【コミカライズ】最強の剣神、辺境の村娘に生まれ変わる。 作:カゲムチャ(虎馬チキン)
「迷宮を攻略するぞ!」
王都からそれなりに離れた辺境の街、迷宮都市ガラハッドにある宿の一室において、一人の少年が吠えた。
彼の名はベル。
A級冒険者パーティー『英雄の剣』の若きリーダーである。
「別にいいっすよー」
そんな彼の言葉に答えたのは、弓を担いだ独特な口調の少女。
パーティーメンバーの一人、オスカーである。
彼女は、基本的にベルの判断に否を挟まない。
さすがに無謀すぎると思ったら止めるが、基本的にはベルの好きなようにやらせるのがオスカーのやり方であった。
「わ、私は反対だよ。斥候もいないのに、いきなり迷宮攻略なんて……」
そう言って苦言を呈したのは、『英雄の剣』最後の一人、ラビだ。
三人の中で最も年下だが、最もしっかりしている事に定評がある。
他の二人のストッパーと言っても過言ではないだろう。
「ラビ! お前はあんな事言われて悔しくないのか!?
迷宮を攻略して見返してやろうとは思わないのか!?」
「そ、それは確かに悔しいけど……でも、危ないよぉ」
「危険が怖くて冒険者ができるかぁ!」
ベルの言い分もわからなくはないが、この場合は、ラビの言う事の方が正しい。
冒険者は常に危険と隣り合わせ。
だからこそ、少しでも危険を減らす努力はするべきなのだ。
メンバーの足りない今のパーティーで、迷宮
それがラビの判断だった。
まあ、そんな事を荒ぶる今のベルに言っても通じないだろうが。
「どうどう。落ち着くっすよ、ベル」
「俺は冷静だ!」
「いや、どう見ても頭に血が上ってるっすよ。これでも飲んで落ち着くっす!」
「ぶがっ!?」
オスカーがベルの頭を押さえ、この地域でよく取れる果物を絞ったジュースを無理矢理飲ませて沈静化させる。
ベルは呼吸ができずに溺れているようにも見えるが、なーに、心配はいらない。
ベルとて腐ってもA級冒険者。
この程度で死にはしない。
ちなみに、このジュースは先程までオスカーが飲んでいたものであり、つまり、この状況は間接キスに当たるのだが、まあ、どうでもいい話であろう。
そんな色気はどこにもないし。
「ぶはっ!」
「落ち着いたっすか?」
「殺す気か!?」
ベルが吠えるが、それでも怒りのベクトルがオスカーに向いて、少しは頭が冷えたような気がしないでもない。
オスカーは一見ベルと同類の馬鹿に見えるが、その実、地頭は良く、ある程度はちゃんと考えて動いている。
だからこそ、こういう気づかいもできるのだ。
さすがに、こんな冷静さを欠いた状態で迷宮に潜ったら死ぬ。
それがわからないオスカーではない。
シオンというもう一人のストッパーがいた頃は、そっちに仕事をぶん投げて好き勝手していたオスカーだが、
そのシオンが最大戦力であるリンネと共にパーティーを抜け、ストッパーがラビ一人になってしまった上に、
今までのように、最悪の場合はリンネが全てを蹴散らしてくれるという保険がなくなってしまった為、
オスカーは慎重になり、少しはストッパーの仕事をせざるを得なくなったのだ。
ベルの勢いに乗っかるのは楽しいが、さすがに、その勢いのまま無謀な道を突っ走り、死へ向かってダイブする訳にはいかない。
考える事は増えたが、それはそれで楽しいと感じているオスカーであった。
さて、ここで話を戻そう。
何故、ベルがこうまで荒れていたのか。
話は少し前に遡る。
◆◆◆
マーニ村にて、リンネ達と感動的な別れを済ませた三人は、その翌日には故郷を旅立った。
最寄りの街であるトリスまでは、リンネの父であるジャックが送ってくれたのだが、それは割愛しよう。
そして、トリスの街に辿り着いた三人は、意気揚々と乗合馬車に乗り込み、事前に決めていた通り、大小様々な迷宮がひしめく冒険者の街、迷宮都市ガラハッドに向けて出発したのだ。
これまでは、さすがにまだ子供という事で、故郷から遠く離れた場所へ行く事や、長期間の旅を禁じられていた。
しかし、ベルとオスカーが一応は成人として扱われる15歳となり、ついでに、シオンとリンネが遠くの王都に旅立つ許可を得た事で、先日、遂にその縛りが解かれたのだ。
やっと冒険者らしく、本格的な冒険が始められる。
彼らの心は軽かった。
意気揚々としていた。
まあ、正確に言えば、意気揚々としていたのはベルと、そのベルに乗っかったオスカーの二人だけであり、ラビはいきなり迷宮都市へ赴くという事実に少しビクついていたが。
そうして、十日ほど馬車に揺られ、辿り着いた迷宮都市。
ベルは勢いよくこの街の冒険者ギルドへと突撃し、残りの二人も後に続いた。
受付で冒険者カードを提示し、少し有名になってきた『英雄の剣』の名に受付嬢がビックリして注目を集め、
そして、お約束とばかりに柄の悪い冒険者が、ベル達に絡み出した。
「ああ、お前らあれだろ? 『天才剣士』におんぶに抱っこのお子様パーティーだろ?
