【コミカライズ】最強の剣神、辺境の村娘に生まれ変わる。 作:カゲムチャ(虎馬チキン)
試合開始から僅か数分後。
リングの上は、死屍累々の有り様となっていた。
「く、くそ……」
最後の最後まで奮戦していたベルが、遂に倒れる。
これにて、リング上で立っているのは、ただ一人となった。
『け、決着! 勝者は、聖アルカディア教国よりやって来た『剣聖』ランスロット選手!』
その放送が流れた後、遅れて銅羅の音が鳴り響き、Dブロックの終了を告げた。
観客達は歓声を上げて盛り上がった後、徐にコロシアムから去って行く。
今日の試合はこれで終わりだからな。
家にでも帰るのだろう。
「凄い戦いでした……剣聖さん、去年よりずっと強かったです」
「ベル、ボッコボコだったっすねー。カッコいい事言った後でこれは恥ずかしいー。後でからかってやるっす」
「ダメだよ、オスカーちゃん! ベルくんも、今度ばかりは本当にショックだろうから」
ラビが本当に心配そうな顔で、医療室に運ばれて行くベルを見つめていた。
いや、あいつの不屈の闘志はこんな程度じゃ折れないと思うけどな。
からかうくらいで、ちょうどいいと思う。
だが、ラビが心配するのも無理はない。
そう思えるような試合だった。
Dブロックの内容を語るとしたら、たったの一言で済む。
蹂躙だ。
全ての出場選手が、たった一人の青年に、僅か数分で全滅させられた。
まさに圧倒的。
Aブロックの私を彷彿とさせるレベルだった。
そんなのを相手にベルは一撃入れて見せた。
それだけで、もう称賛に値する。
結局は負けたが、相手が持ち直した後ですら、圧倒的な実力差にも怯まず、最後まで戦い続けたのだ。
実に立派だった。
これが戦場での出来事だったら、敗北=死だから立派もクソもないが、これは試合だから素直に称賛しよう。
実に立派だった。
だが、それでも勝利には届かなかったのだ。
それだけ、剣聖は圧倒的だった。
ベルに一撃入れられるという未熟な面もあったが、それを差し引いても、超高出力の闘気。
学生とは思えない達人のような剣術。
予想外の一撃で追い詰められても即座に立ち直る、リカバリーの早さ。
間抜けなんて、とんでもない。
あれは、まさに一国の頂点に立つ剣士だった。
『最強』の領域に足を踏み入れる資格を持つ者。
誇張抜きにカゲトラ以上の逸材だろう。
ベルが善戦できたのは本当に奇跡だ。
「で、どうよ、嬢ちゃん? 自分並みの力を持ったライバルが現れた感想は?」
「ドレイク?」
私が冷静に剣聖の戦力を分析していると、おもしろそうな顔したドレイクが話しかけてきた。
なんだ、その顔は?
「嬢ちゃんは、ずっと同年代の中じゃダントツの最強だったからなぁ。
その座を脅かす奴が出てきた感想はどうよ?」
「なんだ、そんな事か」
下らない話だな。
そもそも、私はずっと同年代最強だった訳じゃない。
今世は年齢詐欺だからノーカンとして、前世じゃ、ずっとシャロに負け続けてた。
そんなあの頃も今回も、行き着く結論は同じだ。
「負ければ悔しい。だから勝つ為に全力で戦う。それだけの事だ」
そして、もう一つ。
「あとな、ドレイク。一つだけ訂正しておけ。
━━あいつより私の方が強いぞ」
私は自信を持って宣言する。
弱くなったとは言え、元剣神を舐めるな。
あの程度の戦いを見せられたくらいで揺らぐ自信など持っていないわ!
