青い薔薇に棘があろうと握った手だけは離さない   作:ピポヒナ

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 こんにちはー、ピポヒナです。
 お久しぶりですねー。また約一ヶ月ぶりですねー。
 はい、予想していたようにめっちゃ現実の方が忙しくなったことで、書く時間をろくに取れなくてこんなに遅くなりました。11月はまだまだ忙しいので、また更新遅くなるかもです。12月は多分落ち着きます。恐らく。

 と、近況報告はここらへんにしておいて、本編どうぞー!
 あ、今回いつもより長いです!



14歩目 似た者

 ――自然と視線が落ちていた。

 

 力なく下がった視界に映るのは、少しばかりお菓子が盛られている皿が置いてある白い机と動く気力を失くした自身の体。

 耳に入ってくるのは、壁にかけられた丸い時計が時を刻む音。

 一つ。また一つ。

 ゆっくりと。しかし着実に。

 逃れられないとでも言うかのように、今この間も時間が経過していることを告げてくるその刻音は、容赦無く胸内を叩きつけ、痛めつける。

 

 体が熱い。

 体を蝕むその熱は、焦燥感によるものだろう。

 髪を乱暴に掻きむしり、落ちていく手で顔を覆う。

 

 ――どうすればいい?どうすればよかった?

 

 これで何度目かになるかも分からないその問の答えは、やはり今回も返ってこない。

 ただ、その代わりとでも言うかのように、脳を過るのは悔いても悔いきれないほどの後悔に満ちた記憶。

 

 あれからもう二時間経った。

 そう思った途端、全身の血の気が引いていき、やがて狂い出しそうなほど辛かった熱すらも感じ取れなくなっていった。

 

 このままじゃだめだ。今すぐ何かしなければ。

 しかし、そんな思いとは裏腹に体は言うことを聞かない。否、何をしたらいいのか分からないから、動けない。

 和也は悔恨に表情を歪ませ、何もできない現状と自分自身に唇を噛んだ。

 

「ごめんっ、ちょっと手間取っちゃって遅くなっちゃった!」

 

 扉が勢いよく開いたのと同時に、少し慌てた声が控室の空気を揺らした。

 和也はその声に反応し、扉を閉めて中に入ってきた女性をゆっくりと顔を上げることで視界に入れる。

 向けられた視線に気が付き、女性――まりなは少し微笑んでから和也の向かいの席に座った。

 

「もっと早くに来れる筈だったんだけど、最後の最後で思いの外お客様がきちゃって……あっ!今は私よりもしっかりしてる子が入ってるから、お店の心配はしなくてもいいからね!」

 

 まりながこう言ったのは、和也に遠慮させない為でもあるが、和也の相談にすぐに乗ってあげることができなかったことをまりな自身が悔やんでいるからでもある。

 もちろん、まりなは和也を見た瞬間に相談に乗ってあげようとはした。しかし、それは『ライブハウスCiRCLE』のスタッフの人数不足故に、入ったばかりの和也だけならともかく、この時間帯の店を任されているまりなも抜けてしまっては店の営業が回らないという判断から、渋々ではあるものの和也の事を後回しにしなければならないという仕方のない理由があるのだが。

 

「それで和也君。さっそくで悪いんだけど、何があったのか聞いてもいいかな?」

 

「……っ……ぁ…………」

 

「もちろん、和也君のペースで良いからね」

 

 声を詰まらせ、中々話出せない和也に、まりなは柔らかに笑いかけた。見ただけで心が少し落ち着くような、そんな安心できる笑みだ。

 そしてそれは、追い詰められた和也の心を僅かにだが確かに癒やし――。

 

 和也は、気が付けばまた落ちていた視線を重々しく上げた。

 

「友希那が……スカウトを受けていたんです。――――」

 

 目元を手で拭い、和也はまりなに言えずにいた事を全て打ち明けていく。

 友希那がスカウトを受けて迷っていたこと。自分がそれを聞いてリサにも相談するように勧めたこと。リサは相談されていなかったこと。スカウトのことがあこから伝わってしまったこと。あこが泣いていたこと。燐子の様子がおかしかったこと。紗夜が激怒していたこと。友希那が苦しそうな顔をしていたこと。リサを残してきてしまったこと。――このままでは【Roselia】が解散してしまうかもしれないこと。

 

 そして――、

 

「それが……そうなるのが……っ、凄く、嫌です………」

 

 胸を締め付ける黒い不安を外に出し、あったこと全てを伝えきった和也は、まりなの瞳を見た。

 助けを求めるように。

 

「――――俺は、どうしたらよかったんですか……?」

 

 晴天の空をそのまま閉じ込めたような瞳は曇り切り、いつものような陽気さは微塵も感じられない程弱り果てた和也の姿に、まりなは息を呑む。

 

「教えて……ください…………。こんなことにならないで済むにはどうすればよかったのか……俺は、これからどうすればいいのか、教えてください……」

 

 答えを求め、和也は頭を下げた。

 ふらつきを覚えながらも深く、深く。

 

「お願いします、お願いしますっ……!」

 

