【コミカライズ】最強の剣神、辺境の村娘に生まれ変わる。 作:カゲムチャ(虎馬チキン)
私は今、猛烈に感動している!
アリスが! 我が孫娘が!
いくら私が弱らせたとはいえ、遥か格上を相手に実力差を見事にひっくり返して勝利したのだ!
素晴らしい!
クソ虫が最後に根性見せた時は、ヤバイと思って結界を破壊して助けに行こうとしたが、必要なかったな!
「本当によくやったぞ、アリスーーー!」
「り、リンネちゃん……苦しいです……」
私は、アリスを力いっぱい抱き締めた。
大丈夫だ!
闘気は使っていないから、締め殺すなんて事態にはならない!
だが、苦しめるのは本意ではないな。
名残惜しいが、抱き締める力を弱めた。
代わりに、思いっきり頭を撫でる。
アリスはちょっと困った顔をしつつも、笑顔で受け入れてくれた。
「ありえない……! 認めない……! こんな! こんな事が! あっていい筈がない!」
と、私がアリスを褒めまくっていた時、惨めに踞っていたクソ虫が叫びを上げた。
そして、凄まじい憤怒の形相で私達を睨み付けてきた。
こいつ、さっきまで私に怯えていた筈だが。
怒りと屈辱が恐怖を塗り潰したか。
「許さない! 許さない! 許さない! ここで死ねぇええええ!」
クソ虫が、踞ったまま、趣味の悪い腕輪のはまった左腕を私達に向けた。
その掌の先に魔力が集中している。
どうやら、逆上して魔法を放つつもりのようだ。
どこまでも愚かな。
私は疲れきったアリスを守るように背中に隠し、剣を抜いた。
さすがにこれは看過できないようで、ユーリと二年生の教師もこちらに向かって来る。
だが、それよりも速くクソ虫に駆け寄る者がいた。
「ストーム……」
「いい加減にしろ!」
そいつは、クソ虫が魔法を放つ前に、雷を纏った拳でクソ虫の顔面を殴り飛ばした。
元々弱りきっていたクソ虫は、その闘気と魔法と怒りの乗った渾身の一撃を避けられず、もろに食らい、きりもみ回転しながら吹き飛んで訓練場の壁にめり込んで気絶した。
ついでに、失禁している。
「これ以上、人に迷惑をかけるな」
そして、クソ虫を殴り飛ばした男、シオンは静かにそう言ったのだった。
その後、保健室に搬送されたクソ虫と、それに付いて行った取り巻き以外は普通に授業を続け、
それ以降は特に何事もなく終了したのだった。
だが、この授業の影響は、後日になって大きく現れる事となる。
◆◆◆
「皆さん、よくやってくれましたわ!」
翌日、いつもの食堂において、私達はスカーレットに労われていた。
スカーレットは凄まじくご機嫌だ。
おそらく、それ程にクソ虫に対する鬱憤が溜まっていたのだろう。
「フォルテの敗北は、既に噂として学校中に流しておきました。
昨日の今日ですが、もう効果が現れ始めていますし、今後、フォルテが大きな顔をしてアリスに近づく事は難しいでしょう」
「さすが王女。仕事が早いな」
これで、クソ虫によるアリスへのつきまとい行為はなくなる訳だ。
これにて、一件落着だな。
「……なんだか、アクロイドさんが哀れに思えてきました」
ポツリと、アリスがそう呟いた。
「アリスは優しいな。だが、敵に情けは無用だぞ。
その感情は剣を鈍らせる。勝てる戦いにも勝てなくなる。
今思う分には構わんが、決して戦いの場にまでは優しさを持ち出すな。わかったか?」
「……はい。わかりました」
「うむ。よろしい」
そう言って、私はまたもアリスの頭を撫でた。
優しさは美徳だが、戦いにおいては邪魔になる。
日常と戦場の切り替えが重要だ。
それでいて常在戦場。
思考だけ日常に戻して、意識や感覚は戦場のまま固定し、いつどんな事が起きても対処できるようにしておくのが理想だが。
言うは易し、行うは難し。
まあ、こういう事は少しずつ教えていけばいい。
そうしてアリスの頭を撫で終わった頃、ふと、我関せずで飯を食っているシオンの姿が目に入った。
「そういえば、シオンはあれでよかったのか?