「……堂々としすぎだろ。たまには慌てる嬢ちゃんが見たかったんだがなぁ」
「む。趣味が悪いぞ」
ただ、まあ、その趣向が理解できなくもない。
弟子どもをからかったり発破かけて遊んでた私や、ベルをからかって遊んでるオスカーに近い心理だろう。
ふっ。
不発に終わって残念だったな。
「う……うぅ……」
と、このタイミングで、膝の上のシオンが呻きながら起きた。
ぼんやりとした様子で目を開け、そして、状況が理解できなかったのかフリーズした。
「これは……俺はいったい……?」
「あ、シオンさん、おはようございます」
「アリス、これはどうなってるんだ? なんで、俺がリンネの膝の上で寝ている?」
「リンネちゃんが、うっかりシオンさんを気絶させちゃったので、責任を持って枕になってもらったんです。
椅子はさすがに硬いので」
「……訳がわからん」
だろうな。
私も訳がわからない。
元はと言えば、思いつきでこんな提案をしてきたドレイクが悪い。
シオンよ。
ここは犬に噛まれたとでも思って、冗談のノリで乗り切るしかないぞ。
という事で、私は思いっきりふざけてみる事にした。
「シオン……おはよう☆」
「うっ!? オェエエエエ!」
「ぎゃあああああ!? 貴様なんという事を!?」
こいつ!
よりにもよって、私の股の部分に向けて吐きやがったぞ!?
そんなに気持ち悪かったか!?
ちょっとウィンクしただけだろうが!
というか、ゲロの感覚が気色悪い!
冗談抜きで殺すぞ、この野郎ぉおお!
「ドレイク様、お望み通り、慌てるリンネさんが見れましたわね」
「いや、思ってたのと違う」
こうして、最後はすったもんだの騒動になりながらも、大会初日は終わりを告げたのだった。
とりあえず、シャワー浴びたいぞ。
◆◆◆
「では! 私達の決勝トーナメント進出を祝い! 同時に、大口叩いたくせにボコボコにされたベルを慰めるべく! かんぱーい!」
『かんぱーい!』
「やめろぉおおおお!」
あの後、シャワーを浴びて着替え、シオンのゲロゲロを洗い流してから、私達は医療室にぶち込まれたベルを回収して酒場に繰り出した。
初日の打ち上げである。
まあ、決勝トーナメントは明日だから、予選を突破した私とシオンとアリスは、そんなにハメを外す訳にはいかないけどな。
ちなみに、スカーレットはこの後予定が入ってるらしく、オリビアを連れて帰った。
王族は大変だ。
「いやー! 残念だったっすね、ベル! 「決勝で会おうぜ!(キリッ)」とか言ってカッコつけたくせにボッコボコとか! プークスクス!」
「うるせぇえええええ!」
「べ、ベルくん落ち着いて! 私はカッコよかったと思うよ! 最後まで諦めなかったところとか!」
「そうっすね! 最後までベルは諦めなかった! 最後まで戦い抜いた! その結果、サンドバックにされて、治癒魔法でも一日じゃ治しきれない大怪我したのを誇るといいっすよ!」
「うがぁあああああ! お前らぁあああああ!」
「わ、私はそんなつもりで言ったんじゃないよ!?」
お、オスカーが早速ベルを煽って、煽られたベルが暴れ出した。
しかも、フォローしようとしたラビまで巻き込まれとる。
懐かしいな、このノリ。
和むわー。
和み過ぎて、ラビだけでも助けてやろうかという気持ちが萎えてくる。
「まあまあ、落ち着くっすよ、ベル! そんなベルをあたしが慰めてあげるっす!」
「もがっ!?」
「わぷっ!?」
私が和んだその瞬間、オスカーがベルの頭部を胸に抱いた。
ベルに締め上げられてたラビも、オスカーとベルの体に挟まれてサンドイッチになる。
何やってんだ、あいつは?
と思ったけど、よく見ればオスカーの顔が赤くなって目がぐるぐるしてるのがわかった。
オスカーめ、酒飲んだな。
まあ、あいつは15歳で成人してるし、文句は言うまい。
「よーしよし! よく頑張ったっすねー!」
「はーなーせー!」
「く、くるしい……」
くんずほぐれつ。
仲良き事は素晴らしきかな。
私とシオンが抜けても仲良く楽しくやれてるみたいで何よりだな。
まあ、それはともかく。
「うむ。たしかにベルは頑張ったな。あの土壇場で成功率の低い流転を頭にぶち当てた事といい、ボロ雑巾にされても立ち向かい続けた根性といい、天晴れだった。誇っていいぞ」
「あの、リンネちゃん……冷静に言ってないで助けた方がいいんじゃ……」
「心配するな、アリス。こういうのはよくある事だ。なあ、シオン?」
「……今は話しかけるな。俺はまだお前の膝枕の衝撃が抜けてないんだから、静かにさせてくれ」
「まだ言うか、こいつ!」
美少女の膝枕で悪夢を引き摺るとは、なんたる無礼者か!
