【コミカライズ】最強の剣神、辺境の村娘に生まれ変わる。 作:カゲムチャ(虎馬チキン)
「飛脚・電光!」
「ッ!?」
シオンが、フォルテの予想を遥かに超える速度で肉薄する。
いや、予想どころか、確実にフォルテの速度をも超えていた。
そのままシオンは、まるでリンネを思わせる超速で剣を振るった。
「紫電・一閃!」
「ぐっ……!?」
雷を纏った一閃が炸裂する。
フォルテも咄嗟にガードはしたが、間に合わずに吹き飛ばされた。
しかも、その一撃は速いだけでなく、風と闘気の鎧を貫いて、決して軽くないダメージをフォルテへと与えた。
(痛い……)
フォルテは心の中で弱音を吐いた。
痛み。
それは、最もわかりやすい苦しみだ。
苦しみは人の心を蝕み、弱い心であれば、そのまま折ってしまう。
しかし、フォルテの心は折れなかった。
(あの時に比べれば!)
思い出すのは、リンネとの戦い。
否。
あれは戦いとも言えぬ、一方的な蹂躙であった。
一方的に叩きのめされ、痛めつけられた、屈辱と恐怖の記憶。
あんな思いをしたのは、人生で二度目だ。
あの完膚なきまでの敗北は、幼い頃のトラウマを刺激し、フォルテに多大なる恐怖を刻んだ。
虚勢を張り、屈辱に怒ったふりをして、無理矢理怒りで恐怖を塗り潰した。
大丈夫、一度目の時のように、父の権力にすがれば何とかなると、必死に自分に言い聞かせて正気を保った。
その時に比べれば、この程度の痛みは屁でもない。
「飛脚・
そうして、今度はフォルテから仕掛ける。
まるで先程の攻防の焼き直しのように、今度はフォルテが飛脚を使ってシオンに肉薄し、剣を振り抜く。
「風魔・一閃!」
「くっ……!?」
今のシオンよりは遅いが、フォルテの一撃も十分に速い。
そして、力に関してはフォルテが上だ。
シオンとフォルテでは、纏っている闘気のレベルが違う。
先程のフォルテと違って、シオンのガードは間に合った。
しかし、ガードの上から強引に叩かれて、シオンもまたフォルテと同じだけのダメージを負う。
まさに、一進一退の攻防が続いていた。
「雷神・槍牙!」
「風神・槍牙!」
今度は、互いの突きが正面からぶつかり合う。
剣と剣の激突によって軌道が変わり、技は互いに不発に終わる。
それを認識した瞬間、ほぼ同じタイミングで両者は後ろへと飛んだ。
そして、今度は剣に魔法を纏わせ、放つ。
「飛剣・雷迅!」
「飛剣・風刃!」
属性の差により、雷の方が速く相手に到達する。
魔力の差により、風が雷を斬り裂いて直進する。
しかし、その時には既に、シオンは次の攻撃に移っていた。
「五月雨・雷雨!」
「!? 守ノ型・塞!」
電光石火の連続攻撃を、フォルテは何とか防いでいく。
当然、速度でも技術でも勝るシオンの攻撃を防ぎ切れる筈もなく、防御に失敗した攻撃が確実にフォルテを弱らせていく。
もしも、これが真剣での斬り合いであれば、今頃フォルテは血塗れになっていただろう。
あるいは、なます切りにされていたかもしれない。
しかし、今使われているのは木剣だ。
ダメージにはなっても、決定打に欠ける。
「破断・雷!」
「守ノ型・流……ぐぅ!?」
僅かに速度を落とし、威力に特化した斬撃を放つシオン。
結果として、それが緩急を生む事となり、この攻撃を受け流せなかったフォルテに大きなダメージを与える事に成功した。
攻撃がヒットした左肩の骨は砕けるか、そうでなくとも大きな皹が入っているだろう。
だが、フォルテはまだ倒れない。
(チッ!)
