【コミカライズ】最強の剣神、辺境の村娘に生まれ変わる。 作:カゲムチャ(虎馬チキン)
「ただいま戻りました」
「お疲れ、アリス! よくやった、アリス!」
私はいつもの如く、観客席に戻ってきたアリスに抱き着いた。
その瞬間、膝の上に乗せていたシオンが落下し、「ウッ」と苦し気な呻き声を上げた。
しかし、意識は戻らない。
「リンネちゃん!」
「う、うむ……すまんかった」
私はおとなしく、再びシオンの頭を膝の上に戻した。
「いやー、こっぴどくやられたっす」
「ご苦労だった、オスカー。アリスの良い引き立て役だったぞ」
「うわぁ、アリスとの扱いの差が酷いっす」
当然だろう。
誰だって、孫は可愛いものだ。
それに、なんとなくお前とベルはぞんざいに扱いたくなるんだよな。
悪友というやつだろう。
「フッ。遂に俺の出番がきたか」
そして、もう一人の悪友が、無駄にカッコつけた感じに笑って席を立った。
だが、あんまりカッコよく見えないな。
むしろ、微妙に滑ってる感すらある。
「行ってくるぜ。
リンネ、シオン、アリス。決勝トーナメントで会おう!」
そうして、ベルは一足早く控え室へと消えて行った。
その台詞、前にも聞いたな。
こういうのは、二度言ったらカッコつかないぞ?
まあ、本人が楽しそうだから何も言わないが。
「行っちゃったっすねー」
「行っちゃったなー」
「リンネ、ベルは勝てると思うっすか?」
オスカーがそんな事を私に聞いてきた。
そこまで興味なさそうだから、軽い雑談だろうな。
「まあ、普通に難しいんじゃないか?
Dブロックには剣聖が出てくる。ベルが村を出た時からどれだけ強くなってるか知らんが、生半可な成長では勝てないだろうな」
「へー、剣聖ってそんなに強いんすね」
「多分な。見た事ないが」
「見た事ないんかい!」
オスカーが面白半分でツッコミの平手打ちを放ってきたので、軽く受け止めて手首を捻ってやった。
今の一撃には、地味に威力が籠っていたからな。
大方、私の頭を真下に突き飛ばして、膝の上のシオンとキスでもさせるつもりだったんだろう。
とんでもない奴だ。
手首の痛みに悶絶しながら反省しろ。
「ギブギブギブ! 折れるっす! 手首がねじ切れるっす!」
オスカーの悲鳴が本格的な悲壮感を伴ってきた辺りで解放してやった。
すると、すぐにオスカーはラビに治癒を頼んでいた。
根性がないな。
情けない。
「それはともかく。実際、剣聖の強さってどんなもんなんだ、アリス?」
「あ、ここで私に振るんですね。
まあ、剣聖さんは強いですよ。去年の大会ではアクロイドさんに敗れていますが、あれは事故みたいなものでしたし。
まともに戦えば、確実にアクロイドさんよりも強いと思います」
ほう。
やはり腐っても剣聖、教国最強の剣士という事か。
少なくとも、クソ虫よりは強いと。
「ちなみに、去年はなんで負けたんだ?」
「剣聖さんが激闘で破損したリングのヒビに足を取られてこけたんです。
そこにタイミングよくアクロイドさんの風魔法が当たって場外負けになりました。
ここからが本番と思った矢先の事だったので、観客もアクロイドさんもリングから落ちた剣聖さんも唖然としていましたね」
「…………」
どうやら、思ったよりも剣聖は間抜けのようだ。
これなら、ベルでも勝てるかもしれん。
その後も雑談を続けている内に、Dブロックの選手達がリングに上がってきた。
当然、ベルの姿もある。
私達に向かってサムズアップしてきた。
続いて剣聖の姿を探そうと思ったが……よく考えたら、私は当代剣聖の顔を知らない。
ので、隣のアリスに聞いた。
「アリス、どれが剣聖だ?」
「えーと……あ、あの人です。リングの真ん中辺りにいる、藍髪の」
言われてリング中央を見てみれば、確かにアリスの言う通り、騎士学校の白い制服を着た藍髪の男がいた。
鋭い目付きをした青年だ。
あれが当代剣聖か。
好好爺って感じだった先代とは似てないな。
『それでは、これより予選Dブロックを開始します!