 和也はまりなのことを尊敬している。

 それは、バイトを始めてまだ二週間しか経っていないのにも関わらず感じ取れる、まりなの優しさや人柄の良さからくるものだ。

 心地良くも思える彼女の暖かさに、和也は同じ職場の上の立場だからではなく、一人の人間としてまりなのことを心の底から尊敬している。

 

 だからこの人なら。

 この人ならきっと。

 まりなさんならきっと、この正解のない選択の答えを教えてくれる。

 そう期待し、願い――、

 

 縋り付く思いで和也はまりなに懇願した。

 

 

 △▼△▼△▼△

 

 

 下げられた頭に、困惑した。

 

 「お願いします」と何度も頼み込んでくるその姿は、見ているだけでも心が痛んできて、今すぐにでも止めてあげたくなる。

 ただ――。

 

(まいったなぁ…………)

 

 私もバンドをやっていた。解散しちゃったけれど、メンバー全員でプロを目指していた。だから、【Roselia】のことで何かあったなら、その経験を活かして解決に導けるかもしれない。

 そう思っていた。そんな風に考えていた。

 けれど、いざ彼の話を聞いてみれば、私の考えが浅はかだったと思うことしか出来なかった。

 

 一目見ただけでボロボロだと分かってしまうほど弱り果てた彼が、声を震わせながら伝えてくれた話は私が思っていたよりも複雑だった。

 私の経験が本当に役に立つのか不安になるぐらいには。

 

 それでも、彼の手を――彼の助けを受け止めたのは後悔していない。

 悔やんでいるのは、もっと早く聞いてあげれなかったことだけだ。

 頼ってねと言って、こうして私に頼ってきてくれた以上、その期待には応えたくなっちゃうし、今の和也君を放っておくことなんてできない。

 

「まりなって本当にお人好しなんだから」

 昔、同じバンドのメンバーがため息交じりにそう言ってきたのを覚えている。

 きっと、今の状況を、今の私を見ても同じことを言いそう。

 それで、次には目を細めて、

「それがまりなの良いところなんだけどね」

 そう笑ってくれるのだろうな。

 簡単に想像できるし、皆同じような反応しそうだ。……結構恥ずかしいな。

 まあそれでも、和也君を元の元気な姿に戻したいと思ったのは本心だし、私ができることはなるべくやってあげたい。

 

 なんてったって、私は彼の先輩で、彼は私の可愛い後輩なんだから!

 

「和也君。――君はどうして【Roselia】を応援してるのかな?」

 

 

 △▼△▼△▼△

 

 

「…………っしゃーしたー」

 

 羽丘にあるとあるコンビニ。

 出て行った客を力が抜けてしまいそうなけだるい声で送り出したショートボブの少女は、少し下げていた頭をゆっくりと上げた。

 その少女の名は、青葉モカ。今年の春に晴れて羽丘女子学園高等部に進学した高校一年生であり、今彼女の隣にいるリサとの関係性で言えば、高校とバイトの両方においての先輩と後輩である。

 

 ちなみに、そんな頼れる先輩はというと――、

 

「…………」

 

「……リサさん?」

 

「…………」

 

「お~~い、リサさーん」

 

 しかしそれでも、リサからの応答はゼロ。

 ずっとこれだ。今日来た時からずっと上の空状態で、まるで意識がここではないどこかにでもあるみたいだ。

 

 と、そこでモカは痺れを切らし、動いた。

 

「……むむむー、リサさ~~~ん!」

 

「――っ、えっ、モカ、呼んだ?!」

 

「呼んだもなにも、さっきからずっと何回も呼んでましたよ~」

 

 モカが少し声を張りながら顔の前で手を振ることで、ようやく反応を示したリサは、モカの様子を見て「ごめん、気づかなかった」と眉を下げて苦笑しながら、手を合わせて謝罪する。

 すると、それに対してまた、ムッと。

 モカはリサの様子の異変に首を傾げた。

 

「リサさん、もしかして何かありました?」

 

「――。あー……何でそう思ったの?」

 

 ハッとしながら誤魔化すようにリサが訊ね返すと、モカは腕を組んで目を瞑り、「ん~~」と唸りながら、今度は首だけでなく上半身を傾け、

 

「さっきあたしが言った挨拶が、結構適当だったのに注意しなかったからですかね~?」

 

「ちょっと、それじゃあ注意されるって分かってるのに今まで適当に挨拶してたって訳?」

 

「まぁまぁ、今はそんなことどうでも良いじゃないですか~。さっきのはともかく、リサさん、なんだかボーっとしてて、いつもとどこか様子がおかしいですからねぇ。それだけの変化、このモカちゃんが見逃すわけが無いじゃないですか~」

 

 それにモカちゃん、実はこう見えて国語の点数は結構高いんですよ~。

 最後にドヤ顔でそう付け加えて締めくくったモカに、リサはやれやれといった表情を浮かべる。

 そして、それと同時に少し感謝した。

 

 リサと同じでバンドをやっているモカ。モカの場合はバンドメンバー全員が幼馴染ではあるものの、幼馴染と共にバンドをやっていると言う点において似た境遇である彼女のまったりとしたマイペースさに当てられたことで、CiRCLEで一人になった時からずっと入っていた力が少しだけだが抜けた気がした。

 

