【コミカライズ】最強の剣神、辺境の村娘に生まれ変わる。 作:カゲムチャ(虎馬チキン)
「遅いぞ、ライゾウ!」
「すまぬ、リンネ殿! 尻を拭くのに思ったよりも手間取ったでござる!」
「大の方だったんかい!」
どうりで遅いと思った!
というか、そんなきったねぇ話、聞きたくもないわ!
「それはそれとして、お久しぶりでこざる、カゲトラ殿!
しばらく見ぬ間に随分と老けましたな!」
「シデンイン・ライゾウ……お前は変わらんな」
ライゾウと辻斬り、カゲトラは知己の仲であるかのように言葉を交わす。
ライゾウの家名みたいなものを知っている事と言い、やはり二人は知り合いではあったようだ。
だが、互いに殺気をぶつけ合っているのを見れば、決して仲が良い訳ではないというのはわかる。
一触即発。
今にも死闘が始まりそうだ。
そうして緊張が高まる中、ライゾウが声を張り上げた。
「カゲトラ殿! 貴殿に一騎討ちの決闘を申し込むでござる!
皆々様! 手出し無用に願いたい!」
「はぁ!?」
何言ってやがる!?
いや、言うんじゃないかとは思っていたが、本当に言いやがった!
この馬鹿!
戦狂い!
状況わかってんのか!?
「お前なぁ!」
「嬢ちゃん、言っても無駄だ」
思わず文句を言おうとしたら、ドレイクに止められてしまった。
いや、私とてわかっている。
わかってはいる。
まだ一日にも満たない短い付き合いだが、ライゾウの人柄は把握した。
あまりにも単純すぎて、簡単に理解できた。
あいつは、本当に生粋の武人なのだ。
強くなる事、強い者と戦う事
だからこそ、これは護衛依頼だとか、何を置いても勝利と依頼人の安全を優先しろとか、負ければ死ぬんだぞとか言ったところで、ライゾウには届かない。
そんな事、あいつには関係ないのだから。
ただ、強い奴と戦いたい。
それだけの為に、ライゾウはここにいる。
「……チッ! 負けて死んでも自己責任だからな!」
「感謝するでござる、リンネ殿!」
私はしぶしぶ引き下がった。
本当なら、後顧の憂いをなくす為にも、カゲトラはここで、ライゾウ含めた総戦力で袋叩きにして確実に仕留めたい。
だが、そう言ってもライゾウは聞かないだろう。
下手に横槍入れて機嫌を損ねられても面倒だ。
もういい。
勝手にやれ。
ライゾウが勝てばそれで良し。
負けた場合は、弱ったカゲトラを残った全員で潰せばいい。
もう、それでいいわ。
私とドレイクは、シオン達のいる馬車の前まで下がった。
治癒の使える護衛二人が、倒れた護衛達を治療している。
どうやら、私達が戦ってる間に回収したらしい。
「さて、これで邪魔は入らぬ! 貴殿が既に手負いの身であられるのは残念でござるが、それでも存分に戦いましょうぞ!
今度は試合ではなく、死力を尽くした
ライゾウが嬉しそうに笑いながら刀を構える。
それを鋭い視線で睨みながら、カゲトラもまた紅桜を構えた。
「いざ! 尋常に参る!」
そして、遂にライゾウが仕掛けた。
カゲトラに全く引けを取らぬ闘気を纏い、愚直に、正面から、最短距離を直進する。
速いな。
ドレイクと戦ってた時よりも遥かに。
まあ、試合の時と違って、魔剣の擬似闘気を使っている分、速くなって当然なんだが。
しかし、それを差し引いても、スピードならば、カゲトラよりもライゾウが上だ。
「一の太刀・斬!」
その勢いのまま、ライゾウはカゲトラに斬りかかった。
……だが。
「二の太刀・
「ぬお!?」
カゲトラは半歩横にずれる事で、ライゾウの攻撃を冷静に避け、反撃の抜き胴を放つ。
ライゾウは凄まじい反射神経で後ろに下がり、これを避けた。
代わりに、ライゾウの攻撃も不発に終わる。
そして、ライゾウが距離を取って仕切り直しだ。
「太刀脚・
ライゾウが加速し、今度は動き回りながらカゲトラを撹乱する。
その動きは、私の神脚乱舞に酷似していた。
どこの国にでも似たような技はある。
「九の太刀・
「五の太刀・柳」
そのまま、ライゾウは四方八方から斬りかかる。
だが、カゲトラには届かない。
どんな風をも受け流す巨木の如く、全ての剣撃を紅桜で受け流している。
