寒い
心が急激に冷え込んで行くのが分かる。
始めは驚きが、その後に怒りが、そして最後には悲しみが心を満たしていく。
身体に力が入らない、冷え切った身体にはもはや痛覚すらない。
視界はボヤけ、耳も殆ど聞こえない。
聞こえるのは吹雪の音と誰かが叫び。
「…馬鹿が」
俺はいったい、どこで間違えた?
■
「っはぁ、はぁ。ぐっ…」
激しい吹雪の中、俺、浅倉業《あさくらごう》は目の前で血塗れで横たわる未確認生命体第一号【ン・ダグバ・ゼバ】を見下ろしていた。
腹部のアークルは深く罅割れており、体からは未だに真っ赤な血がとめどなく溢れ落ちている。体はもう限界だ。本当にギリギリの戦いだった。互いの力を出し切り僅かな差で勝利したものの、もう体が言うことを聞かない。
(だが、これで漸く終わる…)
目の前にいるのが最後の未確認生命体だ。
これでもう戦わずに済む。
怪人を殴りつける不快感も。
震える体を無理矢理押さえつけて戦うことも。
死の恐怖に晒されることも。
眠れない夜も。
もう、終わるのだ。
そこで俺は自分をこれまで支え、共に戦って来た刑事である一条薫の方を向く。
「一条さ「撃てー!!!!!」」
次の瞬間大量の発泡音と共に
「あ、がっ…?」
一瞬何が起きたのか分からなかった。目の前にはもしもの時の為に控えていた未確認生命体関連事件特別合同捜査本部の面々が煙をあげる銃口をこちらに向けていた。
彼らの瞳には恐怖が浮かんでいる。
頭が今の状況に追いつかない。
(俺は、撃たれた、のか…?)
何故。
今まで互いに協力して未確認生命体を倒して来たではないか。
幾多もの死線を共に潜り抜けて来たではないか。
(仲間では、なかったのか?)
俺の疑問に、彼らの中の一人が答えてくれた。
「君で最後だ。…未確認生命体第四号」
俺は裏切られた
■
俺はいったい今まで何の為に戦ってきた?
臆病な心を押し殺し、震える体に鞭をうち、早く終わらせてくれと涙を流しながら拳をふるってきた。
この戦いが終われば平穏が帰ってくるのだと、未確認生命体の被害を無くし悲しむ人々を減らすことができるのだと、自分しかできないことなんだと、今日まで自分に言い聞かせてきた。
その結果が、これなのか
彼らは最初から自分のことなど味方だと思っていなかったのだ。
彼らの中で自分は
変身が解け、血にまみれた体を引き摺りながら彼らとは反対方向に進んで行く。
(もう、助からない)
意識は朦朧とし、耳も殆ど聞こえない、痛みや寒さも、どんどん薄れていく。
自分の命の灯火が、今にも消えそうになっているのがよく分かる。
「ーーーー!!!―!ーー!!!」
誰かの叫び声が聞こえる。
しかしそれが誰の声なのか、何を行っているのか全く分からない。
もう、どうでもいい。
頭の中は後悔でいっぱいだった
何故、初めて未確認生命体と遭遇したときに落ちていたアークルを手にしてしまったのか。
何故、一条さんから戦う義務はないと言われた時にもとの日常に引き返さなかったのか。
何故、赤の他人の為に戦うことを決めてしまったのか。
そして何故、人を信じてしまったのか。
少し考えれば気づけたはずだ。
一条さん以外からは最後まで未確認生命体第四号と呼ばれていたこと。
助けた人たちから向けられる視線には常に恐怖が感じ取れたこと。
自分には今回の作戦の内容が秘匿されていたこと。
考え始めればキリがない。
きっと俺は怖かったんだ。あの怪人たちと一人で戦うことが。
そして期待していたのだ。皆がいつかは一条さんのように自分のことを名前で呼んでくれることを。
【共に戦い続ければいつかは信用してくれるはずだ。】
そんな甘い幻想を抱いていた。
なんのことはない。
最初から最後まで俺は独りで戦っていたのだ。
人付き合いは苦手だったが、少しでも信用してもらえるようできるだけ自分から話しかけるようにしていた。
相手が表面上は取り繕っていても自分に恐怖を抱いているのはわかっていた。
それでも俺は期待せずにはいられなかった。
化け物が人間のふりをしている様は彼らから見ればさぞ滑稽に見えただろう。
まるで道化ではないか。
信じるから裏切られる。
期待するから落胆する。
もっと早くに気づけたなら、こんなことにはならなかったのに。
「…馬鹿が」
小さな呟きは、吹雪に掻き消され、誰の耳にも届くことはない。
そこで俺は意識を手放した。
■