最強の剣神、辺境の村娘に生まれ変わる。   作:カゲムチャ(虎馬チキン)

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61 予選Bブロック開始

「帰ったぞー」

「お疲れ様です」

 

 Aブロックの戦いを終え、私は観客席へと戻って来た。

 隣には、つい先程まで激戦を繰り広げていたオリビアの姿もある。

 オリビアを倒した後、一人で帰るのもアレだと思って、オリビアの治療が終わるまで待っていたのだ。

 まあ、軽く頭をぶっ叩いて意識を飛ばしただけなので、待機してた治癒術師に、軽く治癒の魔法をかけてもらっただけで復活したがな。

 で、観客席まで二人で戻って来た訳だ。

 

 そして、帰って来て早々に、オリビアはスカーレットの前にひざまずいた。

 

「申し訳ありません、スカーレット様。ご期待に応える事ができませんでした」

 

 オリビアは悔しそうな声で、深々と、それはそれは深々と頭を下げた。

 スカーレットは、そんなオリビアの頭に優しく手を置き、よしよしとばかりに撫でた。

 

「スカーレット様……?」

「リンネさん。オリビアと戦ってみてどうでしたか? 強かったですか?」

 

 む?

 このタイミングで私に振るか。

 まあ、別に構わないんだが。

 

「強かったぞ。お世辞抜きで最後に戦った時のベル(A級冒険者)よりも強い。

 空間魔法使いにしとくのが惜しい逸材だ」

「おい、ちょっと待て!」

 

 ベルが吠えたが無視する。

 今はスカーレットと話してるのだ。

 お前はオスカーとでも遊んでろ。

 

「だそうですよ、オリビア。あなたは、あのリンネさんに力を認めさせた。

 十分な活躍です。わたくしも鼻が高いですわ」

「スカーレット様……!」

「よく頑張りましたわね」

「……ハッ!」

 

 オリビアが感極まったのか涙ぐみ、スカーレットはひたすらにオリビアの頭を撫で続けた。

 うむ。

 麗しき主従愛だな。

 良いものを見た。

 

 そうして、オリビアがスカーレットの護衛に戻り、他の連中とAブロックの感想を言い合っている間に、土魔法使いが破損したリングを修復していた。

 そして、

 

『お待たせいたしました。これより、予選Bブロックを開始します。

 選手の皆様は、控え室に集合してください』

 

 Bブロック開始の時間がやってきた。

 つまり、シオンの出番だ。

 

「……行って来る」

 

 シオンが緊張してる感じで、席を立った。

 Bブロックにはクソ虫が出てくる。

 因縁の対決だ。

 緊張するのも無理はない。

 

 だが、だからこそ。

 

「シオン」

「……なんだ?」

「頑張れよ!」

 

 私は、シオンの背中をドンッと叩いた後、グッと親指を立てて、シンプル・イズ・ベストな応援の言葉をかけた。

 

「……ああ」

 

 ぶっ叩いた衝撃で少しは緊張が解けたのか、シオンは少しだけ穏やかな顔で答えた。

 うむ。

 これなら、心配はいらんな。

 

「シオンさん! 頑張ってください!」

「お前は俺が倒すんだからな! それまで負けんじゃねぇぞ!」

「ファイトっす!」

「が、頑張って!」

「気張れよ、坊主」

「フォルテを叩き潰してくださいませ!」

「ご武運を」

 

 続いて、この場の全員が応援の言葉をかけた。

 シオンはそれに対して、

 

「ああ。任せろ」

 

 実に頼もしい不敵な笑みを浮かべながら、そう言った。

 そして、シオンは控え室の方へと消えて行く。

 

 そうして、戦いが始まった。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

『それでは、これより予選Bブロックを開始します!