かー! 羨ましいねぇ! 頼りになる天才様がいると!
おや~、だが、その天才様の姿が見えねぇなぁ。
あ! ひょっとして見捨てられちゃった? かわいそうに!」
などという暴言を吐いておちょくってきたチンピラ冒険者は、ぶちギレたベルの一撃によって、あっさりとノックダウンした。
ベルとて、
酒場でくだを巻き、若者に絡む事しか能のないチンピラ冒険者など敵ではない。
ギルドとしても、今のは酔っぱらいのチンピラが悪いとして、殴りかかったベルを咎める事はなかった。
それに、冒険者の喧嘩など、この街では珍しくもない。
だが、チンピラが最後に言い捨てた台詞がマズかった。
「こ、このクソ餓鬼! 迷宮攻略もした事ないような、にわか冒険者がイキがってんじゃねぇぞ!」
「あ゛ぁ!?」
「ひぃっ!?」
ベルに殺気を叩きつけられただけで、チンピラは悲鳴を上げていた。
にわか冒険者に睨まれただけで震え上がるとは、全くもって情けない。
だが、その挑発が、ベルの闘志に火を付けてしまった。
「…………だ」
怒りを内側に溜め込むかのような小声でベルが呟く。
「上等だ! やってやるよ、迷宮攻略!」
次いで、ベルは大声で宣言した。
冒険者ギルドの真ん中で、堂々と宣言してしまった。
かくして、物語は冒頭に戻るのである。
◆◆◆
その後、オスカーのフォローと、ラビの必死の説得(泣き落とし)によって、高難度の迷宮に突撃しようとするベルをなんとか宥め、
最初は初心者用の迷宮で、練習から始めるという事に落ち着いた。
いかにA級冒険者パーティーといえど、迷宮探索のノウハウもない状態で攻略に乗り出すのは無謀である。
そもそも、高難度の迷宮攻略など、迷宮攻略に秀でたS級冒険者が指揮を取った上で、トップクラスのパーティー複数を集めて当たるのが常識。
英雄の剣だけでどうにかするのは不可能に近い。
そもそも、初心者用の迷宮ですら、探索ならともかく、一パーティーだけで攻略する事は非常に難しいのだ。
そもそも、迷宮攻略とは何か。
何をもって、迷宮を攻略したと見なすのか。
これを説明するには、迷宮という場所その物について、少し話をする必要があるだろう。
迷宮とは、高密度の魔力が渦巻く場所の総称である。
洞窟、山脈、森林、海底、遺跡。
その形は様々であり、世界の各地に迷宮と定義される場所は存在している。
だが、迷宮の最大の特徴を上げるとすれば『魔石』と呼ばれる特殊な鉱石が採れるか否かであろう。
世間一般では、魔石が取れる場所=迷宮という認識がなされている程だ。
魔石は、人間の生活になくてはならない魔道具や、魔剣などを作る上で、決して欠かせない素材。
故に、その需要が尽きる事はない。
そして、迷宮の中では、その魔石が尽きる事なく生成され続けるのだ。
まさに宝の山。
冒険者達は、この魔石を求めて迷宮に潜る。
そこで高純度の魔石や、巨大な魔石、希少な属性の魔石などを手に入れれば一攫千金だ。
だからこそ、迷宮に潜る冒険者は後を絶たない。
しかし当然、そう簡単に一攫千金を狙える訳ではない。
そんなに上手い話はないのだ。
迷宮の中には、多くの魔物が彷徨いている。
迷宮の放つ魔力に誘われたのか、それとも迷宮の中で発生したのか。
そのメカニズムは完全には解明されていないが、とにかく、迷宮には魔物が出る。
それも大量に。
迷宮の奥へと行く程、採れる魔石の質も高くなるが、
同時に、迷宮の奥に行く程、強い魔物がいる。
結果的に、高品質の魔石を強力な魔物が守る形となり、それが迷宮攻略の難易度を上げているのだ。
それだけでなく、複雑に入り組んだ地形は、それだけで侵入者の行く道を阻む。
地図もなしに進めば、待っているのは遭難と死。