5、4、3、2、1……試合開始!』
銅羅の音が鳴り響き、試合が開始される。
私の見ている中、ゆっくりと剣聖が動き出し、そして……
◆◆◆
ベルの視線の先で、一人の剣士が暴れている。
剣聖と呼ばれる、藍色の髪の青年剣士。
歳はベルよりも少し上、20歳には満たないといったところだろう。
まだまだ若造と呼ばれる年齢だ。
だが、その年齢に反して、彼の実力は圧倒的だった。
まだベルは習得していない力である闘気を身に纏い、一切の油断を排したような真剣な表情で剣を振り続ける剣聖。
その一振りごとに爆風が吹き荒れ、選手達が吹き飛ばされていく。
まるで、Aブロックのリンネや、Bブロックのフォルテを再現したかのような、一騎当千の大活躍。
それでいて、フォルテとは違い、無理をしている様子が一切ない。
真の強者が、あるべき形で力を振るい、弱者を蹂躙している。
強い者が勝ち、弱い者が負ける。
今、ベルの目の前にある光景は、ただそれだけの当たり前の出来事でしかない。
だからこそ、周囲の弱者は格の違いを感じ取り、臆する。
それは闘気使いですらも例外ではない。
そして、臆せば更に弱くなり、そんな弱い力では剣聖に傷一つ付ける事すら叶わず。
実力差は開く一方であり、闘気使いすらも蹂躙の対象となる。
剣聖は、ほんの一握りの者しか辿り着く事ができない領域、リンネや三剣士と同じ『英雄』の覇気を纏っていた。
「ヘッ!」
そんな状況の中、絶対強者を前にして、ベルは不敵に笑う。
敵は圧倒的格上。
だから、どうした? としかベルは思わない。
格上相手なんていつもの事だ。
ベルがまだ故郷であるマーニ村にいた頃、彼の周りの剣士は格上しかいなかった。
リンネ、シオン、ヨハン、ついでにジャックや自警団、おまけにドレイク。
歳上も、歳下も、同い年も、揃いも揃って格上だらけ。
そんな連中に負けて、負けて、負け続けて、その末にベルは成長してきた。
その過程で、ベルの心は一度たりとも折れなかった。
リンネですら認めた不屈の闘志。
そんな鋼の心を持つベルが、今更ちょっと強い敵が出てきたからといって臆する訳がない!
「格上上等! その首ぶんどって俺が勝つ!」
尚、実際に首を取ったら、殺害によるルール違反で失格なのだが、そんなツッコミは不粋だろう。
とにかく、それくらいの意気込みで、ベルは剣聖に向かって突撃した。
まだ闘気を使えない純剣士であるベルには遠距離攻撃手段がなく、故に攻撃するには近づくしかないのだ。
あの暴力が吹き荒れる爆心地へと。
「うぉおおおおおおお!」
「飛剣・嵐」
「なめんな! 飛脚!」
ベルの力量では回避不能、迎撃不能な斬撃の嵐の中を、飛脚によって強引に突っ切る。
ただし、考えなしの正面突破ではなく、四足動物のように身を低くし、更に剣を正面に突き出して衝撃波を突き破り、少しでも威力を削った上での突撃。
嵐に対する迎撃手段を持たないベルにとっては、ほぼ最善と言える行動。
観客席のリンネが「おお!」と感嘆の声を上げた。
昔、リンネに大人げなく嵐を連発された事が悔しくて、ヨハンに嵐対策をみっちりと習った成果がここで出た。
「攻ノ型・一閃!」
そうして接近する事に成功したベルは、剣聖に向かって剣を振るう。
選んだ技は、一閃。
リンネが好んで使い、そのリンネを見て剣を覚えたベルもまた最も得意とする攻撃。
単純ながらも鋭く、速い一撃が剣聖を襲った。
「甘い」
だが、それだけの剣では英雄に届かない。
剣聖は一歩後ろに下がってベルの攻撃をあっさりと避け、即座に最適なカウンターを打ち込む。
「逆鱗!」
王国剣術とは違う、剣聖の祖国である教国の剣術。
ベルにとっては完全に初見の技。
だが、冒険者として様々な魔物と渡り合ってきたベルにとって、初見の動きと相対するのは珍しい事ではない。
即座に的確な対応を取る事に成功した。
「守ノ型・塞!」
敵の攻撃を受け止める技、守ノ型・塞。
だが、普通に考えれば、これは悪手である。
剣聖は高出力の闘気を纏っており、対してベルは闘気を持たない未熟な剣士。
膂力の差は一目瞭然であり、塞で受け止める事などできる筈がない。
しかし、そんな事はベルとて百も承知。
彼は馬鹿だが、それでもA級冒険者。
戦いに関しては一流の戦士だ。
失敗するとわかりきった事をやる程、頭空っぽではない!