 5、4、3、2、1……試合開始!』

 

 その放送と同時に銅羅の音が鳴り響き、予選Bブロックの戦いが開始された。

 選手達の一部は、まずは優勝候補の一角を崩す為べく一時休戦し、このブロック最強の選手『風の貴公子』フォルテ・アクロイドに向かって突撃した。

 

「風の貴公子ぃ!」

「その首もらった!」

「日頃の恨み!」

 

 彼らは去年の武闘大会を見ている。

 故に、一切の油断なく、手段も選ばず、数の暴力に任せてフォルテを襲撃した。

 卑怯とは言うまい。

 何せ、相手は去年の優勝者(・・・)なのだ。

 このくらいしなければ勝負にもならない。

 

「邪魔だ」

 

 苛立ち混じりの小さな声でそう呟き、フォルテが腕輪のハマった左手を翳す。

 その掌の中に膨大な魔力が集中し、それが魔法となって放たれた。

 

「テンペストウインド!」

『うぁああああああ!?』

 

 特大の風は渦を巻き、巨大な竜巻となってコロシアムの中を蹂躙する。

 出し惜しみなしの最高火力の魔法は、結界を歪ませ、選手達を吹き飛ばし、開始数秒にして殆どの選手を脱落させてしまった。

 

「ふぅ……」

 

 上級魔法にすら匹敵する学生の身には不相応な程の魔法を発動させ、一気に大量の魔力を使ったが故の疲労を感じ、フォルテは軽く息を吐いた。

 そして観客席、貴賓席の方へと目を向ける。

 そこでは、フォルテの父であるピエールが、つまらなそうな顔でフォルテを見ている。

 だが、その目に失望の色はない。

 

(なんとか、首の皮一枚繋がっているといったところか)

 

 そんな父の姿を見て、フォルテは少しだけ安堵する。

 以前、フォルテは戦闘授業の際に、平民(リンネ)とアリスを相手に敗北し、騎士学校最強の称号と、父からの信頼を失った。

 それを取り返さなくては、フォルテに未来はない。

 

 フォルテは勝たねばならない。

 

 優勝する事、そして、フォルテに屈辱を味あわせた二人を打ち負かす事は必須条件。

 それでいて、できうる限り派手に、戦いに理解のないピエールでもわかる程の圧倒的な力を見せつけて勝たねばならない。

 難易度は高い。

 高過ぎる。

 まず、リンネに勝たねばならないという時点で半ば詰んでいるし、この大会には剣聖も出場しているのだ。

 去年は、本格的な戦いになる前に、相手のミスによって運良く勝てたが、今年はそうはいかないだろう。

 教国最強の剣士と真っ向から戦って、果たして勝てるのか?

 ……わからない。

 今までは意図して目をそらしてきた事だが、今度ばかりは逃げられない。

 しかし、どの道、フォルテに選択肢はないのだ。

 

(勝つしかない。勝つしかないんだ……!)

 

 焦燥に駆られながら、フォルテは決意を新たにする。

 しかし、その行いは、

 

「よそ見とは余裕だな!」

 

 目の前の試合に集中しないという、剣士として失格の愚行であった。

 だが、それでも問題はないのだ。

 フォルテは、闘気によって強化された膂力によって、先の魔法を耐えきって反撃に出てきた巨漢の冒険者の拳を、片手で受け止めた。

 

「何っ!?」

「よそ見? その通りだね。君達なんて眼中にないんだから」

 

 そう言いながら、もう片方の手に持った剣に風を纏わせていく。

 剣を中心に、まるで台風のような風が吹く。

 それはまるで、強力な魔剣を思わせる光景であった。

 

 そして、フォルテはその力を解き放つ。

 

「風魔・一閃!」

「ぐはぁああああ!?」

 

 飛剣・嵐にも似た爆風の斬撃が、巨漢の冒険者を、まるで羽毛の如く軽々と吹き飛ばし、リングを覆う結界に叩きつけて場外負けとした。

 体格差など、ものともしない。

 圧倒的であった。

 圧倒的な力を持つ絶対強者の戦いであった。

 少なくとも、表面上はそう見えた。

 

