青い薔薇に棘があろうと握った手だけは離さない   作:ピポヒナ

14 / 29
 
 こんにちは、ピポヒナです。
 思っていたより早くに更新することが出来ました。
 これを続けていくことが出来ればいいのですが……多分無理だと思います……すみません。
 
 バンドリでRoseliaの箱イベ来ましたね!
 この作品の終わり方はまだ大雑把にしか決めてないけど、個人的には結構考えさせられる内容で、とても面白かったです。
 あ、ガチャは35連してピックアップ一人も出ませんでした…………。もちろん星3のリサ姉もです…………。何故か、七夕の紗夜さんは来ましたけど。(嬉しい)

 とりあえず、誰得な近況報告はこのぐらいにして、本編どうぞ!!





13歩目 扉を開けた時には――

 ガヤガヤ、と。

 道行く人々の会話や雑踏が、耳に勝手に入ってくる。

 駅前にある広場。

 休日の昼間ともあって、利用者は多く、特定の人物を見つけるのはいつもより少し困難だろう。

 そんな中、一際目立つ時計の真下でこれまた一際目立つように、ぴょんぴょん跳ねては手を振っている少女が一人。

 

「りんりーん!こっちこっち~っ!!」

 

「あっ……いた……あこちゃん」

 

「人多いねぇ。今度から待ち合わせ他の場所にしようかなぁ……」

 

「あっ……だ、大丈夫だよ……」

 

 燐子は、キーボードの入ったバッグをギュッと抱きしめる。

 

「そ……それより……衣装、あこちゃんのだけ、先に作ってみたから…………」

 

「えっほんとっ!!やったー!早くスタジオに行って皆に見てもらおうよっ!!」

 

「うん…………気に入って……貰えると…………いいな」

 

「りんりんのデザインなら間違いなしだよ!」

 

 あこと燐子は互いに笑みを浮かべる。

 今のままでは【Roselia】の曲のイメージに合っていないと、統一感が全くないと、指摘されてたライブの衣装問題。ライブ後の反省会だけでなく、リサを加えた三人で先日開かれた雑誌初掲載記念お茶会でも話題に上がったその問題が、今、燐子の手によって解決されようとしているのだ。

 あこは、燐子が持つ衣装の入った紙袋をチラリと見ては更に目を輝かせた。

 

「早く行こうりんりん!!あこ、楽しみ過ぎて超ーっワクワクしてる!」

 

「ふふ…………うん、行こっか」

 

「よーし、遂にバンド衣装だぁ!燃えてきたーっ!!…………って、ん?あれって……」

 

「…………友希那さん?」

 

 少し遠くに見えた友希那の姿。

 そして、その隣にいるのは――。

 

「…………スーツの……女性……?」

 

「誰なんだろう?」

 

 あこと燐子は、不思議そうに顔を見合わせる。

 

「――あっ!どこか行くよ!」

 

「まっ、待ってあこちゃん……!」

 

 そして。

 二人は、スーツ姿の女性と共にスタジオとは違う方向に歩いていく友希那の後を追うのだった。

 

「――あなたが一人のアーティストとして正しい選択をすることを願ってます」

 

「――――」

 

「りんりん…………今のって……どういうこと…………?」

 

「……わかん……ない…………」

 

 それが、思いもしなかった光景を目にすることになるとは知らずに。

 

 

 △▼△▼△▼△

 

 

 まりなさんに頼まれてた力仕事が終わり、俺は体を伸ばしながら階段を上る。

 そして、ロビーへと着いて顔を上げるとそこにはリサがいて、丁度目が合った。

 

「和也!あこと燐子と…………あと友希那見てないよね?」

 

 いつもより少し張りつめた声でそう言い、リサが駆け寄ってくる。

 

「ん?見てないけど……その三人がどうかしたのか?」

 

「もう練習始まる時間だっていうのに、三人ともまだ来てなくて…………」

 

「えっ、何か連絡は?」

 

「ううん……。アタシの方からもメッセージ送ったんだけど、それでも返信はまだきてないんだ…………」

 

 何かあったのかな……、とリサは表情を憂わしげにした。

 悪いことをしなさそうなあこちゃん。しっかりとしている白金さん。そして、友希那。

 確かにあの三人が連絡も寄こさずに遅刻するなんて考えにくい。もちろん今までに遅刻なんてしてなかっただろうし、どうしようもない交通機関の遅延、または寝坊のような自己の不注意が理由だとしても、分かった時点で少し遅れると真っ先に連絡を入れるはずだ。

 そう考えると、思い浮かんでくるのは、何かの事故に巻き込まれて連絡が出来ないという状況。

 しかし。

 