心の中で、シオンは焦り混じりの舌打ちをした。
この状況、一見シオン優勢で進んでいるように見えるが、実際はそうでもない。
確かに、ダメージが蓄積し、フォルテは弱ってきている。
だが、同時にシオンもまた弱ってきているのだ。
ダメージを受けている訳ではない。
体力が削られている訳でもない。
しかし、シオンの戦う為の力は刻一刻と、それこそ一秒ごとに大きく失われている。
シオンが消耗している力。
それは魔力だ。
魔法の発動には必ず魔力が必要であり、その消費量は強力な魔法や扱い切れぬ魔法を使う事によって、加速度に上がってしまう。
シオンの使っている技。
雷神憑依は、もろにこの条件に当てはまっている。
ライゾウの生家に代々伝わる奥義であり、その難易度や魔力消費量は、この技を完全に極めたライゾウですら出し渋る程に凄まじい。
加えて、シオンはまだ15歳の子供。
魔力量はまだまだ成長途上であり、ライゾウに比べれば大きく劣る。
幼い頃より魔法を使い続けてきたシオンの魔力量は、そこら辺の大人よりも余程多い。
それでも、雷神憑依を使いこなすには不足に過ぎる。
今のシオンの魔力で、雷神憑依を発動していられる時間は、凡そ一分。
リンネの神速剣以上に明確な制限時間が存在するのだ。
一分を過ぎれば魔力は枯渇し、雷神憑依も闘気も解けた上に、魔力切れ特有の疲労感がシオンを襲うだろう。
そうなってしまっては、もはやフォルテには勝てない。
故に、シオンは勝負を急ぐ必要があるのだ。
「おおおお!」
シオンが雄叫びを上げながら、攻撃のギアを更に上げた。
先程よりも更に速い斬撃の連打が、フォルテを襲う。
しかし、
(当たらない!?)
(さっきよりも鈍い!)
その判断は間違いであった。
焦ったが故の判断ミス。
剣撃とは、ただ速ければ良いというものではない。
無理に速さのみを追い求めれば、振りの形が疎かになり、無駄に力が入り、結果として剣は鋭さを失ってしまう。
かつて、アリスが速い剣に拘ったが結果、陥った失敗。
勝負を急ぐあまり、シオンはそれと同じ失敗をしてしまった。
(マズイ!)
「もらった! 疾風・重槍牙!」
「くっ!?」
そして、自分のミスに自分で気づいた時には、もう遅い。
その隙を突かれて攻守が逆転し、今度はフォルテが怒涛のラッシュでシオンを追い詰める。
フォルテの剣は速い。
それこそ、今のシオンやリンネといった例外を除けば、学生で並ぶ者はいない程に。
剣聖ですら、速度という一点においてはフォルテに劣る。
そんなフォルテの攻撃だ。
こうなってしまえば、今のシオンと言えども容易くは逆転できない。
「五月雨・
「守ノ型・流! くっ……!」
そして、フォルテの攻撃は一撃一撃が重い。
受け止める事などできず、受け流す事も至難。
防御に集中しなければ、瞬く間に敗北する。
だが、守っているだけでは確実に負ける。
制限時間は、もうすぐそこにまで近づいているのだから。
(どうする!?)
