青い薔薇に棘があろうと握った手だけは離さない   作:ピポヒナ

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 こんにちは、ピポヒナです。
 この話は、【Roselia】初ライブ前の控室の話であり、ちょっとした短編と思ってくれれば幸いです。

 それでは、軽い感じでどうぞ!




一息目 和也の差し入れ

 

 ガチャリ、と。

 控室の扉が開かれる。

 入ってきたのは、友希那とリサであり、リサの右腕には和也からの差し入れが入った紙袋がかけられてある。

 なかなか戻ってこなかったリサを友希那が呼び戻しに行って、今二人揃って帰ってきたところだ。

 

「たっだいま~♪」

 

「外の空気に当たるのはもういいんですか?」

 

 隣に座ったリサに視線だけを向けて、紗夜は尋ねる。

 外の空気に当たってくる。

 それが控室を出て行く時にリサが言った理由だったのだが、外に向かっている途中の廊下で和也と思わぬ遭遇をすることになったため、結局の所一歩も外に出ていない。

 しかし、リサはその事をあえて言わずに明るい声で伝えた。

 自分の中にはもうライブに対する緊張や不安は無いと。

 

「大丈夫だって紗夜!ほらこの通り!」

 

「そうですか」

 

「紗夜が心配してくれるなんて珍しいじゃん」

 

「今井さんが緊張で普段のように演奏ができなかったら、バンド全体に迷惑がかかってしまいます。それだけは避けたいので一応声をかけただけよ」

 

「そっか。気を遣わせちゃったみたいでごめんね」

 

「別に構いません」

 

 そう言い、紗夜は視線を戻してリサが来る前までしていた集中の続きに入る。

 今回のライブはこのメンバーで【Roselia】として活動していくかどうかを決める最終試験の様なものだ。だから、もしリサが緊張に負けて本番で本来の実力を出すことができなければ、リサは【Roselia】から抜けることになり、【Roselia】はまた新しいベーシストを探すことになる。

 しかし、紗夜にとっては、そうなることは別に困ることではない。

 そうなったとしたら、それが最善であるのだと思っているからだ。

 ベースを弾くのが誰であろうが、バンドの演奏が良くなるのであればそっちの方を迷わずに選ぶ。

 本気のバンドに馴れ合いは要らない。

 冷たいようにも思えるその合理的な考え方は、今まで彼女が時間を費やして経験した失敗から培われたもの。

 同じような失敗を積み重ねるわけにはいかない。

 これ以上時間を無駄にしないためにも。

 ようやく見つけた湊友希那という自分の考えに近い者と共に頂点を目指すためにも。

 そして、あの天才がまた自分を――――。

 

「…ッ」

 

 紗夜は、奥歯を噛み締める。

 しかし、そのことに気付いた者は誰もいなかった。

 

「リサ姉リサ姉!それって何?」

 

 あこは、リサが出て行く時には持っていなかった紙袋について指摘する。

 

「これね、なんと和也からの差し入れなんだ!」

 

「えー!?じゃあ、カズ兄に会ったの?!」

 

「うん、さっきそこで偶然♪」

 

 和也と会った大まかな方向を指差し、リサは声を弾ませながらあこに教える。

 すると、あこは「ホント!?」とテーブルに身を乗り出して食い気味に尋ね、リサが頷くとすぐさま隣に座っている燐子の手を掴み、

 

「それならりんりん!!一緒にカズ兄に会いに行こうよ!」

 

「う、うん……いいよ…」

 

 屈託のない笑顔を向けながら誘った。

 燐子は二つ返事で承諾する。

 普段からあこの誘いは基本的に断らない彼女だが、そもそもあれ程純粋な笑顔を向けられて断れる者はそうそうといないだろう。少なくとも、リサや和也は断れない。

 

「やった〜!!それじゃあ行こう!」

 

「ちょ、ちょっと待って二人とも!」

 

「「?」」

 

 立ち上がったあこと燐子をリサが引き止める。

 そして、どうしたの?と視線を向ける二人に対し、申し訳なさそうに言った。

 