「心配に思うのは俺も分かるけど、恐らく最悪なことは起きてないだろうから大丈夫だって。連絡が来ないのも、携帯の充電が切れたとか、送ったと思ってたら電波が悪くて送れてないとか、案外そんなのかも知れないしさ」

 

「でも、三人同時にそうなるっておかしくない?」

 

「そうだけど……ま、ともかくまだ始まってからちょっとしか経ってないだし、あと十分ぐらい様子を見てから判断しても良いんじゃないか?」

 

 予定されてた【Roselia】のスタジオ利用時間が始まってから五分ほどしか経っていない。だから、心配するにはまだ早すぎる。

 そう俺の考えを伝えると、リサは不満がってか眉を顰める。

 すると。

 リサのスマホが音を立てて震えた。

 

「――友希那からだ!え~っと……少し遅れる、連絡するのが遅れてごめんだって。あっ!それにあこと燐子に送ったメッセージにも既読が付いてる!」

 

 良かったぁ、とリサはまだ来ていない三人の安否を確認できたことに安堵し、胸を撫で下ろす。

 俺も少しホッとした。

 

「とりあえず一安心ってとこだな。三人が来たら俺が案内するから、リサはスタジオに戻って氷川さんと先に練習しといたらどうだ?」

 

「うん、そうしよっかな?それじゃあ、和也任せたからね♪」

 

「おう!」

 

 任せろ!と俺は胸を叩くと、リサは身を翻し手を振ってスタジオに戻っていった。

 その後ろ姿を見ながら、俺は一息つく。

 音楽に対してはストイックなあの友希那が遅刻するとは思ってなかった。しかもそれが丁度あこちゃんと白金さんが遅刻するタイミングと重なるとは、奇跡のようなものではないだろうか。まあ、あこちゃんと白金さんの二人はセットみたいなところがあるから、こんな風に揃って遅刻するのは頷ける部分があるのだが。

 まあ、これは間違いなく氷川さんの雷が落ちるだろう。あー怖い怖い。あの剣先のように鋭い眼光を向けられるって想像しただけでも震え上がってくる。…………当分スタジオには近寄りたくねぇなぁ。

 

「和也君ちょっとこっち手伝ってくれるー?」

 

「はーい!今行きます!」

 

 まりなさんに呼ばれたので頭を切り替え、俺は仕事を再開する。

 そして、そこから十分程経った頃。

 自動ドアが人影に反応して開き、見慣れた少女が来店した。

 

「お、よう友希那!やっと来たか!……まったく、心配かけさせやがって」

 

「……和也」

 

「【Roselia】のスタジオはBスタジオだ。リサと氷川さんが二人で先に練習してると思うから早く行ってやれ」

 

「――?あこと燐子は?」

 

「友希那と同じで二人共遅刻。ほんと、五人中三人が遅刻するなんて、珍しいこともあるもんだな」

 

「……そう…………」

 

「?」

 

 友希那の反応が思っていたよりも薄い。

 俺の予想では、遅れている二人に対して、やる気はあるの?とか言いそうなのだが。

 まあ、友希那自身も遅刻した身ではあるから、あこちゃんと白金さんに強く言えないだけなのだろう。

 そんなことを陽気に考えていると、

 

「――和也」

 

 無意識的に零れたように。

 友希那が俺の名前を口にする。

 

「ん?呼んだか?」

 

「………………………………いいえ。何でも、ないわ」 

 

「??そうか。ま、何で遅れたかは知らねーけど、とりあえずちゃんと二人には謝るんだぞ。リサなんてスッゲー心配してたんだから」

 

「……分かってるわよ」

 

 しかし、話しかけてきた友希那は、特に変わったことは何も言わず、【Roselia】の使うスタジオの方へと歩いて行った。

 

「やっぱ、何かあったのかな?」

 

 段々と遠くなっていく小さくて華奢な友希那の後姿を見ながら、ふと呟く。

 最近友希那にあったこと。そう考えると真っ先に思い当たるものは、やはり前日にあったスカウトの件だろうか。

 だけど、あれは期限も無いからゆっくり決めようって話し合ったし、その時にリサにも相談するように結構言ったから、もうすでにリサにもスカウトのことが話されていて、どうすればいいか頭を悩ませている筈だ。それに、あの様子じゃ友希那も友希那なりにちゃんと考えているみたいだし、きっと大丈夫だろう。俺も何かいい案は無いか考えなければならないな。

 

「…………あれ?」

 

 突然、胸がざわつき始めた。

 俺は訳が分からずに自分の体を見下ろす。

 