それが、迷宮という場所である。
そして、迷宮を攻略するという行為だが。
これは、強力な魔物や複雑な地形を乗り越え、迷宮の最深部へと到達し、そこにある、他とは一線を画した、一際高品質の魔石を採って来る事を指す。
当然、並大抵の所業ではない。
最深部への到達だけでも命がいくつあっても足りない上に、そこには必ず『守護者』と呼ばれる存在が待ち構えているのだ。
守護者とは、その迷宮の中で最強の魔物の事である。
最深部までの長く険しい道程を進んで来た冒険者達の前に立ち塞がる、最後にして最強の壁。
それを倒して初めて、迷宮は攻略される。
そんな偉業へと挑んだベル達は今……
「うおおおおおおおお!?」
初心者用の迷宮にて、魔物の大群から全力で逃走していた。
初心者用の迷宮は、その名の通り初心者が迷宮に慣れる為の場所と言っても過言ではなく、その難易度は他の迷宮に比べれば遥かに低い。
それでも攻略となると少人数では難しいが、それはそれ。
当然、スタンピードが発生する確率も相当低い場所なのだが、起こる時は起こる。
そんなものに、いきなり遭遇してしまうとは、幸先が悪いなんてものではなかった。
「ストームソードっす!」
「レインアロー!」
逃走しつつ、オスカーとラビが、風と水の魔法によって魔物達を蹴散らす。
スタンピードとはいえ、所詮は初心者用の迷宮に生息する魔物。
一体一体は雑魚だ。
囲まれればベル達でも死にかねないが、遠距離で削るくらいなら訳なかった。
現在、彼らはかなり特殊なフォーメーションを組んでいる。
パーティーの中で一番体力のあるベルが、一番体力のないラビをお姫様抱っこで担ぎ、さらにオスカーをおんぶしているのだ。
ベルが機動力となり、残りの二人は魔法に専念する。
理にかなっていると言えばかなっているが、端から見れば、かなりカッコ悪い。
ベルに関しては、ラビを腕に抱き、背中にオスカーの胸が押し付けられているという役得の状態だが、そんな事を楽しむ余裕は一切なかった。
「げ!? 行き止まりだ!」
「……仕方ないっすね! 止まって迎撃するっす!」
「う、うん!」
ベルは立ち止まり、二人を降ろした。
そして、腰に差した剣を抜き、魔物の大群に対して正面から相対した。
「かかって来いやぁああああああ!」
◆◆◆
「ハァ……ハァ……よっしゃぁ! 勝った!」
「あー、きつかったっす」
「疲れた……」
数分後。
なんとか魔物の群れを全滅させた三人は、荒い息を吐きながらも回復薬を飲み干し、勝利と生存の味を噛み締める。
結果を言えば、余裕とは言えないまでも圧勝であった。
ベルが身を呈して二人を守り、二人は魔法攻撃に専念できた事もあって、特に大きな怪我もなく勝利する事ができたのだ。
逃げながら魔物の数を減らしていたのも大きい。
なんにせよ、彼らはA級冒険者の名に相応しい活躍で、窮地を脱したのである。
「ところで、ここはどこだ?」
ただし、代償に遭難したようだが。
逃げるのに必死で、地図を見ている余裕などなかったのだから仕方がない。
しかし、迷宮での遭難は死を意味する。
全然、窮地を脱していなかった。
「うわー……遭難とか勘弁してほしいっすね」
「ど、どうしよう!?」
魔力回復薬を飲み終えた二人が、焦ったように口を開く。
ラビは思いっきり狼狽え、オスカーの表情にも若干の焦燥が浮かんでいる。
だが、どうしようもないという程の危機でもないのだ。
ここは初心者用の迷宮。
階層は一つしかなく、地形もそこまで複雑ではない。
地図もあるし、何か目印になる場所を発見できれば、十分に生還は可能だ。
その事に地頭の良いオスカーがすぐに気づき、その説明を聞いたラビも落ち着きを取り戻した。
ベル?