アリスと一緒に死ぬ気で特訓したのに、結局、食らわせたのはパンチ一発だけだろ?」
なんなら、クソ虫が気絶した後に叩き起こして、濡れたズボンのまま、もう一回戦やっといた方がよかったかもしれん。
「いや、あれでいい。あの一発には全ての怒りを籠めた。それなりに満足だ」
「ほー。そういうもんかね?」
意外と、シオンの恨み辛みは、そこまで強いもんじゃなかったのか?
……いや、考えてみれば、シオンがクソ虫に被害を受けてから何年も経ってるんだ。
その間に
そうしている内に、時の流れがクソ虫への恨みを薄れさせたのかもしれない。
もちろん、大っ嫌いな事に変わりはないだろうが、なにがなんでも殺してやりたいとまでは思わなくなったのかもな。
とりあえず一発は殴って、落とし前はつけたと言えなくもないし。
と思っていたら、シオンは言葉を続けた。
「それに、あいつがあれで終わるとは思えない。必ずまたぶつかる事になると俺の勘が言っている。
だから、今回はお前達に譲った。
俺とあいつの決着は、その時につける事にする」
あー。
なるほど、そういう考え方もあるか。
納得した。
それに、こっちの方がシオンらしい答えだ。
「……わたくしもシオンさんと同意見ですわね。
フォルテは今、取り巻きに当たり散らす程、精神が不安定になっているようですが、逆に言えば皆さんに対して怒る気力が残っているという事。
おそらく、このままでは終わらないでしょう。
当面の問題は解決したと思いますが、引き続き警戒は必要ですわ」
シオンの勘を補強するように、スカーレットは不吉な可能性を示唆した。
まあ、だろうな。
相手はクソ虫。
性根まで腐ったクソ貴族だ。
当たり前のように襲撃者を送り込んで来るような相手だし、次は暗殺者でも送り込んで来るかもしれん。
色んな意味で警戒が必要だろう。
まあ、なんにしてもだ。
「警戒も大事だが、今は素直にアリスの大勝利を祝福するぞ! 改めて乾杯だ!」
次の戦いに備える為にも、今は思いっきり祝杯を上げるべき!
兵士時代もそうだった。
どんなに辛い事があっても、大勝利の時は必ず宴をしていたものだ。
勝利を祝福してこそ、人は前に進めるのである!
「それもそうですわね。では、乾杯! ほら、オリビアもやりなさいな!」
「か、乾杯」
「乾杯」
スカーレットだけではなく、オリビアとシオンも乗ってきてくれた。
その意気だ!