「何でこんなに不安に思ってんだ、俺?」

 

 友希那のことは確かに心配しているのだが、多分大丈夫だと思ってるからここまでは不安にはならないはずだ。

 

「それじゃあ何で……って、分かる訳ねーよなぁ」

 

 そう結論付け、俺は理解するのをそそくさと諦めることにして仕事に戻った。

 そして。

 それからまた十五分ほどの時間が流れ。

 

「よう!あこちゃん、白金さん!やっぱり二人揃って来たんだな」

 

 約三十分の遅刻でようやく来たあこちゃんと白金さんに、手を振って声をかける。 

 

「カズ兄…………」

 

「稲城さん…………」

 

「どうした二人共、やけにテンション低くないか?いやまあ、氷川さんからの説教は結構キツそうで億劫になるのは同情しかねぇけどよ…………でも!何が理由だったにせよ遅刻したのは二人が悪いんだし、そこは割り切らないと駄目だぞ。これを教訓に、今後遅刻はしないように――」

 

「――ね……ねぇ、カズ兄……」

 

「ん?何だあこちゃん?」

 

「カズ兄は……………………ううん。やっぱり、何でもない」

 

 そう言い、あこちゃんはぎこちなく笑う。

 あこちゃんらしくない笑みに、俺が違和感を覚えたのは言うまでもないだろう。それに何か言いかけて止めるという行為が、さっきの友希那と同じだ。

 

「なぁ、ここに来るまでに何かあったのか?」

 

 疑問に思いそう訊ねてみると、あこちゃんと白金さんは慌てて視線を逸らした。

 

「――っ!?な、何でもないよっ!!ね、ねぇりんりん!」

 

「えっ……ええっと、その……う、うん…………なにも……ないです…………からっ……!」

 

 二人共、何か隠しているということがバレバレだ。

 元々正直そうな子たちだとは思っていたし、嘘をつかないタイプだとも思ってもいたけれど、まさかここまで下手とは。

 俺は人差し指をピンと立て、優し目に注意するように言った。

 

「何があったか無理矢理話させるつもりは元々ねーけどよ、キツいと思ったらいつでも俺を頼ってくれても良いからな?まぁ、実際に力になれるかどうかは分からねぇけど……出来るだけ尽力はするつもりだからさ」

 

 友希那の事も未解決な状態で新しく悩み事を抱えることにはなるが、これは仕方が無いだろう。二人が練習に遅れるほどの何かがあったのを知っておいて、何もせずに見過ごすことは俺の性に合わないのだから。

 すると、あこちゃんはまたぎこちなく笑った。

 笑顔の中に苦い色がある。いつも無垢な笑顔をまき散らすあこちゃんには絶対に似合いそうにない、そんな笑みだ。

 

「うん……ありがとねカズ兄」

 

「お、おう……。……ま!とりあえず今は遅れた分を取り返すためにも、練習頑張ってこいよ!」

 

 気を取り直し、俺は「Bスタジオだ」と案内をして二人を見送った。

 

「……やっぱりだ」

 

 胸がざわつく。

 スタジオに入り、二人の姿が見えなくなった後、胸のざわめきが大きくなった。

 

「大丈夫かな?」

 

 段々と、着実に大きくなっていく不安。

 しかし、だからといって何か対策を打てるわけでもなく、俺はもう一度【Roselia】がいるスタジオの方を見た。

 

 

 △▼△▼△▼△

 

 

 いつもより重い扉を開いて入ったスタジオで最初に感じたのは、ピリピリとした嫌な雰囲気。

 そして、先に中にいた三人にかけられた言葉で、友希那さんがまだ何も話していないことを悟った。

 どうしよう。

 隣にいる親友と頭を悩ませる。

 おかしく思ったのか、リサ姉があこ達に、その次に友希那さんに何があったのかを聞いてくる。

 けれど。

 友希那さんは話さない。話してくれない。

 今日、ホテルでスーツの女の人と話していた内容を少しも皆に話そうとしてくれない。

 

「ごめん、りんりん」 

 

 止めようとしてくれた親友(りんりん)には悪いけど、あこはもう止まれなかった。

 あの時見た、聞いた話がどういうことなのか気になるから。

 この五人だけの、自分だけのカッコイイのために頑張ってきたから。

 コンテストに出られないなんて絶対に嫌だから。

 

「友希那さん……今日会っていたスーツの女の人と話していたこと……皆に話してください」

 