「アタシが和也と別れてからちょっと時間経っちゃってるから、和也は多分もう下に行ってていないと思うなぁ…」

 

「えーっ?!カズ兄もう行っちゃったの!!?!」

 

「ちょっと言いづらくて…ごめんね」

 

 リサは手を合わして、先に言わなかったことを謝罪する。

 

「…そうなんですね…。残念だね…あこちゃん…」

 

「むー……」

 

 ガクリ…、と。

 わくわくが大きかった分、落差が激しくあこは肩を落として落ち込む。

 次いで、バタン、と。

 椅子に座り直してから、体をテーブルに突っ伏した。

 

「……あこもカズ兄に会いたかったのにー…リサ姉だけカズ兄と会えて良いなぁー……」

 

「そんなに羨ましがること?」

 

「羨ましいよぉ…だってカズ兄だよ?」

 

 会いたかったなー、とあこは残念そうに漏らす。

 あこは、和也のことが好きだ。

 もちろんあこが和也に抱いている好きという感情は、異性に対する好意では無い。友達としての好きであり、リサに向けているような感情と似ているものであり、決して恋愛に発展しないような感情だ。

 つまり、あこが和也に会いたかったと言ったのは、好ましく思っている人が近くにいるとなると会いたいと思う彼女の性格故で、あこがそういう人間であることをリサは部活を通して知っている。

 知っている。知っているのだ。

 しかし。

 リサはあこに対して、モヤっとした感情をどうしても抱いてしまう。

 あこの発言には、自分が思ってるような意味は込められていないことは分かっているはずなのに。

 どうしても――。

 

「ん、リサ姉」

 

 すると、急に。

 突っ伏していたあこが顔だけを上げ、向かいに座るリサを見上げながら疑問を投げかけた。

 

「リサ姉はカズ兄に会えて嬉しくなかったの?」

 

 その疑問がリサの核心を突くものであるとは知らずに。

 

「――――っ!」

 

 思いがけない疑問に、リサは声を詰まらせた。

 そして、それと同時に左手を後ろにサッと隠す。

 あこに尋ねられてリサの脳裏に真っ先に浮かんだのは、ベースを持ったウサギのキーホルダー。――そう、ついさっき和也から『特別』に渡してもらったプレゼントである。

 だからこそ、あこの純粋な疑問はタイムリー過ぎてリサに深々と刺さった。

 だからこそ、キーホルダーを持っている左手を、あこからは見えない自分の後ろへと咄嗟に隠した。

 それほどまでに、リサにとってあこの純粋な疑問はクリティカルだったのだ。

 

「どうなのリサ姉?」

 

「…う……」

 

 洋紅の瞳がリサを逃がさない。

 リサは悟る。

 こうなってしまっては、話題を変えたところですぐに気づかれることを。あこの疑問に答えない限り逃れる術は無いことを。

 リサは考えた。

 どう答えれば切り抜けられるのかを。どうやってあこを誤魔化すかを。

 そして、リサは答えた。

 

「…う……嬉しかった…」

 

 言うつもりは毛頭にも無かったはずの、本当の感情を。

 

「でしょ!?」

 

「……うん」

 

 右斜め下に顔を向けながら、リサは頷く。

 顔全体が熱い。これは間違いなく赤くなっているだろう。やってしまった……。これではいくらあこでも気付きかねない。

 リサは、自分の犯した失態を心の中で嘆きに嘆く。

 しかし。

 リサが誤魔化さずに、嘘をつかずに本当のことを言ったからだろうか。

 あこはリサの本心に気付いた様子もなく、先程まで項垂れていたとは思えない元気さで提案した。

 まぁ、このやりとりを隣で聞いていた燐子が、リサの反応に少し頬を赤らめていたのだが――それはまた別の話。

 

「それじゃあ、リサ姉!早く開けようよ!」

 

「っ!うん!開けるね!!」

 

 あこからの話題替え。

 これはリサにとって願っても無いチャンスであり、もちろんリサは飛びつくように賛成する。

 

「りんりん、カズ兄が選んだ差し入れのお菓子が何なのか当てようよ!」

 

「良いよ…あこちゃん。…わたしは…クッキーだと思うな……」

 

「はいはい!!あこもクッキーだと思う!!」

 

「ふふっ…当たると良いね…」

 

 あことその隣に座る燐子とのやり取りを聞きながら、リサはラッピングを次々と外していく。

 その裏ではそっと胸を撫で下ろしていた。

 バレてない、良かった…と。

 そして。

 

(今のであこにバレないなら、きっと和也にもバレてないはず!)

