いやぁ、一ヶ月ぶりですねぇ〜。え、一ヶ月ぶり?!自分で言っててびっくりしました、ほんと時間経つのが早い……悲しい……更新速度遅い……すみません……。次の話の構想は出来てるので、こんなに開かないと思います、多分、きっと。
ま、それは毎度のことなので、とりあえず本編どうぞ!
「――よし、出来た……けど」
一応念の為にとじっくりと目を通し、記入漏れまたは誤字脱字が無いかをチェックする。
書き終わったら呼んでねと渡された面接シートを見直すのはこれでもう三度目。流石にこれだけ確認すれば大丈夫だとは思うのだが……まあ、念には念を重ねてもう一度見直しておこう。
「っ!」
……と。
そこでフロントにいる女性スタッフと目があった。
セミロングの黒髪。上は青と白のボーダーに黒のカーディガンを羽織り、下は紺のジーパン。年齢は…二十代前半だろうか。顔立ちは整っており、仕草から少しだけ幼さようなものを感じる気がする。
「書けたかな?」
「は、はいっ。書けましたっ……!」
その女性スタッフに笑顔を浮かべながら尋ねてこられ、俺は反射的に頷いてしまう。……いや、すでに三度も見直しているのだから、書き終わっていることに間違いないのだが。
ああ、スッゲー緊張してるなぁ俺。このままだと駄目だ。シャキッとしろ!
そんなことを思っているのも束の間、女性スタッフがカウンターから出てきてこちらに向かってきたので、俺は立ち上がった。
「面接を担当する月島まりなです。よろしくお願いします」
「稲城和也です、本日はよろしくお願いいたします!」
「うんうん、元気があってよろしい!それじゃあ、面接始めよっか♪」
「はいっ!」
俺は、この面接に向けてあらかじめいくつかの対策を練っていた。
その一つがこのとにかく元気に!である。
なんてったって、この職種は接客業。ともなれば、元気にハキハキと答えるのは必須。そして、その成果は早くも出た。褒められたのだから出だしは上々と思ってもいいのだろう。
(この調子で……)
他の部分で補えることは補っていこう。
じゃないと、音楽経験の無い俺は不利になる。
そう心を燃やして、俺は次々と出される質問に答えていった。
「部活動はやっていないって書いてあるけど――――」
「中学の頃までサッカーをしていて――――」
「なるほどねー。それなら――――」
「はい!大丈夫です!!――――」
「音楽経験は――――」
「…か、カスタネッ…いえっ!何も無いです――――」
ちょっと危なっかしいところもあったが、面接が始まってから30分後。
「それじゃあ、これが最後の質問なんだけど」
面接は終盤を迎えていた。
握る拳に、より一層力が加わる。
すると、そうして構える力を緩めるように。
月島さんは笑みを浮かべた。
「次に来れるとしたらいつかな?明日でも大丈夫?」
「はい!明日も来れます!……って、えっと、面接って二日間に分けてやるものなんですか?」
「ふふふっ、違うよ。私、オーナーからバイト君の採用任されてるんだ♪だから、稲城君、君をうちで雇うことにしたから、色々契約するためにまた来て欲しいってこと」
「えっ……」
今、なんて?
思考が停止する。
そして、
「よ、よっしゃっ!じゃなくてっ、ありがとうございます!」
「本当に元気いっぱいだね」
「あはははは……お恥ずかしいです」
咄嗟にでたガッツポーズを引っ込めて、苦笑いを浮かべながら座り直す。
それでも、心の中では喜びのあまり踊り回っていた。手応えはあったものの、やはりと言うべきか音楽経験がないというところで月島さんも微妙な表情を浮かべていた訳もあって、こうして当日採用を勝ち取れるとは全く思ってなかったから、尚余計に驚きと嬉しさに包まれていたのだ。
そんな浮き足だった状態で、俺は明日の説明を受けていく。
「あ、稲城君。一つ、個人的な質問をしても良いかな?」
すると、説明が終わった後に月島さんが訊ねてきた。
「?はい、もちろん良いですよ」
「これは面接じゃないし、どう答えても採用を取り消すことは絶対にしないから、もっと楽にしてもらっても大丈夫だよ」
そう前置きをする月島さん。
つまりは、建前とか無しに思ったことそのままを答えて欲しいと言うことだろうか。……え、反射的に頷いてしまったが、一体何を聞かれるんだ?