 あこは、友希那さんに本当のことを話してくれるようにお願いした。

 だけど、友希那さんは驚くだけで、やっぱり話さない。

 湊さんにもプライベートはある。そう言ってきた紗夜さんに、あこは今日見たことを――友希那さんがスカウトを受けて断っていないことを話した。

 紗夜さんは友希那さんにそれが本当かどうか訊ねる。

 友希那さんは答えない。

 自分一人本番のステージに立てればそれでいいということか。紗夜さんは続けてそう訊ねる。

 友希那さんは目を伏せて答えない。

『私達なら、音楽の頂点を目指せる』

 あの時、友希那さんはあこ達にそう言ってくれた。

『【Roselia】のレベルは確実に上がった』

 あの時、友希那さんはあこ達の技術を褒めてくれた。

『――【Roselia】に全てをかける覚悟はある?』

 あの時、友希那さんはあこ達を【Roselia】のメンバーとして認めてくれた。

 それなのに――。

 

「『自分たちの音楽を』なんて、メンバーをたきつけて……っ。フェスに出られれば、何でも、誰でも良かった。――そういうことじゃないですか!!」

 

 紗夜さんは声を荒げる。

 それでも、友希那さんは口を塞いだまま。

 何も話してくれない。顔を上げてくれない。目を見てくれない。

 まるであこ達に言ってくれた言葉を忘れたかのように。

 友希那さんは否定してくれなかった。

 

 ――――違う。

 

 そう言わなかった。

 そう言ってくれなかった。

 そう言って欲しかった。

 

「なのに……友希那さん…………」

 

 友希那さんが言ったことはみんな、嘘だった。

 あこにはそれが耐えられなかった。

 

「――ッ!!」

 

「あこちゃん……っ」

 

 あこはスタジオを飛び出した。

 前は涙で良く見えない。

 拭っても拭ってもまた新しい涙が溢れてくる。

 それでもあこは走った。

 どうしたらいいか分からないから、ただただ走った。

 

「うっ!!」

 

「うぉっ!?…………お、おいっ、あこちゃん大丈夫か?――って、なんで泣いてるんだよ!?」

 

 ぶつかり、倒れ、見上げる。

 差し出された手は取らない。

 立ち上がることよりも今は――。

 

「カズ兄……友希那さんが、スカウトっ……。――【Roselia】がバラバラになっちゃうかもしんないよ……っ!」

 

 頼りにしてくれと言ってくれた彼に、助けを求めたかった。

 

 ――だけど。

 

「えっ……スカウトって……なんであこちゃんがそのことを…………」

 

 (カズ兄)の反応は、あこの期待を裏切った。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 突然、まりなさんが言った。

 

「和也君、悩んでることあるでしょ」

 

 俺はやっていた作業を一旦止め、まりなさんの方に顔を向ける。

 

「…………はい?」

 

「だーかーらー、和也君今悩んでるよね?そんなとぼけた顔しても、私は騙されないからね!!」

 

「とぼけたって…………そんなことしてませんよ。そもそも悩んでることなんて特にありませんし」

 

「あっ、今嘘ついたでしょ?さっきから全然集中できていないし、なにかあったのなら聞くよ?もちろんバイトのこと以外でもいいからね」

 

「…………そう言ってくれるのはありがたいですけど、でも、本当に悩んでることは無いので大丈夫です」

 

 心配させてすみません、と俺は謝ってから作業を再開する。

 まりなさんはムスッとしながら少しの間ずっと俺を見ていた。

 分かってるんだぞ、と。

 そう言いたげに。

 しかし、まりなさんは「もう」とため息を吐いて、

 

「いつでも相談に乗るからね」

 

 そう言ってくれ、他には何も聞かないでいてくれた。

 

「…………ほんと、いい人だな」

 

 まりなさんに聞こえないように、そう呟く。

 まりなさんには、とても気にかけてもらっている。なんせ、俺がここに雇われてからまだ一月すら経っていないというのに、俺が悩んでいることを看破し、相談に乗るとまで言ってくれるのだから。

 ほんとうにありがたい。

 だけど、俺はまりなさんに相談することはない。

 せっかく気を遣って貰ってるのに申し訳ないとは思うが、誰にも話さないという友希那との約束を破るわけにはいかないからだ。

 せめて悩んでいることが他のものあれば、まりなさんに相談するのだが。

 

(……いや)

 

 ある。のかもしれない。

 悩んでいること。これは悩んでいることなのか?

