【コミカライズ】最強の剣神、辺境の村娘に生まれ変わる。   作:カゲムチャ(虎馬チキン)

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54 リンネ VS カゲトラ

 私とカゲトラは、互いに武器を構え、睨み合う。

 両者ともに隙はない。

 故に、迂闊には手を出せない。

 膠着状態のまま、時間だけが流れる。

 

 こういう時、普段の私ならば、ガンガン攻めて無理矢理にでも隙を作り出すのだが、今回は少し事情が違うので、無理には攻めない。

 何故なら、こうして膠着状態のまま時間が過ぎて、有利になるのは私の方だからだ。

 

 私とカゲトラは睨み合ったまま動かないが、動いていないのは、あくまでも私達だけの話。

 ドレイクや騎士達は、現在進行形でカゲトラ以外の敵と戦いを続けている。

 そして、戦力差は圧倒的だ。

 圧倒的にこちらが勝っている。

 

 S級冒険者と腕利きの騎士という看板は伊達ではない。

 これを突破できる戦力など、普通は用意できないのだ。

 敵方に、カゲトラ並みの強者がもう一人いない限り、敵戦力はそう時間を置かずに駆逐される。

 

 おそらく、敵の作戦は、雑魚を囮か肉壁にして、その隙に主力であるカゲトラが目的を達する事だったのだろう。

 だが、こうして分断してしまえば意味がない。

 囮も肉壁も、その裏に主力がいて初めて効果を発揮するもの。

 単体で暴れても、どうにもならん。

 無駄死にするだけだ。

 

 つまり、待っていれば、私には増援が来る。

 まあ、向こうの決着がついても、騎士達はどんな状況でも馬車の護衛を優先すると決めているから、こっちには来ない。

 来るのはドレイクだけだろう。

 だが、それで十分。

 私とドレイクが揃えば、大抵の相手には勝てる。

 それこそ、弟子どもが相手でも高確率で勝てるだろう。

 そうなってしまえば、カゲトラの勝ち目は一気になくなる。

 

 そして、それがわからないカゲトラではない。

 

 必ず、向こうから仕掛けて来る。

 私はその瞬間を待つ。

 攻撃の瞬間には、必ず隙が出来るもの。

 その隙を突き、後の先を取るのが、カウンターの基本。

 私の性には合わないが、苦手という程でもない。

 

 ━━私は元『剣神』。

 

 終世に渡って、剣士の頂点に君臨し続けた者。

 得意な型はあれど、苦手な型などない。

 

 時間が過ぎる。

 互いにフェイントを掛け合い、それを見破り、動かず、結果として膠着したまま時間だけが過ぎる。

 隙を見せれば一瞬で殺られる、極限の集中状態での睨み合い。

 嵐の前の静けさ。

 見せかけだけの静寂。

 

 そして、━━遂に均衡が破られる。

 

 フェイントに紛れた本物の攻撃。

 私は、カゲトラの動きの中から、確かにそれを見つけ出し、暴き出した。

 

 見切った。

 

「四の太刀・刺竜!」

 

 一瞬で間合いを詰められ、繰り出された鋭い突き。

 だが、その技が放たれた時には、私は既に動いている。

 もう、突きの直線上に私はいない。

 足を動かし、最適の位置へと移動し、剣を振るって完璧な返し技を放つ。

 

「神速剣・空蝉!」

「くっ……!?」

 

 突き出した腕を切断するつもりで放った斬撃。

 カゲトラはこれを、突きの勢いを利用し、体を無理矢理に捻る事で、直撃を避けた。

 だが、その代償に、思いっきり体勢が崩れている。

 その隙を見逃す私ではない。

 

「神速剣・槍牙!」

 

 今度は私から突きを放つ。

 カゲトラは、刀の腹でなんとか防いだが、突きの威力で、森の木々を薙ぎ倒しながら、後方へと吹き飛んでいく。

 

「破ッ!」

 

 追撃しようと足を踏み出した瞬間、カゲトラが吹き飛ばされながらも、地面に強烈な蹴りを叩き込み、土砂を巻き上げて私の視界を遮る。

 小賢しいぞ!

 

「神速飛剣!」

「飛剣・紅桜!」

「ぬっ!?」

 

 私の飛剣が、土砂の向こうから飛んで来た紅色の飛剣に斬り裂かれた(・・・・・・)

 あれは紅桜の能力!