月島さんは姿勢を少し前がかりにした。
「稲城君にとって、音楽はどういうものなのかな?」
「……自分にとっての音楽……ですか…………?」
「そうそう。気を遣わないでいいから、和也君なりの考えが聞きたいな」
「えっと……」
そういえば、考えたこともなかった。
「もちろん、和也君が嫌なら答えなくても大丈夫だからね?無理強いするつもりは全然無いし」
「いっ、いえ、そういう訳ではなくて、自分にとって音楽がどういうものか考えたことが無かったので、ちょっと考え込んでいただけですっ!」
「それなら良かった。ゆっくり考えて良いからね」
慌てた俺に月島さんは安堵した表情でそう言う。
すぐに答えれそうにも無かったので、俺は返事を返して素直にその言葉に甘えることにした。
――――音楽、か。
音楽自体は、小さい頃からリサと友希那と友希那の父さんの影響もあって近くにあった。何度も四人でセッションをして、遊びではあったが音楽に触れていた。俺の担当であるカスタネットをリズムに合わせて叩くと皆が笑顔になって、嬉しかったのを今でも覚えている。
だけど、俺が夢中になったのは音楽ではなくサッカーだった。
プロのサッカー選手であった父さんに憧れて俺はサッカーを始め、のめり込んだ。
俺がセッションに参加しなくなったのは、それからだろう。俺は父さんのように上手くなりたくて、何よりもサッカーの練習を優先するようになっていた。いつの間にか開かれなくなっていたセッションのことなど、どうでもいいと思えるぐらいに没頭していた。
その時から俺の中での音楽は、学校の授業や流行りの曲を聴く程度のものになった。
だけど。
「大切な人を笑顔にすることが出来る魔法のようなもの、それが自分が思う音楽……でしょうか?」
「魔法、魔法かぁ。もしよかったら、もう少し詳しく聞いてもいいかな?」
「えっと、面接でも言ったように自分には音楽の経験はなくて、しかも音楽に興味を持つようになったのもつい二か月前のことなので、自分にとって音楽がどういうものなのかは正直まだ分かりません。だから、自分が音楽に触れるようになってからの事を思い出してみたんです。――そしたら一番初めに思い浮かんできたのは幼馴染がバンドで歌っている姿でした」
銀髪を揺らし、透き通ったその歌声で言の葉を紡いでいく友希那。
あの姿を見た瞬間から、俺の中での音楽という存在は変わった。
「その幼馴染は、昔はよく笑っていたんですけど、その……色々とあってあんまり笑わなくなったんですよ。だけど、バンドで歌っている時は楽しそうに――それこそ昔みたいに歌っていていました。とは言っても、ちょっとそう感じるってだけで、まだまだ笑顔には程遠いんですけどね。……それでも、自分にとっては凄く嬉しいことで、それを一緒に見ていたもう一人の幼馴染と良かったなってその時は笑い合ってました」
あの姿を見た瞬間から、俺の中での音楽は新たな意味を持つようになった。
あの時の光景に抱いた感情は、忘れることはないだろう。
それぐらい、俺には特別な出来事だった。あの友希那の姿は、無くなってしまったのかと思っていたものが詰まっていて、胸がいっぱいになった。
すると、フフッ、と。
月島さんが優しく微笑を零した。
「和也君は、その幼馴染の事を凄く大切に想っているんだね」
「――はい、大好きです。その幼馴染は、昔俺を守ってくれて――って、すみませんっ!自分のことを聞かれていたのに、幼馴染の話ばっかりしていましたね」
「そんなの全然気にしなくてもいいのに。今話を聞いた限りだと、和也君が音楽に興味を持ったのもその幼馴染がきっかけなんでしょ?」
違うの?と月島さんは訊ねてくる。
「そうですけど……何と言いますか、スタッフになる人はもっとこう、自分と音楽との間に直接的でいて特別な何かを持っていないと駄目じゃないのかと思いまして……」
バツが悪そうに。
俺は頭の後ろを掻いて、視線を下ろした。
月島さんがこの質問をしたのは、恐らく俺が音楽に対してどんな特別な想いを持っているのかを聞きたかったからだろう。
だが、俺が話したのは友希那のことであり、自分自身のことではない。いや、そもそも俺は元から月島さんの質問に答えることができなかったのかもしれない。