 分からない。でも、友希那のこと以外で胸に引っかかっていることはある。

 立ち尽くし、俺は呆然と【Roselia】が使っているスタジオの方を眺める。

 ――と。

 その時だった。

 

「――ッ!!」

 

「へぇっ!?あこちゃん!?」

 

 バタンッ!と大きな音を立てて視線の先にあった扉が勢いよく開き、そこからあこちゃんが出てきたと思ったら、目を腕で拭いながら猛スピードで俺の方へと走ってくる。

 

「ちょちょちょちょっ!ストップストップ!!」

 

 必死にそう叫ぶが、その効果は無く、向かってくるあこちゃんのスピードは緩まらない。

 そして、次の瞬間には。

 

「――うっ!!」

 

「うぉっ!?」

 

 ぶつかっていた。

 その衝撃でお互いに揃って転倒する。

 俺はすぐさま立ち上がると、未だに倒れているあこちゃんに手を差し出した。

 

「…………お、おいっ、あこちゃん大丈夫か!?――って、なんで泣いてるんだよ!?」

 

 潤んでいる洋紅の瞳。頬にある水筋。くしゃくしゃにした顔。濡れている袖。

 俺を見上げるあこちゃんは、大粒の涙に溢れ返っていた。

 その表情を見た時、一瞬息が詰まる。

 俺は前にもあこちゃんが泣いているところを見たことがある。しかし、今回はそれとはまったく違う。

 以前は、リサが無理をし過ぎて倒れたからあこちゃんは心配になって泣いていた。だけど、今回は――分からない。

 泣いている理由は分からないけど、とにかく何かただならぬことがあったということは分かる。

 

「一体、何が…………」

 

 意識がスタジオの方へと向く。

 しかし。

 スタジオへと向いていた意識は全て、あこちゃんが言った予想外の言葉によって錯乱することになった。

 

「カズ兄……友希那さんが、スカウトっ……。――【Roselia】がバラバラになっちゃうかもしんないよ……っ!」

 

「えっ……スカウトって……なんであこちゃんがそのことを…………」

 

 視界がブレる。

 

「――あこちゃん…………っ!」

 

 またスタジオの扉が開いた。

 白金さんだ。

 しかし、いつものおっとりとした様子は一切なく、切羽詰まった表情でこちらに駆けてくる。

 視界の隅で、あこちゃんが一人で立ち上がっているのが見えた。

 

「白金さん……何があった……っ!?」

 

「…………稲城さん、ごめんなさいっ……!――あこちゃん!ま、待って…………っ!!」

 

 白金さんは俺の横を抜け、走り去ったあこちゃんを追いかけていった。

 何があったのか、何が起こったのか、何も分からないまま俺は取り残される。

 意味が、分からない。

 心臓が早鐘となって胸を突く。

 

「和也君、あこちゃんと燐子ちゃんが走って出て行ったけど…………ってっ!和也君大丈夫!?」

 

「――っ!まりなさん!俺、休憩入ってもいいですか!?」

 

「えっ!?う、うんっ!ピークも過ぎたし良いよ!あ、あと、なんだかヤバそうだから、時間は気にしないで良いからね!」

 

「ありがとうございますっ!!」

 

 説明無しに理解してくれたまりなさんに感謝を送りながら、俺はスタジオへと急いだ。

 急いで行かなければ。

 心がそう叫んで、体を突き動かしていた。

 

「――友希那ッ!何があった!!?」

 

 扉を一気に押し開ける。

 焼けるような焦燥感を声に出し、スタジオに入った俺を迎えたのは。

 聞いたことも無い氷川さんの怒号だった。

 

「答えないことが、最大の答えだわ!!」

 

「じゃあ……これから先、アタシ達、どうするつもり……?」

 

「あなたと湊さんは『幼馴染』。――何も変わらないでしょうね」

 

「っ、そうゆうことじゃ、なくて…………っ!」

 

「私はまた時間を無駄にしたことで、少し苛立っているのっ……!申し訳ないけれど、これで失礼するわ」

 

「紗夜……っ、待っ……」

 

 リサは手を伸ばすが、氷川さんは止まらない。

 こちらへ向かってくる氷川さんと目が合う。

 

「ひ……氷川さん……何があったんだ……」

 

「いたんですね。稲城さん」

 

 氷川さんは俺を視界に入れると冷たくそう言い、隣を通り過ぎる。

 そして、後ろから扉を開く音が聞こえ、せせら笑うように、言った。

 

「――ああ、そういえば稲城さん。あなた、【Roselia】は全員が同じ方向を向いていない。ライブ終わりに確か、そう言っていたわね?」

 

「……あ、ああ……。未だにどうしてそう思ったかは分からねぇけど……そう言った」

 

「あれ、当たってましたよ。バンドのリーダーである湊さんが他のメンバーのことをどうでも、誰でもいいと考えている時点で、私達が同じ方向を向いているはずがないですからね」