 ――ピロリッ、と。

 不意にリサの携帯が鳴り、リサはその原因を知るために携帯を取り出す。

 友希那からだ。

 メッセージアプリのアイコンの右上の数字が一つ増えていたのを確認し、その差出人が幼馴染であることを知ったリサは条件反射で送られたメッセージを開く。

 

「うそ……」

 

 来週の練習予定、取り消す。他のメンバーにも伝えたから。

 画面に映し出される、必要最低限の情報量で簡潔に述べられたその文に、リサは口を手で覆い隠し、絶句する。

 

 来週以降はスタジオの予約を取っていない。元々、次の練習に行った時に予約しようとしていた。

 しかし、その練習が無くなった。

 それはつまり、【Roselia】の練習予定が全て無くなったという事と同義。

 

「……友希那……本当に…………」

 

 本当にこのまま【Roselia】は解散してしまうのだろうか。

 それで良いのか。それで友希那は本当に良いのか。

 聞きたいこと、確かめたいことは山の様にある。しかし、この場に彼女がいる筈がなく、やるせない気持ちと共にリサは立ち尽くす。

 

 その時、頭を過ったのは、もう一人の幼馴染。

 一歩踏み出せない時は背中を押してくれ、困った時に頼れば二つ返事で手を差し伸べてくれる。

 そんな彼に助けを求めたいという思いは、次の瞬間には消えていた。

 あんな別れ方をしておいて、頼れるわけがない。それに、今はあまり彼に会いたくない。

 

「湊さんって、リサさんの幼馴染なんでしたっけ?」

 

「えっ、あーうん!家が隣でさ……って、モカ〜?人の携帯勝手に見ちゃダーメ」

 

「さーせーん」

 

 画面を覗き込むように顔を寄せていたモカに気付いてそっと画面を隠したリサは、モカの柔らかいほっぺたを人差し指で押し離した。

 別に見られて困る様なものは何も映してなかったのだが、見ても良い気分になる様なものでは決してないので出来れば見せたくない。

 

「そういえばモカは蘭と幼馴染なんだっけ?」

 

 これ以上聞かれないようにリサが話題の標的を自分からモカに移すと、モカは動きを止め、目線を少し下げた。

 

「まぁー、一応……そうですね」

 

「一応?」

 

 返ってきたのは、ぎこちない微笑と歯切れの悪い回答。

 予想外の反応を示したモカに、リサは続けて訊ねる。

 

「モカも……【Aftergrow】も何かあったの?」

 

「……いや~、何も無かったって言ったら嘘になりますけど、リサさんに話す程の事じゃありませんよー」

 

「遠慮しなくていいのっ!ほら、何があったかアタシに話してみて」

 

「えぇ~……」

 

 持ち前の面倒見の良さ故か、相談に乗ろうとするリサ。

 「リサさんの方こそ……」とモカは逃れようとするも、「アタシの事はいいの!」とリサはモカを決して逃がそうとしない。

 それからややあって。

 リサの優しさと言う名のごり押しに負けた形で、モカが先に折れた。

 

「ついこの間に、うちのつぐが倒れちゃいましてね……」

 

「えっ!?倒れたって……それでつぐみは大丈夫だったの?」

 

「はい、確か2日間ぐらい休めば良くなるって病院の先生が言ってたんで大丈夫だと思います。いやはや、これには流石のモカちゃんも焦りましたよー。つぐが帰ってきたら、またツグり過ぎないように言っておかないとダメですねぇ~」

 

「その『ツグり過ぎる』っていうのがどういう意味かは分からないけど、大丈夫なら良かった♪ ――それで、まだ他に何かあるんでしょ?」

 

「――。……いやぁ、リサさんには敵いませんねぇ」

 

 リサの指摘に、モカは驚いてから苦笑する。

 そして、

 

「蘭と……蘭パパがちょっと上手くいってないみたいで――――」

 

 ポツリ、と。

 寂しげに上げた口角をゆっくりと下げ、呟くように話し始めた。

 

 【Afterglow】のボーカルである蘭と彼女の父親との間起こった亀裂。

 そして。

 蘭にはバンドを辞めて欲しくない。だけど、家業ともしっかりと向き合って欲しい。けれども、それは自分の考えだから……。

 モカが口にしたその思いを聞いた時、リサは自然と自分の姿とモカの姿を重ね合わせていた。

 

 自分と同じ過ちを犯そうとしている目の前の少女に向けて、リサは寄り添うように頷き、言った。

 

「今モカが言ったこと全部、そのまま蘭に伝えたらいいんじゃないかってアタシは思う」

 

「ぜんぶ……」

 

「うん。モカは優しいんだよ。だから、自分の考えが蘭を邪魔しちゃうんじゃないかって思って、言えずにいるんじゃない?」

 

「…………」

 

「アタシもさ、友希那が一人で抱え込もうとしちゃうタイプだから結構心配になっちゃうんだよね。友希那が幸せになれるならって、もしかしたら間違っている方向に進んでるかもしれないって思いながら、それを勘違いだって自分に言い聞かせて……一番近くでずっと見守ってきた」

 

 リサは、自分の胸にそっと手を当てる。

 