なぜなら、俺がこの面接を受けたのはバンド中のリサと友希那のとの関りを絶やさない為であって、決して音楽が好きというような純粋な熱意からではないのだから。
俺は、リサと友希那が音楽に向き合うことを応援するだけの、言わば第三者でしかないのだから。
結局のところ、俺と音楽との間には何も無いということだ。
「――そんなの大丈夫だって。音楽を好きになるきっかけなんて人それぞれなんだしさ、私は和也君は十分音楽のこと大切にしているって思うよ」
「――えっ」
顔を上げると、月島さんは優しく微笑んでいた。
「それでも和也君が満足できないって言うのなら、ここで働きながら満足できる答えを見つけて欲しいな。――うん。和也君なら音楽に真剣に向き合ってくれるって思ったから採用したんだもん。だから、そうしてくれたらおねぇさん凄く嬉しいな。もちろんそのために私も協力してあげるから、これからよろしくね和也君!」
そう言って、月島さんは手を伸ばす。
差し出されたその手は、まるで夜道を導く光のようで。
「――はい。よろしくお願いします、月島さん。その期待に応えられるよう、頑張っていきます!」
「フフッ、頑張ってね和也君。あ、そうそう、私のこと皆『まりなさん』って呼んでるから、和也君もそう呼んで切れても良いからね」
「ははっ、分かりました。それでは、まりなさん。これから沢山頼りにさせていただきますね」
「おねぇさんにドーンと任せなさい!」
握手を交わし、これからの意気込みを語った。
俺と音楽の間には何も無い。
それはいずれ変わるかもしれない。
月島さん。まだ数十分しか話していないけど、この人はとても良い人だ。この人の下で働いていれば、本当に見つかるかも知れないと、不思議とそう思えてしまってならない。
こうして俺は晴れて『ライブハウスCiRCLE』のスタッフの一員となったのであった。
めでたしめでたし。
「――――え」
「『え』?」
……と、最後の最後で。
めでたい終わりには似合わないような。何でお前がここにいるんだとでも言いたそうな。
そんな、湧き出た不快感をグーーッと凝縮に凝縮を重ねては更にそこから絞り出して、たった一文字に押し込んだかのような声が耳に飛び込んできた。
まりなさんではない。もちろん俺でもない。
なら誰だ?最近どこかで聞いたことある気がしなくも無いのだが……。
俺は声が聞こえた方に顔を向ける。
そして。
視界に犯人を捕らえると、俺はニンマリと不敵な笑みを浮かべてやったのだった。
「よお、氷川さん。奇遇だな」
「………~~~っ…はぁぁ……本当に奇遇ですね…稲城さん」
△▼△▼△▼△
――最悪ね。
紗夜は現在進行形で置かれている自分の状況に、頭を抱えていた。
今日は朝からCiRCLEで練習をしていた。この間のライブで【Roselia】の本格的な活動を始動することが決まったことによって出された課題を熟すためでもあるが、何よりは自分が苦手としていたフレーズを克服するため。そして、それは練習の甲斐あって、ひとまず目的としていたレベルまでクオリティを上げる事ができていた。
予定していた通りに進んでいたのだ。
予定していた通りに進んでいたはずだったのだ。
だというのに。
「なぁ、氷川さん知ってるか?今日の最高気温って30℃超えるらしいぞ。六月中旬だってのにホント暑いよな」
「…」
「おいおい、いくら暑いからって無視は…いや、無視されてるのはさっきからずっとか。そろそろ相槌ぐらい打ってくれないと、俺の心を傷つけることになるぞ。自慢じゃないけど、俺ってこう見えて結構メンタル弱いんだから。それでも良いのか?」
「……」
「おーーい、氷川さーん。聞こえてるかー?」
「………」
CiRCLEからずっと隣についてくる
どうしてこうなったのだろうか。どこで間違えたのだろうか。
考えても考えても思い当たる原因は見えてこない。
ああ、無理をしてでも練習時間を延長するべきだった。
そんな後悔の中、紗夜は悟っていた。
こうなってしまってはもう逃げることは逆に困難だということを。
無視し続ければ更にめんどくさくなることを。
もう自分は捕まってしまったということを。
「……ずっと聞こえてるわよ」
「おっ、やっと反応してくれた」
だから、紗夜は
「…どうしてずっとついてくるのかしら?」
「そりゃあ、俺もこの道が帰り道だからな。帰る方向が同じ友達がいたら一緒に帰ろうぜってなるのが普通だろ?」