 

「は――?」

 

 言っている意味が分からず、唖然とする。

 すると、氷川さんは奥に残る友希那を見て、鼻で笑った。

 

「――ハッ。自分のことばかりで周りにいる他の人のことは何も考えない。あなたたち、お似合いの幼馴染ね」

 

「――!氷川っ!!!!」

 

 瞬間。

 煮えたぎるような熱い感情が体を包み込み、振り返る。

 

「テメェ今友希那のことを!!!」

 

「和也っ!!」

 

「っ!離せリサ!!」

 

 友希那を侮辱しやがったやつに掴みかかろうとするも、それはリサが腕にしがみついてきたことで、寸でのところで防がれた。

 動くに動けなくなった俺は、それでも睨み、怒鳴りつける。

 

「さっきの言葉取り消せ!!」

 

「【Roselia】が無くなれば私と仲良くする必要が無くなって、あなたも嬉しいでしょうね」

 

「おい待て氷川!!おいっ!!!」

 

 だが。

 それらは全て閉められた扉の荒々しい音によって阻まれた。

 

「クソッ!!!」

 

 行き場を失くした激しい怒りを溢れさせ、乱暴に吐き出す。

 強く床を叩いた右足から来ているであろう痛みも、今は全く感じない。

 

「あいつ、許さねぇ…………っ!!」

 

 毅然とした態度。見下すような視線。馬鹿にするような鼻笑い。

 出て行ったあいつが最後に見せた全てが燃料となり、怒りは更に増していく。

 許せなかった。友希那を侮辱したことが、馬鹿にしたことが、見下したことが、鼻で笑ったことが、失望した目を向けたことが、嘲笑うように言った言葉が、許せなかった。

 俺に対しての悪口や嫌味ならどれだけ言っても構わない。だが、友希那を、リサを、二人に対して言うことだけは絶対に許さない。

 脳が熱を帯び、俺は完全に憤怒によって支配されていた。

 

「……和也」

 

「っ!なんだよリサ……っ!何で止めたんだよ!あいつが友希那に何て言ったのか、分からなかったのかっ!?」

 

 振り返り、リサにどうして止めたのか問い詰める。

 守る必要なんてないはずなのに、友希那を侮辱しやがったあいつを何でリサは守った?

 意味が分からない。

 俺は歯を食いしばり、拳を強く握り締める。

 

「友希那が侮辱されたんだぞ……!?それなのに、何で、何でリサはそんなに平然としてられんだよ!!友希那が侮辱されたのがどうでも良かったのか!?」

 

「――良くないっ!」

 

「!?」

 

「……良くないよ……良いわけが、無いよ……」

 

 怒りを抑え切れずにいる俺の手を優しくなだめるように。

 リサは両手で俺の拳を包み込む。

 そして、過度に潤った黒緑の瞳を揺らし、見上げた。

 

「紗夜が友希那に言ったことは分かってる……でも……アタシは紗夜を責めたくない……」

 

「何で……あいつは友希那のことを…………」

 

「そうだけど……今は怒ってる場合じゃないし、それに、アタシはまだ紗夜と……一緒に演奏したいから」

 

 ――コツン、と。

 包まれていた手が、祈るように下を向いたリサのおでこに当てられた。

 

「だから、お願い和也。落ち着いて、また【Roselia】の五人で演奏できるように、協力して……」

 

「――――」

 

 ギュッと目を瞑るリサ。

 俺はその姿を見て、呆然とする。

 俺が、リサを悲しい顔にさせてしまった。

 そのことがとても申し訳ない上に、不甲斐無くて、どうしようも無かった怒りが次第に沈んでいく。

 

「…………ごめん、冷静じゃなかった。怒鳴って悪かったな……。怖かったよな……。それでも、止めてくれてくれてありがとうな、リサ」

 

「和也……」

 

「もう大丈夫だ。――俺もできるだけ頑張ってみる」

 

 俺はうつむいているリサの頭にポンっと手を置いた。

 リサに怖い思いをさせてしまった償いのためにも。それでも頑張って怒りを鎮めてくれたリサのためにも。

 俺がこの状況をなんとかしなければならない。

 そう決意し、俺は友希那の前に立つ。

 まるで、この前みたいだ。

 目を合わせようとしない友希那は苦しそうな表情をしており、今にも何かに押し潰されそうに見えた。

 

「友希那、何があったんだ?……いや、違うな。あこちゃんが友希那がスカウトを受けたことを知ってたってことは、リサ以外の皆にも相談したってことだろ?それから何があった?どうしてあこちゃんと白金さんと…………氷川さんは出て行ったんだ?」