クソ虫との戦いをほめてやろうかと思ったが、やめだやめ!
代わりに、明日の試合で焼き入れてくれるわ!
「ハッハッハ! 楽しそうだな坊主ども!」
私が頬を膨らませながら怒りの視線でシオンを睨みつけ、「まあまあ、リンネちゃん」と嗜めるアリスに免じて許してやらなくもない的な思考が頭を過った辺りで、今度はドレイクが酒瓶片手にベル達に話しかけた。
「今日は中々に良いもん見せてもらったぜ! 王都に残った甲斐があったってもんよ!
それを見せてくれた礼って訳じゃねぇが、一つ提案がある。
どうだ? お前ら、俺の弟子になってみねぇか?
そしたら、嬢ちゃんにも負けねぇように鍛えてやる!」
「え!?」
お?
ドレイクがまた変な事言い出したな。
それに反応して、ベルがオスカーの胸に顔を埋めながらドレイクの方を見る。
二人の間に隙間が出来て、挟まれてたラビがホッとした顔になった。
「ドレイク、どういう風の吹き回しだ?」
ちょっと興味が出たので聞いてみる。
「なぁに、俺も歳だからな。前にも言ったような気がするが、後輩に教えるだけ教えて引退ってのも悪くねぇと前々から思ってたのよ。
こいつらには見込みがあるし、それに冒険者登録の試験官なんてやったよしみ。しかも、元仲間の娘の仲間ときた。
こいつらとは妙な縁がありやがる。
なら、も一つばかし、おかしな縁を増やしてもかまわねぇだろ?」
「なるほど」
要は、ベル達を改めて気に入ったからスカウトした訳だ。
酒の勢いもあるんだろうな。
思い返せば、前に私に似たような事を言ってきた時も、こいつは飲んでた。
だが、酔っぱらってようとも本気ではあるんだろう。
冗談でこんな事を言う奴ではない。
「だそうだが、どうするベル?」
「やる! 俺はもっと強くなってやるからな! そんでもって、リンネ! 俺が強くなった時は、今度こそ勝負だ!」
「ハッハッハ! いいだろう!」
「ベルがやるなら、あたしも付いて行くっす!」
「わ、私も……」
ふっ。
おもしろい事になったものだ。
ベル達がドレイクの弟子とは。
ドレイクは、私から見ても超一流の実力者。
しかも、今までベル達を教えてきた面子とは系統の違う実力者だ。
ドレイクから学べる事、吸収できる事は多い。
そんなのに鍛えられれば嫌でも成長するだろう。
今後が実に楽しみである。
その後は、前に私に振られた反動なのか、弟子入り決定で大いにテンションを上げたドレイクがベルの口に酒瓶を突っ込み、便乗してオスカーも突っ込み、へべれけになった冒険者組をラビが必死に介抱しながら宿に引き上げていった事で、打ち上げはお開きとなった。
ちなみに、試合は昼頃に終わって、そこから直で酒場に来た為、今はまだ夕方である。
この後、夜はナイトソード家で祝勝会があるのだ。
アレク達が企画してくれた。
マルティナやイグニも来るというし、何よりアリスが主役の会なので、私に行かない理由はない。
だが、せっかくお呼ばれしていたにも関わらず、シオンは精神的にも体力的にも限界という事で、寮へと帰ってしまった。
まあ、仕方あるまい。
明日の私との第一試合までに、せいぜい少しでも体調を整えるがいい。
という事で、私はアリスと二人でナイトソード家への家路についた。
「アリス。この後さんざん言われると思うが、私からも先に言っておこう。……今日はよく頑張ったな。偉いぞ」
「……はい!」
その時、私は偉い偉いとアリスの頭を撫でた。
アリスは少し恥ずかしそうにしていたが、それでも嬉しそうに口元を緩める。
いつも通り、いや、いつも以上に、我が孫娘はとてつもなく可愛いかった。