「あなたとそこまで親しい仲になった覚えはないのだけど?」
「その辺はあれだ。これを経ることによって最終的には氷川さんとそういう関係になりたいなっていう俺の意思の表れみたいな?こうして一緒に帰ってるのも何かの縁だしさ、この機会に仲良くなろーっぜ!」
言葉の最後と共に、和也は白い歯を見せながら親指をグッと立てる。
相手のことなど考えていない子供みたいだ。それでいて本当に仲良くなろうとしているのが何となく伝わってくるから尚鬱陶しい。
紗夜はため息を吐いた。
何を言っているのだろうかとでも言うように。
「何が縁よ。そもそもあなたが勝手に付いて来ているだけで一緒に帰っている訳じゃないわ」
「まあまあ、そんな細かいことは気にすんなっての。てか、氷川さんいきなりグイグイ来るな。良いぜ!その勢いのまま雑談としゃれこもうぜ!!」
「嫌よ。私は稲城さんと友達になる気は無いわ」
だから話しかけないで、と紗夜は冷たく言い放つ。
前言撤回だ。やはり彼の相手はしない。
仲良くなりたい?そう思うのは勝手だが、それに丁寧に付き合う必要も義理も何もない。
それに。
そもそも不快だった。
一度も友好的な態度を取ったことが無いにも関わらず、それどころか決して良いとは言えない対応ばかりしていたのに、仲良くなろうと話しかけてくることが理解し難いものであり、不快だった。
あえて離れていくようにしているのに、何度も声をかけてくるその姿勢が――と少しだけ重なっていて不快で仕方が無かった。
「――――っ」
紗夜は和也が追いかけてこないように歩く速度を速める。
もう絶対に振り返らないと、そう決心して。
だが――、
「!?」
そこで予想外のことが起こった。
いや、正確に言うと、予想外の声が聞こえてきたの方が正しい。
その声が耳に届いた瞬間、紗夜は反射的に振り返っていた。
さっきまで考えていたことなど、決心していたことなど全て彼方へと放り捨てて、後ろから聞こえてきた弾んでいるような甲高い愛しい声の持ち主を視界に捉えようと体が動いていた。
「キャンキャン!」
「おーよしよし!可愛いなお前!」
「――――」
紗夜は一点を凝視する。
犬だ。犬がいる。
小さくて可愛い子犬が、じゃれて楽しそうに遊んでいる。
紗夜の胸が弾む。
撫でたい。触りたい。たわむれたい。
後ろから聞こえてきた犬の鳴き声を聞き逃さないで良かったと思っていた。
(……でも…どうしましょう…)
しかし、紗夜は困ってもいた。
さっき稲城さんにあれほどきつく言ってしまった手前、引き返して彼の下まで行くというのは気が引ける。それに、今戻れば間違いなく犬を撫でたいがために引き返したということが一瞬でバレてしまう。
それは駄目だ。絶対にダメだ。
彼にはどう思われても問題無いと思っていたが、犬が好きだということがバレるのはとても癪に障る。
だけど、あの子犬に触れたい。ここで我慢すれば午後からの予定に何かしらの影響が出るのが何となく分かってしまう。
ああ、私は一体どうすれば――。
そんな風に紗夜がプライドと欲望のどちらを取るかを頭の中で葛藤していると、
「ん?氷川さん?」
和也が立ち止まってこちらをジーっと見ている紗夜に気が付き、子犬を抱き上げて目の前まで来た。
「何かずっと見てたけど、氷川さんってもしかして犬好きだったり――」
「――そ、そんなわけないでしょ!?」
紗夜は和也が疑問を言い終える前に否定する。
「な…何よその疑うような目は…確かに私は犬か猫かで聞かれれば犬と答えますが、特別犬が大好きって程では無いわ!」
「へー、氷川さんって犬派なんだ」
「っ!よくも口車に乗せてくれたわね!恥を知りなさい!」
「えぇっ!?いやいや、勝手に氷川さんが喋っただけじゃねーか!」
言いがかりだ!と反論する和也に、問答無用!と詰め寄る紗夜。
抱えられて目の前まで来た犬の可愛さがあまりにもどストライク過ぎて、紗夜は動揺を隠しきれずにいたのだ。
そして、何やかんやあって数分後。
「…そうよ、私は犬派よ」
紗夜は開き直っていた。
「卑怯にも口車に乗せられたとはいえ、言ってしまった事は引っ込める気は無いわ」
「いやだから乗せてないって」
「――何か文句ある?」
「いいえありません。あろうはずがございません」