「でも、それは間違ってた。隣で見守ってるだけじゃ駄目。ちゃんと話して自分の考えも知ってもらって、その上で一緒に悩みを抱える。蘭のことを大切に思っているなら、蘭が間違った方向に行かないように導くのも友達……ううん、親友の役目なんだと思う」

 

「隣にいるだけじゃ……ダメ……」

 

「って言っても、アタシは今言ったことが出来なかったんだけどね。……アタシがこのことにもっと早くに気付けてたら、もしかしたら友希那と和也ともバラバラにならずに済んだかも知れないなぁ……」

 

「……?」

 

 友希那のスカウトの話がこれほど大きな問題にならなかった世界。

 そんなあったかもしれない今を想像し、リサは呟く。

 が。

 頭を振ってすぐに切り替え、「ともかく!」とピンと立てた人差し指をモカに向けた。

 

「アタシと同じ失敗をしないためにも、モカはもう一回蘭と話した方が良いと思う。アタシとモカってちょっと似てるとこあるし」

 

「あたしとリサさんがですか……?」

 

「うん、そんな気がする」

 

 そう言ったリサに対して、モカはポカンとする。

 「ほえー?」と声を漏らし、口を少し開きながらポカーーン、と。

 そしたら、次にはクスッと笑い、

 

「そうですかー?まあ、モカちゃんの方がリサさんより可愛いですけどね~」

 

「ぷっ、あはははははっ!モカってホント変わってるよね」

 

「えへへー、そんなに褒められると照れちゃいますなー」

 

「いやいやっ、褒めてない褒めてない。やっぱりアタシとは似てないかも」

 

「モカちゃんは唯一無二の存在なんで仕方が無いですよ~」

 

 誇らしげな顔をするモカ。

 いつものようなモカ独特の返しに、リサは吹き出し、自然と口元を綻ばせる。

 まるでいつもの調子に戻ったみたいだった。

 モカならきっと大丈夫。リサがそう思えたのは至極当然なことだったのだろう。

 

 ――と。

 不意にモカが言った。

 黒緑の瞳を見つめて真っ直ぐに。

 

「あたしも頑張ってみるので、リサさんも頑張ってくださいね」

 

「――。うん、もちろんっ!」

 

 モカだけじゃなくて、アタシも頑張ろう。

 友希那の為にも、アタシ自身の為にも。

 

 リサとモカは互いに破顔し、健闘を祈り合った。

 

 

 △▼△▼△▼△

 

 

 大切な幼馴染へのこの想いが報われるように。

 互いを鼓舞し合い、背中を叩き合う二人の少女。

 もちろん、実際に二人がお互いの背中を叩き合ったわけではないのだが、それでも背中を叩き合うそれと同等以上の勇気を二人の少女は互いに受け取っていた。

 

 刺激になったのだ。

 所属しているバンドは、自身を取り巻く環境は、対面している問題は違えども、大切な幼馴染のことを想い、考え、苦悩していた二人だったからこそ自分が取るべき行動に気付くことができ、顔を上げて前を向くことが出来た。

 だから、今は後悔はしない。

 もっと早くに気付けていれば。なんて悔いている暇があれば、ようやく見つけることが出来た自分が取るべき行動を取る。そうしなければ、また見失ってしまう。そうだということが、何となく分かる。

 だから、今はこう考えるとしよう。

 

 追いつけた、と。

 

 確かに、一歩どころか何歩も出遅れたかもしれない。確かに、あの時このことが分かっていれば、もっといい選択が取れていたのかもしれない。

 しかし、それはもう変えられない過去の話であり、今はこうして遅れていた分を取り戻し、追いつくことが出来たのだ。

 今、分かった。今、理解した。――今、覚悟を決めた。

 それだけで十分だ。もう迷わない。

 友希那と、和也ともう一度話し合う。

 そう、心に決めたのだ。

 

 まぁ、どれだけ活き込んだところで、バイトが終わるまで動けないのには変わりはないのだが。

 

「はぁ。まっ、やる気が空回りしないようにしておくってことで、今は我慢、かな……?」

 

「どうしたんですかーリサさん?いきなり溜息なんて吐いて。今逃がした幸せ、もったいないので全部モカちゃんが貰っときますね~」

 

「ダーメッ!モカには幸せになってほしいけど、アタシもアタシで幸せになりたいからモカにあげる分は無いからね?」

 

「ありゃりゃ」

 

 リサは見せつけるように大きく息を吸いこみ、その隣ではモカが大きく肩を落として残念がる。

 そして、それを見てリサが「もう、またそうやって大袈裟にするんだから」と笑い、「えへへー、バレちゃいました~?」とモカがケロっとした表情で笑うまでがセット。

 コンビニ内に客が少なく、かといって他にする仕事がない時によく繰り広げられている光景だ。

 

 そんないつも通りのことをやっていると、モカが「そういえば~」と人差し指を顎に当て、首を傾げた。

 思い出したように。

 

「さっきリサさんが言ってた『かずや』って人、誰なんですか~?」

 

「あれ?和也のこと、モカに話してなかったっけ?アタシの幼馴染なんだけど」

 

「――。リサさんの幼馴染……湊さん以外の……。むむむ~~」

 