 

 あこちゃんは泣いていた。白金さんは見たことないぐらい焦っていた。氷川さんは今までにないくらい怒っていた。

 この三人の変わり様が明らかに異常だった。

 友希那がスカウトを受けることになれば、もちろん友希那は【Roselia】から抜けることになる。それは、友希那に集められた三人からしたら意味不明で不可解なことだろう。

 しかし、まだそうなるとは決まったわけではない上に、友希那からどうすればいいのかを相談されたとあれば、驚きはすれどあそこまではならないはずで――。

 

「――えっ……待って和也」

 

「リサ?」

 

 静止させてきたリサの声は、震えていた。

 

「何で……何で和也は友希那がスカウト受けてたこと知ってるの?しかも今の口振り……和也がそのことを知ったのって多分さっきとかじゃない、よね……?」

 

「そうだけど……今それについてはどうだっていいだろ?それに、リサも前もって友希那から相談されてんだし」 

 

 だから進めるぞ、と俺は話を戻そうとする。

 しかし、俺の予想に反して。

 リサは首を横に振った。

 

「ううん……アタシが知ったのはついさっき……。友希那からはまだスカウトのことについては何も聞いてない……」

 

「は――?」

 

 足場を失くし、そのまま落ちていくような感覚に陥る。

 友希那はリサにスカウトのことを話していなかった。

 そのことが、今まで前提としていたものを全て覆し、俺を混乱の渦へと誘い込んだ。

 

「いや待て待て待て。それはいくら何でもそれはおかしいだろ……!?リサが友希那に皆にも相談した方が良いって言ったんじゃないのかよっ……?だから、あこちゃんもスカウトのことを知っていたんじゃ……いや、そうじゃなくても、まだ友希那から聞いていないって……は??それじゃあ何でリサは、他の三人も友希那がスカウト受けたことを知ってんだよ……っ?!?」

 

「それは……」

 

「――あこが見ていたのよ。私が今日、スーツの女の人とホテルで話しているところを」

 

「……っスーツの女の人って……!?」

 

「あの時の人とは違うけれど、同じ事務所の人で……そうね、この前のスカウトの話をしたわ」

 

 隠すのを諦めたように。

 友希那は、何があったのかを淡々と話していった。

 返事は返していないこと。期限が一週間に変わったこと。遅刻したのはその話が理由だということ。そして、それを目撃していたあこちゃんが、皆の前で言ったこと。

 閉ざされていた友希那の口から並べられていく出来事を、俺とリサは黙って聞いていた。

 互いに顔を歪ませながら。

 

「くっそ……なんだよそれ……最悪じゃねぇかよ…………」

 

 友希那の話が終わった時、俺は下を向きながら前髪を鷲掴み、そう呟いていた。

 まだ気持ちの整理がついていない、まだリサにすら相談できていない心の状態で、スカウトの話がメンバーに知られてしまった。

 しかも、あこちゃん経由で。

 それが――当の本人である友希那以外の人から伝えられてしまったことが、何よりも最悪だった。

 

「友希那、今の話……全部本当なの……?」

 

「そうよ。……本当だったら、なに?」

 

「なにって……このままじゃ【Roselia】は…………本当にそれでいいの……っ?」

 

 信じられない。信じたくない。

 表情に恐怖を滲ませるリサ。

 

「良くないよね……?本当はメンバーに言いたいことがあるんじゃ――」

 

「――知らないっ!」

 

「「!?」」

 

 友希那が叫び、リサは目を見開き、俺は顔を上げる。

 すると、友希那は美しいその声を荒げ、更に訴えた。

 

「私はお父さんのためにフェスに出るの!!昔から何度もそう言ってきたでしょ?!」

 

「でもっ……だからって【Roselia】を……。――和也も知ってたんだったら何でもっと早くに止めてくれなかったの?!このままだとこうなることぐらい分かってたよね!?なのに何で……なんでアタシにも話してくれなかったの?」

 

「――!?……俺は…………」

 

「……何で……何でそこですぐに答えられないの……?さっき協力してくれるって言ったよね……?ねぇっ……和也……!」

 

「和也、あなたは私がどんな選択をしようと応援するって、あの時そう言ったでしょ!?まさか、あなたもリサと同じように私を止めたりしないわよね?」

 

「和也っ……そんなこと言ってたの…………。和也は【Roselia】が解散しちゃっても良いって、そう思ってるってこと!?」

 

「ち、ちがっ……お…………お、おれは…………」

 