「分かればいいのよ、分かれば。……それで…なんだけど…」
チラチラ、と。
紗夜は恥ずかしそうに顔を少し赤くしながら、何度も子犬に視線を送る。
「…その…私も……撫でてもいいかしら…?」
「――――」
「……何か言いなさいよ」
「あ、ああ、悪い悪い」
熱を帯びた顔を冷ますように。
紗夜に返事を急かされた和也は、そう言いながら首を横に振る。
そして、視線をあえて紗夜の顔から外し、抱えていた子犬を撫で易いようにと差し出した。
「犬派だったら撫でたくなるよな。んじゃ、氷川さんも撫でてやってくれ」
「……っ…」
紗夜は息を呑んだ。
差し出された子犬の頭に向かってゆっくりと伸ばしている手は震えている。
それぐらい、紗夜は
だが、しかし。
そんな紗夜をあざ笑うかのように、幸せの時を迎えようとしている彼女にとって、最大級の悲劇が起こったのだった。
「グルルル!」
「おっ、ちょっ!いきなり暴れ出してどうした?!」
今までずっと大人しかった子犬が突然威嚇的な唸り声を上げ、和也の腕の中で必死に身をよじりだす。
「ちょっと稲城さん!しっかり抱えておきなさいよ!」
「ちゃんと抱えてるっての!てかなんでだ?さっきまであんなに大人しかったのに突然こんなに嫌がり始めて――」
「――私のせいだと言いたい訳!?それならそうとハッキリ言いなさいよ!」
「違う!…くないかも。実際に氷川さんが触ろうとした途端こうなったわけだし」
俺がそう言うと、紗夜は眉間にしわを寄せた。
お前が悪い。
和也が出した結論に紗夜は納得できるはずがなかった。
そんなはずはない。何かの間違いに決まっている。
そう思って止まない紗夜は自分のせいではないことを証明して見せようともう一度手を伸ばし、和也が「どうどう」と撫でて落ち着かせている犬の頭に触れようとした。
が、
「ワンワンッ!!ウーッ…!」
「なっ…!」
それは返って、犬が暴れ出したのは紗夜のせいであることを決定付ける結果となった。
吠えられ、終いには低く唸られたことで紗夜は自らが嫌われていることを悟り、「まさか……」と伸ばした手を震わせながら下ろす。
これには流石に和也もいたたまれず、サッと目を逸らした。風前の塵のように、少しのきっかけで今にも飛んでいきそうなほど愕然としている紗夜を直視する事はできなかったのだ。
意気消沈する紗夜。気不味くて苦笑いする和也。何食わぬ顔で頭を掻く子犬。
2人と1匹の間に何とも言えない空気が流れる。
そんな悪い空気の中、紗夜が重々しく顔を上げた。
「……その子、そろそろ飼い主に返さなくてもいいんですか?」
「……そのことなんだけどさ……」
子犬がしている赤い生地に黒い模様がある首輪に指を差し、紗夜は飼い主に迷惑をかけないようにと促すと、和也は表情を曇らせる。
「この子の飼い主分からないんだよな」
「……それはどういうこと?」
「この子、多分俺たちの後を追ってたんだと思う。それがいつからかは全然分からねぇんだけど、俺がこの子に気付いた時に辺りを見渡しても飼い主らしい人は見つからなかったから、そこそこ前からだと思う」
「……つまり、捨て犬かも知れないと?」
「いや…首輪してるからそれはあんまり無いと思う。捨てるんだったら首輪外すだろ?」
「それもそうね。そうなってくると、考えられるのは……」
「脱走、とかそんな感じだろうな」
和也がそう推測を立てると、紗夜もそれに頷いて同意する。
同じ推測に辿り着いた二人は次に考え込んだ。
そして、その数秒後に。
「飼い主を探しましょう」
「ああ、そうだな。俺も協力するよ」
紗夜が子犬を心配そうに見つめて言ったことに、和也も共感して力を貸すことを宣言する。
しかし、それを聞いた紗夜は表情を曇らせた。
「……私一人でも何とかなると思うので、稲城さんは先に帰ってもらっていてもいいんですよ?」
「そんな冷たいこと言うなっての。二人の方が何かと効率良いだろうし、それにこの子を拾ったのは俺だ。ここで知らん振りをして帰るっていうのは流石に無責任すぎて俺には出来ねぇよ」
和也がそう言っても紗夜の表情は変わらず、一向に『お願いね』という言葉が出てこないことが何となく分かる。
と、そこで和也がふと気が付いた。
「つーか、氷川さんってこの子に嫌われてるんだから、連れて行く時に俺の協力が不可欠じゃね?」
「っ…!」
