンと扇を閉じて首を傾げている。
「確かに、しのぶの言うとおりです。しかし私自身がどうなるかは見えません。あの人が庇うかハッキリわかりませんでした。それでも必要、でしたから……」
「何にですか?」
しのぶの詰問に、ティーラはこのとき初めて顔を上げた。そしてしのぶを正面から見据える。
「夢組に…そして華撃団にです」
「華撃団に?」
「ハイ。今の夢組ではこの先危険でした。そして夢組の崩壊は帝都の未来の消失でもあります。帝国華撃団の各隊がそろい、十全に力を発揮して、それでやっとこれから起こる危機に立ち向かえる。だから私は模索していました。夢組が変わるきっかけを」
「あなた自身にとって都合のいいように操ったわけではない、そう言いたいのでしょうか?」
少しだけ剣呑な空気を出すしのぶの問いに、ティーラはうなずいた。
「私は夢組に必要なことをしただけです。夢組のため、華撃団のため、帝都のため。私はあやめさんが私にくれた居場所を守るためなら、持てる力をすべて使い、打てる手は打っていきます」
ティーラは思い出す。母国で気味悪がられ、迫害されていた彼女に手をさしのべてくれたのは、華撃団の隊員をスカウトして世界中を回っていたあやめだった。
その恩は大きく、少しずつでも返していかなくてはいけないのだ。
「なるほど、わかりました。疑って申し訳ありませんでした」
「いいえ……でも、私も一つ質問していいですか?」
ティーラの問いにしのぶは少し身構える。
「なんでしょうか?」
「しのぶこそ、なぜ新しい隊長の肩をもったのです? あなた自身が隊長になれたかもしれないのに」
これはティーラの意趣返しだった。
それに気づいたしのぶの雰囲気もまた先ほどの鋭いものに戻った。瞼の間からわずかに見える瞳がティーラを捉える。
「勘違い、されていらっしゃるようですね」
「勘違い?」
ティーラの問いに、再び開いた扇で口元を隠しつつ答えるしのぶ。
「陰陽寮は華撃団の足を引っ張りに来たわけではありません。降魔の危険性を理解し、華撃団の理念に共感したからこそ協力しております」
陰陽寮からきた派閥のトップは間違いなくこの塙詰しのぶだった。平安から続く旧貴族階級で現在でも華族の地位である彼女の実家は陰陽寮を取り仕切っている家の一つ。
その有力な家からの唯一の出向者であるからこそ、周囲が擁立しようとしていたのである。
そしてそれほどの立場の彼女が華撃団に所属する意味は大きい。
「だからこそ昨今の夢組の状態を憂い、夢組を制御できない巽様を隊長から外そうと動いていただけです。わたくし自身が隊長になろうと画策していたわけではありません」
「なるほど。納得しました。お互いの利害は一致している、という認識でかまいませんか?」
「ええ……」
細い目で微笑し、うなずくしのぶ。
ティーラにはその相づちの後に無言ながらも「今のところは」というのが聞こえた気がした。
そして──ティーラはふと思いついた。
「さらにもう一つ、確認してもいいですか?」
「……どうぞ」
しのぶの雰囲気に警戒の色が見えた。が、ティーラは気にせず、あえてそれを無視して尋ねた。
「華撃団の命令と陰陽寮の指示、それが反するものであった場合、どちらに従いますか?」
ティーラのさらに突っ込んだ質問。
しのぶは扇で口元を隠しながら「ふふふ……」と笑い、そして扇を閉じる。
「……さて、どういたしましょうね」
そう言いながら意味深な目でティーラを見て、笑みを浮かべてハッキリと答えるのを避けるのであった。
──このとき、珍しくしのぶは感情的になっていた。
その感情を押さえ込むために、強引に笑みを浮かべて押さえ込んだ。
それゆえに失念し、それゆえに気が付かなかったのだ。
ティーラが予知能力者であること。
そしてなぜなぜそんなことを聞いたのか、その理由が彼女が見た未来ものだということ。
それらに対して彼女が考えが至ることはなかったのであった。
【よもやま話】
梅里VS宗次。
戦いのシーンを長引かせても仕方がないので思い切って短く。
さらっと二人とも奥義を使ってます。梅里の方は旧作を知っている人にはご存じの満月陣ですが、月食返しはその派生技の一つです。
それと、最後のしのぶのシーンですが、このシーンが自然な流れ浮かんだことに驚きと興奮してます。なぜなら彼女が旧作の『春歌』ではなく『しのぶ』になったと思えた瞬間でしたので。
旧作では一番最初に生まれたヒロインでしたが、旧作のせりやかずらに該当するキャラに比べてどうにもつかみ所が無く苦労したキャラだったので、塙詰しのぶとして生まれ変わってくれたことがうれしく思います。これで彼女について多少書きやすくなったかな、と。