 目を細め、眉を潜ませ、こめかみに指を当てて、モカは必死に思い出そうとする。

 と言うのも、初めて聞いたはずの『かずや』という名前を聞いた時――いや、その人が彼女の幼馴染だということを聞いた時に、胸に何か引っかかる感じがしたからだ。

 何か思い当たるものがある。名前はともかく、その存在を前に聞いた。気がする。

 そんな漠然とした感覚の正体を突き止めるべく、モカは唸り続け、

 

「――あ、もしかしてその人、ベースを持ってるウサギのキーホルダ―を貰ったって前にリサさんが言ってた人ですか?」

 

「そうそう!【Roselia】で初ライブした時に貰ったんだ♪」

 

 スキップでもしているかのように声を弾ませるリサを見て、モカは探していた記憶を完全に思い出した。

 なんというか、あれはとても衝撃的で、印象に残っていたから。

 

 前回か、前々回のバイトの日だったか。ともかく、リサと同じ時間帯にバイトが入っていたその日。

 更衣室で着替えている時に、彼女の鞄の中にあった何ともおかしな組み合わせのキーホルダーがたまたま視界に入り、訊ねたのだった。

 それに対するリサの答えは確か、幼馴染から貰ったもの。そして、その幼馴染というのは、いつも話している湊友希那ではないと言う。

 初めて聞いたもう一人の幼馴染の存在に、その時のモカも興味を示したのは言うまでも無いだろう。

 しかし、その時のモカはそれ以上訊ねることが出来なかった。

 それは、早くタイムカードを押せと言ってきた店長の横やりが入ったからではなく、視界に映る光景に呆気に取られたからだ。

 

 モカに訊ねられ、キーホルダーを掌の上に乗せて説明するリサ。

 その様子が、表情が、雰囲気が、今まで彼女から感じたことのないぐらい華やかで、儚げで――、

 

「あ~そういうことですかー」

 

「え……なにモカ、なんか怖いんだけど」

 

 ゾクリ、と。

 何かを感じ取ったリサは、その原因であろうモカの方を向きながら、自らの肩を抱く。

 

「いえいえ~なんでもないですよ~。あ、和也さんがどんな人かだけ聞いてもいいですかー?」

 

「良いけど……何で?」

 

「モカちゃんのこのピュアピュアな興味心を扇いじゃいましたからねー」

 

「――?」

 

 モカの興味をそそるような話をしただろうか。

 そう疑問に思いつつ、リサはモカからの質問に答えた。

 一応、ボロを出さないように気を付けながら。

 

「そうだなー、和也はサッカーが好きだよ。今は辞めちゃったけど、中学までチームに入ってたし」

 

「ほうほう、サッカー少年なんですね~」

 

「うん。アタシが最後に見に行った時の試合は確か、全国大会出場の一個前だったっけ?とにかく、結構凄いところまで行ってたはず」

 

「ほうほう。他には何かないですか~」

 

「他に?えっと……努力家で、あと、結構泣き虫、かな?あ、基本的に和也は陽気だから、もしかしたらモカと気が合うかも」

 

「フムフム。ここで更にもう一声~」

 

「えぇ……」

 

 まだ続くの……?とリサはおかわり要求に堪らず困惑の声を漏らした。

 

 モカが和也のことを知りたがっている。

 それは何を狙ってか、何を意図してか。それとも、いつものようなただの気まぐれか。

 

 そこまで考えたところで、リサは諦めた。

 今ものほほんとした表情を浮かべている彼女の思考を読み取ろうなんて、雲を掴もうとするようなもの。――つまるところ、意味が無い。

 

 故に、リサは和也のことについて、次に何を話そうか考える。

 腕を組み、唸っては上を見上げ――彼と出会い、過ごしてきた約10年間を振り返る。

 かつての思い出を。かつての記憶を。かつての感動を。かつての辛さを。かつての嬉しさを。かつての悲しみを。かつての衝動を。

 そして――、

 

「和也は――アタシに勇気をくれるんだ」

 

「勇気……?」

 

 モカが聞き返した言葉を胸に染み込ませるように。

 リサは深く頷く。

 

「アタシが一歩前に踏み出せない時、何かに押しつぶされそうな時……アタシが何かに挑戦しようって決めた時、いつも和也は『頑張れ』って、『応援してるぞ』って、心の底から言ってくれるんだ。アタシはその和也の言葉に、いつも勇気をもらってる。ちょっと甘えすぎかなって思ったりもするけど、それでも和也の応援は、アタシに力を与えてくれるんだ」

 

「――――」

 

 こんなにも求めてしまうのは――こんなにも心が温かくなってしまうのは――こんなにも心が動いてしまうのは、その言葉が他の誰でもない和也からのものだからだろう。

 彼はいつだって、私達(アタシと友希那)のことを、まるで自分のことのように真剣に考えてくれるのだから――。

 

「――そっか、和也もアタシと同じだったんだ……」

 

 考え、考え、考え。

 少しも妥協せず、私達のことを考えてくれたからこそ、和也はあの時何も言えなかったのだろう。

 それなのにアタシ(リサ)は、葛藤する和也を怒鳴ってしまった。

 和也がどうして――何を思って黙り込んでしまったのかを何も考えないで、勝手に失望してしまった。

 

 あぁ、和也に謝りたい――、

 

 ――いや、違う。それでは今までと何も変わらない。

 

(バイトが終わったらすぐに謝りに行く……!!)