核心だった。痛恨だった。
根本的な見落としを指摘された紗夜は、それを見落としていた自分自身と確定した望まない展開にため息を吐く。
まったく、彼がいるといつもよりため息が増える。本当に思った通りに動いてくれない人だ。
そううんざりしながら紗夜はもう一度ため息を吐いた。
私情を押し殺すように。
「……分かりました。では稲城さん、その子を運ぶ為について来てください」
「おう!でも、運ぶ以外のことももちろんするからな」
「……それはもう勝手にして下さい。――それでは、さてどうしましょう」
紗夜は腕を組んで、どうやって飼い主を探すのかを考え始める。
「私達についてきた、となると一度CiRCLEの辺りまで引き返して、その近辺に住んでいる人にこの子の飼い主について何か知らないか聞いてみることが無難だと思いますが……」
そこまで言うと、若干変な間を持ってから紗夜は和也に視線を向けた。
「……稲城さん、あなたは他に何か案はありますか?」
「基本的にはそれに賛成。けど、俺の意見をそこに混ぜるとすれば、公園、かな?」
「公園?」
「ああ。その子がいつからついてきたってことを考えた時、CiRCLEからここに来るまでにあった公園が他と比べて可能性が高いって思った。こう、飼い主が何かに気を取られていた隙に俺達についてきたって感じでさ。氷川さんはどう思う?」
和也に意見を求められ、紗夜は再び考え込む。
公園。確かに考えられない話ではない。公園なら遮蔽物も多くて比較的見失い易いだろうし、散歩のついでに遊ばせる為にリードを外したという線も考えられるだろう。
紗夜は組んでいた腕を解いた。
「そうかもしれないわね。なら、まずは公園に行ってみましょう」
「りょーかい!」
「どはぁ~……」
力が抜けていくような声を上げながら、和也は公園のベンチへと座り込んだ。
その様子を怪訝そうに見ていた紗夜もベンチの端に腰を下ろす。
ぐったりとする和也をいつものように注意しないのは、紗夜自身も和也と同じ心境だからだ。
「……結局公園には飼い主、いなかったな」
「……そうね」
「すんなりと見つかるとは思ってなかったけど、あの推測、俺的には結構自信あったんだよなぁ」
そう言って和也は力なく笑う。
和也と紗夜、お互いの意見を重ね合って出した推測は、無残にも外れた。公園にいた人全員に訊ね回ってみたのだが、役に立つような手掛かりは一切得られず、ただただ時間と労力を浪費しただけに終わったのだ。
しかし、だからと言ってこのまま諦めるわけにはいかない。
和也は両頬をパチンッ!と叩いて自らを奮い立たせた。
「で、次はどうする?氷川さんが最初に言っていたようにCiRCLE近辺を当たってみるか?」
「他に何も案が無いのならそうしましょう。……だけど、これだけ飼い主の情報が無いとなると、上手くいくとはあまり思えないわ」
そう、今の和也たちには情報が足りない。
何か飼い主に関する情報が一つでもあれば、そこから色々と策を考えられるものの、そのきっかけとなる情報すらない今の状況で二人ができるのはせいぜい憶測から行動することのみ。だが、そうして行われた行動はつい先程空振りに終わった。
そして、それによって経験した失敗が、二人が次の行動に移ろうとする際の足かせになっており、二人は動き出そうにも動き出せずにいた。
重くなってゆく空気。
それを察してか、子犬が心配そうに和也を見上げた。
「クゥーン……」
「そう心配すんなって!俺と氷川さんが絶対にお前を飼い主のもとに届けてやるからな!にしても、情報ねぇ……。なぁ、お前って飼い主から迷子になった時はこれを見せろって言われてるものとかあったりするか?」
強がりの笑みを浮かべ、近寄ってきた子犬を抱き上げてわしゃわしゃと撫でまわしながらふとそんなことを聞く和也に、紗夜は不審な目を向ける。
「人の子供ならまだしも、犬相手に何を聞いているわですか……?」
「いやぁ、何となく。灯台下暗しとか言うし、案外身近なところに手掛かりがあったりしねぇかなってな感じ」
そんなことあるわけが無い。何を馬鹿なことを。
呆れ果てた紗夜は、無意味なことをしようとする和也にため息を吐く。いや、少しも隠そうとしないその態度をされても尚和也は「それにしても変わった模様だな~」と呟きながら首輪をジーっと見つめるのだから、もはや呆れすらも通り越していた。