 圧倒的な切れ味は、飛剣にすら付与されるという事か!

 これは、飛剣の撃ち合いでは絶対に勝てんな。

 

 紅色の飛剣を避ける。

 しかし、避ける為に動いてしまったせいで、追撃のタイミングを逃した。

 おそらく、向こうの狙い通りに。

 

「飛剣・桜吹雪!」

 

 続いて放たれたのは、前にも見た紅色の衝撃波。

 紅色の嵐。

 この技の破壊力は知っている。

 まともに食らえば、闘気を纏う私でも大ダメージを受けるだろう。

 

 ならば、迎撃あるのみ!

 

「神速剣・一閃!」

 

 真っ直ぐに振り下ろした剣が、紅色の衝撃波を斬り裂く。

 二つに裂かれた衝撃波が、森を破壊していった。

 周りの木々は、まるで本物の嵐が通り過ぎた後のように粉微塵になったが、私の後ろだけは無事だ。

 だが、助かったと安心している場合ではない。

 何故なら、衝撃波を足止め兼目眩ましとして使い、その隙に体勢を整えたカゲトラ自身が突撃してきたのだから。

 

「一の太刀・斬!」

「神速剣・流!」

 

 良いタイミングで振るわれた紅桜を、剣速と技術に物を言わせて無理矢理に受け流す。

 カウンター。

 しかし、それは読まれていたのか、しっかりと受け止められる。

 

 そして、そのまま、至近距離で真っ向からの斬り合いを演じた。

 

「ッ!」

「くっ!」

 

 結果は、ほぼ互角。

 力ではカゲトラの方が上。

 速度と技術では私の方が上。

 総合的な力では拮抗し、互いの斬撃が相手の体を掠め、互いに血を流す。

 だが、こんな掠り傷で戦いは終わらない。

 

 そして、あるタイミングで、まるで示し会わせたかのように剣と刀が正面から激突し、その衝撃を利用して、両者ともに距離を取った。

 

「……良い剣を手に入れたようだな。紅桜とこれだけ打ち合って、まだ折れぬとは」

 

 カゲトラが口を開く。

 確かに、私の新しい愛剣は結構な刃こぼれこそしているものの、紅桜を相手にしてまだ折れていない。

 実に頼もしいものだ。

 

「お前が前に狙った爺さんからの貰い物だ。辻斬りを斬るには相応しい剣だと思うが?」

「フッ。たしかにな」

 

 戦いの合間に、軽口を叩き合う。

 当然、言葉の裏では、互いに隙を探り合い、殺気をぶつけ合っている。

 そこに、穏やかな雰囲気など欠片もない。

 

 だと言うのに。

 

 カゲトラは、何故か笑っていた。

 楽しそうに。

 嬉しそうに。

 生気のない顔を歪めて笑った。

 ……私、そんなに、おもしろい事言ったか?

 

「何がおかしい?」

「いいや、おかしいのではない。

 嬉しいのだ。

 よもや、ここまで堕ちた身で、ここまで心踊る戦いに巡り会えるとは思わなかった」

「はあ?」

 

 何を言うかと思えば。

 こいつ、ライゾウと同じ戦闘狂か?

 いや、もしかして侍って奴は、全員がこんな感じの武人なんだろうか?

 

 私は、戦いを楽しいと感じた事はない。

 試合なんかを楽しんだ事はあるが、命懸けの実戦(殺し合い)を楽しんだ事など、一度としてない。

 当然だろう。

 負ければ死ぬんだぞ。

 大切な者達を悲しませるんだぞ。

 そんな悲劇と紙一重の戦いを、どうして楽しめる。

 

「共感できんな」

「フッ。まあ、女にはわかるまい」

 

 元男だが、わからんぞ。

 だが、いるんだよな。

 広い世の中には、そういう輩も。

 しかも、割と大量に。

 

「……まあ、共感はできんが、私は、お前みたいな人種にも多少の理解はある。

 だから、せいぜい楽しんでおけ。

 人生最後の戦いをな」

「ああ。そうさせてもらおう」

 

 さて、仕切り直しだ。

 互いに少しダメージを受けたが、状況は振り出しに戻った。

 ここから、どう戦うか。

 

 さっきのように、カゲトラから仕掛けて来るのを待つのも悪くはないだろう。

 あれが有効な戦術であった事は確かだ。

 状況は変わっていない。

 時間を稼げば、ドレイクが来る。

 

 だが、それは私らしくない。

 