 

 もう一つの不安も軽減された。

 今思ってみれば、これまでアタックしても全然気づいてくれなかった彼があれぐらいで気付くわけが無い。なんて言ったって、和也は鈍感なのだから。……あれ?それならやっぱり気付いてもらった方がよかったんじゃ………。

 そんなことを考えていると、ふと和也の言っていたことを思い出し、リサはそれを伝えようと友希那に声をかけた。

 

「あ、友希那」

 

「何?」

 

「この差し入れなんだけど――――」

 

「――――興味無いわ」

 

「まだ何も言ってないじゃん」

 

 話を最後まで聞き届けようとしない友希那の冷たい態度に、リサは「もう」とほっぺたを少し膨らました。

 しかし、それ以上は何も言わない。

 ――ああ、ライブに向けて集中したいのか。

 いつも言葉が足りない幼馴染の意志を汲み取ったからだ。

 

「あこ、燐子。開けるよ?」

 

 気を取り直して、リサは後一工程で中身が分かる状態の差し入れに手をかける。

 

「は、はい…」

 

「リサ姉はなんだと思う?」

 

「アタシ?う~んそうだなぁ。アタシもあこと燐子と同じでクッキーだと思うな♪」

 

「わーい!全員一緒だ!」

 

「あはは。それじゃあ、答え合わせと行きますか!」

 

 差し入れを当てるだけで盛り上がっていることに苦笑しつつ、リサは勢いよく箱を開けた。

 

 ――結論から言えば、三人の予想は当たっていた。

 和也の差し入れの正体は、あこと燐子とリサが予想していた通りクッキーだった。

 が。

 予想が当たったことに喜ぶ者はいない。もちろん真っ先に喜びそうなあこでさえも。

 和也が買ってきたクッキーは、この地区で美味しいと噂になっている店の限定品。そして、和也が選んだこのクッキーが限定品だと呼ばれる所以こそが、あこと燐子に鳩が豆鉄砲を食ったような表情をさせる程の強烈な衝撃を与えており――。

 あこと燐子は、箱に入ってあるクッキーを一枚手に取って、確かめるようによーく見てから、言った。

 

「猫だ!!」

 

「猫……だね…あこちゃん…」

 

「可愛い!!!」

 

「……本当だ。…可愛い……」

 

 座っている猫、伸びをしている猫、威嚇している猫、毛繕いをしている猫、etc…。

 そんな愛くるしいポージングをしている猫たちのクッキーに、二人は夢中になる。

 ちなみにリサはというと、友希那が絶対に喜ぶという和也のヒントから予想していた答えが、ドンピシャに予想が当たっていたことに対しての笑いをプルプルと震えながら堪えていた。

 

「やっぱり猫だったかぁ。そうだろうなとは思ってたけど、いざ来たら笑っちゃうな~」

 

「リサ姉、カズ兄が猫のクッキーを選ぶって知ってたの?」

 

「和也からちょっとしたヒント貰ってたからね☆」

 

「へー、それってどういうヒント?」

 

「それは、ゆ――――」

 

 友希那が絶対に喜ぶもの。

 リサがそう言おうとした時だった。

 

「――――あなたたち、いい加減にしなさい」

 

 決して声は荒げず冷ややかに。

 騒ぎ立てる三人に痺れを切らした紗夜が、鋭い視線を向ける。

 

「ご、ごめんね紗夜。でもほら、この和也の差し入れ可愛くない?」

 

「確かに可愛らしいですが、それほど騒ぐ必要は無いと思います。それにいくら心の準備ができたとはいえ気が緩み過ぎです」

 

「そこはちゃんと後で切り替えるつもりで…」

 