 それ以上、声が続くことは無かった。

 口はからからに乾いていて、目に映るものは全て下手くそな絵のように厚みを失ってゆく。

 まるで世界から切り離されたようだ。

 

「和也!黙ってないで何か言ってよ!」

 

 向けられる二つの視線。そして、迫られる答え。

 俺は呼吸すらも忘れ、気がつけば震えていた。

 俺には、選べない。

 リサと友希那――昔、絶望の中にいた俺を救ってくれた二人が笑っていられるように。

 そう願ってきた俺には、どちらの手を取るかなんて選べない。

 リサを取れば友希那が。友希那を取ればリサが。片方の夢は叶えど、もう片方の夢が叶わない。こんな残酷な選択を決めることなんてできる訳が無い。

 答えのない選択。

 それが与える恐怖は計り知れず、俺はただただ怯え続ける。

 しかしそれでも、何か言わなければならない。何か答えなければならない。何か選択しなければならない。何か行動しなければならない。

 何か二人の為にしなければならない。

 そう思い、口を開いてせめて何か言おうとするが、

 

「………………ごめん…………」

 

「――――」

 

 やっとの思いで発せたのは、今にも消えそうなほど小さく、か細い声での懺悔だった。

 それを聞いたリサは言葉を失う。

 友希那は瞼を閉じて視線を外した。

 

「…………帰るわ」

 

「っ!友希那!待っ……帰ってどうするつもり……?」

 

「フェスに向けた準備をするだけよ」

 

「友……希那…………」

 

 遠くから扉の閉まる音が聞こえた。

 そして、スタジオに残った音は、自分のものではない嗚咽音。

 ただそれだけ。

 

「リサ……」

 

「っ…………ぅっ……」

 

 耳に入ってくる音が、胸を切り裂く。

 

「……その、俺が友希那を止めなかったのは、【Roselia】が解散しても良いからとかそんなんじゃなくて……ただ、スカウトを受けた方が友希那の夢が確実に叶うからで…………別に【Roselia】のことが嫌いって訳じゃないんだよ…………。何か問題になるかもしれないって思わなかったって言えば嘘になる。でも、まさかこんな……友希那じゃなくてあこちゃんから皆に話されるなんて思ってなかった。それにリサにも隠していたのも悪気があってのことじゃ無くて……。俺だってリサの為に友希那には【Roselia】に残ってほしいって思っているけど――」

 

 先程まで何も言えなかったことが嘘であるかのように。

 ほんと、呆れる程よく回る舌だ。

 目の前の震えている背中をさすることもせず、次々と言い訳を並べていく様はまさに滑稽だろう。

 こんなこと、何の意味もないっていうのに。

 だって――、

 

「――和也」

 

「!な、なんだ……リサ…………?」

 

「……一人にさせて…………」

 

 ――もう、終わってしまったのだから。

 

「…………分かった……ごめん」

 

 振り返ることなく、俺はスタジオを出て行った。

 扉までのたった数メートルは何故か遠く、足は鉛になったかのように重かった。

 

「……くっ!」

 

 視界に映るのは閉ざした扉。

 その中にいるのは、一人で泣いているリサ。

 もっと上手くやる方法は無かったのだろうか。

 歯を食いしばり、両手で顔を覆い、思い切り握りしめる。

 もう、どうすればいいのか分からなかった。

 

「……和也……君?」

 

「まりなさん…………すみません、すぐに休憩から戻ります」

 

 そう言い、俺は顔を振ってから、まりなさんの横を通り抜けようとする。

 すると、突然目の前に腕が伸びてきて、

 

「ねぇ、和也君。――悩んでいること、ないかな?」

 

「…………っ!――はい……まりなさん、俺……悩んでること、あります」

 

 通せんぼしてくれたまりなさんに、俺は抑えきれなくなった感情を吐き出した。

 

 

 




 最後までお読みいただきありがとうございました。
 今回は、バンドリの本編と同じセリフが多くなってしまったのが反省点…………。だけど、紗夜さんの「答えないことが、最大の答えだわ!」が個人的にはとても好きで絶対に入れたいなと思ってました。はい。今の紗夜さんも好きですけど、昔のとっげとげな紗夜さんも大好きです。(リサに言った「あなたと湊さんは幼馴染。何も変わらないでしょうね」も嫌味が効きすぎててとても好き)
 と、とりあえず書いたことに対して言いたかったのはこれぐらいだと思います。

 それでは、ぜひ良かったら、お気に入り登録、etc……、よろしくお願いします!
 では、皆さんまた次回にお会いしましょう!ばいちっ!
 皆さんがドリフェスで良い結果が出るのをお祈りしてます!(自分も)
 
 
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。