 私本来のスタイルは、圧倒的な剣速で先の先を取り続け、相手に何もさせずに勝利する速攻だ。

 もちろん、この戦法はリスクを伴う。

 格上相手であっても倒しきれる可能性を秘めているが、攻めが乱暴になれば、逆に付け入る隙を与えてしまう。

 カゲトラ相手に攻めなかったのは、決して奴をなめているからではない。

 逆だ。

 私を殺しうる強敵と認めているからこそ、確実性の高い戦い方を選んだ。

 

 それを間違いだったとは思わない。

 しかし、少し及び腰になっていたのも事実だ。

 思えば、カゲトラは私にとって、随分と久しぶりに現れた強敵。

 ここまで実力の近い剣士と命のやり取りをしたのは、本当に久しぶりだ。

 

 アレクとの戦いは、死合ではあっても殺し合いとまでは言えなかった。

 その前、オーガやドラゴンと戦った時も死にかけたが、やはり魔物相手と人間相手では違う。

 野生の本能に任せて暴れる魔物よりも、洗練された技を持つ『達人』の方が強い。

 少なくとも、私にとっては、後者の方が厄介だ。

 

 私は今、そんな相手と剣を交えている。

 『剣神』になって以来、私は同格以上の相手と戦う機会がなかった。

 あの頃の私は『最強』だったからな。

 並び立つ者がいなかったのも当然の話だ。

 

 だが、私は弱くなった。

 老い衰え、死に、転生して、弱くなった。

 もはや私は『最強』ではなく、目の前には同格の敵がいる。

 実に数十年ぶりに体験した、同格の剣士との殺し合い。

 気を抜けば、瞬く間に首が飛ぶだろう。

 それ程までに近づいてきた『死』の影。

 それが、私を無意識の内に慎重に、臆病にしていた。

 

 それでは、いけない。

 戦場で臆すれば、命を持っていかれる。

 

 慎重であるのは悪い事ではない。

 だが、臆した剣では逆に勝率を下げる。

 さっき、飛剣を斬り裂かれた時がいい例だ。

 あの時、避けるのではなく、受け流しながら懐に入っていれば、主導権を相手に渡す事はなかったかもしれない。

 臆病になって身を縮めれば、勝てる戦いにも勝てなくなる。

 

「ふぅ」

 

 軽く息を吐き出し、覚悟を決める。

 私の雰囲気が変わったのを察したのか、カゲトラがより一層警戒するように目を細めた。

 

 その意識が切り替わる一瞬の隙を突き、私は神脚で間合いを詰めた。

 

「ッ!?」

「神速剣・一閃!」

 

 カゲトラは、どちらかと言えばカウンターを警戒していたのだろう。

 だからこそ、私から攻める状況に対して、ほんの僅かに対処が遅れた。

 だが、私を相手に、その僅かな遅れは致命的だ。

 

「神速剣・五月雨!」

「五の太刀・柳!」

 

 神速の連続斬りを、カゲトラは流に似た技で受け流す。

 その最中。

 私は受け流す為に添えられた紅桜を、逆に剣で押さえつけ、体格差を活かして懐に入った。

 

「神速拳!」

「ごはっ!?」

 

 そして、左手を剣から離し、渾身のボディブローを叩き込む。

 闘気の鎧を貫き、確実に肋骨あたりを何本かへし折った手応えがあった。

 カゲトラが拳の威力で吹き飛んでいく。

 追撃だ!

 

「飛剣・紅桜!」

 

 カゲトラが、崩れた体勢から無理矢理に紅桜を振り抜き、紅色の飛剣を放つ。

 それを避ければ、さっきと同じだ。

 だが、私をなめるな!

 

「神速剣・流!」

「ぬっ!?」

 

 前に出ながら紅色の飛剣を受け流し、欠片も速度を緩めずに肉薄した。

 カゲトラは、吹き飛ばされている上に、無理に刀を振るった反動で、体勢が崩れきっている。

 これ以上ない好機!

 ここで決める!