 

 そして、そこから友希那も加えて、三人でもう一度話し合おう。

 そう、決めた。心に決めたのだ。

 

「って、ごめんモカ!えーっと、和也でしょ?和也は困ってる人を見つけたら絶対に無視しなくて」

 

「あー、もういいです」

 

「あと、サッカーしてる時とか凄くカッコよ――えっ……?もういいの?」

 

「はい、もうお腹いっぱいなんで」

 

 ポンポンッ、と。

 モカは自らの細いお腹を叩くことで、これ以上和也の情報は要らないことをリサに示した。

 まるで興味を失くしたかのようなその急な態度の変化は、あけすけな笑顔を浮かべながら幼馴染の少年のことを語っていたリサを停止させ、口を半開き状態にさせるには十分過ぎる緩急だった。

 

 すると、ふと時計を見たモカが今度は「あっ」と声を漏らし、

 

「もうこんな時間なんで補充やってきてもらってもいいですかーリサさん?」

 

 店の裏の方を指差し、モカが仕事をお願いすると、リサはハッとして、呆気に取られていた意識を急いで取り戻す。

 

「えー、モカが先に気が付いたんだし、モカがやりなよー」

 

「ひーちゃんにカロリーが送れなくなって、ひーちゃんのダイエットが成功しちゃったらどうしてくれるんですかー。そういう訳で、モカちゃんのお腹をいっぱいにした責任を取ってきてくださーい」

 

「なんかすごい理不尽なこと言われた気がするんだけど!?」

 

「気のせいですよ〜」

 

 暴論を展開されたことにリサが意義を唱えるも、それにはまともに取り合わない。

 「気のせいですよ」の一点張りでモカはゴリ押し通すつもりなのだから。

 そして、そこからややあって。

 モカの強情に恐れいったリサは「しょうがないなぁ」と呟きながら、商品の補充をするために店の裏へと入っていった。

 

「ふぅ……これからのことを考えると、何だか疲れてお腹が空いてきちゃいますなー」

 

 一人レジに取り残された――意図的にリサを遠ざけたモカは、腰に手を当て、息を深く吐き出した。

 しかし、その吐いた息はため息などではない。自らの気を引き締めるための、些細なきっかけ作りとなる意思表示だ。

 疲れたこと自体は本当のことであり、もう一人もお客さん来ないで欲しいですなーと思っていることも本当ではあるのだが。

 

「――と、たしかここだったはず」

 

「……さんしゃいーん」

 

 モカの思いを知ってか知らずか。

 高校生と思える男子が一人、急いでいる様子で店に入ってきた。

 めんどくさいなぁ、という気持ちを表情に滲ませ、モカは入店した客の風貌をチラリと見る。

 

 自分よりも年上、少なくとも高校生なのは間違いないだろう。白いTシャツに青いジャケットを羽織っており、下は黒のチノパン、とよくあるような恰好。髪は黒髪で、強風にでも吹かれたのかのように少し乱雑で所々毛が跳ねている。走ってきたのだろうか、しかし、息は全くと言っていいほど切れてはいない。

 

 何かスポーツをやってそうだなぁ、とモカがなんとなしに思っていると、少年はモカの存在に気付き、こちらに歩み寄ってきた。

 

「すみません、ちょっと聞きたいことがあるんですけど」

 

「はいはーい、なんですかー?」

 

 キョロキョロ、と。

 最近どこかで見たことがあるような無いような気がしなくもない少年は、何かを探しているように空色の瞳を動かして、レジの周囲や奥の様子を窺う。

 そして――、

 

「この店にリサ――今井リサって子が働いてるはずなんですけど、今どこにいるか分かります?」

 

「リサさん……ですか?いますけど……」

 

 思っても無かった先輩の名前の登場に不意を突かれたモカが目を丸くしながら答えると、少年は食い気味に前のめりになって、

 

「それなら呼んできてもらってもいいですか?!あっ、別にクレームとかじゃないですっ!俺、リサの幼馴染の稲城和也って言って――――」

 

「っ!」

 

「リサにちょっと用があって来ました!勤務中で迷惑かけると思いますけど、できるだけ早く終わらせますからお願いします!」

 

 言いながら、少年はパチンッ!と勢いよく手を合わせた。

 

 稲城和也。――聞いたことがあるどころではなく、ついさっき話題になっていた少年だ。

 リサから聞いていたのは『かずや』という名前だけだったが、この少年で間違い無いだろう。

 リサさんの様子からして、何かあったのかも。

 モカは持っている情報からそう推理する。

 

 しかし、そこで彼女が取った行動は、店の裏にいるリサを呼んでくることでも、黒髪の少年のお願いに答えることでもなく――、

 

「じーーっ」

 

「…………えっと……店員さん……?」

 

 気になっていた少年――和也を前にしてモカが取った行動は、観察だった。

 上から下へ。下から上へ。

 目の前にいる少年の外見を、じっっくりと、ゆっっくりと視線を巡らせる。

 そして、観察対象がじっと見てくるモカの様子に引き始めた頃に、ようやく満足したのか、モカは「ふむふむ」と口ずさみ、

 