「守ノ型・流転!」
「!?」
剣聖の一撃を受けたベルが、そのまま足を地面から離し、独楽のように回転しながら、強烈極まりない剣聖の一撃を受け流す。
守ノ型・流転。
流とは違い、剣ではなく体全体を使って敵の攻撃を受け流す技。
だが、これは正式な王国剣術の型ではない。
王国剣術に、こんなアクロバティックな挙動の技はない。
普通に受け流すのなら、流で事足りる。
これは、ベルがリンネの攻撃を受け流す為に開発した技。
つまり、ベルのオリジナル技である。
マーニ村にいた頃。
ベルは何度か、リンネに本気で戦えと迫った事があった。
手加減してもらわなければ勝負にすらならないとわかっていても、ベルにだって男としてのプライドがあったのだ。
しかし、当然の事ながら結果は惨敗。
あまりに速いリンネの剣を、ベルは目で追う事すらできなかった。
そんな攻撃に対して、剣を合わせて受け流す技を放てる訳がない。
ならば、どうすると考えた末に出来上がったのがこの技、流転であった。
剣を動かす暇がないのならば、体で受けて体で受け流すしかない。
普通に考えれば、いや、無理だろ、となる理屈だったが、リンネに負けたくないという意地と、並外れたベルの身体操作のセンスが、この技を完成させた。
とはいえ、今でも流転の成功率は低い。
遥か格上の攻撃を受け流すのだ。
そう簡単にいく訳がない。
流転には、ダイナミックかつ繊細な動きが要求される。
加えて、この技は受け流すだけの技ではなく
流と同じく、攻撃を受け流して、その勢いのまま反撃に転じるのが流転。
遥か格上を相手にそこまでしようというのだから、その成功率は更に低くなる。
実際、ベルがこの技をリンネに対して成功させた事は一回しかない。
だが、その一回。
この技を初めて戦いで使った時、すなわち初見の時限定だったが。
この技は、━━あのリンネに対して有効打を与えた。
「おらぁ!」
そんな秘蔵の一撃が、剣聖の頭部にクリーンヒットする。
流転の真骨頂は、相手の攻撃を受け流す為の回転をそのまま攻撃へと転用し、流よりも遥かに速く、かつ相手の攻撃の威力を自分の力に上乗せして放つ、カウンターの力強さ。
かつて、闘気を纏ったリンネの脛にヒビを入れた程の威力。
それが一番良いところに当たった。
奇跡である。
そんな一撃を食らった剣聖がよろめく。
脳が揺れたか、もしかしたら頭蓋骨にヒビでも入っているかもしれない。
なんにせよ、明らかに効いている。
チャンスであった。
即座に空中独楽状態から抜け出し、猫のようなしなやかさで地面に着地したベルが、追撃を仕掛けた。
「攻ノ型・一閃!」
横薙ぎに振るわれた、再びの一閃。
剣聖は、よろめいた状態にも関わらず、これを防いでみせた。
だが、ベルの攻撃は止まらない。
「攻ノ型・五月雨!」
今度は目にも留まらぬ連続攻撃。
本来の五月雨とは微妙に違う、前のめりで、野生の獣のように苛烈な剣線。
リンネの神速剣と同じく、王国剣術を自分の得意な形へと変質させた、ベルの剣術。
そうして何度も何度も振るった剣の内、何発かが剣聖の体に叩きつけられ、確かな傷を刻む。
どうやら、頭をやられた事により、闘気の制御が乱れているようだ。
この状態であれば、ベルの攻撃でも闘気の鎧を貫ける!