フォルテの攻撃を必死に凌ぎながら、シオンは考える。
逆転の目を。
勝利への道筋を。
フォルテの攻撃は熾烈だ。
だが、その顔に余裕はなく、むしろ、フォルテもまた必死に剣を振っている。
シオンの与えた傷が効いているのだ。
先程までのシオンの攻撃は、フォルテの全身を打ち抜いた。
その内、剣を振るう腕に当たった回数も多く、特に左肩に当てた破断の一撃はかなり効いているだろう。
今のフォルテは痛みを堪えながら剣を振っている。
ならば、必ず限界がある筈。
どこかで必ず動きの鈍るタイミングが訪れる。
その隙が出来るのが先か、シオンの魔力が尽きるのが先か。
それこそが勝敗を別つ境目。
そして、━━勝機は訪れた。
「ッ!?」
突然、フォルテの動きが止まる。
左肩が上がらない。
遂に、痛めつけられた骨が悲鳴を上げたのだ。
骨に刻まれた罅が大きく広がり、砕けた。
壮絶な痛みがフォルテを襲う。
それが、フォルテの動きを止めてしまった。
「しまっ……!?」
そこへ、待っていたとばかりに、シオンの一撃が繰り出される。
魔力は尽きる寸前。
これが最後の一撃。
その一撃に、剣の最後の一振りに、シオンは渾身の力を籠める。
イメージするのは、シオンが見てきた中で最も速く、最も鋭い至高の剣技。
目の前の強敵を一方的に叩きのめした神の剣。
今のシオンでは逆立ちしても真似できない技。
だが、自分なりに少しでも近づこうと、その剣技を模倣し、雷神憑依で速さを底上げし、その技を放った。
「神速剣・一閃!」
神速の領域へと、ほんの僅かに足を踏み入れたシオンの剣は、咄嗟に残った右手をガードに回そうとしたフォルテの稼働速度を遥かに上回り、━━その頭部に、決定的な一撃を叩き込んだ。
「ぐ……あ……」
フォルテが、膝から地面に崩れ落ちる。
「ハァ……ハァ……」
対するシオンも完全に魔力を使い果たして肩で息をし、極度の疲労の中、気力だけで立っていた。
もう一歩も動けない。
しかし、倒れる訳にはいかない。
勝利が確定する、その瞬間までは。
だが、
「あああああああああああ!」
倒れたフォルテが、獣のような咆哮を上げながら起き上がる。
頭から血を流しながら、震える手足に力を籠め、焦点の合っていない目を見開いて、立ち上がる。
倒れる訳にはいかない。
その執念のみで、フォルテは起き上がった。
『いいですか、フォルテ。我がアクロイド家に無能はいりません』
ぼやけた頭に浮かんでくるのは、遠い昔に父に言われた言葉。
幼い頃、人生初の大敗を喫して、父に泣きついた後の事。
『君には期待していました。君には剣と魔法の才能がある。使い方によっては『剣神』にできるかもしれないとまで思っていたんですよぉ。
なのに、君は同年代どころか年下の平民に完膚なきまでに敗れた。
正直、失望しましたよ。
ただ、まあ、君はまだまだ幼い。
成長の余地はいくらでも残されているでしょうし、ここで切り捨てるのはいささか早計というものでしょうからねぇ。
ですから、慈悲をあげましょう。
二度とこのような事がないように自分を鍛えなさい。
そうして、誰にも負けない天才でいる限り、私は君を可愛い息子として扱ってあげます。
それができなかった時は……わかっていますね?』
そう語る父の事が、怖かった。
怖くて怖くて堪らなかった。
強くなければ、天才でなければ見限られる、見捨てられる。
その恐怖は、フォルテの心の中にいつまでも残り続けた。
だから、学校では必死に力を見せつけてきた。
権力を振るい、気に入らない者を迫害し、自分は強者なのだと自分に言い聞かせてきた。
自分は天才だ。
才能と権力に恵まれて生まれた。
ずっと勝つ事が、勝ち続ける事が当たり前なのだと、自分に言い聞かせてきた。
その影で、決して努力も欠かさなかった。
努力している天才は強い。
強いから負けない。
負けなければ、父に見捨てられる事はない。
そんな事をずっと考えながら生きてきたのだ。
幼き日に、青髪の少年に打ちのめされ、父にトラウマを刻まれたその日から!
そんな
疲労困憊になりながらも、気丈な目付きで自分を睨む青髪の少年を見る。
そこで、フォルテはふと気づいた。
(そうか……こいつは、あの時の……)
目の前にいる少年の姿が、恐怖の始まりとなった悪夢と被る。
その思い出を、自らの手で払拭するべく、フォルテは無事な右手をシオンに向け、魔法を発動させようとした……
その瞬間。
フォルテの足が、ガクンと崩れた。
(これ……は……!?)
薄れゆく意識の中、フォルテは自分を襲うこの現象が何であるのか、理解できずにいた。
フォルテの症状、それは魔力切れだ。
Bブロックの戦いが始まって最初に使った大技。
その後にも魔力の消耗を度外視で派手な技を使い続けた代償が、ここにきて牙を向いたのだ。
再び地面に倒れ、意識を失う刹那。
フォルテは反射的に観客席に視線を向けた。
そして、見てしまった。
まるで虫を見るような目でフォルテを見下ろす、父の姿を。
心が絶望に支配されるのを感じながら、フォルテは意識を手放した。