「クラスにいたら3〜5番目ぐらいのカッコ良さですなぁ」

 

「クラスにいたら1、2を争うぐらいの美少女に、いきなり反応に困る評価されたっ!?」

 

「えへへへへ~、モカちゃんが超絶美少女なのは事実ですけど、直接言われると流石に照れちゃいますなぁ」

 

 そう言いながら、モカは頭の後ろを撫でて誇らし気に表情を緩める。

 すると、和也が切り替えるように首を横に振り、「そうじゃなくて!」とカウンターに両手を突いて、

 

「悪いけど、今はふざけるよりもリサだリサ!!大事な話があるんだよ!!」

 

「分かってますって~。なんで、少々お待ちくださーい」

 

 更に前のめりになる和也に対して、どうどう、と。

 モカが落ち着かせるように両手を前後させた。――その時だった。

 

「なになに、モカ何の騒ぎ?もしかしてトラブルでも起きた?――えっ……?」

 

 鼓膜を揺らしたのは、耳に馴染んだ明るい声。

 ほぼ毎日聞いているその声が驚きへと変わった時には、もうすでに和也は振り返っていた。

 

「リサ――」

 

「和也――」

 

 黒緑と空色と。

 それぞれの双眸から放たれる視線が、互いの瞳を穿ち、絡み合う。

 

「――――」

「――――」

 

 同時に息を呑み、呼吸も忘れて正面に立つ存在を凝視したのは、思わぬ出来事だったからか。――否、少女は少年に一秒でも早く会おうと思っており、少年は少女に会うためにここへと走ってきた。

 

 だから、二人が次にすることは決まっており――、

 

「和也、さっきはほんとゴメン!!」

「リサ、さっきはすまなかった!!」

 

 故に、二人同時に頭を下げて謝罪したのも必然だったと言えるだろう。

 頭を下げた相手から自分が言った言葉と同じものが聞こえてき、和也とリサは「えっ?」と困惑しながら頭を上げる。それも、これまた二人共同じタイミングで。

 

 そして、同時に顔を上げた二人がそこから始めたのは――、

 

「いやいやっ、なんでリサが謝ってるんだよ?あれは何も選択出来なかった俺が全部悪くって、リサが謝ることなんて何も無かっただろ?」

 

「ううん、和也が全部悪くて、アタシに悪いところが一つもないなんてこと絶対にない。それに、あの時和也が黙ったのは、どうしたらアタシも友希那も傷つかなくて済むのかを真剣に考えてくれてたからなんでしょ?」

 

「――。そう、だけど……でも、元はと言えば、俺が友希那がスカウトを受けたことをリサにも隠したからこうなった訳で……」

 

「それなら、その異変に勘づいてたのに、こうなるまでずっと気のせいだって気付かない振りをしていたアタシの方だって十分悪いよ」

 

 悪いのは和也だけじゃない。こうなったのには自分にも責任がある。 

 そう訴えるリサと、その訴えをなかなか認めようとしない和也。幼馴染の事を大切に思っており、今回の出来事で考えを改めた二人だからこそ――胸に宿したその決意は固く、譲り難い。

 それは、互いに謝ることを目的としていた筈なのに、このままヒートアップする二人を誰も止めなければあわや一触即発寸前になる程に。――そう、誰も止めなければ、だ。

 

「まぁまぁ、二人とも落ち着きましょーよー」

 

「モカ……?」

「店員さん……?」

 

「そんなに自分を悪者扱いしたところでですし~、ここはこのモカちゃんの可愛さに免じて、お互い様ってことで終わらせませんか~?」

 

 ずっと傍らで話を聞いていた少女――モカは、目をパチクリとさせる和也とリサをよそに、「そうしましょー」と話を勝手に完結させて、二人の間で何事もなかったかのようにのほほんと笑った。

 その様子はなんとも緩やかで、割って入ってきたモカを唖然としながら見つめていた二人は先程までの勢いを失い、訴え合うことを忘れている。

 モカ節を初めて味うこととなった和也はというと、その衝撃に完全に言葉を失っている様子。

 

 そして、衝撃による沈黙の末。

 やがて和也が「ははっ」と吹き出したことが決定打となり――、

 

「確かに店員さんの言う通りだな。ごめんリサ、変な意地張っちまった」

 

「あっはは……アタシの方こそごめんね?何が何でも和也に謝ろうって気持ちが前に出すぎちゃったみたい」

 

「それはリサの優しいところだから仕方がねーって、気にすんな。それに――――」

 

 和也は改めて笑みを浮かべる。

 

「今はこうやって、リサといつもみたいに話せていることがスッゲー嬉しい」

 

「――――」

 

「まあ、別に喧嘩したって訳じゃねーけどよ、リサに謝って仲直りできたことがホント良かったって、心の底からそう思ってる」

 

「――。うん、アタシも」

 

 空色の瞳と黒緑の瞳。それぞれの瞳には、心を通わせ合った少女の、少年の破顔する表情が映し出されていた。

 