……あれは相性の問題もあるな。
同郷だからか、二人が使う剣術は同じ流派だ。
私の神速剣と違って、知り尽くされた動きと技では、カゲトラに一手届かない。
それに、なんとなくわかってはいたが、カゲトラの戦い方には隙がないのだ。
ユーリのように、守りに特化している訳でも、
マグマのように、攻めに特化している訳でも、
アレクのように、速さに特化している訳でもない。
全ての技が優れている。
全ての技に、並外れた修練の跡がある。
だからこそ、わかりやすい強みが紅桜以外に無いにも関わらず、奴は強い。
「さすがでこざるな、カゲトラ殿! 前に戦った時よりも遥かに強いでござるよ!」
だが、対するライゾウも負けてはいない。
攻め切れてこそいないが、反撃を食らう事もない。
それに、いくら攻めても、ライゾウの刀が紅桜に断ち斬られる気配はない。
何故なら、ライゾウが持つ刀もまた『十剣』の一つ。
本人曰く、実家から持ち出してきたという希代の名刀。
その名も、『雷刀電光丸』。
雷の魔剣だ。
そこから放たれる、雷を帯びた鋭い斬撃。
補助に、高威力の魔法攻撃。
それら全てを斬り裂き、受け流す紅桜。
二人が暴れる事に、攻撃の余波だけで森が原型を失ってゆく。
巻き込まれないようにするだけでも一苦労だ。
私達の目の前で、そんな凄まじい激戦が繰り広げられていた。
「……凄い」
ふと、隣からそんな呟きが聞こえてきた。
声の主はシオンだった。
シオンは、二人の侍の戦いを真剣な目で見つめていた。
同じ、雷の魔法剣士であるライゾウの戦う姿に、何か思うところでもあるのかもしれない。
「シオン。お前はあれを見て、どう思う?」
少し気になって尋ねてみた。
「……世界には、まだまだ強い奴が沢山いる。俺より強い奴が沢山いる。
俺は、あの戦いには付いて行けない。お前の戦っている世界には、まるで手が届かない。……未熟者だ」
シオンは、悔しそうに拳を握り締めた。
それはそうだ。
シオンは天才だが、まだまだ経験が足りない。
強敵との死闘という経験値が、圧倒的に足りていない。
ならば、そんな未熟なシオンのやるべき事は一つだ。
「だったら、この戦いを目に焼き付けとけ。
強者から、先を行く者から一つでも多く学び、盗み、糧として成長しろ。
私から言えるのはそれくらいだ」
「……ああ。言われなくてもわかってる」
そうして、シオンはより一層真剣に二人の戦いを観察、いや、分析し始めた。
それでいい。
「……坊主。一つだけ言っとくが、お前が弱いんじゃなくて、嬢ちゃんがおかしいだけだからな。そこは間違えるなよ?」
ドレイクがなんか言っていたが、気にしなくていいだろう。
そうして外野が騒いでいる内に、侍同士の戦いは戦況の変化を迎えようとしていた。
ライゾウが今までの猛攻をやめ、停止した。
その代わりに口を開く。
「ああ、楽しい! 心踊る! これ程の死闘は久方ぶり! この国に来て本当に良かったでござる!」
ライゾウが獰猛に笑う。
心の底から楽しそうな、修羅の笑みだ。
だが、対峙するカゲトラの目は、どこまでも冷たい。
「ならば、いい加減に
手加減したままで死闘などと……侮辱も大概にいたせ!」
……今なんと言った?
手加減?
ライゾウが、手加減していただと?
そんな、馬鹿な……!?
「手加減とは人聞きが悪い。切り札を温存していただけでござるよ。
しかし! これ程の戦い! 切り札を切らぬままでいるのは、たしかに失礼! 非礼を詫びるでござる。
そして! お望み通りお見せしよう! これが拙者の全力でござる!」
そう言った瞬間、ライゾウの全身から稲妻が走る。
魔法を使ったというのはわかった。
だが、攻撃手段として使ったのではない。
ライゾウは、雷の魔法を
それは、まるで雷と一つとなったかのような、異様な姿であった。
「奥義・雷神憑依!」
そうして、雷となったライゾウが駆ける。
速い!
さっきとは比べ物にならない速さ!
単純な移動速度ならば、私すらも超えているぞ!
まさに、雷の如し。
雷を纏って速度を上げるとは……どんな理屈だ?