「まだまだぁ!」
勝てる!
ベルはそんな確信を持って攻め続けた。
更に、剣聖が弱った隙を突くべく、残っていた選手達も一斉に攻撃を仕掛ける。
最後の大乱戦が巻き起こった。
その一方で、観客席は熱狂に包まれる。
まさか、あの剣聖が負けるのか。
そんな予想外の事態に対して、観客のテンションはマックスだ。
狂ったような歓声が鳴り響くが、今のベルはそんな声に耳を傾ける事なく、ひたすらにラッシュを続けていた。
今のベルには、油断も隙もない。
それどころか、興奮で実力以上の力を発揮していると言ってもいいだろう。
初見の技がクリティカルヒットした事といい、流れは完全にベルへと傾いていた。
まさかの大番狂わせが起こってもおかしくない。
「これで、終わりだぁああああ!」
そして、最後の一撃が放たれる。
「攻ノ型・破断!」
威力重視の一撃。
それが弱りきった剣聖にトドメを刺すべく迫り、
「
次の瞬間、ベルの視界から剣聖の姿が消えた。
「は?」
「
「ごはっ!?」
直後、ベルの脇腹へと強烈な一撃。
あばらが折れた感覚。
そんな激痛を感じながら、ベルはリングの端へと吹き飛ばされた。
「飛剣・
『うわぁああああああ!?』
続いて、ベルに便乗していた選手達が一斉に吹き飛ぶ。
その殆どは気絶し、そうではない者もリングオーバー。
一瞬で決着がついた。
リングに残っているのは、剣聖とベルだけだ。
「な、何が……!?」
何が起きたのかわからない。
ベルはそう思っているだろう。
だが、これは当然の事なのである。
剣聖は、ベルの攻撃によって確かに揺らいだ。
しかし、攻撃の雨に去らされながらもすぐに持ち直し、反撃に転じた。
ただそれだけの話。
ここまでベルが善戦できていた事が奇跡だったのだ。
持ち直してしまえば、実力差は元通りとなってしまう。
ベルは混乱しながらも顔を上げた。
そこには、片手で頭を押さえながらも、しっかりとした足取りで立つ剣聖の姿があった。
「……まさか、闘気使いでもない者にここまで追い詰められるとは。
未熟な自分が恥ずかしい。
だが、本当に素晴らしい攻撃だった。
君のおかげで、俺はまた一つ成長できたような気がする」
剣聖はそう言い、剣をベルへと向けた。
その眼には、強敵に対する敬意だけがあった。
それに対し、ベルもまた痛む体を無理矢理に叩き起こす。
ダメージは大きい。
だが、負けを認めるには早すぎる。
「……俺は『剣聖』ランスロット。聖アルカディア教国の騎士。その誇りにかけて、全力を持って君を倒そう」
「……俺はA級冒険者『猛剣』のベル。お前を倒す男の名だ。覚えとけ」
両者が互いを認め合い、名乗りを上げる。
それは、まるで物語の一幕のような、そして非常にベルが好みそうなシチュエーションであった。
「来るがいい!」
「うぉおおおおおおお!」
そして今、Dブロック最後の攻防が始まった。
実力差は圧倒的。
隙を突ける乱戦という状況ではなくなり、ベル一人だけを見据える剣聖には、最早どれだけ奇抜な技であろうとも容易には当たらないだろう。
そうなれば、自力の差が勝敗に直結する。
事ここに至れば、ベルに勝ち目など殆どない。
それでも、ベルは最後まで戦い続けた。
自分が戦闘不能になる、その瞬間まで。