「今井さんはライブ自体が初めてでしたよね?そんなに余裕を持っていて大丈夫なんですか?少なくとも私は、あなたは湊さんを見習ってライブに向けて集中すべきだと思いますが」

 

「う……」

 

 紗夜の正論に、リサは何も言い返せずに思わず視線を逸らした。

 

「あれ?」

 

「今井さん、視線をこっちに向けてください。話している間は相手の目を見ることは基本ですよね?ハッキリ言って失礼ですよ」

 

「紗夜、あこ達の方見てみてよ」

 

「…話を逸らさないでください」

 

「そうじゃなくて、良いから良いから♪」

 

「?何があるって……――――なっ!?」

 

 絶句。

 リサに言われたように、あこの方――差し入れの方に視線を向けた紗夜は、その予想外の光景に目を見開いた。

 なぜなら、

 

「友希那さんはどれにします?」

 

「……どれにしようかしら?」

 

「み、湊さん?!」

 

「?」

 

「どうしてあなたが差し入れに手を出してるんですか!?」

 

 自分と同じように集中していたはずの友希那が、いつの間にかあこと燐子に混じって猫のクッキーを見つめていたからだ。

 

「…私がクッキーを食べることがそんなにおかしいかしら?」

 

「いえ…そういう訳ではなく……」

 

 いつもと変わらない様子に見える友希那に、紗夜は珍しく言葉を濁らせる。

 

「先程今井さんに興味が無いと言っていたので、てっきり湊さんは食べないのかと思ってたのですが……」

 

「私が興味が無いと言っていたのはお菓子の種類のことであって、差し入れ自体ではない。それに、わざわざ私達のために渡してくれた物を無下にすることは出来ないわ」

 

「……そうですね。何はともあれこの差し入れ自体は稲城さんがご厚意でくださった物ですし、湊さんの言う通りだと思います」

 

「でも、さっき紗夜が言っていたように少し騒ぎ過ぎよ」

 

 友希那は、リサとあこと燐子の三人を纏めて視界に捉える。

 そして、堂々とした態度で、言葉に強い意志を込めて言った。

 

「今日は【Roselia】の初めてのライブ。そして、あなた達が【Roselia】のメンバーに相応しいかどうかのテストのようなものでもある。分かってるとは思うけど、このライブで不甲斐ない演奏をして私が【Roselia】に不要だと判断すればすぐに抜けてもらうわ。その覚悟はある?」

 

 友希那の言葉を聞いて、紗夜は確信した。

 この人についていけば間違いないだろうと。

 リサとあこと燐子は、自分の至らなさを自覚し反省する。

 それほどまでに、友希那の言葉には力があった。

 そして、それぞれが気を引き締め直すきっかけとなったのだ。

 

「あともう少しで私達の出番よ。それまでの間にしっかり準備を済ませておいて」

 

 そう言い、友希那は猫のクッキーを五枚取る。

 クッキーを取っているだけなはずなのに、その姿からは頼もしさが感じられる。

 ここにいる誰もが、リーダーたる友希那の姿に感服していた。

 だが。

 

「友希那さん、クッキーは全部で十五枚なので一人三枚ずつですよ」

 

「そ、そう……」

 

「……友希那さん?」

 

「な……なに?」

 

「多く取った分のクッキー、返さないんですか?」

 

「も、もちろん返すわよ………………………………これ…いいえ、こっちの方が…」

 

「友希那さん…?」

 

「しょうがないなぁ。友希那、アタシお腹いっぱいだから、アタシの二枚貰ってくれる?」

 

「――――っ!リサがそう言うなら仕方が無いわね。あこ、そう言うことだから、この五枚のクッキーは貰っていくわ」

 

「…?分かりました」

 

 最後の最後で、猫愛好家(友希那)はボロを出したのだった。

 

 




 最後まで読んでいただきありがとうございました。
 
 前書きで書いたように、これは短編のような物です。今後も何回かこういった感じの話を入れようと思っているので、タイトルが「〇歩目」ではなく「〇息目」なら、あっ短編なんだなって感じで悟ってください。

 それでは皆さんまた次回の話でお会いしましょう。ばいちっ!
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