(やはり彼は役に立ちそうにないわね。こうなったら私一人で何とかしないと……)
「――――えっ!ちょ、ひ、氷川さん!」
「もう、今度は何っ!」
突然和也が慌て始めたことによって、思考を邪魔された紗夜は不機嫌を露わにする。
しかし、そんなこと少し気にしない勢いで。
和也は臆することなく紗夜との距離を詰め、子犬の首輪の模様を指差した。
「この模様みたいなやつ、よく見たら住所だ」
「はい???」
呆気に取られた表情で紗夜は、今まで出したことがない素っ頓狂な声を出した。
「二人共、本当にありがとうねぇ」
そう言い、老婆は子犬を抱きしめて頭を下げる。
和也と紗夜は、とある家に訪れていた。その家というのは、子犬の飼い主の家。
和也と紗夜は、子犬の首輪に書いてあった、滲み過ぎて初めは模様に見えていた住所を頼りにこの場所に辿り着き、こうして無事に子犬を飼い主のもとへと返すことができたのである。
「一時はどうなることかと思ったけど、何とかなったな」
ようやく出会えた飼い主にはしゃぐ子犬の姿に安堵しながら和也が笑いかけると、紗夜は頭に手を当てた。
「まさか首輪に住所が書かれていたなんて……私としたことが、盲点だったわ」
「まぁまぁ、氷川さんはこの子に懐かれなくて参ってたんだから仕方が無いって」
「参ってなんてないわ。そもそも、私が犬に懐かれない程度で取り乱す筈がないでしょ」
「いやでも、俺が抱えているこの子を撫でようとして唸られた時、この世の終わりみたいな顔してたぜ?」
「っ……た、確かにショックを受けなかったと言えば嘘になるかもしれませんが、それでも思考に支障をきたすほどではないわ!」
「うわぁ……なんか今、どっかの猫好きを思い出した」
紗夜の反応がとある銀髪の幼馴染と重なり、和也は理解と疑義の念を込めた視線で紗夜を見る。
その視線を不快に思ったのだろう。
ムッとした紗夜がいつもよりやや低い声で「何ですか?」と言い、有無を言わさない迫力を放ち、その威圧に和也は冷や汗を垂らしながら思わず後ずさる。
すると、それを聞いていた老婆が、子犬を撫でながら二人のやりとりに口を挟んだ。
「この子、抱っこされている時に他の人に撫でられるのを凄く嫌うんだよねぇ」
人懐っこいのに変わってるよねぇ、と老婆は笑う。
紗夜は言葉を失った。
和也は「んな馬鹿な」と老婆が抱えている子犬に徐に手を伸ばし、唸られたことで言われたことが真実であることを証明した。
紗夜の時間が止まる。
そして、可能性を見出した少女は恐る恐る老婆に尋ねた。
「それはつまり……私はその子に嫌われているわけではない……ということでしょうか…………?」
「あぁ。この子がお嬢ちゃんのような別嬪さんで優しい子を嫌うはずがないさね。気になるなら試してみるかい?」
そう言い、老婆は子犬を紗夜に預けようとする。
「え、いえっ、そのっ」
「そんなに緊張しなくても大丈夫だから。さぁ、手を出して」
遠慮しようとする紗夜に、老婆は微笑みかけた。
そうして、断りきれなかった紗夜は、言われた通り下ろしている手を子犬へと伸ばしていく。
距離が縮まる毎に紗夜の心臓は鼓動を早める一方。
期待と不安。嫌われていないかもしれないという期待と、また唸られるのではないかという不安が胸中を渦巻き、紗夜の呼吸は浅くなっていく。
それでも。
紗夜はギュッと目を瞑りながらも、思い切って子犬を受け取った――。
手から感じる毛並み。そして暖かさ。
触っている。抱っこしている。
どんな表情をしているのだろうか。やはり嫌がっているのではないだろうか。
紗夜はゆっくりと目蓋を上げ、
「――――」
そして、破顔した。
自分に抱かれている子犬の表情をはっきりと視認した瞬間に、抱えていた不安が全て消え去ったことで胸が軽くなり、自然と笑みが溢れた。
「ふふっ。やめなさい、くすぐったいじゃない」
ペロペロと顔を舐められ、紗夜は笑声を零す。
子犬も尻尾を弾ませて楽しそうに紗夜にじゃれ続ける。
何とも微笑ましい光景だ。
それを見ていた老婆も和也も、一人の少女と一匹の子犬が遊び終えるのを邪魔することなく見守っていた。
「――ふぅ……ありがとうございました」
「おや、もういいのかい?」
「はい。とても心が癒されて満足しました」