「では、改めて! アリス、よくやった!」
「あ、ありがとうございます……」
アリスは少し恥ずかしそうにしながらも、嬉しそうに笑った。
なんだかんだ言っても、あの勝利は、アリスにとって大きなものだった筈だ。
ならば、思いっきり祝福してやるのが私の役目だろう。
さすがに学校の食堂で思いっきりはっちゃける事はできなかったが、それでも昼休みに行われた細やかな勝利の宴は、とても楽しかった。
そうして、クソ虫との最初の戦いは終わったのだった。
◆◆◆
「という感じだったぞ」
「そうでしたか」
後日、私はナイトソード家に足を運び、事のあらましをアレクに報告しておいた。
報告は来てるだろうし、ユーリ辺りから話も聞いているだろうが、私の口から直接言っといた方が伝わるだろうと思ったからだ。
後でアリスも自分の口から勝利報告をすると言っていたが、他者から見た意見も重要だろう。
アリスの喜んだ顔とか、本人では確認のしようがないしな。
「あの子は最近、暗い顔ばかりしていましたが……そうですか、素直に喜んでいましたか。
本当に良かった」
その言葉には、安堵と喜びの感情がにじみ出ていた。
アレクが、どれだけ娘を大切に思っているか、わかろうというものだ。
ユーリも、あの授業の後はやたらと機嫌が良かったし、愛されてるなアリスは。
私が微笑ましい気持ちになっていると、急にアレクが真面目な顔になって、私を見つめてきた。
「リンネさん。いえ、師匠。
この度は、アリスを助けていただき、本当にありがとうございました。
それだけでなく、俺自身の問題にまで向き合ってくれて……感謝の言葉もありません」
そうして、アレクは頭を下げた。
ひたすら真摯に頭を下げた。
……あれだな。
生意気な弟子が頭を下げてくるというのは、なんだか、むず痒いな。
「礼には及ばん。身内を助けるのは当然の事だ。
それに、困った時は助け合い。そう教えただろう?」
「……そうでしたね」
「まあ、これを恩に感じるのなら、いつか私を助けて返せ。わかったか?」
「はい。わかりました」
「うむ。よろしい」
お前はもう、私より強い。
頼りにしているぞ、アレク。
「さて、報告も終わったし、私はそろそろ行く。
お前も色々と頑張れよ」
「ええ。リンネさんも頑張ってください。
これ以上成績が落ちるようなら本気で落第させるとユーリが言ってましたし、気をつけてくださいね」
「……マジか」
ユーリならやりかねん。
あいつ、仕事に私情を挟みそうにないからなぁ。
今回みたいな例外を除いて。
……もう少し真面目に勉強するか。
そんな事を考えながら、アレクの執務室を出る。
そして、玄関に向けて歩いてる途中で、トーマスと出会った。
「ああ、リンネ様。学校にお戻りでしょうか? それならば馬車を手配いたしますが」
「いや、まだ戻らないぞ」
「では、お泊まりですか? それならばパジャマをご用意いたしますが」
「いや、泊まる訳でもない。戻る前にちょっと寄る所があるだけだ」
「……ああ、なるほど。行ってらっしゃいませ」
「うむ」
◆◆◆
トーマスに見送られた後、ひたすら廊下を歩く。
やがて玄関に辿り着き、番兵どもに挨拶されながらデカイ庭を横切った。
そのまま緑に囲まれた敷地内の森に入り、少しだけ整備された獣道のような細い道を通って先に進む。
その道を抜けた先に、小さいが綺麗な泉がある。
そして、泉の畔に建てられた、小さな
それぞれの墓石の前に、一本ずつ鞘に入った剣が供えられている。
一本は、私が騎士になった時に国から貰った剣。
騎士の正式装備である量産品の魔剣だ。
だが、当時持っていたグラムや、後に手に入れた神剣の方が圧倒的に強かったせいで、結局、全くと言っていい程使われなかった剣。
そんな物でも、トーマスとかの手によって大切に保管されてきた、前世の私の遺品。
これがあるという事は、つまり、この墓は前世の私、『剣神』エドガー・ナイトソードの墓という事だ。
では、もう一つの墓は?
それも答えは簡単。
この墓に供えられている剣は、グラムに匹敵する強力な魔剣。
『守護剣アイビス』
『十剣』の一つでもあるこの剣を振るった剣士の名は、このグラディウス王国において、あまりにも有名である。
剣神エドガーの無二の相棒であり、最愛の伴侶でもあった女剣士。
侵略戦争の末期に、私を庇って死んだ馬鹿女。
その名は、━━『剣姫』シャーロット・ナイトソード。
ここは、そんな女の墓なのだ。
そして、ここに来ると、いつもあいつの姿が脳裏に浮かんでくる。
あいつの声が聞こえるような気がする。
今も、自分の墓石の上に座って足をブラブラしながら私を見つめる不謹慎な奴の姿が。
綺麗な水色の髪の少女の姿が見えるような気がした。