「一の太刀・斬!」
「くっ……!」
さっき簡単に防がれたのと同じ技。
だが、今は前提となる基礎能力値が違う。
先程とは違い、カゲトラも余裕を持って防ぐ事は叶わない。
それでも、防いでいる。
まだ倒せてはいない。
「雷速太刀脚!
「ッ!?」
再び、ライゾウがカゲトラの周囲を跳ね回り、四方から斬りかかる。
今度は雷のような速度で。
残像すら置き去りにして攻める。
「なめるなぁあああ!」
カゲトラが咆哮を上げ、紅桜を振りかぶって決死のカウンターを狙う。
紅桜と電光丸が真面目から激突した。
だが、これは……
「十一の太刀・
「がっ……!?」
カゲトラの
後ろに回った時に魔法を使い、それが発動する前に正面に回って挟み撃ちか。
なんという早業。
そして、予想外の攻撃によって体勢が崩れた隙を狙い、ライゾウの一撃がカゲトラの脚を斬り裂いた。
そのままの流れで首筋に一閃。
だが、それは紅桜で防がれ、しかし、踏ん張りがきかずにカゲトラは地面を転がる。
その勢いが止まった後、カゲトラは疲労困憊の様子で地面に膝をついた。
これは勝負あったな。
「本当に、本当に楽しかったでござるよ、カゲトラ殿。
とても手負いとは思えぬ、実にあっぱれな強さでござった。
ですが、これで終わりでござる! 切捨御免!」
ライゾウがトドメを刺すべく疾走した。
カゲトラは……む?
何故か刀を構えず、右腕を宙にかざした。
正確には、右腕の手首に嵌まった腕輪をかざしている。
あの腕輪どこかで……ハッ!?
まさか!?
「転移!」
「む!?」
カゲトラに斬られる間際、カゲトラが腕輪に籠められた魔法を発動させた。
空間魔法の転移。
その場から退却する為の魔法。
逃がすか!
「神速飛剣!」
「ぐっ……!」
私の飛剣がカゲトラを斬り裂く。
しかし、それは左腕を盾に、犠牲にして防がれた。
片腕を切断するも転移は止まらず……
━━空間が歪み、カゲトラの姿が消えた。
「クソッ! やられた!」
まさか、あんな代物を持ち出してくるとは!
転移の腕輪。
本家の空間魔法と違ってランダムにしか飛べず、移動できる距離も酷く短い。
おまけに、一回限りの使い捨て。
そのくせ、馬鹿みたいに希少で、アホみたいな値段の付けられる骨董品だ。
そんなもんを使われるとは、完全に想定外だった。
だが、それ以上に!
「ライゾウ! お前、仕留めようと思えば仕留められただろ! 何故、逃がした!?」
「い、いや、その、逃げられたらまた戦えるのではないかという思いが、一瞬、脳裏を過ってしまい……」
「このアホが!」
まったく!
倒せた筈の敵をみすみす取り逃がすとは!
やはり、ライゾウに任せるべきじゃなかったか!?
「まあまあ、嬢ちゃん、落ち着け。
とりあえず全員無事……じゃねぇが、全員生きて辻斬りを退けられたんだ。今はそれで満足しとけ。な?」
「ぬぅぅ……」
まあ、ドレイクの言う通りではあるんだが。
しかし、奴を逃がした以上、また私達の命を狙ってくるぞ。
この依頼が終わったら、私の連休も終わってしまうし。
千載一遇の好機だったというのに……。
「う、うぅ……どうなってんだ?」
「隊長! 目が覚めたんですね!」
「よかったぁ!」
ふと見れば、勝手に突撃してカゲトラにやられた護衛達が起き出していた。
結構深い傷負った奴もいたが、命に別状はなさそうだ。
……まあ、たしかにドレイクの言う通り、護衛依頼は達成したし、誰も死なずに済んだ。
まことに遺憾だが、今はこれで満足しておくか。
こうして、私達は辻斬りを撃退したのだった。
◆◆◆
「ハァ……ハァ……」
深い森の中で、一人の男が荒い息を吐く。
紅色の妖刀、紅桜を持った辻斬り、カゲトラだ。
「またしても……またしても某は、あやつに勝てなかった……まさか、手も足も出せんとは……」
カゲトラは今、敗北の味を噛みしめていた。
そして、己の過去へと想いを馳せ、フッと失笑する。
「呪いに見入られ、紅桜を手にしようとも、結局何も変わらぬか。
なんと不様で情けない……」
カゲトラは、悔やむように、悔いるように、ただ苦しそうに笑った。