「ッ!」

「こいつは……」

「強い……!」

 

 残りの参加者達の殆どが、フォルテを怖れて一歩後退る。

 単純な強さという意味でもそうだが、フォルテの放つ鬼気とした気迫が、余裕を失った手負いの獣のような気配が、戦士達の動きを鈍らせた。

 

「飛剣・大竜巻!」

『うぁあああああああ!?』

 

 選手達が、吹き荒れる風に浚われて吹き飛んでゆく。

 魔力の消耗を度外視で放たれる、高出力の魔法の数々に襲われ、選手達は次々に脱落していく。

 そして……

 

「スパーク!」

『ぐぁあああああ!?』

 

 その猛攻に耐えていた猛者達は、全くの別方向から襲ってきた雷の魔法によって倒された。

 A級冒険者並みの猛者達が、感電して意識を失う。

 あるいは、動きの止まった隙に風に吹き飛ばされて場外負けとなる。

 

 そうして、リングの上に立つのは、風の魔法剣士と、雷の魔法剣士の二人のみとなった。

 

「やっと、この時が来た」

 

 雷の魔法剣士、シオンが感慨深そうに呟く。

 それに対して、フォルテは不快そうに顔をしかめた。

 

「ああ、君はあの時、僕を殴ってくれた……。

 本当なら、君にも相応の報いを与えなければいけないのだけどね。

 でも、今の僕は、君に構っている暇はないんだ。

 邪魔だから、どいてもらうよ」

 

 その言葉の通り、フォルテの眼中にシオンは入っていない。

 自分を殴ってくれた事には腹が立つし、その内、然るべき裁きを下してやろうとは思う。

 しかし、今はリンネやアリスが先だ。

 翌日の決勝トーナメントに向けて体力を温存するべく、フォルテは速攻で勝負を決めるつもりでいた。

 

「それはできない。お前は俺が倒す」

 

 それに対して、シオンは毅然とした態度で相対した。

 七年。

 かつて、シオンがフォルテによって人生を狂わされてから、それだけの時間が経っている。

 幼き日に、この理不尽な権力を倒す事だけを考えて剣を振るった。

 その果てに、ようやく巡ってきた反撃のチャンス。

 負ける訳にはいかない。

 負けるつもりもない。

 

 勝って、あの日の因縁に決着をつける。

 シオンの闘志は燃えていた。

 轟々と燃え盛っていた。

 

「風纏い」

 

 フォルテが、体表に風の鎧を纏わせる。

 術者の速度を引き上げ、高速戦闘を可能とする移動補助の魔法だ。

 かつて、シオンはその速度を再現したリンネの剣撃の前に、成す術もなく敗れている。

 

 だが、シオンとて、あの時のままではない。

 

 フォルテの風纏いに対抗するように、シオンもまた体表に魔力を纏わせた。

 闘気ではない。

 それは既に発動している。

 

 この技は、つい最近になって身につけたものだ。

 これを教えてくれた師匠からすれば、まだまだ未完成と言われた未熟な技。

 しかし、その効果は絶大だ。

 シオンは見ている。

 この技の完成形を発動させた男が、最強と呼ばれた元剣神(リンネ)をも上回る力を発揮したところを。

 

「━━奥義・雷神憑依」

 

 シオンの体が雷を纏う。

 和国から来た最強の侍、ライゾウから学んだ必殺技。

 不完全とはいえ、僅か数日の師事でこの技を発動させるに至ったシオンを見て、ライゾウですら驚愕した、今のシオンが持つ最強の切り札。

 観客席のリンネが「マジか!?」と驚愕の声を上げた。

 

「なんだ、それは……!?」

「行くぞ。フォルテ・アクロイド」

 

 同じく驚愕するフォルテに向かって、シオンが突撃した。

 

 因縁の戦いが、始まった。


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