そう言い、心が満たされた紗夜は子犬を老婆へとそっと返す。
まだ遊び足りない子犬は、老婆の腕の中から手を伸ばし、紗夜を名残惜しそうに見つめていたが、そのことに気が付いた老婆の計らいもあって紗夜が「また遊んであげるからね」とはにかみながら言うと、元気な声で返事をして大人しくなった。
その様子を見て、紗夜はまた笑みを零す。
…と、突然。
「ハッ――――」
何かを思い出したか、紗夜は目を見開いて横を向いた。
そうして、視界の正面に捉えたのは和也。
「――――ッ!!」
紗夜は物凄い勢いでバッと手で顔を覆い隠す。
緩み切った表情を見せないように。
「……えっと…………」
隠しきれていない真っ赤な耳。抑え切れていないいつもと違う緩い雰囲気。
というか、紗夜の様子そのものから、彼女が何かを恥ずかしがっていることは窺える。
それ故に和也は悩んだ。
何か、気を遣って言ってあげた方が良いのではないかと。そして、その場合は何を言ってあげればいいのだろうかと。
そうして、悩み、悩み、悩んだ末に。
和也は思わず見惚れてしまった紗夜の姿への感想を素直に伝えることにした。
「氷川さんって笑うと結構可愛いんだな」
刹那、不細工な悲鳴と共に乾いた音が鳴り響いたのだった。
△▼△▼△▼△
いつの間にか南中を過ぎていた太陽の下、俺と氷川さんは本日二度目の帰路に立っていた。
それも、会話をしながら。俺がひたすらに話しかけるだけだった一回目とは違って、今回は俺が質問をすると、簡潔にだが氷川さんがそれに答えてくれるのだ。
それは子犬の件を通して少し心を許してくれたからなのか、それとも右頬につけられた、まだジンジンと痛む季節外れの紅葉模様への罪悪感からなのか。まあ、どちらにせよこれはようやく巡ってきた氷川さんと仲良くなるチャンスだ。
俺はこれを機に氷川さんとの共通の話題を探ろうと、部活とか趣味とか色々と尋ねていた。
すると。
突然氷川さんが歩みを止めた。
「――――稲城さん」
「ん?」
「どうしてあなたはそこまで私と仲良くなろうと思うのですか?」
足を止めた俺を氷川さんはジッと見てくる。
氷川さんから質問してくるなんて珍しい。今まではずっと俺発信だったのに。……これはもしや距離が縮まったからではないか!?
「そりゃあ、氷川さんみたいに美人な人とは仲良く……って、そういうふざけた答えは求めてないんだな。分かった分かった。だから、睨まないでくれる?」
本当に氷川さんはすぐに俺を睨むんだから……結構怖いからやめて欲しいところ。
まぁ、こうして氷川さんから質問してくれたんだし、答えるとするか。
「そうだな……まぁ、主な理由としては氷川さんが【Roselia】のメンバーだからかな?これからも俺は【Roselia】に何かと関わっていくつもりだし、そうなるとメンバーとは仲良くしておくが吉だろうし、毎回バチバチな雰囲気は流石にごめんだからな」
「……では、どうして必要以上に【Roselia】に関わろうとしてくるのですか?」
「それはリサと友希那がいるからだ。あの二人が夢に向かって頑張っているのなら、俺は何があってもその応援をする。昔からそう決めてるんだよ」
「…………そうですか」
氷川さんは視線を外して、歩きを再開させる。
そして、それ以降俺がどれだけ話しかけようが氷川さんは応じてくれなくなった。
最後まで読んで頂きありがとうございました。
皆のヒロインまりなさん遂に登場です!(ドーン!バーン!!)
あ、このサークルは行方不明になったり、外から新聞がガラス突き破って投げ込まれたりはしませんので、ご安心ください。
紗夜さんの犬好きを公式がもっと押しても良いと私は思うんですけど、皆さんはどうですか?狂犬時代ならまだしも、今のあの色々に影響されて丸くなった紗夜さんなら良いですよね?ね?
あ、そういえば友希那さんとリサ姉のどっちとも出てこなかったのはこれが初めてですかね?今回は紗夜さんと絆を深め?ましたー。やったね和也!
そんなこんなで、本当に毎回毎回更新遅いのに全く前に進まないこの作品を読んでくれてありがとうございます。おかげさまでUVが8000を超えました。本当にありがたい。読んでくれている人のためにも、途中で投げ出さないように頑張ります!
それでは、皆さん。また次回にお会いしましょう!ばいちっ!