よくわかっていないようだが、まあ、問題はないだろう。
リンネだって、他人に頭脳労働をぶん投げて上手くいっているのだから、ベルが同じ事をしてもなんとかなるさ。
多分。
「でも、とりあえずは休憩するっすー。疲れは取っといた方がいいっすからねー」
「まあ、そうだな」
「うん。わかった」
そんなオスカーの言葉により、三人はこの場で一時休憩する事にした。
洞窟の壁を背にして座り込む。
しかし、ここでオスカーが体重をかけた壁が、ズズズと音を立てて動いた。
「へ?」
その壁は、まるで扉のように奥へと向かって
そして、扉のような壁が開ききり、その先には……
「ウガァアアアアアアアアアアアアア!」
咆哮を上げる、一匹の
額から生えた二本の角。
下顎から生える巨大な牙。
筋肉の鎧に包まれた、5メートルを超える人型の巨体。
それは、彼らにとって因縁深い魔物、オーガであった。
どう考えても、初心者用の迷宮にいるような奴ではない。
少なくとも、通常のフロアを徘徊してはいないだろう。
だがオスカーには、こんな強い魔物がこの迷宮いる理由に、一つだけ心当たりがあった。
「……ひょっとして、あのオーガ『守護者』っすかね?」
そう。
迷宮の最深部に待ち構えるという守護者。
初心者用の迷宮とはいえ、守護者ならば危険度Aのオーガがいる理由として納得がいくのだ。
つまり、オスカーが寄りかかった壁が、最深部への扉だったのだろう。
暗くてよくわからなかった。
要するに、オスカーは意図せず最深部への扉を開いてしまった訳で……
「オスカーァ! お前ぇ!」
「い、今のは仕方のない事故だと思うっすよ!」
「喧嘩してる場合じゃないよ、二人とも!」
てんやわんやしながらも、三人は咄嗟に戦闘態勢を取る。
それとほぼ同時に、オーガが手にした棍棒を振りかざして襲ってきた。
こうなったらもう、戦うより他に道はない。
戦って勝つしか、彼らに生き残る術はないのだ。
「上等だ! お前を倒して、この迷宮を攻略してやる!」
「ウガァアアアアア!」
「行くぜぇええええ!」
互いに咆哮を上げながら、オーガとベルが激突した。
オスカーとラビも、弓矢と杖を構え、矢と魔法でベルをサポートする。
ここに、迷宮攻略を懸けた戦いの火蓋が、切って落とされた!
◆◆◆
数時間後。
ベル達の姿は、ガラハッドの冒険者ギルドにあった。
その姿はボロボロだ。
特に、リーダーであるベルの体は傷だらけ。
ラビの治癒を受けても治りきらない傷を負ったという事に他ならない。
初心者用の迷宮でそこまでの負傷をした彼らを見て、一部の冒険者達が爆笑し始めた。
しかし、その嘲笑は、ベルが受付の買い取りカウンターに、ある魔石をドンッと勢いよく置いた瞬間、ピタリとやんだ。
「やったぜ」
ニヤリと、ベルが笑った。
その背後ではオスカーが同じく不敵な笑みを浮かべ、ラビもまた嬉しそうな顔をしていた。
そう。
彼らは成し遂げたのだ。
守護者を倒し、最深部の魔石を持ち帰った。
いくら初心者用の迷宮と言えど、たったの三人で、しかも初めての迷宮探索で、迷宮を攻略してみせた。
これは、紛れもない偉業である。
「き、君達! ちょっといいかな!?」
そんな彼らに、一人の男が興奮した様子で近づいて行った。
その男は、背中に大きな楽器を背負っている。
吟遊詩人だ。
「君達の活躍に衝撃を受けた! 是非とも取材をさせてもらいたい!」
その話にベルが凄まじい勢いで食い付き、今回の冒険話を、だいぶ美化して饒舌に語り出した。
オスカーもこれに悪乗りし、ラビはオロオロとしながらも訂正はできずに、取材は進んでしまった。
こうして、彼ら『英雄の剣』の冒険譚は歌となり、遠く離れた王都まで、彼らの元パーティーメンバーの元にまで届く事になるのだが、それはまた別の話。
そして、取材が終わった後、吟遊詩人はこう言った。
「君達程の腕なら、王都で近々開催される武闘大会に出てみるのもいいかもね。
きっと、大いに活躍できる」
「武闘大会?」
この言葉によって、一度は道を別った『英雄の剣』のメンバーが再会を果たす事になるのだが、
それは、少しだけ未来での話である。