 

「神速剣・破断!」

「ぐぉ……!」

 

 真上から、威力特化の神速剣を振り下ろす。

 カゲトラは、紅桜の柄を右手で、峰の部分を左手で持ってそれを受け止めようとしたが、受け切れる筈もなく、私の剣が紅桜を押し潰して沈んでいく。

 

 そして遂に、━━カゲトラの右腕が、根元から両断された。

 

 斬り飛ばされた右腕が、その手に握られた紅桜が、クルクルと宙を舞いながら、近くの地面に突き刺さる。

 だが、それを見届ける前に私は……

 

「ぐっ……!?」

 

 カゲトラの左拳(・・)に真横から頬を殴られ、弾き飛ばされた。

 木々を薙ぎ倒しながら吹き飛び、地面にめり込んで、ようやく停止する。

 

「ぺっ」

 

 そして、口の中の物を吐き出した。

 血と、歯が何本か地面に吐き出される。

 口の端を血が伝っていく。

 それを乱暴にぬぐい取り、カゲトラの所へと急いで戻る。

 

 戻った時、カゲトラは腰に差した鞘を、残った左手で構えて、待っていた。

 

「……なんだ。紅桜がなくても、立派な剣士じゃないか」

 

 私は思わず、そんな事を口走った。

 喋るだけで口の中が痛いが、そんなものは気にもならん。

 カゲトラも、右腕と紅桜を失ったというのに、どこかスッキリとした顔をしているように見えた。

 そう。

 まるで、()()()()()()()()()()()()()()、スッキリとした顔を。

 

「呪いは解けたのか?」

「……かもしれん。とても頭が冴えている」

「そうか」

 

 紅桜を手放したからかね。

 私は、腕と一緒に、呪いの鎖まで断ち斬ったのかもな。

 

「なら、一度だけ聞く。投降する気はあるか?」

「否だ。死するのならば、武人として死にたい」

「そうか」

 

 落胆はない。

 そう言うような気はしていた。

 おそらく、カゲトラは投降しても死ぬだろう。

 貴族を含めた何人もの有力者を殺してきた罪は重い。

 極刑は避けられない。

 ならば、ここで戦って散る。

 理解できなくもない。

 

 それに、おそらくだが、カゲトラは普通に投降する事すらできないのではないかとも思う。

 他の連中に仕込まれていた、あの自爆する仕掛け。

 それが、カゲトラの体内にも仕込まれていたとしても、なんら不思議ではない。

 カゲトラの今の主、大臣は腐りきった性格をしてるみたいだからな。

 口封じくらいするだろう。

 

 ならば、約束通り、私がここで引導を渡してやる。

 

「行くぞ」

「来い」

 

 私は剣を上段に構え、カゲトラは鞘を腰だめに、居合いのような形で構える。

 

 そして、私は突撃した。

 これが最後だと、そんな確信を抱きながら。

 

「神速剣━━」

「三の太刀━━」

 

 神脚により、私達の距離は一瞬で近づく。

 その刹那。

 カゲトラと目が合ったような気がした。

 とても穏やかな、感謝するような目をしていたような気がした。

 

「一閃!」

孤月(こげつ)!」

 

 そして、互いの一撃が放たれる。

 一瞬の交差を終えた直後。

 

「見事だ」

 

 背後から、カゲトラのそんな声と、地面に倒れる音が聞こえた。

 振り向けば、体を袈裟懸けに両断され、血溜まりの中に沈むカゲトラの姿がある。

 その目に、既に光はない。

 カゲトラは、死んだのだ。

 だが、その顔は、どこか満足そうな微笑みを浮かべていた。

 

「……お前も見事だった」

 

 カゲトラの亡骸に、そう語りかける。

 意識するのは、脇腹に生じた微かな痛み。

 届いていたのだ。

 カゲトラの最後の一撃は、確かに私に届いていた。

 紅桜を失い、右腕を失い、それでも尚この剣士の一撃は、元世界最強の剣士(わたし)に届いた。

 

「…………」

 

 私は無言で腰の道具入れから、冒険者セット一式の一つ、火を起こす魔道具である小さな杖を取り出し、カゲトラの亡骸へと向けた。

 魔道具から放たれた炎が、カゲトラの亡骸を燃やしていく。

 火葬して、弔っていく。

 

 それを脇目に、私はもう一つの始末をつけなければならない物の方へと、足を向けた。

 

 近くの地面に、カゲトラの右腕と共に突き刺さった紅桜。

 まずは、そこからカゲトラの腕を外し、燃える亡骸の中へと放り投げる。

 残ったのは、血のように紅い刀身を持った、不気味な『妖刀』が一つだけ。

 

「……ここに置いておく訳にもいかんな」

 

 私は意を決して、紅桜を掴み上げた。

 途端、頭の中に流れ込んでくる、膨大な思念。

 