 まだ、解決できるかどうかは分からない。恐らく、結末がどうであれ以前と全く同じには戻ることは無いだろう。

 それでも、二人の表情から笑みは消えない。

 それはまるで、和也とリサ、そのどちらもが元に戻るのことを望んでいないかのようで――。

 

「あ、そうそう。仲直りしたことだし、今夜リサの部屋に行ってもいいか?やりたいことがあるんだ」

 

「――うぇッッ!?!?」

 

「おお~、アツアツですなぁ~」

 

 

 △▼△▼△▼△

 

 

 街灯が、跳躍する影を映し出す。

 

 本来転落防止のために取り付けられている柵を足場とすることで、空中に身を放りだしたその影は、今度は人工的な光と頭上に浮かぶ綺麗な月の輝きを頼りに着地点を見定め――、

 

 直後。

 ドンッ!!と強い音と衝撃が発生した。

 

「――わっ!?あっぶねー、つか足の裏いってぇ……。ったく、何でここの間だけ微妙に距離あるんだよ」

 

 文句を垂らしながら、影が着地した体勢から立ち上がる。

 そして、視線を前に向けると、茶髪の少女が呆れたような表情で影の到着を迎えた。

 

「もう……わざわざそんな危険犯さなくても、玄関まで来てくれたら普通に中に入れたのに」

 

「それだと、男子を夜に部屋に連れ込んだってことで、親御さんに変な心配かけさせちゃうだろ?お互い高校生なんだし、健全で節度のある付き合いをだな」

 

「でも、着地した時の衝撃で和也が入ってきたこと多分バレてると思うよ」

 

「あっ――――」

 

 やらかした、と影――和也が思った頃にはもう手遅れ。

 下の階から「今の音なにー?久しぶりに友希那ちゃんかカズ君でも来たのー?」と大声で訊ねてくる声が聞こえてき、隣に立つ茶髪の少女――リサは少しも隠す様子もなく「うん!和也が来た!」と答えると、すぐさま「それなら大丈夫ね」とどうしてそう思ったのか分からない反応が返ってきた。

 全く心配されていないということは、それほど信頼されているということの裏返しである為、気が悪くなることは無いのだが、少しぐらいは危機感持ってほしいところだ。逆にこっちが怖くなるし。

 

「まあ、変なことするつもりは元から無いけどよ……」

 

「……和也になら、す、少しぐらい触られてもアタシは全然良いけど?」

 

「例えリサが良くても俺の心の方が良くないからやめてくれ。つーか、顔赤くするぐらい無理してまで悪乗りする必要はねぇぞ」

 

「…………別に無理してた訳じゃ……」

 

「まーたそうやってからかおうとしてくる。悪いけど、今はそれに付き合ってる場合じゃねーし、流させてもらうぞ」

 

 そう言い、和也がリサからのからかいだと思った言葉をあしらったところで、二人は元居た部屋から移動し、リサの部屋へと入った。

 

 仕切りを跨いだ途端、リサといる時に何度も嗅いだことのある花の良い香りが優しく鼻を撫でる。そして、綺麗に整えられた部屋の内装は、ホワイト、あるいはブラウンを基調とする家具の多い中、ベッドやカーペット、カーテンといった大きな家具はピンクとレッドを主とした色合いをしており、何とも彼女らしくて可愛らしい印象を与えてくる。

 和也はリサの部屋を一目見渡すと、思わず声を漏らした。

 

「おぉ……すげぇ」

 

「そんなにマジマジと見られると、何だか恥ずかしくなってくるんだけど……」

 

「ん、ああ、悪い悪い。俺がリサの部屋に入るのって結構久しぶりな気がしてな。内装とか記憶と全然違うし」

 

「そりゃあ和也が最後に入ってから、もう何年も経ってるんだから当たり前じゃん。――って、和也?アタシの部屋に来た目的忘れてない?」

 

「まさか。ちゃんと覚えてるよ」

 

 他にやることあるでしょ、とリサが指摘すると、和也は内装に向けていた視線を戻し、忘れてる訳がないと頷いた。

 そして、閉まっている赤いカーテンに手をかけ――、

 

「――さぁ、皆が笑えるようにまずは三人で本音のぶつけ合いといこうじゃねーか!」

 

 ガラス越しに見える紫色のカーテンの奥にいるであろう『孤高の歌姫』を見据え、望んだ未来を掴み取る為にそう宣言した。

 

 




 最後まで読んで頂きありがとうございました。
 
 モカちゃんの扱いに凄く頭を悩まされた回となりました。モカちゃんのあの独特な感じを出すのが難しい上に、話が脱線してしまいそうでほんと困りましたよ……。
 私的には、ここら辺の話は早く終わらせたいのですが……なかなか思うようにいきません。この回を書き始めた頃の予定では、もっと進んでる筈だったんですよ……なんか同じような事毎回言ってるような気がする。
 まぁ、とりあえずこれからも自分のペースで思うように書いていきますので、お付き合いして頂けると幸いです。とても喜びます。

 あ、そうそう。今回は、ナレーション?のところに空行入れるようにしたのですが少しは読み易くなりましたか?よければコメント下さい。
 
 それでは皆さん、また次回にお会いしましょう!ばいちっ!
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