『斬り殺せ斬り殺せ斬り殺せ斬り殺せ斬り殺せ斬り殺せ斬り殺せ斬り殺せ斬り殺せ斬り殺せ斬り殺せ斬り殺せ斬り殺せ斬り殺せ斬り殺せ斬り殺せ斬り殺せ斬り殺せ斬り殺せ斬り殺せ斬り殺せ斬り殺せ斬り殺せ斬り殺せ斬り殺せ斬り殺せ斬り殺せ斬り殺せ斬り殺せ斬り殺せ斬り殺せ斬り殺せ斬り殺せ斬り殺せ斬り殺せ斬り殺せ斬り殺せ斬り殺せ斬り殺せ斬り殺せ斬り殺せ斬り殺せ斬り殺せ斬り殺せ斬り殺せ斬り殺せ斬り殺せ斬り殺せ斬り殺せ斬り殺せ斬り殺せ斬り殺せ斬り殺せ斬り殺せ斬り殺せ斬り殺せ斬り殺せ斬り殺せ斬り殺せ斬り殺せ斬り殺せ斬り殺せ斬り殺せ斬り殺せ斬り殺せ斬り殺せ斬り殺せ斬り殺せ斬り殺せ斬り殺せ斬り殺せ斬り殺せ斬り殺せ斬り殺せ斬り殺せ斬り殺せ斬り殺せ斬り殺せ斬り殺せ斬り殺せ斬り殺せ斬り殺せ斬り殺せ斬り殺せ』

 

 なるほど。

 これが紅桜の呪いか。

 たしかに、並みの者では精神が壊れるし、カゲトラ程の強者であっても、心の隙を突かれれば危ないだろう。

 

 だが、

 

「黙れ。耳障りだ」

 

 私は手に持った紅桜を押し潰すように、自分の闘気を流し込んだ。

 一人の誇り高き剣士を狂わせた呪いを、包み込み、握り潰し、粉砕するように。

 

『斬……り……コ……ロ…………』

 

 そうして、紅桜の声は聞こえなくなった。

 ふん。

 元剣神の精神力をなめるな。

 

 

 その後、燃え尽きて骨だけとなったカゲトラの亡骸を、穴を掘って埋め、荼毘にふした。

 ついでに、紅桜の鞘も回収しておく。

 

 と、その時、

 

「嬢ちゃん! 助けに来たぞ!」

 

 向こうの戦闘が片付いたのか、ようやくドレイクが応援に来た。

 遅いわ。

 

「あれ? 嬢ちゃん、辻斬りは?」

「殺した。もう終わったぞ」

「えぇ……」

 

 なんだ、その微妙な顔は。

 お前が遅いのが悪い。

 私は悪くないぞ。

 

「ほれ、戻るぞ」

「釈然としねぇな……」

 

 そうして、私とドレイクは馬車へと戻る為に歩き出した。

 最後に、もう一度だけ振り返る。

 カゲトラが埋まっている(火葬した跡?)辺りを見る。

 

「…………」

「ん? どうした、嬢ちゃん?」

「……いや、なんでもない」

 

 感傷を振り切るように、私は再び歩き出した。

 死闘を演じた強敵に、心の中で黙祷を捧げながら。

 

 こうして、王都を騒がせた辻斬り騒動は、幕を降ろした。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 リンネが去ってしばらくした後。

 カゲトラが埋葬された場所に、近づく影があった。

 

「どうも~! お久しぶりです、カゲトラさ~ん! いや、そんなにお久しぶりでもないですかね! アッハッハ!」

 

 死人の埋まった地面の上で、不謹慎にもテンションを上げる不気味な男。

 フード付きの真っ黒な外套を羽織り、笑顔を模した黒い不気味な仮面を付けた怪しい風体。

 それは、シャドウと呼ばれた王国の敵であった。

 

「見てましたよ~! カゲトラさんの名勝負!

 いんや~、素晴らしい~!

 相手があの女の子だった事と言い、この国に留まってて良かったと思える程、良いもの見れました!」

 

 シャドウはパチパチと手を叩き、地面の下に埋まったカゲトラに向けて拍手を送る。

 そして……

 

「では、そろそろ始めますか。

 モリメットさ~ん。やっちゃってください」

 

 シャドウの指示に従い、モリメットと呼ばれた巨漢の男が動き出す。

 

 彼らの行いを見ていた者は、誰もいない。

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